七月 28

Lee ‘Scratch’ Perryパーフェクトガイド Part 1

Lee ‘Scratch’ Perryの名前が正式にクレジットされている全オリジナルアルバムをDavid Katzが紹介する。

レゲエの神であるLee ‘Scratch’ Perryが発表した作品の数は底なし沼のように大量で、延々と流れ続ける滝のようでもあるが、そのすべてに彼の個性的なサウンドが備わっている。50年以上に渡りレコーディングを続けてきた彼にはいくつかの特徴的な段階に分けることが可能だ。ヴォーカリストとして参加したStudio Oneでの初期スカ作品を発表してから見習い期間を経て、1968年後半に自身のレーベルUpsetterを設立すると、独立したプロデューサーとしての活動をスタートさせた。

回顧録的なコンピレーションの数が多過ぎるため、以下のディスコグラフィーではPerryまたはThe Upsettersがクレジットされているオリジナルアルバムをほぼ年代順に取り上げた。Perryはその後まもなくして、速めのテンポの初期レゲエスタイル(スキンヘッドレゲエ)の楽曲で最初のヒットに恵まれるが、1970年代中頃から後半にかけてのルーツレゲエ時代にBlack Arkスタジオを建てたことで、当時進化を続けていたダブにおける自由な創造性を手にし、その評価を高めていった。その後、Perryが劇的に変化を遂げたポストBlack Ark期はいくつかの時代に別れており、Perryは海外で活動するジャマイカ人、Melvin “Munchie” JacksonやLloyd “Bullwackie” Barnesなどと組んで活動した他、Adrian Sherwood、Mad Professorなどジャマイカ人以外の数多のアーティストたちとの制作にも励んだ。

根っからのレゲエ純粋主義者の中には、Black Ark以外でレコーディングされた作品を相手にしない人も多い。確かに後期の作品の中にはクオリティコントロールがされていない作品もある。しかし、ポストBlack Ark時代の作品群は、精通したリスナーたちや、逆にそこまで知識がない若いファンたちにとって非常に面白い内容となっている。

彼の作品をまとめた回顧録的なコンピレーションの数が多過ぎる、以下のディスコグラフィーではPerryまたはThe Upsettersがクレジットされているオリジナルアルバムをほぼ年代順に取り上げているが、Perryがプロデュースしたシンガーのアルバムや、ヴォーカル・グループ、ディージェイなどの作品も含まれている。これらの多くは一聴の価値がある作品だ。



Chicken Scratch』にはPerryのスカ時代の作品の約半分が収録されている。当時の彼はプロデューサーとしてよりもシンガーとして成功を収めようとしていた。このユーモラスな作品にはフォークが多用されており、ジャマイカサウンドが特徴的だ。「By Saint Peter」や「Tackoo」は特にジャマイカ的で、The SoulettsとThe Wailersのバッキングヴォーカルは当時のシーンの親密性を強調している。

1966年にStudio Oneを去った後、PerryはWest Indies Records Limitedで働き始め、短期間に渡ってPrince Buster、Joe Gibbs、Clancy Eccles、Linford “Andy Capp” Andersonと活動を共にした後、1968年に独立した。翌年、ロンドンのTrojan、Pamaとライセンス契約を結んだことから、Perryがプロデュースしたアルバムは大量に流通するようになった。やがてオルガン主体のインスト「Man from MI5」などがUKのポップチャートを賑わせると、まずはTrojanからモノラルコンピ、『The Upsetter』がリリースされた。このアルバムはポップ/ソウルのレゲエアレンジ3曲 (Bee Geesの「To Love Somebody」など)を除き、すべての曲でオルガンが前面に押し出されているため、分かりやすいフックが備わっている。



その後、Fats Dominoの「Sick and Tired」をサックスで作り直したタイトルトラックがUKでトップ10に入るヒットすると、Trojanは全曲インストの『Return of Django』をリリースした。「Cold Sweat」、「Night Doctor」、「Soulful I」、「Medical Operation」などの素晴らしいオルガントラックが、このアルバムを60年代後半のPerryの作品群の中で最も強力な作品にしている。

