五月 14

James Holden、Floating Points、Vessel、Biosphereが挑んだグナワ

Kat Leinhartがアフリカへ渡り、グナワ音楽のマスターMahmoud GuiniaとMohamed Kouyouと1週間に渡り共演したJames Holden、Floating Points、Vessel、Biosphereを追った。

モロッコに伝わるグナワの儀式では、楽曲は「サウンド」以上の存在となる。楽曲は聖霊と化し、その聖霊は聴き手の肉体を支配し、トランス状態へと誘う。西欧のミュージシャンたちは自分たちの音楽性を高めるため、長年に渡りモロッコを訪れてきた。60年代、そして70年代にはLed ZeppelinのRobert PlantとJimmy Page、そしてジャズピアニストのRandy Westonなどがグナワとのコラボレーションに挑んでいる。

そして今年の3月末、マラケシュから14キロ離れた場所をベースに、James HoldenFloating PointsVessel、Biosphereがグナワ音楽のマスターであるMahmond GuiniaMohamed Kouyouと1週間に渡り共演し、2本のライブが北アフリカからの世界初中継という形でBoiler Roomから放送され、過去最大の話題となった。



グナワ音楽のルーツは西アフリカ人がサハラ砂漠間の奴隷貿易によってモロッコへ移り住んだ16世紀までさかのぼる。その四散したコミュニティの中で、グナワはアフリカの精霊信仰(アニミズム)とイスラムの神秘主義が組み合わさった音楽として成立していった。夜間、または儀式が行われる日は、グナワの音楽はスピリチュアルな形で執り行われ、傷ついた者たちの精神をコントロールして彼らを癒やし、エクスタシー状態(Hal:ハル)へと誘った。今回参加したGuiniaとKouyouはレパートリーの多さと熟練さ(Tagnawit)、またその複雑な宇宙観から、モロッコ全土で高い評価を得ている。尚、Guiniaはマリの高名な音楽一家にそのルーツを持つ。

オーガナイザーたちは、音楽に対する姿勢と、グナワに対し敬意を持った取り組みをしてくれるだろうという期待に基づき、今回の4人を選出した。

Dar Al Ma’mûnによってホストされた今回のアーティスト・イン・レジデンスに参加したアーティスト4名は、グナワについては一般的な知識しか持っていなかった。Holdenはmp3で数曲所有しているだけで、Floating PointsもNTS RadioのCharlie Bonesと一緒にUK国内を15時間ドライブした時に彼からその存在を教えてもらっていただけだった。オーガナイザーのWill Martin、Camille Blake、Abdeslam Alaouiは、音楽に対する姿勢と、グナワに対し敬意を持った取り組みをしてくれるだろうという期待に基づき、この4人を選出した(トランスへ傾倒しているHoldenは当然のチョイスである一方、インダストリアルなVesselは意外なチョイスだった)。オーガナイザーたちは、気恥ずかしくなるような「ワールドフュージョン」系でさえも慎ましく見えてしまうような、グナワ音楽をただサンプリングしたテックハウスが生まれるだけの企画にはしたくないと考えていたのだ。

当然ながら一番の問題は、バラエティに富んだ個々のサウンドを同じ空間と時間の中にまとめていくという部分にあった。グナワは奴隷の鎖を表現する重い金属製のカスタネットQraqabによって生み出される反復性の強いリズムと力強いコール・アンド・レスポンスのヴォーカル、そして3弦のベースリュートGuinbriによるブルース的なペンタトニックスケールのフレーズによって構成されている。「彼らはシンプルで美しいサウンドの楽器を使う一方、僕は非常に複雑なサウンドだった。だから両者のサウンドはこれ以上ないほど異なっていたんだ」Floating Pointsは説明する。



Guiniaは1994年にフリージャズのサックス奏者Pharaoh Sandersと共に『The Trance of Seven Colors』をリリースしている他、Carlos SantanaやDaby Touré と共演した経験を持ち、Kouyouも全米ツアーの他に、Wayne ShorterやニューオリンズのDonald Harrison & Congo Nationなどと共演した経験を持っている。2人共に長年に渡り西欧のアーティストとコラボレーションを経験しているが、企画がスタートしてすぐにグナワが今回のアーティストたちのサウンドとは馴染みづらいことが明らかになっていった。4日目にはQraqabの一定のフレーズが自分の得意とする継続的に変化するサウンドと上手く噛み合わなかったBiosphereが通訳に対し「彼らは他の演奏はできないの?」と訊ね、 Vesselのドラムマシンとの融合を図った試みも早々に行き詰まりを見せた。



「彼らの演奏を聴けば、すべての要素がカバーされているのが分かる。ダイナミクス、グルーヴ、エナジーなど必要なすべてが既に存在している。だから不足している部分を補うというアプローチが難しい。むしろ僕が加わることで、制限されてしまうんだ」Vesselが言うと、Biosphereも、「上手くいくのは、コントロールを放棄した時だ」と付け加えた。

