七月 30

Lee ‘Scratch’ Perryパーフェクトガイド Part 2

David KatzがLee ‘Scratch’ Perryのオリジナルアルバムすべてを紹介する。
Part 1はこちら

By David Katz

 

自分のスタジオを無くしてしまったPerryはノマドとなった。1981年にレーベルとの契約を探しにニューヨークへ渡ったPerryは、Perry Henzellのマンハッタンのアパートを破壊し、Chris Blackwallが渡した大金をアンティークの銀食器に散財した。その後ジャマイカ人Melvin “Munchie” Jackson、そしてPerryが以前「Guerilla Priest」をプロデュースした白人レゲエバンドThe Terroristsと共に活動を始めたが、すぐにPerryはローチェスター出身の別の白人レゲエバンドThe Majesticsに乗り換え、Bond’s casinoの数本のギグでClashのオープニングを務めるPerryのバックバンドを担当させた。

 

その後Perryが家族の問題のためにジャマイカへ戻ったため、予定されていたUSツアーがキャンセルになったが、1982年1月、マサチューセッツ州に拠点を置くインディーレーベルHeartbeat RecordsはバンドをジャマイカのPerryの元へ送り込み、 Don Grant(ギター)と共に『Mystic Miracle Star』のDynamicsでレコーディングを行った。このアルバムの数曲にはAquariusでレコーディングされたGladdy Andersonのキーボードが重ねられた。レゲエとロックのハイブリッドとなったこの作品で、Perryは様々なトピックについて歌っており、「God Bless Pickney」では宇宙について語りながら、自身の魔力に触れ、12分の大曲「Radication Squad」ではEdward Seaga首相のジャマイカ国内の犯罪に対する弾圧的な取り組みを称賛し、「Pussy I Cocky I Water」ではセックスを生命力の源だとし、「Holy Moses」では自身の唾液を聖人たちと共に称賛した。

 

Black Arkが1983年に謎の出火で消失してしまうと、Perryは自由気ままな生活に入った。

Black Arkが1983年に謎の出火で消失してしまうと、Perryは自由気ままな生活に入った。Chris Blackwellは1984年2月にPerryをバハマに連れて行き、Compass Point Studioで『History, Mystery, Peophesy』をレコーディングさせるが、仕上がりは酷く、ディスコのリズムに影響されたコマーシャルなサウンドとポエトリー的なエクスペリメンタルなサウンドの間に横たわる不安定なアルバムとなった。「Heads of Government」はまだまともだったが、支離滅裂な言葉遊びの「Funky Joe」はこのアルバムが失敗だったことを暗示する楽曲で、頭痛を誘うようなまとまりに欠けるバックトラックが特徴的だ。またBob Marleyの「Nice time」や「Roots Rock Reggae」(「Mr Music」)、「Keep Pn Moving」(「Tiger Lion」)の再編も上手くいかなかった。

 

1984年後半、PerryはSeven Leavesから『Heart Of The Ark』、『Megaton Dub』と2枚のコンピレーションをリリースしたTony Owensに招かれ、ロンドンへ渡った。Perryはロンドンにしばらく滞在しながら新たなスタートを切ることになったが、ロンドンに到着するとすぐにMad ProfessorのスタジオAriwaでシングル「Judgement Inna Babylon」を制作し、Chris Blackwallを攻撃した。そしてPerryはそのままMad Professorと共にアルバム制作に入ったが、この時に制作されたアルバムがリリースされるのは数年後となった。

 

 

その後、PerryはMark Downie(ギター)と制作をスタートさせた。Downieの率いるDub Factoryは白系イギリス人、アングロジャマイカ人、アングロインド人ミュージシャンの集まりで、のちにPerryの新生The Upsettersに参加した。ロンドン南東部のThamesideスタジオでレコーディングに励んだ彼らは、『Battle Of Armagideon (Millionaire Liquidator)』をTrojanからリリースした。このアルバムには自叙伝的な「Introducing Myself」や「I Am a Madman」など数曲のクラシックが含まれており、長年に渡ってPerryのライブセットに組み込まれることになった。 後悔するほどの酷い出来の偽物っぽいファンク「Sexy Lady」が収録されているものの、このアルバムは全体を通じて素晴らしいクオリティが保たれており、Perryのダビーなヴォーカルは自分自身との会話をしているような響きがある。

