四月 13

TAICOCLUB x Rainbow Disco Club

海外来日フェスブームの最中、海外で評価されるふたつの純国産フェスのオーガナイザーがお互いの視点やアイディアなどについて語り合った。

By 小間正也

 

近年の日本は音楽フェスブームを迎えていると言っても過言ではないだろう。次から次へと新しいパーティーが生まれ、形態も多種多様だ。選択と淘汰を繰り返しながらも、国内フェスは次々と生まれ続けている。大手チケット会社のひとつでは、ロック・フェス市場はこの10余年間に急速に拡大し、いまや音楽コンサート市場の1割以上を占めているという。筆者も2013年に500人から数万人規模のフェスをピックアップしたことがあるが、その当時で年間200を超えるフェスが存在していた。現在はより多くフェスの数が増えているだろうと容易に想像できる。

 

さらに、最近はHacienda、Sónarをはじめ、SENSATIONやELECTRIC ZOOといった、海外ダンスミュージックフェスが来日イベントとして開催され、特にULTRA JAPANは、EDMの流行により盛り上がりを見せている。この流れの中で、海外来日フェスや国内ビッグフェスとも一味違った魅力を持ち、純国産フェスでありながら国内メディアはもとより、Resident Advisorなど国外メディアでのランキングで海外フェスともに、高い評価を得ているTAICOCLUBRainbow Disco Club

 

このふたつのフェスはなぜ国外でも評価を得ているのか。フェスを始めた経緯、継続して楽しさを提供する難しさ、フェスを楽しみ方、そして近年の海外来日フェスブームなど…  国内で立ち上げ、日本から発信している、ふたつのオリジナリティ溢れるフェスのオーガナイザー、安澤太郎(TAICOCLUB)とツチヤマサヒロ(Rainbow Disco Club)の対談から、少しずつ紐解いていく。

 

− それぞれに違いを感じるフェスをオーガナイズしていますが、いつ頃出会ったのでしょうか?

 

安澤太郎(以下、Y):たしかTAICOCLUB(以下、タイコ)だったと思う。スタッフのヒョウタ君がマサ君と仲が良くて、紹介してもらったんだよね。

 

ツチヤマサヒロ(以下、T):僕は2006年のタイコ初開催の時に行ったんですよ。それから2008年と東扇島開催の時… 結構行っていたけど、いつ出会ったんだろう…。

 

Y:覚えてないね(笑)。

 

T:音楽堂ではないトイレや出店があるアスファルト側のフロア後方辺りに安澤さんがいて、そこでヒョウタさんに紹介してもらったのが最初ですけど… 何年だったかは定かではないです(笑)。

 

− オーガナイザー同士ですが、繋がってからはどんな印象でしたか?

 

T:僕は出会った時から今日に至るまで、ずっと羨ましいと感じていますね。主催者からすると、こだまの森(長野県。TAICOCLUB開催会場)でやれるのは、それだけですごいことですし、他のオーガナイザーさんたちも、「こだまの森でやれるのはいいな」そんな風に思っていると感じますよ。

 

Y:マサ君や他のオーガナイザーさんは、いっぱい仲間がいる感じがするんですよね。だけど、僕はあまりそういうものが無いんですよ…。

 

T:(笑)。でも、メンバーはしっかりと固まっていますよね。

 

Y:僕たちはスタッフの構成も特殊なんです。他のフェスの運営者さんたちだと、スタッフの構成に一体感や勢いがすごくあるんですけど、僕らはもともと音楽をやっていたわけでも無いですし、知識がなかったので… 疎外感みたいなものがありますね(笑)。

 

T:確かにそうですね。遊び好きが高じてやっている方が多いと思うんですけど、安澤さんはそんなに遊びの現場にはいらっしゃらないですよね。

 

Y:実際には、以前はよく遊んでいたからタイコをスタートしたっていう部分はあるけど、僕らはひとつ前の世代で、現役で遊ぶ人があまりいなくなっているんですよね。だから、遊びに来るとアットホームな感じはあるとは思うし、自分たちでできること自分たちでやって来ました。その方が面白いんです。

 

 

− おふたりがフェスを始めることへ至ったのには、どんなきっかけがあったんでしょうか。

 

T:遊んでいる人が周りに沢山いたので、その流れで「やるぞ!」という感じではなく、なんとなくですね。初開催となった晴海の会場を見つけたのも、以前撮影場所を探す仕事をしていた時に、晴海はよく撮影場所で使われていたので、「ここでなんかやらせてもらえないですか?」そう撮影ついでに言ったら「いいですよ!」と返事を貰えたからです。

 

今はもう日本にはいないけど、RDCの立ち上げは僕の他に、もうふたり外国の方がいて、最初は「3人でなんかやろうよ」くらいの感じだったんですけど、丁度その年に、ビザの関係でこれまで来日できなかったDJ Harveyのビザが今年から何とかなるらしいという噂を聞いて、試しに声をかけてみました。今ではとてもじゃない限り無理ですけど、あの時はなぜかさらっと来たんですよね。あまりにも、すんなり決まったから、逆に「いいんだ!」と(笑)。そんな気持ちでしたよ。予想ではそこまでお客さんは来ないだろうな… と思っていたんですが、思った以上の反応があったので驚きましたね。

 

