八月 14

Worldwide Festival 「Japan Night」

Text: Yuko Asanuma

Photo: Pierre Nocca

今年開催10年目を迎えたGilles Petersonが主催する「Worldwide Festival」は、南フランスはモンペリエ近郊の小さな港町、セットで開催されてきた知る人ぞ知るちょっと特別な音楽フェスティバル。年々少しずつ規模を拡大してきたとはいえまだ数千人規模で、毎年Gillesのセンスが発揮された幅広く洗練されたプログラムと、美しい砂浜と水平線が広がる最高のロケーション、そしてリピーターが多いという耳の肥えた国際的な音楽ファンのためのビーチ・ヴァカンスといった趣き。一度体験すると誰もが必ず戻りたくなるという、とても魅力的なイベントだ。

 

7月6日から12日までの一週間に渡って開催された記念すべき10回目の今年、初のスペシャル企画が実施された。「Japan Night」として、水曜日の深夜の部に日本のアーティスト4組が一挙出演したのだ。既にこのフェスティバルに複数回出演しているベテランDJ、松浦俊夫と沖野修也に加え、RBMA卒業生であるDaisuke TanabeとYosi Horikawaが初出演を果たした。しかも二人は、現地でのフィールド・レコーディングを使用し、コラボレーションによって新曲を制作し、それを当日披露するという文化交流プロジェクトを担った。

 

 

二人にとっても極めて貴重な体験になったというこのフェスティバルとプロジェクトとその舞台裏について、現地でのインタビューを交えて紹介する。 

こちらは先日公開されたばかりのWorldwide PodcastのDaisuke TanabeとYosi Horikawaをゲストに迎えたエピソード。「Japan Night」の翌日に現地セットで収録されたものだ。最後に流れるのが、今回制作された楽曲「Song for Rémy」である。タイトルはGillesがつけたもので、今年の5月に他界してしまったフランスのラジオ局Radio Novaで活躍していたDJ RKKことRémy Kolpa Kopoul氏への追悼の意が込められている。彼の愛したフェスティバル、その開催地の音を使って作られたこの曲はまさに彼に捧げるに相応しいとGillesは考えた。

 

今回これを企画したのはRBMA Radioの「Play, Japan!」や日本でのGilles Peterson Worldwideの放送に携わってきたラジオ・プロデューサーの木村真理さん。「昨年このフェスティバルに来たときに、”来年は10周年だから何か盛大なことをやろう!”という話で盛り上がって、その際にGillesが”Japan Nightをやろう”というアイディアを思いついたんです。その後私が帰国してからすぐにフェスティバルの人からも連絡があって、金銭的なサポートをしてくれるところを探すことから始まりました。そして今回は国際交流基金に支援してもらうことが決まり、実現できた。ラインナップにDaisukeさんとYosiさんを入れたのは、文化交流の要素を入れたかったから。二人とは普段からよく一緒にお仕事させてもらっていて、外国で現地の音を録って曲を作ったりしていることを知っていたので、現地で曲を作るという案を企画書の中に入れたんです。」結果として、東京のクラブジャズ・シーンを代表する松浦俊夫と沖野修也がいる一方で、国際的なシーンで新しい音を発信している次世代のプロデューサー二人が入り、日本の現在が感じられる幅のあるプログラムとなった。

 

Daisuke TanabeとYosi Horikawaの二人がコラボレーションするのはこれが初めてではない。「きっかけは、僕がニュージーランドのフェスティバルでフィールド・レコーディングをして曲を作り、それを映像でドキュメントしてパフォーマンスの際に流すというプロジェクトをやったことがあって。それを見て、”うちでもこれをやりたい”というリクエストが凄く増えたんです」とYosi Horikawaは言う。

ニュージーランド

次にフィリピンから出演依頼が来たときは、二人で一緒に楽曲を作って欲しいというリクエストだった。その後ベトナムと中国でも二人で、現地のフィールド・レコーディングを元に楽曲を作るという企画に参加。それ以外でも、よく海外のフェスティバルで一緒にブッキングされるようになったそうだ。

フィリピン

 

そしてコラボレーション4回目となった今回。現地入りするまで、事前に制作の準備はせずに、現地に到着してフィールド・レコーディングをするところから始めた。

 