 

『Time Boom - 』はBlack Arkが消失して以来の最高傑作となった。

それを上回る内容のアルバムとなったのが、Adrian Sherwoodと初めて共作したアルバム『Time Boom X De Devil Dead』だ。Sherwoodは多民族から構成されるミュージシャンたちを数多く手元に抱えていたため、Roots Radicsとロンドン出身のセッションプレイヤーを組み合わせて、レゲエをベースにしながらも、全体としてはロック、ファンク、ジャズなども合わせたこれまでとは異なるサウンド生み出した。Perryもこの作品ではストレスなく仕事を進めており、『Time Boom - 』はBlack Arkが消失して以来の最高傑作となった。収録曲「Jungle」と「De Devil Dead」は彼のライブセットに長年組み込まれることになり、ロナルド・レーガン大統領の戦略防衛構想を批判した楽曲「SDI」も、彼が政治的な興味を失っていないことを印象づけた。

 

Perryはその後ニューヨークへ渡り、Lloyd “Bullwackeie” Barnesのために「Satan Kicked the Bucket」をレコーディングした。これもまた強力なアルバム(『Time Boom - 』ほどではないが)で、大半がデジタルで構成されたリズムはモダンなジャマイカのダンスホールサウンド寄りだが、The Wackiesのクリエイティブな演奏によって深みが与えられている。Max Romeoとの「Keep On Moving」で、PerryはBob Marleyの「It’s Alright」を再編しており、The Techniqueの「Love Is Not a Gamble」も「One Hot Party」として再編しているが、このアルバムでは再びBlackwellを攻撃しているタイトルトラック、不気味な「Sweet Dreams」、そしてマーガレット・サッチャー首相に自分の直腸からひねり出した燃料をかけてやると吠えるフリーキーな「Bat Bat」など、オリジナル楽曲が出色の出来を誇っている。1990年にはこのアルバムのダブ盤がリリースされた。これも十分楽しめるアルバムだが、Perryのアイディア抜きでミックスされた作品となっている。

 

Ariwaの『Mystic Warrior』は1989年に意外なタイミングでリリースされた作品だ。というのは、これは元々その5年前にMad Professorと制作したアルバムだったからだ。このアルバムではMarleyの楽曲が数曲再編されているが、最も印象的な楽曲はAriwaの不気味なリズムが用いられたオリジナル群で、Perryは自分の傷づいた魂の苦悩を解き放っている。「25 Years Ago」では自分の大便を食べた経験があるとし、正式な支払いがされず、自分のアーティストとしての認知も上がらなかったことからBlack Arkを焼き払ったと告白している他、「Pirates (Black Plastic)」でも、同様の苛立ちを表現している(尚、ダブバージョンはMad ProfessorによるミックスでPerryは参加していない)。

 

 

PerryはBlackwellに対して相当な怒りを表現していたため、Adrian Sherwoodとの2枚目『From the Secret Laboratory』が1990年にIslandからリリースされたことは驚きだった。全体を通じて非常にモダンなアルバムに仕上がっており、リズムはジャマイカのMixing LabでRoots Radicsの演奏が用いられたが(TackheadのギタリストSkip McDonaldなどイングランドの様々なミュージシャンも参加している)、多様でややバランスが崩れている感覚がある。尚、予算の制限もレコーディングに影響を与えた。ただし、『Time Boom - 』ほど影響力があるアルバムではないにせよ内容は十分で、Lee Perryがダンスホールに最も接近したタイトルトラックは、ライブを長年に渡り支えることになった。また、「Inspector Gadget」、「You Thought I Was Dead」では自分に対して良い態度を見せなかったジャマイカの政治家たちなどを激しく糾弾している。

 

この時代は、驚くような作品や怪しげな作品が数多く発表された。

Higi Heilingerとの共同プロデュースでスイスのBlack Catからリリースされた『Spiritual Healing』は必聴盤ではない。無意味な「Babush」や「Sexy Boss」(この曲はMireille Campbellとの関係を詳細に説明している)など、スイスのロックミュージシャンとの新曲のミックスは酷い。他の楽曲もBlack Arkのクラシックを真似たような楽曲で、Augustus Pabloの「Vibrate On」を使った「Sev Vibration」の他、ダンスナンバー「Come On and Dance」を劣化させた「Lama Lava」などが収録されている。

