八月 24

MatomosがBjorkに出会ったとき

2人のクリエイティブなマインドが初めて交わった時の出来事にスポットライトを当てます。

By Matmos (Translation by Yuko Asanuma)

 

Drew Daniel(ドリュー・ダニエル): 僕はBjörkの曲を聴く度に、反射的に「やばい、ステージにいなきゃいけないのに、曲が始まっちゃった!」と焦ってしまう。僕たちは1年間ずっとツアーをしていて、まるでスーツケースの中で生活しているようだったからね。そんな経験はそれまでしたことがなかった。大きなファミリー、グループの一員になるのは不思議な感覚だったよ。

 
Martin Schmidt(マーティン・シュミット): どこへ行っても何千人というお客さんが見ている中でライブするというのも、僕たちがそれまでやっていたショーとは全く違っていた。 

 

Drew Daniel: パリで最初に『Verspertine』のショーをハープ演奏のZeena Parkins(ジーナ・パーキンス)と一緒にやった後、僕たちはバックステージに戻って、「どうしよう!お客さんの反応はまあまあだったと思うけど。終了後に拍手していたし、でも、僕らのやってることはいいと思ってないだろう、本当は」なんて言っていた。僕たちがステージに出ると、凄まじい歓声が聴こえた。僕たちはクワッド・モニターを使っていて、四つの巨大なモニター・スピーカーに囲まれていたのに、そこにBjörkがいるというだけで観客があげる悲鳴と絶叫が聴こえたのが、本当に恐ろしかった。恐怖を感じたね。 

 

Martin Schmidt: 要するに君が言おうとしているのは、僕たちの真横に置いてあった巨大なモニターよりも、叫び声の方がさらに大きかったというととだよね。僕も歓声でモニターが聴こえなかった。あれは奇妙だったよ。 

 

Drew Daniel: こういう機会をもらえたのは楽しかったけど、「楽しい」という言葉だけでは言い表せないな。それと同時に、僕たちがプロフェッショナルでないばかりに彼女の音楽を、ショーを台無しにしてりまうのではないかと怖くて仕方がなかった。僕が思うに、Björkは常に鉄板のスタッフで周りを固めることに慣れていたから、ちょっとずさんでラフな人たちとやってみたかったんじゃないかな。それは『Verspertine』のプログラミングをやっていた時に既に感じだことだった。僕たちは、それまで一時間単位で使用料を払うスタジオなんて使ったことがなかった。自宅の寝室でしか音楽を作ったことがなかったのに、突然Olympic Studiosに呼ばれて、Spice Girls、U2、MadonnaなどをミックスしたSpike Stentと一緒に座って、「ここにブレイクダウンを入れたらどうかな」なんて言っていた。 

 

Martin Schmidt: そして、部屋の中にいた人が全員静かになって、「あなたは誰でしたっけ?」と言われたので、僕は「口出ししてすみません、ごめんなさい!さっきまでやってたSim Cityのゲームに戻ります」って言った。そしたら、彼らは僕の言った通りにしてくれたんだよね。あれは嬉しかった。まるでMTVで企画しそうなバカ番組『詐欺師、ロックの世界へ挑む』というのがあって、今はもうそれが終わってしまったみたい。でもその一方で、終わってほっとしている部分もある。あれは自分のバンドではなかったから。 

 

Drew Daniel: Björkと仕事をすることはとても面白くて、楽しい時間を過ごしたし、僕たちだけでは絶対にやれることがなかったスケールで色んなことを試せた。Martinが、6万人の観衆の前で、岩塩の上をリズミカルに歩いてみせるなんてことは、Matmosのショーではあり得ないけど、Roskildeでは実現した。彼はボルチモアで猛吹雪があったときは、いつも岩塩の上をリズミカルに歩いているんだ。 

 

Martin Schmidt: 今は猫の砂場を使わないと。 

 


