Aug 30

Interview: Giorgio Moroder

ディスコ、エレクトロニック・ミュージック界の偉大なプロデューサーGiorgio Moroderに迫る

By Todd L. Burns (Translation by Danny Masao Winston)

 

Giorgio Moroderはディスコ、エレクトロニック・ミュージック界における偉大なるプロデューサーの1人だ。彼がミュンヘンのスタジオで創り出したDonna Summerの "I Feel Love" と "Love to Love You Baby" という未来的な2曲は、70年代の音楽シーンに衝撃を与えた。Moroderは他にもたくさんのアーティストと制作をしており、中でもHuman LeagueのPhil Oakeyとのコラボレーション、"Together in Electric Dreams" はかなりのビッグヒットとなった。更に彼は、『Midnight Express』 や『Top Gun』といったハリウッド映画のサントラも手がけている。今年のRed Bull Music Academy に出演してくれた彼だが、その前に電話で話を聞く機会があり、彼のこれまでの歩みを少し語ってもらった。

 

 

RBMA: 今度のRed Bull Music Academyでのプレイがあなたにとって初めてのDJギグになると聞いて驚きました。

 

Giorgio Moroder: アメリカでは今回が初めてだ。一応、去年ルイヴィトンのイベントでDJ的なことを12分間したんだ。あと、去年のカンヌのElton JohnのイベントでもDJをやった。だが、今回は初めて楽器やヴォコーダーを弾いてDJをやってみるつもりだ。

 

RBMA: いくつものヒット・ダンスナンバーを世に放ったあなたのような人がまだあまりDJをやったことが無いというのは、多くの人にとって意外だと思います。70年代にあまりクラブに行ってなかった、とも以前話してましたね。

 

Giorgio Moroder: そうなんだ。数年前にDJのオファーをもらった時は、あまり本気にしてなかった。しかし偶然が重なってやることになってね。ルイヴィトンのヘッド・デザイナーと知り合いなんだが、その人にDJを頼まれたんだ。やってみたら、意外と楽しかった。そしてその時それを見ていた人が、私をElton Johnのやつに誘ってくれたんだ。「いやはや。何だか大ごとになってきた」って気持ちだったよ。今回は、DJとプロデュースを組み合わせたプレイをしてみるつもりなんだ。理想は、月に一回ぐらいDJをやって、それ以外の時間はスタジオで制作をすることだね。

 

RBMA: 70年代にあまりクラブに行かなかったのは、なぜだったのですか?

 

Giorgio Moroder: まぁ、たまにクラブに行くことはあったが、私は基本的に夜型人間じゃないんだ。夜の10時、11時、12時ぐらいまで働いたから、たいてい疲れていたんだ。一日中同じ…まぁ、同じではないが、同じようなヘヴィなリズムを聴いて…家に帰ってリラックスしたかったんだ。だが、特にミュンヘンに居た頃なんかは、出来たての新曲のテープをディスコでDJをやっていた友人の所に持っていって、客の反応を見たりしていた。

 

RBMA: ここ最近、SoundCloudに曲をアップしていますよね。始めたきっかけは何だったのですか?

 

Giorgio Moroder: 実はそれ、私では無いんだ。(笑)誰かが私の名前を使って勝手にやってるんだ。だがどのレコード会社も文句を言ってないし、私はマスターの権利を持ってないのが多いから…気にしてないね。ああいう古い曲はまったく(あるいはたいして)金にならないからね。だから、人に聴いてもらえるだけ嬉しい。やってくれている誰かに感謝だ。もう私自身25年も、30年も聴いていないような古い曲をどっかから見つけてアップしているんだよ!

 

 

RBMA: そういえば、あなたの初期の音源がリイシューされるという話を最近読みました。

 

Giorgio Moroder: ああ、イギリスのレーベルなんだ。あまり詳しくは知らないが、私のすごく古い曲を再発しようとしているみたいだ。どの曲を選ぶのか興味深い。良い曲を選んでくれるといいのだが。

 

RBMA: その当時の、つまりダンスミュージック・プロデューサーとして大ヒットを飛ばす前の時代の音源で、特に気に入ってる曲はありますか?

 

Giorgio Moroder: "Looky, Looky" というバブルガム・ポップが未だに好きだ。 数日前に久しぶりに聴いて、改めて悪くない曲だなと思った。フランスとスペインとイタリアではヒットしたんだ。あと、私が最初にシンセサイザーを使用した "Son of My Father" という曲がある。Chicory Tipというグループがカバーしてくれたんだが、私のバージョンはアメリカでトップ40入りしたよ。

 

RBMA: 当時のシンセサイザーは気まぐれでしたよね。手こずることはありましたか?