 

この時代は、驚くような作品や怪しげな作品が数多く発表された。『Message from Yard』は、『Satan Kicked The Bucket』の未完成のアウトテイクの寄せ集めで、少数がRohitからリリースされただけだったが、その完成度はあまりにも低く、リリースすべきではなかった。このアルバムには、「Money Me a Deal With」(このアルバムのモチベーションを物語っている)などとぼけたユーモアが散らばっているが、残りの楽曲のクオリティは軒並み低く、軽率で不安定な演奏ばかりとなっている。次にTassaからリリースされた『The Dub Messenger』も更に下手なアウトテイクを集めた作品で、Perryもミックスに参加していない。

 

ミニアルバム『Full Experience』はかなり内容が向上している。1977年にAura LewisとThe Full Experienceと共にBlack Arkで行われたセッションが元になっているこのアルバムは、素晴らしいミュージシャンシップと3人の女性のハーモニーが楽しめる美しい楽曲が収録されている。

 

 

1992年、Perryは ジャマイカに戻り、急遽Heartbeat用にニューアルバム『Lord God Muzick』(The Reggae Emperor)のレコーディングを行った。このアルバムには前述のMireilleとの関係によって新しい力が注入されている。旧友Nineyによってプロデュースされたダンスホールスタイルのデジタルサウンドが用いられたこのアルバムは、ドライヴ感溢れる「Free Us」、痛烈な「Hot Shit」、そしてMarleyの「Who Cold the Game」の再編(Bunny Leeを攻撃)などは良い出来だったが、他の楽曲は可も不可もない凡庸な出来で、1968年の「I am the Upsetter」のリズムの上に不可解でぶつぶつと話すようなヴォーカルを重ねたこのアルバムは失敗作だった。とは言え、 ポストBlack Ark時代が好きなファンには、魅力的なアルバムのひとつとなっている。

 

同じく1992年にリリースされた『The Upsetter and the Beat』は、元々1980年代後半にニューヨークとジャマイカのStudio Oneが所有するスタジオでCoxsone Doddの年季の入ったリズムを起用してレコーディングされた作品だ。しかし、残念ながらこのアルバムは散漫な印象で、Wailing Soulsの「Back Out With It」の再編「Don't Blame the Baldhead」や「Mr. Fire Coal Man」をつんのめるように改悪した「Twiddle with Me」など、Perryのキーの外れたアドリブ重視のヴォーカルはリズムとの相性が悪く、また、「Big Apple Coconut」や「There Is a Place for Us」においては、Perryの声がDoddの新しいデジタルリズムの中に沈んでいる。必聴アルバムではないが、聴き所が数カ所用意されている。

 

紛らわしい話だが、1994年の『Smokin’』は、1981年のニューヨーク生活の間にレコーディングされた作品だ。Perryの過激な意識の流れを捉えたこの作品は、Little RoyのレーベルTafariに携わり、初期Bullwackiesのリリース群に参加してきたMunchie Jacksonによってプロデュースされている。 形而上学的な罵倒や演説調の暴言などがアドリブで盛り込まれているこのアルバムはPerryというよりは、Pipecock Jackxon名義に近く、アップビートで楽天的な「Hi-Jack」、「Atlas Road Map」、「Cockroach Motel」、「Calamooch」が収録されている一方、ダークなアフリカ魔術調の「Seven」も収録されている。

 

 

1994年、PerryがMad Professorと再びコンビを組むと、その結果大量のAriwa作品が生まれ、Perryはその勢いと共に新世紀へと突入することになった。しかし、その1枚目となった『Super Ape Inna Jungle』は残念ながらその中で最もクオリティの低い作品だ。これは、有機的なマシングルーヴをベースにまとめられた、Perryのこの時代を代表する名盤のひとつ『Black Ark Experryments』のアウトテイクをジャングル/テクノダブでリミックスした作品で、そのクオリティはかろうじて聴けるレベルでしかない。尚、『Black Ark Experryments』は週末を使って簡単に制作されたアルバムにも関わらず、自叙伝的な「Open Door」や、批判的な「Heads of Government」など、ライブで頻繁に披露されるパワフルな楽曲が含まれている(尚、このアルバムのダブバージョンは再びPerry抜きでリリースされている)。