同年、今度はライバルレーベルPamaが『Clint Eastwood』(またの名を『Best Of Lee Perry And The Upsetters Vol 1』)をコンパイルしてリリースすると、The Coastersの『Yakkety Yak』を空間的なギターバージョンに変えたタイトルトラック「Clint Eastwood」がUKでヒットした。とはいえ、このコレクションの収録曲はヴォーカル物も多く、Reggae Boysの「Selassie」と「What Is This」、表記されていないNiney the ObserverによるEddie Floydの「I’ve Never Found a Girl」、そしてPeter ToshとCount OssieのナイヤビンギチャントがフィーチャーされたU Royの「Righteous Ruler」(「Nightfall Ruler」と誤記されている)などが収録されている。

型破りなアプローチを好むPerryの性格がすでに表出していることが理解できる。1970年の『Many Moods of the Upsetters』(または『Best Of Lee Perry And The Upsetters Vol. 2』)もCarl DawkinsのTemptationsのカバー「Clound Nine」や、Pat Satchmoの「Goosy」と「Boss Society」を除き、ほぼインストだけで構成されたコンピレーションだ。「Serious Joke」のオルガンとサックスの絡みや、Joe Southの「Games People Play」のスティールパンバージョンを聴けば、型破りなアプローチを好むPerryの性格がすでに表出していることが理解できる。

Trojanからリリースされた『Scratch the Upsetter Again』も同様にオルガンが前面に押し出されているが(その他ベタなヴォーカル物のカバーも数曲収録されている)、リズムのスピードは明らかに落ちており、「Bad Tooth」、「The Denstist」(スペルは原題ママ)、「Soul Walk」は1969年にリリースされた他のトラックに比べるとせわしなさが感じられない。

この頃、Perryの作品の大半はJackie Jackson(ベース)、Hugh Malcolm(ドラム)、Hux Brown(ギター)、Winston Wright(オルガン)を中心としたヒット曲御用達のセッションミュージシャン集団All Starsが演奏を担っていたが、Perryが1969年後半にThe Upsettersと共にテレビ番組『Top of the Pops』へ出演するためにUKへ向かった際、彼はその頃起用しはじめていた若手中心のバンドに切り替え、Aston “Family Man” Barrett(ベース)、Ashtonの兄Charlton Barrett(ドラム)、Alva “Regie” Lewis(ギター)、Glen “Capo” Adams(オルガン)を起用した。活発にUKとオランダを回ったバンドだったが、Perryの海外とのビジネストラブルが原因でロンドンにて足止めを食らうことになった。TrojanからUK国内向けにリリースされた『The Good, The Bad And The Upsetters』が失敗に終わったのだ。この作品は元TrojanのスタッフBruce WhiteとTony Cousinsがプロデュースしたもので、Perryとは全く関係がなかったために、Perryは激昂。その結果Perryは後日同名のアルバムをジャマイカ国内でリリースした。このアルバムもいつも通りオルガンとサックス、スティールパンがフィーチャーされているが、その他に低音重視のWailersのダブも数曲盛り込まれている。




Trojanからリリースされた『Eastwood Rides Again』ではBarrett兄弟が大きく貢献した。「Pop Corn」や「Catch This」のような楽曲はJames Brownから多大な影響を受けており、音数が絞られた生々しいファンクジャムとなっている。しかし、残念ながら「Dollar in the Teeth」やSir Lord Comicの「Django」といった古い楽曲は、このアルバムにばらつきを与えてしまっている。

