十一月 25

ダモ鈴木の貴重なインタビュー公開

70年代ドイツへ、CANでの活躍、そして今なお力強い音楽を奏でるダモ鈴木に迫る

 

Part 1 Featuring : アーティストと音楽の関係に内面から迫るインタビュー

60年代後半日本を出て、世界へ飛び込んだダモ鈴木。アメリカ、アジア、ヨーロッパと放浪。その後、今なお音楽シーンへと多大なる影響を与える音楽集団CANのヴォーカルとして活躍。以降40年以上、ドイツをベースに活動を続けている。常に進化の真っ只中に生きるダモ鈴木が手にした音楽もまた、変化と進化に溢れた即興というスタイル。その表現の核心へと迫る。

 

7歳ぐらいの頃は、クラッシックが好きでした。ヨハン・シュトラウスのワルツとか、クラシックの持ってるよさを分かってたみたい。でも当時は、漫画家になりたいという思いが強かったんです。自分に才能がないと分かったのでやめましたが、ミュージシャンになろうとは全く思ってなかったです。

 

姉が僕の誕生日のたびに楽器を買ってくれました。サクソフォンや、クラリネット、バンジョーなど。そういう時代があったので、毎年どんな楽器を買ってもらえるのか楽しみでした(笑)。

 

高校中退して海外へと出た理由は、学校の成績が悪かったことと、地理が好きだったことが関係しています。学校から帰ってくると世界地図を広げて眺めたりしていました。学校の先生よりも、国の首都や、国の面積など知っていたと思う。あと、日本が島国だということも関係しているかもしれない。島国にいるといつか外に出てみたいと思う気持ちは出てくるでしょ。今はドイツにいるんだけど、ドイツは隣り合った国が9カ国あるからすぐに行ける。日本は特殊な環境ですね。今だったらロンドンやパリって飛行機で行けるけど、60年代は旅をするとしたらほとんど船。船で出て行くこと自体、もう一生母国の土を踏まないくらいの気持ちがありました。

 

でも当時、お金が全然なかった。どうしようと考えて、「僕の面倒をみてくれる人はいないですか」と世界のいたる新聞社に手紙を書いたんです。そうしたら、スウェーデンとベルギーから何通か回答がありました。それで1960年代の中頃スウェーデンに行ったわけです。僕も若かったし、スウェーデンの女の子はもの凄く可愛いという所に惹かれて(笑)。クラリネットとサクソフォーンとギターは持っていきました。ただ、人口50人くらいの田舎町に行ったんで、手持ち無沙汰でしたね。でも、毎日15時くらいになると、高校生くらいの女の子が何もやることないからって僕のところに訪ねてくれてたので、意外と優雅な生活でしたよ(笑)。その頃の自分の過去をまとめた本が今度出る新作のLPに付いてきます。昔の彼女の写真や、僕が書いたラブレターなども入っています(笑)。

 

ストリートで演奏し始めた時は、次の目的地に行くお金が出来たらそれだけでいいという感じでした。それを繰り返して、移動していました。

 

200回も1000回も同じ曲をやるっていうのは嫌いだし、絶対出来ないと思う。自分自身で自分を洗脳しているみたいになるし、自分のカバーバンドのようでしょ。だから即興しか僕にはないです。

 

お客さんも音楽作る時のファクターの一つです。だからスタジオの中で機械を相手にしていると、お客さんがいるからこそ作られるアトモスフィアーが生まれない。音楽はコミュニケーションだから、即興音楽というゼロ始まりの音楽を作る段階から、いかにお客さんと一緒にいられるか。目に見えないケミストリーや繋がりから音楽は出てくると思うし、少なくとも僕がやっているのはそういうもの。

 

僕の場合は絶対、音楽を作るという以前にエネルギーを作るということをやっています。なぜなら音楽の持っているエネルギーによって、人々の心をオープンにすることが出来ると信じているから。だから音楽を始めたんです。今の世の中で本当に必要な新しいものを見つけるきっかけの一つとして、音楽を聞いて欲しい。僕にとっても音楽に解答は必要ではなくて、音楽を作る段階が重要だと思います。

 

即興というのは失敗があればあるほど新しいものが生まれてくる。だから人間の本来の生き方とかなり似ていて、あまり計算されたものではない。でも今は、ほとんどの人が計算された生き方をしていると思う。何か新しいことをやるにしても最初から考えすぎていて、結果的にやらないということもあるでしょ。そういう計算はすべて捨てて、何があっても進むべき。そうしなかった何も新しいものは生まれないんです。

 

ボーカルもまた一つの楽器ですね。時々言葉を入れる時もあるけど、極力つけないようにしています。言葉はあるけどないみたいなものです。なぜかというと、ミュージシャンとお客さんに差をつけたくないから。僕の音楽を聞いたお客さん一人一人に、自分の好きなストーリーを作って欲しいと思う。インタラクティブの感覚で僕はやっているのだけど、そこに言葉なんていらないんです。

