八月 27

世界初のドラムマシン:Rhythmicon

テルミンの生みの親が手がけた希少なドラムマシンを紹介

By Peter Holslin

 

ドラムマシンはもはや現代の音楽において不可欠の存在で、もはや「MPC」や「808」のような単語は英語のボキャブラリーに含まれており、アナログマシン・マニアたちはヴィンテージマシンや埃を被ったROMカードを求め、世界各地の中古屋を巡っている。しかし、我々がまず出会うことのない1台のドラムマシンが存在する。

 

1930年代初頭にロシア人発明家Leon Theremin(Lev Termen/テルミンの開発者)が米国人作曲家Henry Cowellのリクエストに応じて製作したRhythmiconは、ぎこちない動きをして複雑なポリリズムを正確なループで演奏する、キーボード付きの奇妙なドラムマシンだ。このマシンは特に人気があったわけでも、長続きしたわけでもなく(当事者のCowellはこのマシンを使って数曲を書くと、先へ進んでしまった)、現在では多くの人たちが忘れている存在だが、エレクトニック・ミュージック黎明期の伝説の名機として歴史にその名を残しており、一部からはシーケンス機能を備えたデジタルリズムマシンの発展における大きな布石のひとつだったと考えられている。

 

Rhythmiconは大量生産されなかった。作られたのはたったの3台だけで、その1台は時の流れと共に消えてしまった。その理由は訊ねる相手によって答えが異なり、コロンビア大学の清掃員によってゴミ箱に捨てられたという説もあれば、スタンフォード大学の心理学部の職員によって捨てられたという説もある。また、残る2台のうちの1台は、スミソニアン博物館の倉庫で見かけられたのが最後となっている。

 

しかし、1960年代中頃にThereminがジャンクを集めて作ったという最後の1台は、現在モスクワ音楽院内のTheremin Centerに安全に保管されている。

 

 

 

"非常に素晴らしいノイズマシンというところですね"

− Andrey Smirnov

 

 

 

アーティスト/キュレーター/楽器収集家のAndrey Smirnovは2004年にこのDIYバージョンと言える3台目の修理を担当した人物だ。モスクワの自宅からのSkypeの中で、彼はこのマシンについて、使用前に調整する必要があるもののまだ動作すると言及したが、同時に、多くのRhythmiconの専門家と同じく、この奇妙なドラムマシンの価値は楽器としての性能よりも奇抜なメカニズムにあると続けた。

 

「リズムを小節に合わせてスタートさせることはできません。常に鳴っているのです」とSmirnovが説明したこのマシンは、ライブパフォーマンスにはまったく向いていない。「非常に素晴らしいノイズマシンというところですね」

 

 

Rhythmiconは世界初のドラムマシンとして広く知られているが、正確に言えば “ドラム” マシンではない。Chamberlin Rhythmate(1957年発表)やWurlitzer Sideman(1959年発表)などの他の初期ドラムマシンとは違い、Rhythmiconは一般的な拍子に沿ってビートを鳴らさない。その代わりに複雑に絡み合ったリズミックな連続パルスを発生するのだが、そのサウンドは異なった倍音列の比率に対応した異なった音程が重なったものだ。

 

 

 

"問題は、平均的なピアノ奏者がこのような難解なフレーズを演奏できないという点にあった"

 

 

 

1897年に生まれ、1965年にこの世を去ったCowellの作品の中で一番有名なものは、「トーン・クラスター」の概念を用いた一連の作品だろう。「トーン・クラスター」とは房状和音のコードであり、Cowellは拳や肘で鍵盤を押さえつけることでこのコードを演奏していた。しかし、Cowellは1920年代を通じて取り組んでいた、もうひとつのラディカルなアイディアの実現を期待して、ThereminにRhythimiconの製作を持ちかけた。そのアイディアとは、複数の基音の波長(例:1/2、1/3、1/4、1/5、1/6など)をリズムに変化させるというものだった。

 

Cowellが1930年に出版した『New Musical Resources』(『新しい音楽の源泉』)の中で、本人はこの概念を3人編成用の2小節の楽譜で示している。この楽譜では、1人目が4分音符で演奏し、2人目が3連符、そして3人目が5連符を演奏するように指示されているが、Cowellはこれらのフレーズをユニゾンで演奏することで複雑なポリリズムを生み出せるとしており、「指揮者が小節に拍子を与えることで、3つのサウンドを上手く導けるようになる。小節にどんな時間の長さが与えられようとも、同時に始まり、同時に終わる」と記している。

 