The Wailersの名作『Soul Rebels』、そしてDave Barkerの『Prisoner of Love』(BarkerがUKへ移住したため完ぺきな仕上がりにはならなかったが)がリリースされた後にThe WailersがUpsetterからリリースした2枚目『Soul Revolution』は、前作『Soul Rebels』を上回る仕上がりとなり、ここには「Keep On Moving」、「Kaya」、「African Herbsman 」、「Don’t Rock My Boat」、「Sun Is Shining」など、時代を象徴する楽曲が数多く収録された。そしてこの作品を最小限の楽器で再編した『Soul Revolution Part 2』(Upsetter Revolution Rhythm)は、『Soul Revolution』を全く違った形で楽しめる作品だ。

Africa’s Blood』は再びインストとヴォーカル物がミックスされた作品だが、ここでは当時勢いを増していたアフロセントリズムへの歩み寄りが行われている。「Place Called Africa Version 3」はJunior Bylesによるアフリカの賛美歌をディージェイ用にDr Alimantadoが再編した楽曲で、「Well Dread Version 3」は無名に近いAddis Ababa ChildrenによるEric Donaldsonの「Cherry Oh Baby」のナイヤビンギバージョンとなっている。対照的にDave Barkerの「Do Your Thing」はピュアなファンクで、Hurricanes/Righteous Flamesの「Isn’t It Wrong」は失恋を歌うバラードだ。言い換えれば、このアルバムは多様な音楽性を誇った70年代のUpsetterの典型的な作品だ。

ラフでありながらスムース、Perry風でありながらPerry風ではない、自意識と他意識が混ざり合っている奇妙なアルバムだが、全曲秀逸だ。Battle Axe』も同様のスタイルだが、この作品には感傷的なオルガンが印象的なTony Orlandoの「Knock Three Times」、Little Royの「Cross The Nation」、Carl DawkinsによるFreddy McKayの「Picture ON the Wall」のカバーなどが収録されているが、何故かこのアルバムにはDelroy Wilsonの「Cool Operator」(Bunny Leeプロデュース)とAndy Cappの初期ディージェイヒット「Pop a Top」(Andy自身がプロデュース)も収録されている。ラフでありながらスムース、Perry風でありながらPerry風ではない、自意識と他意識が混ざり合っている奇妙なアルバムだが、全曲秀逸だ。



1973年にリリースされた『Cloak and Dagger』はこれまで以上にダブに接近した作品となった。このアルバムは2バージョンがリリースされており、RhinoからリリースされたUK盤は全曲インストだが、ジャマイカ盤にはダブ2曲 - 「Iron Gate」とHorace Andyの「Skylarking」を再編した「Rude Walking」- が収録されており、インストとダブの微妙な隙間に存在するようなアルバムとなっている。また、ジャマイカ盤はThe Upsettersが特異とするバックトラックのパンニングが施されており、一歩先まで踏み込んでいる。尚、両盤に収録されている「Cave Man Skank」も注目に値する楽曲で、冒頭部にはネイティブアメリカンのチェロキー族の聖書の一部が引用されている。

対照的に『Rhythm Shower』(元々はジャマイカ盤のみ)はThe Upsettersの実験性の強いダブにDillingerとSir Lord Comicのトーストを組み合わせた作品で、Stingersの「Give Me Power」のオルガンバージョン「Double Power」が収録されている他、The Gatherersの「Words of My Mouth」をベーシーにした「Kuchy Skank」、George FaithがWilliam Bellの「Forgot to Be Your Lover」を初めて再編したダブ「Lover Version」なども収録されている。

真のダブクラシックと言えるこのアルバムはまさにエッセンシャルな作品だ。1973年後半に入ると、Lee Perryの最高傑作のひとつ『Upsetters 14 Dub Blackboard Jungle』がリリースされた。このアルバムは『Blackboard Jungle Dub』としての方がよく知られている。Lee “Scratch” Perryの初の本格的なダブアルバムであり、「史上初のダブアルバム」の称号を争う数少ないアルバムのひとつだ。元々はUpsetterからジャマイカ国内限定で少数だけがプレスされたもので、Esquivelの作品のように、ドラムとベースが左に、ギターとホーンが右に大胆にパンニングされたミックスの14曲が収録されている。尚、再発盤は物によってはモノラルだったり、収録曲数が12に減っていたりとばらつきがある(信頼できる再発盤を探している人はAuralux盤をチェックするのが良いだろう)。