「彼らに不足している部分を補うというアプローチは難しい」 - Vessel

そこで、彼らはグナワに合わせるためにアプローチを変えた。オープンエアのスタジオセッションで、時折日陰でパイプからキフを吸いながら、大学で哲学を学ぶGuiniaの息子がHoldenのMIDIコントローラーにQraqabのリズムを打ち込み、Floating Pointsがオーバーダブを試みた。しかし、彼らは「グナワのカルチャーを自分たちのカルチャーに取り込む」(Vessel)点については慎重に進めていった。

クリエイティブな側面の異文化交流には、政治的、そして歴史的な地雷が至る所に埋め込まれている。白人文化である西欧側のアーティストたちが非西欧文化の表現方法を取り入れる作業は、Willが顔をしかめて言うところの「音楽とカルチャーの略奪」という見解を脊髄反射に近い形で生み出してしまう。

「コンテクストを考慮しなければならない。僕たちは彼らに対し、最大のリスペクトを持って接している。僕たちはただAbletonでループを作ってクラブへ持ち込もうとしている訳じゃないんだ」Vesselが説明した。

「考え過ぎるのは何も考えないよりも良くないことなんじゃないかと考えるようになった。それって実は恩着せがましいよね」 - James Holden

Holdenも、「何が正しくて、何が正しくないのかを全員で考えた。でも実は考え過ぎるのは何も考えないよりも良くないことなんじゃないかと考えるようになった。それって実は恩着せがましいよね。僕が自分のiTunesに入っている自分の好きな曲を作った誰かと共演するチャンスがあったら、僕は考え過ぎたりしない。ただ、『僕は彼らと共演するにふさわしいのだろうか?』と思うだけだ」と語った。またHoldenはその後、他のアーティストに対し、「『自分がこれに値するのだろうか?』って思ったことは? 『実は僕はよく知らない』って意味でさ」という質問も投げかけた。

こうして、「フュージョン」をただ仄めかすだけの制作作業は自発的に避けられた。Camilleは今回の作業を、「他人が音像を破壊する状況をじっと見守る」状況を生み出すという意味である、Bill Laswellの「Collision Music」になぞらえている。



「グナワは、僕がグルーヴを理解できない、今まで聴いたことがない音楽なんだ」神経科学の博士号を持ちながら、コンポーザー・アレンジャー・テクニシャンとして活躍するFloating Pointsは、グナワのハンドクラップのパターンについて頭を悩まし、彼とVessel、そしてHoldenは、モロッコ人のミュージシャンたちが毎晩家へ帰った後、 床に置いたラップトップに群がり、そのタイミングを分析しようとした。こうして彼らはグナワのパワーの根源であるそのリズムに取り憑かれていった。

「頭のネジを外して、脳を綺麗に掃除されるような感じだ。強烈だね」 - Vessel

「リズムがどう組まれているのか、そして僕たちとどう組み合わせられるのかを理解したい」Holdenは言った。私たちはマラケシュの旧市街にある服の仕立屋の外に立ち、グナワの魔法のようなプラグマティズムについて語りあっていた。仕立屋の中では冷涼としたアンビエントを得意とする北欧出身で長身のBiosphereがジュラバを試着していた。「僕はトランスミュージックに興味があるし、それが意味や期待、過去や儀式とどう組み合わさって自分の感覚を変えていくのかに興味を持っているけれど、今回の体験は過去最高のインパクトだ。この奇妙なスウィング感、誰も真似できないずれたタイム感、僕はこれを−」Holdenはそう言うとタバコをひと吸いし、「持ち帰りたいと思っている」と続けた。

グナワは様々な形で彼らを惹きつけている。Vesselは言う。「僕たちは自由に音楽を消化していくけれど、彼らは音楽を“パワー” として扱う。頭のネジを外して、脳を綺麗に掃除されるような感じだ。強烈だね」



近年、グナワのマスターたちは2種類のパフォーマンスを行っている。ひとつは儀式で使用される神聖なバージョンで、もうひとつはパフォーマンスとコラボレーションで使用される非宗教的なバージョンだ。初心者たちだった彼らにとって、グナワの超越的な側面は情緒的なサウンドとして受け止められ、拒否できないそのエナジーが彼らの肌に食い込んでいった。しかし、グナワ側はそのパワーを超自然現象の表現として捉えている。

今回の活動期間中、中年のモロッコ人のホテル従業員がダンサーとして連日セッションに参加していたが、木曜日にKouyouのグループとBiosphereがセッションをしている時、彼女の体が突如として激しく揺れ始め、彼女はそのまま白目を剥き、その場に倒れ込んだ。