Cowellはこれを「rhythmic harmony」(リズム和声)と呼んだが、これは4分音符や3連符だけでは終わらなかった。彼は7連符の上に6連符を重ね、10連符の上に8連符を重ねるなど、自分が編み出した特殊な記譜法で記している。当然ながら、問題は一般的なピアノ奏者がこのような難解なフレーズを演奏できないという点にあった。そのため、Cowellは予算200ドルで、既にテルミンの開発で名を馳せていたThereminにこのフレーズが演奏できるマシンの開発を依頼した(2台目のRhythmiconは、のちにアヴァンギャルドな作曲家として知られるCharles Ivesによって製作費が支払われ、Cowellと指揮者Nicolas Slonimskyに渡された)。

 

 

 

"Rhythmiconは概念的に大きな飛躍だった"

− Margaret Schedel

 

 

 

Rhythmiconは光電式のマシンで、各鍵盤が電球に接続されており、鍵盤を押せば対応する電球が光るようになっていた。その電球がモーターによって回転する大小の穴の空いた2枚のディスクを照らし、光電式センサーがついているディスクの片面が、照らされるパターンに応じて起動すると、対応するユニークな信号がチューブアンプへ送られ、信号がスピーカーを経由して鳴り、オーディエンスたちを驚かせるというシステムだった。

 

 

これは奇抜なメカニズムだが、Margaret SchedelはRhythmiconを音楽の発展において画期的な存在だったとしている。彼女は、2002年に発表した論文『Anticipating Interactivity: Henry Cowell and the Rhythmicon』の中で、Rhythmiconが発表されるまでの楽器は「動作」と「結果」が繋がってなければならなかったと記している。例えばヴァイオリンであれば、「弾く」と「音が鳴り」、サックスであれば、「指で押さえる」、または「吹く」と「音が鳴る」というわけだ。しかし、Rhythmiconは当時は存在しなかった「インタラクティビティ」(相互作用)を導入しており、ひとつの鍵盤を押さえるだけで、シーケンスが演奏された。これは現代におけるキーボードのアルペジエイターや、ドラムブレイクをプレイするサンプラーのボタンのようなものだった。

 

Schedelは次のように説明した。「Rhythmiconは捉え方によっては、音楽的な結果を演奏者の動作から遠ざけるマシンと言えるわ。概念的には大きな飛躍だったの」

 

しかし残念ながら、Rhythmiconは革新的であると同時に、数多くの制限を抱えていた。サウンドの種類が比較的限られていたため、微妙なフレーズやアクセントの再現は問題外で、また、Cowellの同僚が「Rhythmiconはムラがあり、音楽的ジステンパーを起こす原因だった」と評価したように、発音にも問題があった。

 

 

Rhythmiconが抱えていた一番大きな問題は、単純にサウンドが良くなかったという点だろう。1932年にヴァイオリンを従えて開催されたサンフランシスコでのコンサートを見たある人物は、その低音を「うなり声といびきを掛け合わせたサウンド」、高音を「インディアンの鬨(とき)の声」と揶揄した。また、1960年代の3台目のRhythmiconもたいして洗練されておらず、2009年に投稿されたYouTubeの映像ではガチョウが鳴くようなサウンドが聴こえる。

 

それでも、Rhythmiconは音楽史にその名を滑り込ませており、1933年にはFred Astaire(ハリウッド産ミュージカル映画の代表的存在)がRhythmiconに合わせてタップダンスを披露した、1950年代にはJoe Meek(UKポップスの鬼才)がニューヨークの質屋からRhythmiconを救い出した、またPink Floydが1970年のアルバム『Atom Heart Mother』でRhythmiconを使用したなど、にわかには信じられないような逸話もいくつか生み出している。

 

一方、ミュージシャンたちはバーチャルオンラインでRhythmiconを再現し、リズムパターンを広げ、微妙なフレーズやトーンを盛り込んだ作曲を行っている。これらの活動は、ミュージシャンたちがRhythmicon、少なくともRhythmiconのアイディアを現代に持ち込んだらどうなっていただろうと想像させるには十分だ。例えばSkrillexがこれを新しいライブセットに組み込んだらどうなるだろうか?

 

「彼なら使うでしょうし、あのサウンドをもっと良くしてくれると思うわ」Schedelは回答し、次のように続けた。「そして爆音にするでしょうね。音程を変えて、ヴォリュームを増大し、空間的に鳴らすと思うわ。Rhythmiconとは思えないようなサウンドにするはずよ」

 

「あとはBjörkね。彼女ならあのディスクの中に巨大なハムスターを入れて走らせると思うわ」