九月 20

2週に渡る 矢野顕子の第1弾インタビュー アーカイブアップ!

彼女を形成した音楽、そしてピアノとの出会い

Red Bull Music AcademyとInter FMがタッグを組み日本から世界に向けて音楽を発信するプログラム、『PLAY, JAPAN! Red Bull Music Academy Radio』第12回目の放送には、日本を代表するシンガーソングライター矢野顕子を2週に渡って特集。今回が第1週目。現代ブラジルで、その将来をもっとも嘱望されるマルチ奏者Antonio Loureiroがブラジルの音楽の玄関口、サンパウロの街をガイド。そして、Red Bull Music Academy参加者のトラックメーカー、Daisuke Tanabeは、夏の終わりを音で表現したSpecial Mixを披露してくれました。上記プレイヤーよりアーカイブをお聞きいただけます。番組内での英語コンテンツPart 1の要約とPart 2の翻訳を掲載、Part 3は日本語でのインタビューですのでそのままお楽しみください!

 

 

 

 

Part 1 Featuring : アーティストと音楽の関係に内面から迫るインタビュー
1955年2月13日生まれのミュージシャン、矢野顕子。ソロとして、ユニットとしてセッションミュージシャンとして長く音楽界を彩って来た彼女にとっての音楽とは、呼吸のようだ。2週に渡ってお届けするミュージックストーリーがそれを証明してくれる。まずは今の彼女を形成した音楽、そしてピアノとの出会いを語ってくれた。

 

ピアノは3歳からクラシカルなトレーニングを習い始めました。音楽がイヤになったことは一度もないので、最初から楽しかったと思うんです。きっと(笑)。最初はリトミックのような音楽で遊ぼうということから始まりましたが、ピアノを触れるようになった時期から今と基本的なことは変わってない。ピアノの前に座ると嬉しいの。


決められたことをその通りにやるというのはとても苦手で、それは行動すべてに及んでいます。特に音楽に関してはそうです。ピアノを始めた当初はもちろん、先生に言われて譜面に書いてあるものをその通りに弾くというのもやっていたんですが、結局どこかでそれちゃうの。自分の好きなように、“わたしはこういう気分だ!”という風に弾きたがったみたいなんです。でもとてもいい先生にめぐりあって「あっこちゃんはしょうがないから」って言って、私に合った曲とか教え方をしてくださったのがとても良かったんじゃないかな。


小さい時はクラシックが好きで、小学校の高学年でグループサウンズが出て来てからは、色んなグループを聞きました。曲を聞くとすぐピアノで弾いてみたりということを家でしていましたね。それからThe Beatlesとか、ポップス、アメリカやイギリスの音楽を聞くようになりました。その中でも私にとっての大きな音楽との出会いは、小学6年生の時にFMラジオから流れてきた音楽。それは、ジャズでした。「もうこれだ!私の人生は決まった!」と思えた出会いだった。ジャズに関して何も知らなかったけど、クラシックに比べると好きなように弾いていいんだと思って、ジャズをやりたいなと思うようになりました。Max Roach Trioのレコーディングを聞いた時なんかとっても興奮して、こういうことがしたいと思いました。


いつも人との出会いが、自分の別の扉を開くヒントになっていました。その人が持ってる音楽性はとてもいい刺激になるんです。小学生の時に夜中にラジオで出会ったジャズもその一つ。そして高校で軽音楽部に入り、その繋がりでキャラメルママの彼らとも繋がる。それからスタジオミュージシャンを始めて、いろんな作曲家の人に叱咤激励されつつ(笑)、自分の好きなようにではなく、きちんと要求されたものをその通りに弾くことを学べた。その後、Yellow Magic Orchestraの人たちとやるようになると、均等なリズムで均等に弾くことの難しさや技術も学ぶし。『WELCOME BACK』というアルバムで、Pat MethenyやCharlie Hadenなどのジャズのレジェンドの人たちと一緒にやった時は、自分は技術的に達していなくても上手い人たちとやると引き上げてもらえたんです。そういう機会があったのは本当に幸せでした。


私には音楽しかなかったから、色んな音楽を聞いていたんですが、住んでいたのが青森だったので情報量はとても限られていたの。だから、一度聞いたら一生懸命聞く。レコード1枚買ったら本当に擦り切れるまで聞いて、英語の意味とか分からずともピアノを弾きながらなんとなく歌ってみたり、そういう毎日でした。音楽以外で身を立てようと思ったことはないので、何かしらの形で音楽に携わっていると漠然と思ってました。10代の早い頃からお金をもらってピアノ弾いてましたから、音楽以外のことでお金を貰ったことはないですし、バイトもしたことないんですよ。


基本音楽をやっている時は楽しいにつきます。音楽は全て私の中から出てくるもので、実に自然なんです。ピアノがなくても音楽は出来ますけど、ピアノがあって歌が歌えると、世界一自分は自由だと思う。おそらくそれを見ている人は、その姿が微笑ましいというか、その自由の良さを感じてくださるんじゃないかなと思っています。社会生活をしている中でのストレスはありますが、音楽を表現していてのストレスはないのね。申し訳ないんだけど、ただ楽しんじゃってごめんねって感じなの(笑)。だから、欧米人とか仕事してるとバケーション絶対必要とか、バケーションのために働くみたいな人もいっぱいいるけど、私にはバケーションは必要じゃないのよ。表現していれば毎日楽しいから。そこで、色んなものが全て解消されているんだと思います。

 

矢野顕子 Official

 


Part 2 AROUND THE WORLD: 世界の音楽シーンをキャッチ!
ブラジル・ミナスジェライス州出身、シンガーソングライター、作曲家、マルチ奏者としての才能に注目が集まる、新世代ミュージシャンAntonio Loureiroが登場。活動の拠点とするサンパウロをミュージックガイド。

 

サンパウロはブラジルにおける音楽の玄関口のような場所。多くのミュージシャンがサンパウロに降り立ち、ここからツアーを始めるんだ。ブラジル文化を豊かにしている一つの理由は、The Social Service of Commerce(SESC)。劇場やギャラリーを備えた、総合文化センターを各地に設立している商業連盟社会サービスで、特にサンパウロのSESC Pompeiaが充実していることが有名。
ここでは、コンサート、演劇、スポーツの充実したプログラムをリーズナブルに楽しめる。
Cassandra Wilsonや、Richard BonaなどワールドクラスのミュージシャンがラインアップしたSESC開催のジャズフェスティバルに今年僕も出演したよ。


その他、規模は小さいけれど<Casa de Francisca>のように、良質な音楽、おいしいお酒と料理が楽しめる場所がサンパウロには数多くある。
僕の出身地である内陸部、ミナスジェライス州はMilton Nascimentoをはじめ、偉大なブラジル音楽家を生んできた土地。
ピアニストの、Rafael Martini、シンガーソングライターでフルート奏者のAlexandre Andrésなどの新しいミュージシャンたちの音にもぜひ耳を傾けて欲しい。

 

 

Part 3 Experience:
Daisuke Tanabeによる夏の終わりをテーマにしたNon-Stop Special Mix のトラックリストはこちらからご覧ください。