八月 10

レコードショップが重要な理由

2017年 - 今の時代こそレコードショップが重要だ

By Jeff “Chairman” Mao

 

言い伝えによると、1938年のある日、ロウアー・マンハッタンのトイ&ノベルティショップを訪れていた客のひとりが、オーナーのSam Gutowitzに「この店はレコードを扱っていないのか?」と訊ねた。レコードは時代に取り残された遺物だと信じていたGutowitzは「なぜレコードなんて?」と思ったが、その客が、探しているレコードを売ってくれるなら十分な金を払うと言うので、Gutowitzはすぐに(そして適当に)自宅マンションの地下に転がっていた古びた78回転SP盤レコードをかき集め、25ドルという結構な価格 - 世界恐慌に見舞われていた当時の25ドルは今なら400ドルに相当 - で売った。そしてこの日をきっかけに、Gutowitz、つまり米国初の個人経営のレコードショップチェーン「Sam Goody」の創設者として知られるこの男の第2のキャリアがスタートすることになった。

 

Goodyはビジネスチャンスを見出す才能に長けていたが、タイミングも良かった。彼がSam Goodyを立ち上げた当時(1951年)は、第2次世界大戦後の音楽消費ブームの始まりで、20世紀が終わるまで音楽業界を引っ張り、Tower Recordsやその他のフランチャイズの登場を促した、シェラックの78回転SP盤から、ヴァイナルのシングルとLP、そしてカセットテープやCDへと続く非常に便利な音楽フォーマットの登場とも時期が重なっていた。

 

現代の個人経営のレコードショップオーナーたちは、Sam Goodyの時代とは大きく異なる地平 - デジタルミュージック革命で干上がった地球 - を歩いている。この革命は、2000年代を通じて多くの店舗販売型のレコードショップを消し、音楽消費行動における最も便利なフォーマットはフィジカルではなかったという恐ろしい最終結果を示した(消えたレコードショップの中にはSam Goodyも含まれていた。Sam Goodyは複数の企業に買収されたのち、2006年に倒産した)。

 

今の不安定な景気の中で、この業界で帝国を築くという妄想を抱いている人はいない。ヴァイナルの売上が伸びており、過去25年で最高の売上を記録したとも言われている(また、「ヴァイナルの復活」をテーマにした心地良いストーリーも定期的に掲載されている)が、それでもヴァイナルが全体を占める割合はたったの5%だ。レコードショップがニューリリースから得られる利益も非常に小さく、レーベルやディストリビューターは、売れ残った作品や欠陥品の返品を受け付けさえしない。また、eBayやDiscogsなど、中古品市場の大半はオンラインへ移行しており、その競争は一層激しさを増している。今という時代に店舗型のレコードショップをオープンさせるのは、これまで以上のクレイジーさと勇気が必要だ。

 

だからこそ、レコードショップを称えたい。レコードショップは名目上は商店だが、言うまでもなく、優良なレコードショップはそれ以上の存在だ。彼らは、現実世界に残る数少ない「発見の場所」のひとつなのだ。レコードショップでは音楽的な発見 - 最高の買い物とは、自分が好きで、かつ新鮮に感じられるものを手に入れて店から出る時だ - ができる上に、社交上の発見もできる。なぜなら、金に糸目をつけずに物理的対象を手に入れたくなる苦しみを理解できるのは、金に糸目をつけずに物理的対象を手に入れたくなる苦しみを知っている人だけだからだ。我々のテイストや興味は個人個人で異なるが、レコードショップの壁の内側では、全員が「音楽を手に入れたい」という欲求によって繋がっている。

 

 

 

"優良なレコードショップで過ごす時間は自分の思考に没頭している時間と同じだ"

 

 

 

我々のようなはみ出し者を引きつける磁石であるレコードショップは、自分が好む世界の外に飛び出して、ここを訪れなければまず出会わないはずの赤の他人と同じ空気と埃とカビを吸うチャンスを与えてくれる。新しい友人ができるかもしれないし、できないかもしれない(少なくとも、友人になる前に音楽に関する偏執的で厳しい審査があるはずだ)。しかし、分化が恒久化して我々の息を詰まらせている今という時代において、音楽への愛情や偏愛を共有できる場所、求心力を備えたオーガニックでシンプルなレコードショップは、人と人を繋げる最も重要な橋のひとつであることに変わりはない。

 

私はレコードショップで長時間を費やす。その理由は、私がレコード蒐集家だからというだけではなく、エサ箱や陳列棚のレコードをひたすらディグするという儀式も好んでいるからだ。この儀式は、特に買いたいレコードがない時でさえも、自分をリラックスさせてくれる。自分が知っているアーティストとレーベルの名前やアートワークを気持ち良く眺めているだけで、人生の真の瞬間と音楽にまつわる様々な繋がりが得られる。優良なレコードショップで過ごす時間は自分の思考に没頭している時間と同じだ。その時間はごく自然で無意識なものになっていく - 正しく過ごしている場合に限るが。

 

このような意見は、かつてのレコードショップオーナーのステレオタイプなイメージが店員や客に嫌味を言う気難しいスノッブだったという事実を踏まえると、やや美化されたものに聞こえるかもしれない。このような嫌味はいくつかのレコードショップ固有の特徴で、クレイジーなレコードファンでさえ扱いきれないクレイジーな連中を排除するためのプロセスだ(このプロセスがある程度の善良な人たちを遠ざけてしまうことになっても、まぁ、それは仕方のないことだ)。とはいえ、当然ながら、レコードショップ固有のダーウィニズムが数多くのこのようなレコードショップを淘汰することになった。本当に仕事を楽しんでいるように見える人たちが経営するレコードショップが好まれたからだ。

 

現存しているレコードショップのオーナーは、そこにいることを本気で望んでいる人たちだ。彼らと言葉を交わせば、今に至るまでのそれぞれのストーリーに共通パターンが見えてくる。彼らは「ちょっとしたアクシデントだった」、「疲れ切っていて、何か新しいことを始めたかったんだ」、「リスクだということは分かっていたし、大して期待していなかった」、「大勢からクレイジーだと言われた」などと話すだろう。そして、ほとんど全員がひとつの共通する成熟した考えの元で店を経営している。彼らは音楽を自分ひとりで楽しむよりも、他人に広められる環境を生み出した方が楽しいと考えているのだ。その意味では、彼らは我々のような客よりもよっぽど進化した人間と言えるだろう。

 

最高のレコードショップオーナーたちはいわゆる「シェアリングエコノミー(共有経済)」が生まれる以前から、それを実行していたと言う人さえいるだろう。彼らは日々変わる客とのやりとりを通じて、自分たちが最大の情熱を持って接している音楽に関する知識や意見、アドバイスを広めているのだと。我々は彼らに恩がある。たとえ自分の生活には借りがないとしても、少なくとも感謝の気持ちを述べるべきだ。

 

Header image © Maxwell Schiano