 

良くないのは、流行に走ってしまうこと。着るものとか言葉遣いもそうです。メインストリーム的なところに入ってしまうのは一番嫌いなので、出来るだけみんながやらないことをやろうと思う。このスタイルは自分自身の生き方とマッチしているし、自分の哲学ともマッチしているので、これが正しいか悪いかなんてことは考えることではない。

 

表現をするんだったら自分自身に素直に生きろ、としかいいません。他の人をコピーしたってしょうがない。人生一回しかないんだから、コピーするなんて時間がもったいないですね。誰でも可能性をいっぱい持っていると思うんですが、今はあまりにもインフォメーションが多すぎる。食べ物でも同じだけど、美味しいからっていっぱい食べたらその味の美味しさは分からなくなって、結果的に感覚をシャットダウンしてしまいます。それに眠くなる(笑)。創造的なことをする時、そんな状態では何も出てこない。そうあって欲しくないんです。腹を空かせていた方が創造する面でハングリー精神も強くなるんじゃないかな。

 

 

Part 2 AROUND THE WORLD: 世界の音楽シーンをキャッチ

Red Bull Music Academy Weekenderで初来日を果たした、ベースミュージックシーン期待の星Korelessが登場。ホームタウン、グラスゴーを音楽ガイド。

 

ハワードストリートにあるRubadubは、上質なレコードセレクション、選りすぐりの機材のラインアップ、そして豊かな音楽ディストリビューションで知られるイギリス、トップクラスのミュージックショップ。グラスゴーで、今、最も勢いのあるハウス、テクノシーンの発展を語るに、無くてはならない場所。

 

音楽を楽しむならLa Cheetahへ。キャパシティは、100人ほどの比較的小さなクラブで、常に、地元の音楽好きで賑っているミュージックスポットです。

 

現在、拠点をロンドンに移したKoreless。制作活動に取り組む際は、生まれ育ったウェールズへ戻るのだとか。山の中に建てたスタジオは、電話も、インターネットも無く、ミニマムな環境。大自然と向き合い、その世界観とインスピレーションを、シンセティックなエレクトロニックミュージックで表現することに挑戦。ファーストアルバムを制作中です。

 

また、最後に紹介してくれたのは、レーベル<Hessle Audio>のアーティストBandshell。前衛的な彼の音楽スタイルに、常に注目しているそうです。

 

 

Part 3 Experience : Red Bull Music Academyに参加した日本人アーティストが体験談やサウンドをシェア

参加:New York City 2013 | Red Bull Music Academy

 

アカデミー参加者emufuckaの2013年のBest Tunesがこちら

 

1. Bombok / Slugabed /Activia Benz
今年の5月頃にSlugabed本人が主宰する<Activia Benz>というレーベルからフリーでリリースされたEPの中の1曲です。ちょうどこのEPは僕がRBMAでNYに居た時にリリースされたもので、一緒の同期とこんなカッコイイ曲をフリーでリリースして大丈夫なの!?なんて話をしたのを今でも覚えてます。Slugabedらしい特徴的なシンセとブラスの音色と、あとは流行りのトラップのスタイルを独自に解釈して取り入れたユニークなサウンドで、とても好みの1曲でした。

 

2. Lost The Ground ( DZA Remix ) / Kulakostas / how2make
この曲は、今年の夏にロシアのフェスのRBMAステージで一緒だった、DZAが主宰する<how2make>というレーベルから最近リリースされたKulakostasのDZA Remixです。<how2make>のメンバーとはロシアで初めて一緒だったんですけども、ライブパフォーマンスも日本じゃ見たことないような機材やらゲームのコントローラーを使ってライブをしてたりで、本当にサウンドも人柄もクールな奴らでした。このオリジナルの曲は、四つ打ちなんですけど、それをDZAが自分の持ち味のヒップホップとかトラップサウンドに変えてて、Remixの醍醐味みたいなのを感じた1曲でした。

 

3. Orbit Unlimited (Julian Edwardes Remix) / Emufucka / Fremdtunes
最後の曲は、僕が所属してるオランダの<Fremdtunes>からReprogramという過去にリリースした楽曲をRemixし合って、フリーでリリースするプロジェクトの一貫で作られたもので、これは僕の曲を同じレーベルに所属してるJulian Edwardesがリミックスしたものです。僕のオリジナルの楽曲は去年の夏にリリースしたものなんですが、1年経って改めてRemixとして聞くと、今とは大分方向性や趣向が違うんですけども、当時の記憶とか忘れてた思いとかが蘇ってきて、少し初心に立ち返れるようなそんな1曲だと思って選曲しました。