 

Who Put the Voodoo ‘Pon Reggae』も前作と同じ方向性が保たれ、リズムの大半がエレクトロニックなビートだったが、 この作品ではPerryの言葉が炸裂しており、彼独自の世界観の縮図が表現されており、「Megaton bomb」では日本での人気獲得を喜び、「Don’t Touch My Shadow」では恋敵に警告を発し、「Messy Apartment」では自分の悪癖を認めている。このアルバムはある程度の魅力が備わっているものの、残念ながら収録曲の大半は冗長で焦点がぼやけてしまっている(またもダブバージョンはPerry抜きで制作されている)。

 

Mad Professorとの共作が続いていた1997年、アメリカのRIORからリリースされた『Technomajikal』はスイスのX-Perry-mentalによって企画された不運なプロジェクトが生み出した結果だ。このグループのキーボードJeannot SteckはPerryのヨーロッパツアーで数回サポートメンバーを務めていた。Perryは1993年の段階でこのグループの作ったテクノトラック数曲で歌っていたが、グループがこれをYelloのDeiter Meierに手渡すと、MeierがMartin Kloiberをプロデューサーに迎えて再構築に挑み、シタール、フルート、ディジリドゥを重ねた。しかし、Lee Perryをハウスミュージックのフォーマットに押し込もうとする試みはかなり残念な結果となり、「Maxi Merlin」や「LSD-LSP」などの別ミックスはこのアルバムに特徴がないことをただ強調するだけになった。

 

同じくMad Professorとの 作品である1998年の『Dubfire』はやや残念な仕上がりとなった。このアルバムはPerryの過去の作品の再編が収録されているだけで、結局オリジナルのクオリティの高さを気付かせるだけに終わった。それなりのハイライトはあったものの、Junior Bylesの「The Long Way」のメランコリックなバージョンや、Marleyの「Soul Rebel」、「Duppy Conqueror」、「Satisfy My Soul」などの再編は凡庸な出来に終わっている。尚、タイトルトラックの赤ん坊の真似や、下品な「Doctor Dick」の新録など、セルフパロディと思われる曲も収録されている(ダブバージョンはまたもPerry抜きで制作されている)。

 

 

21世紀初のPerryのアルバムとなった『Techno Party』は内容がかなり向上した作品となった。彼の不安定な叫びと歌唱はトランス、ジャングル、トリップホップから影響を受けたリズムと上手く噛み合わさっており、その中の数曲はクラシックなレゲエをベースにしているなど、新旧が混ざり合っている。タイトルトラックは「Punky Reggae Party」のゴアトランスバージョンで、「Crooks in the Business」は、音楽業界の盗人たちに対するPerryの嫌悪が感じられるヒップホップとなっている。また「Come in Dready」はJames Brownのサンプルを使ったディープハウスで、復讐心が感じられる「Daddy Puff」では他ジャンルのビッグネームたちを攻撃している(通常通り、Perryはダブバージョンにほとんど参加していない)。

 

翌年 は1987年から1988年にかけてPerryがレコーディングした未完成のアルバムがTrojanからリリースされた。『On the Wire』というタイトルでリリースされたこのアルバムには、「Exodus」の見事な再編や、複数のヴォーカルが不可解に絡む大曲「For Whom the Bell Tolls」などが含まれているが、「Buru Funky」のバッキングヴォーカルはPerryのリードヴォーカルと激しく衝突しており、On-U Soundの「Jungle」と「Train to Doomsville」の別バージョンも場違いに感じられる。

 