グナワの演奏は、肉体を超越する精神の集合体に呼応していく。正式な儀式で演奏される場合、Ma’âllem Kouyouがそれらの精神を導き、憑依される状態へ持っていくが、今回はホテルの従業員たちがすぐに彼女の元へ集まり、彼女を正気に戻した。「ハルよ」−Biosphereが冷静に次のトラックを試している横で、Kouyouの妻が納得した顔で言った。そして非宗教的と宗教的、文化共有と商品化の境界線が曖昧になっていくかのように、カメラクルーはこの従業員の女性が再び同じ状態になれるかどうかを確認しようとし、撮影のチャンスを探っていた。



土曜日の放送がスタートする直前、Holdenはドクターマーチンとハーレムパンツ姿でシールドをつなぎ、Vesselは旧式のミキサーを相手に悪戦苦闘していた。サウンドエンジニアとして参加する予定だったモロッコ人たちが来るのが遅れており、またHoldenのアダプターを持ちだしては消えてしまっていたこともあり、本人たちが代役を務めることになったのだ。そしてリゾートホテルのロビーのガラスのドアの後方には豪華なプールとサボテンの庭が開け、その更に後方にそびえるアトラス山脈と好対照をなしている中で、Kouyouは 聖霊を導くために、儀式用の香を焚いてGuinbriを消毒していた。

「サウンド的にはライムとミルクを混ぜるようなものなのかも知れないけれど、それは問題じゃない。一緒に音楽制作をするのが楽しい−この事実が気持ちを高揚させるんだ」 - Floating Points

5日間の自由なコラボレーションを経過しても各作品はいまだにドラフトに過ぎず、また強烈なフィードバックノイズがPAシステムを度々ダウンさせていた。しかし、Kouyouの声やGunbriの爪弾かれるサウンドがBiosphireのシングルトーンの中にまるで水にインクを一滴落としたかのように立ち昇る瞬間や、Holdenのシンセがグナワのリズムの周りを狂いじみたリフのように鳴り響く瞬間など、時折すべてが上手く機能していると感じられる瞬間もあった。

また、彼ら2人に挟まれたVesselは渦巻くようなヒプノティックなオルガン(Terry Rileyの「In C」のようなサウンド)を響かせていた。彼はリズム面での取り組みがグナワによって完全に拒否された後は、このアプローチを押し進めており、「みんなが色々上に乗せられる壁紙のような」控えめなサウンドを生み出していた。しかし、控えめでありながらも、彼が混乱の中でQraqabの情熱的なテンポと高音のサウンドを盛り上げていくと、そのサウンドはエクスタシーへと近づいていった。

「エクスタシー状態に近づけた原因は、僕たちが一緒にプレイしたこと、そして機能している他人のアイディアに対してオープンだったからだ」Floating Pointsが振り返る。「サウンド的にはライムとミルクを混ぜるようなものなのかも知れないけれど、それはここでは問題じゃない。一緒に音楽制作をするのが楽しい−この事実が気持ちを高揚させる」



こうして何時間にも及ぶレコーディング素材を手に入れた4人のアーティストは、日焼け、Qraqab、そしてスーフィー用フルートと共にヨーロッパへ戻った(ちなみにモロッコのミュージックショップのオーナーはヴィンテージのRolandのドラムマシンや廃盤のレコードを外国人に渡したがらなかった)。彼らの多くはグナワとまた何らかの形で一緒に仕事をしたいと考えており、例えばFloating Pointsは今回レコーディングした中から数曲リリースする予定で、Vesselも今回の経験はサードアルバム制作の一番大きなインスピレーションになるだろうとしている。

このようなプロジェクトなどを通じ、グナワに広まっている。そしてその伝統は変化し、そこに新しい意味が生まれ、聴き方も進化している。そしてBoiler Roomも現在世界中でリスナーの数が急速に広まっていることを踏まえ、今回のような非宗教的なパフォーマンスをメインに据えながら、グナワを新しい層へ届けようとしている(グナワは有料のギグやレコードセールスから収益を得ているわけではないため、アーティスト・イン・レジデントに参加することで活動資金を得ている)。尚、WillとCamilleは既に新しいアーティスト・イン・レジデンスを考えており、最終的にはヨーロッパの伝統的な音楽家たちを迎え入れることをゴールに設定している。

しかし、グナワのマスターたちによれば、グナワが世界に広がっていることにより、本来のグナワらしさを備えたミュージシャンの数は減少しているようだ。時と共に全体、そして個々の精神は実践から離れ、そのレパートリーは外国人のために簡略化されてきている。グナワはグルーヴだが、同時に世界と関わるための手段でもあり、1週間ではその本質は理解できない。

よって、グナワのミュージシャンとコラボレーションを行っているアーティストの中には、その伝統に目的を見出し、徐々にその知識そのものを体現する存在へ変わっていく人もいる。例えばグナワ同様アフリカにルーツを持つRandy Westonは60年代からグナワとの制作を続けており、数十年にも渡るコラボレーションを経て、彼は「誕生、死、再生」というライフサイクルと旅の守護神であるSidi Musaに自身との共通性を見出している。

Floating Pointsは言う。「また戻って来られるようになりたい。グルーヴが理解できれば、また一歩近づけるだろう」