十月 19

高橋達也が語る 池田亮司 A [for 100 Cars] 用シンセサイザー

シンセサイザーエンジニアの高橋達也が池田亮司のインスタレーション A [for 100 cars] 用に開発したサインウェーブシンセサイザーについて解説した

By Tatsuya Takahashi

 

2017年10月15日、Red Bull Music Academyと池田亮司が世界最大のシンセオーケストライベントを開催した。これは、池田がロサンゼルスの100台の自動車オーナーと組み、その全てのサウンドシステムから池田がRBMAに所属する高橋達也とベルリンに拠点に置く機材メーカーE-RM Erfindungsbüroと共同開発したサインウェーブシンセサイザーを演奏するという内容だった。開催前に高橋を捕まえて、サインウェーブシンセサイザーの開発プロセスを解説してもらった。

 

 

 

私はシンセサイザーエンジニアで、KORGのチーフエンジニアとして様々なシンセサイザーを開発しました。今もアドバイザーとして関わっています。今回の池田さんのプロジェクトではいくつかの仕事を担当しました。メインの仕事は池田さんと一緒に色々と試しながら、このプロジェクトに必要な機能を用意することでした。その他にもハードウェアのアーキテクチャデザインとインダストリアルデザインを担当しました。

 

池田亮司について

 

池田さんはアーティストであり、作曲家ですが、私はエンジニアで、エレクトロニクスを動作させることが仕事です。個人的に今回のプロジェクトはとてもエキサイティングでした。なぜなら、20代前半に池田さんの作品を初めて聴いた時から、彼の大ファンだったからです。たしか、最初に聴いたアルバムは『+/-』だったと思います。リリースから数年経っていましたが、サウンドのエクストリームな扱い方に驚かされました。池田さんの音楽を知った私は、携帯電話の着信音をサイン波に変えましたし、コンピューターのデスクトップも自分の声のエンコードパターンのモノクロのバーコードに変えました。バイナリでエクストリームなデジタルサウンドに夢中になりました。私にとっては、あのサウンドのパワーとバイナリなアートフォームのヴィジュアルインパクトは新たな発見でした。それから10年後に彼とコラボレーションできたというのは、私にとって素晴らしい体験になっています。

 

 

サインウェーブシンセサイザーについて

 

このデバイスは、今回のプロジェクトのためだけに開発しました。ひとりのアーティスト、1回限りのパフォーマンスを念頭に置いてのシンセサイザーの開発は、私が過去に経験してきた、何万人ものユーザーのことを考える必要がある量産型シンセサイザーのプロデュース/開発とは大きく異なるものでした。

 

これは非常にシンプルなデバイスです。西洋音楽歴史の中では、これまでに様々な周波数がA(ラ)の音に使われてきました。近年、A(ラ)の周波数は440Hzとされていますが、実は何百年の歴史の中で、様々な周波数が用いられてきたのです。今回開発した100個のデバイス、つまり、100個のサインウェーブジェネレーターは、異なったバージョンのA(ラ)を同時に演奏します。

 

このデバイスには、ヴォリュームノブとA1からA8まで変えられるオクターブノブが備わっています。また、スコアを追えるようにタイマーも備わっています。写真を見れば分かる通り、このデバイスは楽器屋などで売られているどんな機材よりもシンプルです。また、今回のプロジェクトのためだけに徹底的に調整されています。

 

このデバイスのデザイン・開発・生産はベルリンに拠点を置く企業E-RM Erfindungsbüroの助けを借りました。内部のエレクトロニクス、ソフトウェア、そしてノブに至る全てが、いちから作られています。既製品はひとつも使用していません。開発と製造には約3ヶ月かかりました。

 

池田さんとエンジニアチームと一緒にケルンで初テストをしたあと、次に強力なサウンドシステムを積んだ車でテストをしました。Max for Liveを立ち上げたラップトップから複数の周波数のサイン波を鳴らし、巨大なサウンドシステムで鳴らすとどのような相互作用を起こすのか、そして屋外環境ではどのような相互作用を起こすのかについて確認しました。このテストで作曲と、私たちがデバイスに用意すべきコントロール機能 − 手に持った時の感覚はどうあるべきか、ノブの大きさはどの程度に収めるべきか、ヴィジュアルフィードバックをどの程度クリアにすべきか − の方向性を掴むことができました。

 

 

サイン波について

 

サイン波は非常に興味深い波形です。なぜなら、ひとつの周波数成分しか含まれていないからです。サイン波はこの世に存在する最もシンプルな波形です。たとえば、私が部屋に立ち、両手でクラップするとします。すると、そのクラップの周波数スペクトルが生まれます。壁からの反射音も聴こえますし、頭の周囲には回折(ディフラクション)も起きます。このような情報が全て手に入るのです。ですので、たとえ私が目を閉じていても、その部屋の大きさや、壁に使われている素材、クラップの位置、そしておそらくは手の大きさもなんとなく予想できます。

 

このようなほんの小さなサウンドには、人間が認識できる大量の情報が詰まっています。ですが、サイン波では、目を閉じていると自分がどのような部屋にいるのか把握できません。なぜなら、サイン波の情報量はあまりにも少ないからです。

 

2つの波形を組み合わせると、人間の音響心理に作用し、動きの錯覚を生み出す情報が生まれてくるようになります。たった2つのサイン波を組み合わせるだけでも、様々なフィーリングと様々な錯覚が大量に生まれます。実は、屋外に置かれた100台の異なる車から同時に100個のサイン波を演奏するとどうなるのかについて、私たちには予想がついていません。ですので、今回のプロジェクトは非常にエキサイティングです。どういう結果になるのかが楽しみです。