『Jamaican E.T.』は何故かグラミー賞の「ベストレゲエアルバム」を獲得したが、これはアルバムの人気の結果というよりは、特別功労賞のようなものだった。

2002年にTrojanがリリースした『Jamaican E.T.』は何故かグラミー賞の「ベストレゲエアルバム賞」を受賞したが、これはアルバムの人気の結果というよりは、特別功労賞のようなものだった。2 Toneと活動をしていたRoger Lomasによって共同プロデュースされたこのアルバムのファンクロック的なアプローチはStyle CouncilとFlesh For LuLuの元メンバーが演奏を担っているが、その演奏は何重にも重ねられたPerryの力強い個性的なヴォーカルの前では二次的な要素に感じられる。Staples Singersの「I’ll Take You There」の支離滅裂な再編や、「Holyness, Righteousness, Light」、「Love Sunshine, Blue Sky」、誤解されやすいタイトルの「Hip Hop Reggae」といったファンキーな楽曲も収録されているが、ベストトラックは「Telepathic Jah a Rize」と「Evil Brain Rejector」で、両曲共に典型的なPerryが楽しめる。

 

 

『Jamaican E.T.』のレビューの平均点は星2個から3個程度だったが、見栄えが良いだけの次作『Alien Starman』は商業的に失敗し、星1個のレビューが多くを占めた。本作の大半は中途半端に間に合わせた楽曲、または前作からのアウトテイクのようなクオリティに留まっている。「Duppy Conqueror」は比較的良い内容だが、The Temptationsの「My Girl」の再編は大失敗に終わった。あるレビューはこのアルバムを「意味がない作品群の底辺に位置する作品」と評価し、また別のレビューでは「聴く必要なし」と酷評された。

 

2004年、PerryはThomas Lautenbacher(エンジニア/キーボード)から連絡を受け、スイスのミュージシャンWhite Belly RatsとDennis Bovell’s Dub BandのメンバーDaniel Spahni(ドラム)と組んで制作に入った。その結果として生まれた『Panic in Babylon』は、Perryのヴォーカルこそ調子外れだが、見事なミキシングと、生のホーンセクションの助けにより、『Who Put the Voodoo Pon Reggae』以降の多くの作品群よりも、音楽的に優れた作品に仕上がった。ハイライトとしては、反悪魔をテーマにした「Purity Rock」、シンセがうねる「Voodoo」、そして「I Am the Upsetter」にホーンソロを取り入れて再編した活力のあるタイトルトラックなどが挙げられる。残念ながら「Are You Coming Home」は説得力に欠ける駄作で、また3曲のライブテイクのボーナストラックも余分に感じられる。

 

それから3年後、アメリカのインディーレーベルMegawaveからリリースされた『The End of an American Dream』は、1980年代のPerryのライブに参加し、アブストラクトな「AD Vendetta EP」でレコーディングにも参加したギタリスト兼ヴォーカルのJohn Saxon AKA Steve Marshallと取り組んだ3部作の第1作だ。このアルバムは当時の彼のレコーディング方法として確立しつつあった、思いついたら何でもレコーディングしていくというスタイルが選択されており、ファンク、ヒップホップ、テクノ、ロック、そして数曲のレゲエが収録されているというランダムな方向性はそのままアルバムのまとまりの無さに繋がっており、たとえば「I Am New Yorker」ではスクラッチやサンプリング、「Disarm」ではファンキーなギターとオルガンのリフ、そして「One god Rain」と「Teddy Bear」ではエレクトリックなビートが前面に押し出されている。最もPerryらしい作品と言えるのは、アメリカの凋落について語っているタイトルトラックだ。

 

 

この時代で最も重要なアルバムが『The Mighty Upsetter』だ。Adrian Sherwoodとの3枚目の作品となったこのアルバムはマスターピースのひとつであり、『Time Boom』以降の彼の作品の中で最も素晴らしい内容を誇る。ジャマイカ人Paul “Jazwad” YebuahとSteven “Lenky” Marsdenがダンスホールのテイストを加え、Dennis BovellとSkip McDonaldがコスモポリタンなテイストを加えているこのアルバムは、Perryの過去に触れながら、彼を未来へと連れ出している。

 