「いきなり行っても何の音を録ればいいのか分からないので、どういう町なのかは事前にリサーチしてもらうようにします。そこでしか録れない音がどういうところにあるのか。それをお願いすると、向こうも喜んでくれて色々とアイディアを出してくれるんですよね。かといって、実際に行ってその通りに音が録れるかというと、録れなかったりすることもあるんですが。言い方は悪いですけど、行き当たりばったりですね。現地の食材を集めて、”どういう料理できるか?”と考えるのと似ていると思います。先にこういうものと決めて行っても、絶対予定通りには行かないんですよね。”思っていたのと違う”の連続ですから(笑)。でも、やはり録音して回る過程が凄くいいんですよね。音を軸に、町のことが分かる。それを理由に歩き回れる。そこがいつも楽しいですね。」(Yosi Horikawa)

 

絶対に入れたかったというカモメの鳴き声を鮮明に録音するために、まだ町が寝静まっている早朝5時に海辺に出かけて行った。「完璧に録れました」とDaisuke Tanabeも振り返る。「日が昇ってきて、ちょうどカモメが鳴き始めた。最初は数羽だけだったのがどんどん集まってきた」(Yosi Horikawa)。その他にも公園や市場にも出向いて町の音を集めた。そんな中でも曲の鍵となったのが、セットの夏の風物詩であるジュートという水上競技。日本の神輿に近いような、地元の人々が子どもの頃から慣れ親しんでいる夏の伝統行事。6月から8月にかけて市内の運河で毎週開催されている。「かなり特徴のあるお祭りだと聞いてましたし、賑やかな音が録れるだろうと思ったので、それを曲のピークに持ってこようとは考えていました」(Yosi Horikawa)。

 

作業は1日を素材のレコーディングに費やし、2日をホテルの一室でずっと隣り合わせで一緒に進めていったという。「個別に作ってしまうと、この限られた時間の中ですり合わせるのが大変ですし、合わなかったときにロスがあるので、基本的にずっと一緒に作りました。最初に話し合った段階でYosi君が「こうしたらどうですか」という提案を色々してくれて、かなりビジョンが出来ているなと思ったので、今回はYosi君にディレクションを担ってもらって、最初の骨組みみたいなものを作ってくれたところで、それに僕が作った部分を合わせていくような流れでした。ですから、主に細かい打ち込みなどの僕が普段やっていることの特徴をYosi君に渡していきました」(Daisuke Tanabe)。

 

Yosi Horikawa自作の小型スピーカーを置き、ラップトップを並べての共同作業。「僕はPro Toolsで、DaisukeさんはLogicを使っているんですよ。なので、プログラムに頼らず、MIDIのデータのやり取りなどは一切なしで、波形を切り出して貼り付けていくコラージュのような作業にしました。お互いがお互いの音楽を良く聴いているから、その特徴を譲り合うわけでもなく、尊重しあってやれましたね。そこが凄く一緒にやり易いところ。どこからどう始めるかが毎回悩ましいところなんで、例えばさっき触れたお祭りの音の録音にしても、人の歓声が入ってしまったりしていて、ラッパの音だけ使いたいけど難しいね、とか。最初に何かとっかかりを見つけなければいけないんですが、今回は”踊れる曲にしよう”ということになって、BPMを先に決めるという作り方をしました」(Yosi Horikawa)。

 

「BPMも二人とも同じようなイメージですぐに合致した」とDaisuke Tanabeも二人の感覚で通じ合える相性の良さを強調する。「あまり逆戻りしたり遠回りすることはなかったですね。やり直しもはほとんどなくて、ほぼ同じビジョンが持てる。作曲は2日でやってるんですが、たった2日でここまでの密度のものはなかなか作れないです。手を動かしただけ、ほぼロスなく進められた」(Yosi Horikawa)」

 

そのやり取りは、言葉で説明するよりも聴きながらの感覚を確認し合うような工程だったとYosi Horikawaは言う。「むしろ言葉では説明出来ない。素材がだいぶ揃ってくると、編集しながら配置していくときに、”ここの間はもうちょっと要りますかね?”とか、”ここの間をもうちょっと縮めましょうか”とかいうのは、もう感覚で… それがぴたっと合う(笑)。」

 