 

Giorgio Moroder: 私が使用していたMoogは常にチューニングが狂っていて、とても大変だった。もちろん、素晴らしい音を出してくれるんだが。今のほうが何もかも楽だね。今時の機材は、1分ぐらい使用したらまたすぐチューニングしなきゃいけない、なんてことはないからね。

 

RBMA: Donna Summerの "Love to Love You Baby" に関してですが、仕上がった3分のバージョンをレーベルのボスNeil Bogartに送った際、彼から電話があり、もっと長いバージョンを作るように言われた、という話を聞いたことがあります。それはなぜだったのでしょう?

 

Giorgio Moroder: 色々諸説あって、私も何が真実だか分からないが、彼は夜中の3時に電話をかけてきて、曲を伸ばしてくれと私に言ってきた。彼はその時家でパーティをやっていたらしく、シングルバージョンをかけてみたところ、人がその曲を何回も何回も聞きたがるらしい。だから彼は曲自体を伸ばすというアイディアを思いついた訳で、私もそれは良い案だと思った。実際この曲は長くしたお陰でヒットしたんだと思う。"From Here to Eternity" でも同じことをしたんだ。17分、18分、19分間に渡って色々なスタイルへと発展していきながらも、1つの曲としてまとまっているというのは面白いなと感じた。

 

 

RBMA: あなたはDaft Punkのニューアルバムにフィーチャーされていますね。彼らとのコラボレーションについて教えてください。

 

Giorgio Moroder: 楽しかったよ。しかし、一緒にスタジオで曲を制作したわけではないんだ。私はただ自分の人生について語るように言われた。それで、パリのスタジオで3時間ほど彼等と会話をしたんだ。アルバムのコンセプトは教えてもらったが、曲のことについては何も聞いてなかった。数日前、出来上がった曲を初めて聴いたばかりだ。 私の語りが曲にうまいこと嵌っていて、感心したよ。彼等はとてもプロ意識の高い、細部まで拘る人達だった。

 

RBMA: 最近公開されたインタビュー動画であなたは、彼等の拘り方に驚いたと語ってましたね。

 

Giorgio Moroder: そうなんだ。例えば、ヴォコーダーの使い方だ。これは彼らのメインの楽器なんだが、何日もかけて最高の音、最高のマイクを見つけるらしい。彼等の曲はじっくり聞かないと気づかないものがある。3回聴いてやっと気づくようなディティールがあるんだ。完璧主義者だよ。

 

RBMA: ご自身は完璧主義者だと思いますか?

 

Giorgio Moroder: いや。多少の間違いがあったって気にしないよ・・・大きな間違いじゃなければね。例えば、"Take My Breath Away" を作っていた時、パソコンにベースを保存しておいたんだが無くなってしまった。だから、私がベースを弾いたんだ。だが、私はそんなに上手くない。(笑)あの曲には小さな粗がたくさんあるんだが、全体的に聴いて大丈夫だと思った。

あと、"Love to Love You Baby" に関しては、前半のベースを普通に聴くと問題無いんだが、ソロで聴くと酷いんだ。もう最悪だ。2週間後にロングバージョンを作ったんだが、その時までにベースプレイヤーは練習していたから上手くなっていた。だからこの曲は後半のベースのほうが良いんだ。しかし他の楽器と一緒に聴けば何も問題は無い。

 

RBMA: 改めて振り返ってみて、この人と曲を作りたかった、という人はいますか?

 

Giorgio Moroder: Sylvester Stalloneが『Rambo』の3作目を制作していた時、彼はサントラにBob Dylanをどうしても入れたがった。私もレジェンドである彼とは仕事をしたいと思っていた。それで作曲をし、Sylvesterに聴かせてみたら、気に入ってくれた。Bobに聴かせてみると、彼は7、8回ほど聴いて、最終的にノーと言った。なぜだかは解らない。もしかしたらこの映画が気に入らなかったのか、この曲が気に入らなかったのかもしれない。しかし彼とは一度仕事をしてみたかった。その曲は結局何にも使用しなかった。その映画のそのシーンのためだけに作ったものだったからね。しかし彼が気に入らなかったのなら・・・まぁ、大した曲じゃなかったのだろう。