『The Mighty Upsetter』はマスターピースのひとつであり、『Time Boom』以降のPerryの作品の中で最も素晴らしい内容を誇る。

International Broadcaster」は「Bucky Skank」をRoots Manuvaと共にヒップホップに変えた楽曲で、反クラックを歌う「Rockhead」は「Africa’s Blood」をパワフルにした楽曲で、「Kilimanjaro」はThe Silverstonesの「Rejoice」のホーンバージョンに「Station Underground News」を加えた楽曲だ。また「Political Confusion」では、Tony Blairは嘘つきで、自分の罪の報いを受けるだろうと吠え、George W. Bushも犯した悪事によって魂を失うだろうと非難している。全体的にこのアルバムは素晴らしいクオリティで、Perryが依然として話題性のあるアルバムをリリースできることを証明した。尚、ダブバージョン『Dubsetter』もこのアルバム同様に重要な作品だ(Nu Sound & Versionのダブステップ盤はそこまで魅力的ではない)。

 

Narnackからリリースされた『Repentance』はAndrew WKとの不運な出会いから生まれた、史上最高でもあると同時に史上最低なアルバムだ。大きなハイプを生み出したこのアルバムは結果的に大失敗に終わったが、その理由は音楽が不調和にあり、ノイズロックのドラマーBrian ChippendaleとMatishyahuのバンドのベーシストJosh Wernerは噛み合っているとは言い難い。「Heart Doctor」や敬虔な「God Save His King」などは十分楽しめる楽曲と言えるが、「Baby Sucker」や「Crazy Pimp」といった失敗作は内容と演奏の両方で不愉快で、レイプをジョーク化し、ポルノのサンプルをたっぷりと使用したこれらの楽曲の存在により、最終的にこのアルバムは世間から拒否されてしまった。

 

Scratch Came, Scratch Saw, Scratch Conquered』もこの時期にリリースされたアルバムで、John Saxonとの2枚目となったこの作品には、Keith RichardとGeorge Clintonがゲスト参加している。Richardsのブルージーなギターがフィーチャーされた「Heavy Voodoo」はこのアルバムの価値を高めているが、 攻撃的なヒップホップトラック「Headz Gonna Roll」におけるClintonは今ひとつインパクトに欠けている。またこのアルバムは『The End of American Dream』よりは焦点が定まっているにせよ、方向性が拡散しすぎているような印象を受ける。

 

 

2009年に入ると、『Return from Planet Dub』がリリースされた。これはオーストリア出身のダブデュオDubblestandartとのコラボレーションで、元The SlitsのヴォーカルAri Upも数曲で参加している。ディープダブ、チルハウス、ダブステップへ迫るこのアルバムで、Perryは自身の知識を駆使しており、「Deadly Funny」では天国と地獄を見せるようなスタイルを披露しながら、「Chase the Devil」と「Blackboard Jungle」に再び挑んでいる他、「I Foo China」では初期On-Uを思わせるサウンドを提供している。だが、「Fungus Rock」は性病をテーマにしたひどく不快なトラックなので注意したい。

 

John Saxonとの最後の作品になった『Revelation』は2010年にリリースされた。相も変わらず音楽性は拡散しており、「Holy Angels」はオールドスクールなダブで、「Weatherman」と「Books of Moses」はブルースとなっている。「Books of Moses」はKeith Richardsのスムースなギターが効果的だが、George Clintonが参加した「Scary Politicians」はまたも彼の存在感が活かされていない。また不適切なポルノトラック「An Eye for an Eye」やMichael Jacksonを批判する「Freaky Michael」は更に劣っている。

 

翌年リリースされたBill Laswellとのコラボレーション『Rise Again』で、Perryはアヴァンギャルドな作品に挑んだが、Gigi Shibabowが「Orthodox」、「Wake the Dead」、「African Revolution」などに参加したことから、このアルバムのPerryはエチオピア音楽へ大きく傾いている。「ET」やタイトルトラックなどはスペーシーなルーツ感が溢れており、またSly Dunbar、Josh Werner、Jahdan Blakkamoreなどを含む素晴らしいゲストたちの参加が、このアルバムに立体感を与えている。

 

 