このアルバムにはKing Tubbyが関わっていると言う人もいるが、PerryはTubbyの参加をそこまで重要なものとは考えておらず、参加そのものを否定する時もある。いずれにせよ、1曲目「Black Panta」は「Bucky Skank」の見事なダブバージョンであり、広がりのあるドラム、鋭いホーン、そしてワイルドなギターが盛り込まれている。Prince Djangoの「Hot Tip」を再編した「Kasha Macka」はストップ・アンド・ゴーの緩いミックスが施されており、また「You Can Run」が「Elephant Rock」としてドラム&ベースバージョンに再編されている。他にもJunior Bylesの「Place Called Africa」と、The Wailersの「Kaya」、「Dreamland」、「Keep On Moving」のダブバージョンも収録されている。真のダブクラシックと言えるこのアルバムはまさにエッセンシャルな作品だ。



The Silvertonesの起伏のある『Silver Bullets』は新たに設立されたBlack Arkから出された初期作品のひとつだ。Black ArkはPerryが1973年後半にキングストン郊外の自宅の庭に建てたホームスタジオだが、このアルバムの頃はまだヴォーカル録りが完ぺきに行える状態ではなかったため、収録曲のヴォーカルの大半はKing Tubbyのスタジオでレコーディングされた。自分専用のスタジオを所有したことでPerryが得たアーティストとしての完全な自由は、時間経過と共に大きな実をつけることになったが、立ち上げ当初のこの小さなスタジオは基本的な機材が備わっているだけで、TEACの4トラックレコーダー、Marantzの家庭用ステレオアンプ、ロンドンで35ポンドだったラジオ局用のAliceのベーシックなミキサーに、GrampianのスプリングリバーブとEchoplexのテープディレイがあるだけだった。よってこの作品は非常にローファイで、特に当時カリブ海周辺で最高の機材を揃えていたレコーディングスタジオDynamicsで仕上げた作品群と比べるとその差が明確に理解できる。

PerryがKFCに捧げたこのアルバムには、チキンを揚げる音、テープの回転音、ぼんやりとしたトランペット、フューチャリスティックなMoogの演奏が取り入れられている。Black Arkがフル稼働する以前、Dynamicsで大半がレコーディングされた『Double Seven』を比較対象として聴いてみると、このアルバムはKFCに捧げられた不気味な「Kentucky Skank」が1曲目に収録されており、チキンを揚げる音、テープの回転音、ぼんやりとしたトランペット、フューチャリスティックなMoog(ロンドンのChalk FarmのKen Elliottの演奏)などが取り入れられている。U Royの「Double Six」とI Royの「High Fashion」と「Hail Stones」はPerryのディージェイ用楽曲がいかに強力なサウンドに育ったかを示しており、一方でChi-Litesの「We Are Neighbours」、Sam And Daveの「Soul Man」、Al Greenの「Love and Happiness」を再編した「Jungle Lion」などは、当時の彼の作品の中で大きな存在感を示すようになっていたファンキーなソウルの影響が表れている。このアルバムの音像は細分化されており、空間的な配置が重要視されているが、PerryがこのクオリティをBlack Arkで獲得するには、長年を要することになった。

