五月 07

Tim Deluxe、Lord Echo、Daisuke Tanabeが登場



Part 1 Featuring : アーティストと音楽の関係に内面から迫るインタビュー
2000年代前半のクラブ・アンセムとなった「It Just Won’t Do」のヒットで知られるDJ/プロデューサーのTim Deluxe。十代の頃から自らレーベルを立ち上げて活動してきた、そのキャリアは意外と長い。4枚目となるアルバム『The Radicle』を発表したばかりの彼だが、何と今回はジャズをテーマにサウンドを一新。改めて、彼の音楽遍歴を振り返ってもらった。

僕が子供の頃から父は家でギターを弾いて歌を歌っていました。今も続けています。家のステレオでよくレコードもかけていて、僕のファースト・アルバム『Little Ginger Club Kid』のジャケットに使用した写真は、僕が父の膝に座って大きなヘッドホンをして音楽を聴いていたときのもので、恐らく父が僕に自分のコレクションのレコードを聴かせて反応を見ていたんだと思います(笑)。ですから、かなり小さい頃から父の影響で音楽を聴いていました。

僕が自分で初めて買ったレコードは、Beastie Boysの『License to Ill』で、レコードを買って家に持ち帰って、母にヘッドホンをつけさせて、自分のレコードを聴いてもらったんですが、「何なのこれは!?」と言われたのを覚えていますね。まだ十代か、もっと前だったかもしれません。

うちはアイルランドの出身なんですが、その後ロンドンに引っ越しました。引っ越したときは兄と同じ寝室で、彼からも影響を受けましたね。初めてヒップホップを聴いたのもその頃で、Beatie Boys、Public Enemyなどの、初期Def Jamの作品をよく聴いていたのと、彼はレア・グルーヴやJames Brown、Lyn Collinsなどの70年代のファンクも好きでした。当時はロンドンに大きなレア・グルーヴのシーンがあって、Patrick Forge、Norman Jay、Gilles Petersonといった人たちや、海賊ラジオのSunrise FM、Centreforce FM、Fantasy FM、Kiss FMなどのチャンネルを教えてくれました。ハウスやテクノでは、Baby Fordの『Ford Trax』、Adamskiの『Liveanddirect』、それにDerrick May/ Rhythim is Rhythimの「Strings Of Life」、Kraftwerkなどを彼が持っていたのを聴いたんです。趣味のいい兄で良かったですよ(笑)。

1995年に、僕がバイトしていたレコード屋の常連だったOmar Adimoraと、Ice Cream Recordsというレーベルを立ち上げることにしました。UKガラージを専門としたレーベルだったんですが、それはNYハウス/ガラージ、例えばM.A.W.、MK、Todd Terry、Kerri Chandler、Strictly Rhythm、Nervous Recordsなどのサウンドの影響を受けていました。僕たちも機材、サンプラーのRoland-1080などを買って、MacでCubaseを走らせ、DATマシンだけで見よう見まねで曲を作り始めたんです。マニュアルを読みながらの作業は大変でしたが、とにかく毎日スタジオに行って試行錯誤していました。いつの間にか自分たちだけで作った曲をリリースしていて。

16歳でレコード屋でバイトをし始めた頃から、「これが僕の人生だ」と思っていましたね。まだ実家住まいでしたけど(笑)。16〜17歳でIce Cream Recordsを始めて。バイト代は全てレコード代になっていました。レコードを買うためにレコード屋で働いていた(笑)。まだクラブに入れもしない歳だったので、「若すぎる」と言われたりもしましたけど、とにかく音楽をやりたいと思っていたし、自分では腹をくくっていました。それをやりたいと思ったら、とにかく諦めずにやり続けることですね。そうすると、いつか道が開ける。

そのお店で様々な音楽を知りましたね。ジャズなどを知ったのもバイト先の店です。店は二つのセクションに分かれていて、ひとつが中古のソウル、ジャズ、ディスコ、ファンクなどで、もう一つが新婦でした。USのインポートやヨーロッパのテクノ・レーベル、UKのレイヴ音楽やドラムンベース… ですから、職場としては最高でしたね。それらのレコードから、様々な音楽スタイルやレーベルなどを学びました。ミュージシャンやDJもよく店に来ていたので、そうした人たちからも色々教えてもらいました。