Drew Daniel: Björkほど実験的でオープンで自由なポップスターでも ―― そして彼女は、あのスケールのアーティストが絶対に向かうことはないような美学に向かっていく、飛び抜けた意思の強さを持っている ―― 僕たちとは全く違ったエコロジー(生態)あるいはエコシステム(生態系)の一部なんだ。だから僕は、何百万人が聴くBjörkのレコードに対して、たとえ聴いてくれる人が1万人とか1.5万人だったとしても、自分で丸ごと作れるMatmosの作品を作るのが好きだ。どちらかの方が真正だとか、優れているということではなく。僕自身が持っているスキルの問題だと思う。ポップ・ミュージックを作ることに長けているプロデューサーで、常にクールなポップ・ミュージックを作っている人もいるけど、僕はそうではない。それは、現実を謙虚に受け止めているだけだ。僕はBjörkにとって素晴らしいプロデューサーではなかった。彼女が持って行きたいと思っていた曲のエモーショナルな方向性を聞き入れることが上手く出来なかった。 

 

Martin Schmidt: 僕たちは「え、でもこのヘンテコリンなディテールはどうする?」ということに気を取られ過ぎていたね。 

 

Drew Daniel: 「なぜスネアはひとつでいいの?10種類のスネア音を使ってみない?」 

 

Martin Schmidt: Drewは僕に千回くらい言い聞かせないといけなかった、ポップ・ミュージックを作る人は、ポップ・ミュージックを作りたがっているんだと。奇妙なノイズ音楽を作っている人たちが、ポップ・ミュージックを作りたがっているのとは違う。僕は常に、「なぜ彼女はもっともっと変なことをしてみないんだろう?」と思っていたけど… 

 

Drew Daniel: 彼女の視点からすれば、彼女が作った歌だからなんだよね。『Verspertine』はBjörkのアルバム。彼女がメロディを書き、歌詞を書き、音楽も出来ているところに、僕たちはプロダクションのアイディアやパーカッションのパターンやシーケンスを提供するのが役割だった。本質的には、既に誰かが書いた脚本の、舞台デザインをやるのと同じこと。既にそこには話の筋書きがあって、その大きな物語を伝える手伝いをする。その曲の良さを引き出す中で、より良いあるいは悪い、より利己的か否かという選択肢があるんだと思う。でも僕たちの視点から見ると、僕たちはコラージュや音作り、徹底的なチョッピングをして、特定のジャンルにはまらない曲作り、中音域を占領してしまうヴォーカルを使わないことをずっと意識してやってきた。 

 

Martin Schmidt: 僕にとって、人の声は音楽作りの楽しさを奪ってしまうものなんだ。 

 

Drew Daniel: それはさすがに言い過ぎだろう。 

 

Martin Schmidt: どうかな。人の声が喋り出したり歌い出したりすると、他の音の存在感は消えてしまう。人の声を引き立てる脇役になってしまう。だってそうだろう、ミキシング・ボードのEQを見てごらんよ。パラメーターを合わせるとしたら、どこだと思う?人の声のレンジのところさ。なぜか?僕らが聴く99.9%は人の声になるからさ。ミキシングに関係なくね。 

 

Drew Daniel: その異議申し立てみたいな喋り方やめたら? 

 

Martin Schmidt: 僕に喋らせたくないんでしょう。君は人の声に抵抗があるんじゃなくて、僕の喋りを止めたいだけなんだろう。分かったよ。 

 

Drew Daniel: 僕たちは特に低い音域と特に高い音域に集中せざるを得なかったので、ハイハットの代わりにクリスピー・ベーコンを焼く音とか、彼女の歌っているときの唇の音だけを切り取って高音域を増幅させて、低音をチョップして、それを何度も何度も繰り返して、さらに2オクターブ上げると、やっとBjörkの声を邪魔しない音になって、彼女が中音域に収まって、やっと僕たちがベースラインを書ける。こういったことが、「これほど強烈なヴォーカルのためのスペースをどうやって確保するか」という課題に対する、僕たちなりの解決策だったんだ。