2012年にはThe Orbとのコラボレーション『The Orbserver In The Star House』がUKのCooking Vinylからリリースされ、好評を博した。Perryの意味不明な連続的な語りがThe Orbの液体的なエレクトロニックサウンドとフィットし、耳が楽しめる瞬間を数多く生み出している。The Orbの「Little Golden Clouds」を再編したミニマルなリズムの「Golden Clouds」は楽観的でアップビートな楽曲に仕上がっており、Perryが神と楽しく語り合っている。またボサノバ風の「Hold Me Upsetter」、そして「Man in the Moon」も魅力的なトラックで、後者はトラックが進むにつれ、知性が浮かび上がってくる。ゴアトランスの失敗作のようなイントロからすぐにレゲエに変化するこの楽曲で、Perryは「俺は月に家を構えたスイスの実業家だ」と歌っている。Junior Murvinの「Police and Thieves」の再編は失敗に終わっていた可能性もあったが、The Orbが1960年台のUpsettersのオルガントラックと1970年代の曖昧なメロディカを上手く使用したことで楽曲として機能している。このアルバムは、後期Perryファンが非常に楽しめる作品であると同時に、The Orbファンにも魅力的な作品だ。尚、この次にリリースされた「More Tales from the Orbservatory」は未発表曲の寄せ集めのような体裁で、5曲のインストにはあまり意味を感じないが、それでも「No Ice Age」や「Making Love in Dub」などは十分楽しめる楽曲に仕上がっている。

 

Perryの現時点での最新作『Humanicity』はフランス人デュオEasy Riddim Makerがバックトラックを担当した。このアルバムはPerryの過去のレゲエ作品をモダンなロックに再編した作品で、「4th Dimension」では「Blackboard Jungle」を再び取り上げ、「Jesus Perry」では「Vibrate On」のような過去の名作を引き合いに出しながら、「レゲエの再生」を探求している。ただし、 アダルトな内容の「In the Bathroom」は小さな子どもがいる前ではプレイしないようにしたい。

 

尚、Perryの回顧録的なコンピレーションを探したい場合、 本人とは全く関係がないのに彼の名前や写真が使われている作品が多いため、今回紹介したアルバム群同様、地雷原を歩くような労力が求められるが、代表作としては『Guitar Boogie Dub』、『Hold of Death』、『Presenting Dub』、『A Serious Dub』、『Augustus Pablo Meets Lee Perry at the Black Ark』、『Lee Perry & The Upsetter Meet Scientist at Black Ark Studio』、『The Great Lee Perry King of Dub』、『Scientist Upset the Upsetter』、『Lee Perry Meets the Mad Professor in Dub』などが挙げられる。入門編としてはIslandがリリースしたBlack Ark時代を3枚にまとめた『Arkology』がオススメだろう。またSeven Leavesからリリースされた『Heart of the Ark』と『Magaton Dub』シリーズでもPerry最盛期の作品群が聴ける他、Pressure Soundsからのコンピレーションや、Trojanからのボックスセットなども入りやすいだろう。

 

Lee ‘Scratch’ Perryの長大なキャリアの詳細については、David Katzによるバイオグラフィー『People Funny Boy: The Genius of Lee ‘Scratch’ Perry』を参照してもらいたい。

 

(Part1 はこちらから)

 

 

今回の記事はレーベルStroboscopicを主催するLucy がキュレーターを務めたシリーズのひとつです。

「Lee Perryは13歳の時に聴いて以来、僕の音楽の軸のひとつになっている。僕が一番興味を持っているのは彼のダブに対する感覚だ。彼の感覚は不可視だが、音楽の様々な面に影響を与えている」

 

「Lee Perryについてもうひとつ興味深いと思っている点は、最初から一切妥協をしなかったという部分だ。Black Arkは当時としては信じられない程先進的な音楽を生み出していた。あのスタジオに置いてあった彼の機材はハイテクではなかったが、テープディレイ、リバーブ、フェイザーを非常にクリエイティブに、まるで楽器のように使っていた。このような使い方は今でも僕のスタジオ制作に大きな影響を与えていて、僕は彼が使っていたのと同型のディレイとフェイザーを今も使っている。こういった機材は僕の感覚や僕のエレクトロニックミュージックから非常に近い位置に存在している」

 

「Lee ‘Scratch’ Perryは規範をひっくり返し、価値観を変えてきた。普通ならば前面に来るべきサウンドが後方に配置され、後方にあるべきアンビエントが目の前に置かれる。こういう発想の転換は僕自身の音楽からレーベルの作品に至るまで、僕の手掛けるすべてで行われている」