プロデューサーの人たちが店に来て、古いレコードを買って行くのも見ていました。例えば、M.A.W.のKenny(Dope)とLouie(Vega)がそういったレコードを買うのを見て、「ああ、こういうものからサンプリングしているのか!」と知ったわけです。彼らは、当たらしい音楽を作るために古い音楽を聴いていた。Blue Noteのようなレーベルを知ったのもその頃です。ジャズを知ったきっかけはそういう体験でしたね。

ジャズを聴くのはずっと前から好きだったんですが、3年ほど前にピアノを習い始めたんです。ジャズ&ブルース・ピアノ。それによって、これらの音楽のルーツに立ち返るようになったというか、原点に触れることが出来た。それは貴重でもあり、とても楽しい体験でした。

最初のアルバムに、「Mundaya」という曲が収録されていて、Shahin Badarというシンガーの歌とチャンティングが入っているんですが、彼女は当時よく一緒にセッションをしていた人で、Produgyの「Smack My Bitch Up」にも参加しています。今回のアルバムを制作するに当たって、また彼女と一緒にやりたいと思ったんですよね。インド音楽もよく聴いていたし、実はかつてTalvin Singhのスタジオが近所だった縁もあって、インド音楽にはとても惹かれるものがあったんです。Terry Rileyを聴いたりしていると、彼も東洋に傾倒して独自の音階などを取り入れていました。西洋音楽とはまた全く違った世界があります。だから、そういった部分を少し掘り下げてみたかったんです。Alice Coltraneの『Journey in Satchidananda』にも大きな影響を受けて、「アルバムの最後はちょっと変わった感じにしてみよう」と思ったんです。

ランニングですか?マラソンを走ったりしていますよ。走ることによる肉体と精神の変化はとても興味深いです。眺めのランは、少し瞑想のような効果もありますね。走るときは音楽は聴かずに、携帯も持って行かないので、とても自由な気分になります。誰にも指図されず、決まりもなく、ただ走る。自分のためになっていると感じるし、力が湧きますね。そして心を空っぽにして、日々のストレスを解放することが出来るので、とても気持ちがいいです。

Part 2 AROUND THE WORLD: 世界の音楽シーンをキャッチ!
ソロプロジェクトLORD ECHOが話題、プロデューサー・マルチ奏者のMike Fabulousが登場。ニュージーランドの首都<ウェリントン>をミュージックガイド。

「僕を訪ねてきてくれたら、いろんなミュージシャンのスタジオに連れて行くよ。」Fat Freddy’s Dropとスタジオをシェアするマイクは、新鮮な音楽が生まれる現場、スタジオを体験してほしいと語ります。そして、レコードショッピングなら、Slow Boat Records、Rough Peel Musicへ。

東京やニューヨークのように日々なにかがハプニングしてる訳ではない小さな街。ライヴをキャッチするなら、水曜日から土曜日の夜をチェックするのがウェリントン・スタイル。おすすめのMusic Spot、MATTARHORNとHAVANA BAR。

20分もドライヴすれば、誰もが大自然と向き合うことができる。それが、ニュージーランドの素晴らしい所。朝4時にドラムをたたいても誰からも苦情を言われない、インダストリアルなエリアで制作活動をするMike Fabulous。

リフレッシュが必要なときは、自然がある。森へ行って川を眺めたり、海を見つめたり。自然のヒーリングに感謝しながら制作に打ち込んでいるそう語ってくれました。

Part 3 Experience : Red Bull Music Academyに参加した日本人アーティストが体験談やサウンドをシェア
参加 : London 2010  | Red Bull Music AcademyトラックメーカーDaisuke Tanabeが町が様々な色で溢れるこの季節を音で表現。

《 Tracklist 》(Song/Artist/Lebel)
M1.Intro  /  Yosi Horikawa  /  First Word Records
M2.Little Sister  /  Ian Hawgood  /  KOEN Music
M3.Smells Like Content /  The Books  /  Temporary Residence
M4.Vestige  /  Daisuke Tanabe  /  CIRCULATIONS