「そういう間合いって音楽において凄く重要じゃないですか。コンマ何秒のズレがガラッと雰囲気を変えることもあるから。そこの感覚がぴたっと合うというのが一緒にやれる理由だと思います。やはり一人で曲を作るのとは全く違う曲が出来上がるのも面白いし、一人だと決定権が全て自分にあるのでどこまででも詰めていけますけど、限られた中でアーティスト同士がお互いを信用しながら進めていくというのは別のやりがいがあります。3日でやったって言ったら、”あ、簡単に出来るんだ”と思われるかもしれないけど、そう簡単には出来ません(笑)。相手が変わると同じようにはいかないと思う。」(Daisuke Tanabe)。

 

こうして、「Song for Rémy」が無事完成し、フェスティバル3日目の水曜の深夜にセットの名所であるテアトル・ドゥ・ラ・メールという16世紀の要塞を改築して造られた定員1500名ほどの野外劇場で、深夜12時を過ぎたところで「Japan Night」の幕開けとして二人がライブ演奏した。これに続いてYosi Horikawaのソロライブ、Daisuke Tanabeのソロライブ、そして松浦俊夫と沖野修也がDJプレイをするという凝縮された3時間だった。

 

 

奇しくもこの日が誕生日だったDaisuke Tanabeはその印象をこう語る。「当日まで制作があったので、実際に会場に足を運んで見ることは出来なかったんですが、僕もプレ・パーティーのお客さんの様子を見て、ノリも良くて、でもしっかり音楽も観察してくれているという印象を受けました。これは安心してやれるなと思ったんですが、当日Simbadに会ったときに、彼が”このフェスティバルの最も素晴らしいところは、アーティストがどんなことをやってもお客さんはそれを楽しみにしているし、目と耳をオープンにしてくれているから、本当に好きなことがやれるんだよ。だから今日は君の好きなようにやればいい”と言ってくれたんです。実際に、思いっきり楽しく出来ました。」

 

この日は夜の早い時間に同会場でフランスのシンガーLaetitia Sadier、続いてブラジルのEd MottaにBrownswoodが送り出す若きキューバ人シンガーDayme ArocenaやRoy Ayersが飛び入りゲスト出演するという豪華なコンサートに、タイ国の伝統音楽を取り入れたファンク・バンド、The Paradise Bangkok Molam International Bandが出演し、大いに会場を沸かせていた。

 

 

「毎回ライブセットは変えますね。会場やお客さんを見て、じっくり聴いてくれる部分と、やはりパーティーしたいという部分の両方を感じたので、それは考慮しました。とにかくここは環境が最高でした。なんか船の上に浮かんでいみたいな感覚」とYosi Horikawaも夢のように美しいこの野外劇場に刺激を受けたようだ。Daisuke Tanabeも「このセットという温かい町で、あまり速すぎるのは合わないと思ったので、ちょっとだけ普段よりも遅くしました。ちょっとセクシーな雰囲気を入れてみようか、とかね」とこのフェスティバルのムードを意識したようだ。「ずっと見ていられるような場所でした。音楽が鳴ってなくてもそこに座っていられる。そういうステージはなかなかない。お客さんの国籍もバラバラで、いいミックス具合。いい意味で自分がとこでプレイしているのか分からなくなった。それが新鮮で良かったですね。普段はその行った国の雰囲気が味わえるけれど、ここはGillesの世界にいるみたいだった。その背景にフランスの穏やかな海があって、カモメが飛んでいて、”何だったんだろう?”という感じ(笑)。」

 

今後もこのようなコラボレーションの可能性があるのか尋ねると、Daisuke Tanabeはこう答えてくれた。「それはオーガナイザー次第ではありますけど、何となくまたあるんじゃないかという気がしています。」また、Yosi Horikawaも「その町によって曲が出来上がっていくというか、変わるし、そのときの気分も反映される。町が変わればまた新しいアイディアが生まれるだろうな、と思いますね」と意欲を持っているようだ。二人が口を揃えて「素晴らしい体験だった」と言う「Worldwide Festival」の「Japan Night」。今回の大成功を受けて、また開催されることがあるかもしれない。また、「Song for Rémy」は正式にリリースされるという話も浮上しているので、今後の動向に注目したい。