Black Arkが本格的に活動を始めると、Perryは海外における自分の作品が尽きていることに気づき、多数のインディレーベルと新たな海外のディストリビューション契約を結び始めた。そのレーベルのひとつがロンドン南東部でジャマイカ移民Dennis Harrisが立ち上げたレゲエレーベルDIPで、1975年、このレーベルはBlack ArkのAliceのミキサーで制作されたアブストラクトなアルバム4枚をリリースしている。これらのアルバムにはEarl “Wire” Lindo(キーボード)、Ansel Collins(キーボード)、Redcliffe “Douggie” Bryan(ギター)、そしてNow Generationのメンバーたちが参加した。『DIP Presents The Upsetter』にはWatty “King” Burnettの「I Man Free」、Linval Thompsonの「Kung Fu Man」(Linval Spencerと誤表記されている)、The Silverstonesの示唆的な「Dub a Pum Pum」、The Gladiatorsの「Time」に加え、The Gayladsの楽曲や、無名のSam Cartyの楽曲も収録されている。また Breadの「Everything I Own」のギターバージョン「Jamaican Theme」や、Chi-Litesの「Lady Lady」を元にしたThe Upsettersによるダブ的な楽曲「Enter The Dragon」など、風変わりなインストも収録されている。



Return of Wax』はインストダブの領域を更に追求している作品で、Junior Bylesの「Curley Locks」の再編「Samurai Swordsman」、Michael Roseの「Observe Life」の再編「Final Weapon」、そしてHeptonesの「Drifting Away」を曖昧な形で下地に使用した「Kung Fu Warrior」などが収録されている。Delroy Dentonの「Different Experience」のダブバージョン「One Armed Boxer」は、Perryのミキシングに対する拘りから途中で終わってしまっており、他の大半の楽曲も聴きどころがはっきりとしないミキシングになっている。

Kung Fu Meets the Dragon』ではアブストラクトな側面が少し弱まり、インストとしてのダブに歩み寄っている。外見上はダブの体裁を取っている「Kung Fu Man」とサウンドが大幅に変えられているハーモニカを取り入れた奇妙なRoy Shirleyの「Hold Them」の再編「Hold Them Kung Fu」を除き、このアルバムも聴きどころがハッキリとしない作品だが、基本的には多用されたメロディーが特徴になっている。「Theme from Hong Kong」と「Scorching Iron」は明るいメロディカが主軸で、「Fungaa」、「Black Belt Jones」、「Iron Fist」では強烈なシンセサイザーがオーバーダブされている他、「Skango」ではスイングするサックスを中心としたホーンのフルセクションが起用されている。挑戦的な楽曲として挙げられるのは、「Heart of the Dragon」と「Flames of the Dragon」で、両曲共にカンフー映画のヴィジュアルイメージを音楽に落とし込もうしており、その恐怖心を煽るような雰囲気にはPerryの執拗な実験欲が表現されている。DIPから初回プレス枚数が少ない形でリリースされたThe Upsettersの他のアルバムは『Musical Bones』で、これはトロンボーン奏者Vin Gordonがフィーチャーされたインスト作品となっている。

『Revoluiton Dub』はPerryがダブへの更なる接近を試みた作品で、テレビのシットコムの音声がアルバムの大半で用いられている。PerryがのちにThird WorldのリードシンガーとなるBunny Rugs(PerryによってBunny Scottと名前を変えられた)の『To Love Somebody』をレコーディングした後、1975年最後のアルバムとしてUKのCactusからリリースされた作品が『Revolution Dub』で、これは彼の最高傑作の1枚として知られている。この作品はPerryがダブへの更なる接近を試みたもので、テレビのシットコムの音声がアルバムの大半で用いられている他、本人が大半のヴォーカルを担当している。またこのアルバムでは極端なクロスチャンネルのステレオパンニングが行われており、ヴォーカルも過去に作られたフレーズを細かく刻み、急にリスナーの耳に飛び込んでくるような形で処理されている。

このようなテクニックは、一聴しただけでは無味乾燥に思えるこのアルバムのリズムの下に眠る、ある種の攻撃性を強調する効果を生んでおり、Jimmy Rileyの「Woman’s Gotta Have It」のダブバージョンや、Bunny Rugsの「Move Out My Way」を最も強烈に変化させ、TV番組の人気探偵になりきったPerryのワイルドなシャウトを加えたバージョン「Kojak」などを聴けばそれが理解できるだろう。またタイトルトラックではConn Min-O-Maticの不明瞭な実験的な電子音のリズムにPerryがぶつぶつとつぶやくような声を入れており、Bunny and Rickyの「Bushweed Corntrash」の擬似的なダブではPerryのハミングが聴ける他、Clancy Ecclesの「Feel the Rhythm」のスローなダブバージョン「Dub the Rhythm」はPerryのゲップがつんのめるように入れられており、ダブの消化不良を起こしているかのようだ。こういった特徴が『Revolution Dub』を最先端のダブと普遍的なヴォーカルの中間に位置する、魅力的で異質なダブ作品にしている。



1975年、Susan Cadoganの「Hurt So Good」が海外でヒットしたことで、Perryはスタジオのアップグレードが可能になった(とは言え、この曲がポップチャートに入ったことで得た収益の大半はDIPが受け取っている)。Soundcraftのミキシングデスクが空間処理の能力を高め、Murton Super Phasingのデモ機とRoland Space EchoによってPerryの作品は完全に別次元へと進化した。The UpsettersもNow Generationの有能なBoris Gardiner(ベース)とMikey “Boo” Richards(ドラム)を中心に、Robbie LynとKeith Sterling(共にキーボード)や、Earl “Chinna” SmithとRobert “Billy” Johnson(ギター)などが加わり、またPerry自身もScullyやStickyと共にパーカッションで貢献するようになっていった。

そしてこの一連の変化のパズルのラストピースがChris Blackwallとの契約で、この契約によって彼の作品はIsland Recordsを経由でUKとアメリカに流通することになり、その結果、彼の作品は完全に新しい市場に出回ることになった。よってJah Lionの『Colombia Colly』は、UKの小規模なレーベルBlack WaxからリリースされたPrince Jazzboの『Natty Passing Through』やアメリカのClocktowerからリリースした同アーティストの『Ital Corner』よりも幅広い層に届いたが、しかし、一番大きなインパクトをもたらした作品は、Max Romeo & The Upsettersの『War Ina Babylon』で、これは当時のジャマイカで起きていた政治的な派閥争いをテーマにしており、「Stealin」や「Uptown Babies」といった楽曲を通じて社会的メッセージが発信された(尚、多くのリスナーは、後にProdigyが1992年に「Out Of Space」として取り上げたことでレゲエ及びテクノファンのアンセムになった「Chase the Devil」がこのアルバムの代表曲だと認識している)。

『Super Ape』はPerryの大傑作のひとつだ。Perry自身の作品である『Super Ape』は大傑作のひとつだ。The Upsettersの魔力をフル活用したこの名盤は、収録曲の約半数がピュアでロウなダブで、残りは真剣にジャズに歩み寄った標準的なヴォーカルまたはヴォーカルが加わったダブとなっている。「Three in One」と1曲目の「Zion’s Blood」(Devon Ironsの「When Jah Come」の再編)ではThe Heptonesが見事なヴォーカルワークを見せており、Max Romeoの「Chase the Devil」の再編「Croaking Lizard」ではPrince Jazzboが知性を加えている他、Perry自身もフルートを大胆に盛り込んだ「Curly Dub」で本領を発揮している。最初から最後までこのアルバムは名曲揃いで捨て曲は1曲もない。



1977年に入ると、IslandからリリースされたThe Heptonesの『Party Time』、Junior Murvinの『Police and Thieves』、George Faithの『To Be a Lover』が軒並み批評家たちから高い評価を得た。しかし、IslandはThe Congosの画期的な作品『Heart of the Congos』と、Perryがコンゴ人シンガー2人、Seke MolengaとKalo Kawongoloを起用してプロデュースしたアルバムのリリースを見送った他、Perryがジャマイカで自主的リリースした『Roast Fish Collie Weed & Cornbread』と『Return of the Super Ape』のリリースも拒否した。Perryが初めて全楽曲でリードヴォーカルを担当した『Roast Fish - 』は全体を通じて素晴らしい出来で、「Favourite Dish」や「Throw Some Water In」、そしてタイトルトラックは彼の真骨頂である独特のユーモラスな言葉づかいが用いられている。尚、音楽的には典型的な後期Black Arkサウンドで、女性トリオFull Experienceのハーモニーがそのクオリティを補強している。しかし、The Congos用だったとPerryが後に語った「Evil Tongues」は当時のPerryの悩みが徐々に大きくなっていたことが感じられる楽曲で、パラノイア的な作風になっている。翌年にリリースされた『Return of the Super Ape』は更にアブストラクトで、「Bird In Hand」や「Crab Yars」、そしてタイトルトラックは独特なインストとなっており、「Psyche & Trim」、「Huzza a Haha」、「High Ranking Sammy」に至っては、Perry本人は理解できたのかも知れないが、一般のリスナーはほとんど理解できない内容だった。

Perryは別人格Pipecock Jackxonとしての活動をスタートさせ、壁に謎めいた絵を描き、不思議な儀式に没頭していった。1978年後半、様々なプレッシャーに晒されたLee PerryはBlack Arkを閉鎖し、全員の出入りを禁止すると、その機材の大半を破棄してしまう。そしてPerryは別人格Pipecock Jackxonとしての活動をスタートさせ、壁に謎めいた絵を描き、不思議な儀式に没頭していった。翌年、Islandは『Roast Fish - 』からの数曲に、Max Romeo、George Faith、Jah Lion、そしてPerry自身の楽曲や、Meditationsの「No Peace」、Augustus Pabloの「Vibrate On」、そしてErrol Walkerの数曲も含む『Scratch On The Wire』をリリースした。これはもしIslandが前出のPerryのアルバムを拒否していなかったらどういう結果になったのかをほのめかす作品となったが、結局のところPerryが表舞台から姿を消したことを強調することになった。

Perryはスタジオを破棄し、新しい機材の大半を浄化槽に投げ捨ててしまった。1979年後半、オランダに住むアメリカ人がPerryに連絡を取り、Black Star Linerから彼のバックカタログをリリースするためのライセンス許可を依頼した。ニューアルバムが用意され、海外ツアーも組まれていたこともあり、Perryは荒廃していたBlack ArkでDwight Pinkney(ギター/Roots Radics)、Cornell Marshall(ドラム/Zap Pow)、Tony Johnson(キーボード/In Crowd)、Don Grant(ベース)の編成でリハーサルをスタートさせると、その年末にBlack Star LinerがPerryをオランダへ呼び寄せ、Perryはフーレンのスタジオで GT Moore(ギター)やGeno WashingtonのバンドRam Jamでプレイ経験のあるBud Beadle(サックス)、そして後にズークバンドKassayで活躍するJocelyn Beroardなどのヨーロッパ人プレイヤーたちとの更なるセッションワークを重ねた。1980年に入ると今度はBlack Arkで彼らとのセッションを続けたが、あまり進捗しなかったため、Black Star LinerはPerryの指示通りBlack Arkスタジオを丁寧に改築し、アヒルの棲む池の上に木造のドラムブースさえも建造したが、すべての準備が整った後に機材が上手く機能しないことが分かると、Perryはスタジオを破棄し、新しい機材の大半を浄化槽に投げ捨ててしまった。



ツアーが中止となり、アルバム制作も途中で頓挫したため、その状態でリリースされた『Return Of Pipecock Jackxon』はPerryが狙っていた内容ではないのかも知れないが、それでもこのアルバムには力強い魅力が備わっている。新曲「Give Thanks to Jah」と「Easy Knocking」は特筆に値する楽曲で、一連の感情の乱れからは、プレッシャーに晒されていたPerryの内面が窺える。「Who Killed the Chicken」、「Babylon Cookie Jar a Crumble」、「Some Have Fe Halla」は、『Roast Fish - 』からのアウトテイクのように聴こえ、かなり前に制作されたように思えるが、インストの「Unititled Rhythm」と11分半の大曲「Bad Jamming」を聴けば、このアルバムが未完だったということが理解できる。

(Part2に続く)