Y:僕らも同じといえば同じかな。友達と遊んでいた流れの中で、やろうという感じで始めたんですけど、多分、2004年か2005年のMetamorphose(以下、メタモ)に行った時に、友達と「これ、やれるんじゃないかな」という話になったんですよね。その時はFUJI ROCK FESTIVALやSUMMER SONICのようなビッグフェスは別だけど、メタモのようにラインナップがエレクトロニックな外タレにバンドといったフェスが少なかったんです。ということは、「今始めれば少なくとも国内で2番目のフェスが絶対できる!」という考えがあったので、じゃあ、今やった方がいい。という話になってやり始めましたけど、もちろん第1回目は上手くいかなかったです(笑)。

 

とはいえ、あの時期のタイミングでやったのが良かったのかな。ということが実際にあるので、そこは「遊びでやりたい」、「ビジネス的にもこれならいけるんじゃないのか」という、ふたつの要素が合致して「やろう!」となりました。

 

− 国内のイベントからヒントやエッセンスを取り入れていったんですね。

 

Y:日本ではなかったですね。もちろん僕らも海外のフェスで遊んだりしていたので、そっちの方が強いかな。何もないところから始めるにはリスクが高いと思います。だけど、メタモにはあれだけのお客さんが来ていているのに、メタモのようなフェスは他に無かったですし、当時は夏フェスばかりで、今ほど春フェスも開催されてなかった。なので、そこの人たちが他のフェスに行く可能性があると思ったんです。

 

それと、その頃は規模に関わらず、みんな「楽しければいいや!」っていう感じで開催されるフェスが多いなと感じていました。たとえば、1、2回目は楽しさに勢いが伴ってやってみるんですけど、3回目に何かしらの考えやアイディアを持っていないと、他のフェスに行ってしまう。そうすると「ビジネス的にも上手くいかないし続かない」という考えがあったので、そこは絶対的に考えていかなくてはいけない。という想いが強くありましたね。楽しいことを続けるためには、それなりに市場をとらなければいけないんです。そう考えると「今始めれば、少なくとも2番にはなれる!」という考え方は入り方としてはすごく良かったですね。

 

− さらに自然の環境に囲まれた、こだまの森で開催するということも強みですよね。

 

Y:その辺りの市場を考えた上でもそうですし、場所についてもそうですね。

 

T:本当にその通りだと思います。「楽しいからやろう!」この気持ちは間違ったことではないので、全然問題ないと思います。でも、それだけだと必ず限界があります。自分たちが「楽しむ何かをする」ということへ、人を巻き込んでいくことはすごく難しいし、そこに対してはある程度の責任感やルールやアイディアがないと絶対続かない。

 

− 現在、次々と新しいフェスが生まれ、シーンは盛り上がりを見せています。さらに近年は、海外フェスがツアーイベントや来日イベントとして開催され、特にULTRA JAPANはEDMの流行によって大変盛り上がりを見せていますが、このフェスシーンの流れについて何か感じることはありますか。

 

T:日本で簡易的に本場の雰囲気を楽しめるのは悪いことではないと思います。だけど、せっかくならその経験をきっかけに本場を体感してほしいですね。たとえば、Burning Manの日本版、Burning Japanがあるじゃないですか。僕はBurning Manに行ったことがありますが、Burning Japanには行ったことがないので、否定するわけではないですが… Burning Japanの開催を知った時は、「これを日本でやるのか」という、とんでもないことを考える人がいるんだなと思いました。

 

国民性、土地柄、物理的問題… Burning Manを再現するのは極めて難しいはずです。それに挑戦する人たちはすごいなと思うんですけど、やっぱり同じ名前のものを持ってくるとなると、そこには当然、限りなく実在のものへ近い再現性が必要になるはずですし、そういうのは中々難しかったりするのではないのかなと思います。

 

− 確かに国民性、土地柄、物理的問題など、様々な観点から見ても同じものを作る。または再現させるのは難しいはずですよね。

 

T:それに僕らは日本でやっているので、海外から持ってくるのではなく、日本から発信するものを創っていきたいですね。

 

Y:海外のフェスを持ってきている人も、みんな海外のフェスに実際行った経験があるからだと思うんです。実際に行って体験してみると「日本でやりたい、日本人に知ってもらいたい」そういう願望も湧くと思います。だけど、結局ブランディングは向こうにあるわけですよね。もちろん、イージーにブランドを作ることはできるかもしれませんが、日本に持ってくれば、もともと人気があり、楽しいものだと知っているから少しでも興味がある人たちは行く。でもやっぱり、あくまで向こうのブランドを持ってくるということで… 日本人に合っているのかどうかという部分では、少し難しいんじゃないのかなって。それと、実際はみんな金銭的にも大変なんじゃないかなという感じはしています。

 

T:大変そうですよね… 動かすのはこっちだけど、主導権は別の所にある。もちろん国内版として、できるものはできると思います。だけど、難しい部分は出てくるはず。

 

− たとえ国内版であろうと、一度海外で作り上げられたブランドを引き継いでいくのは、運営としては難しいのかなとは思いますよね…。

 

Y:それでも、タイミングによって「出せる!」っていう時期はありますよね。それでもいきなりULTRA JAPANを立ち上げて、ULTRAになるかって言ったらならないじゃないですか。でも、ULTRAを国内に持ってくれば、アジア圏の人たちは沢山日本に来ます。それでもやっぱり、元となるものが違うとは思いますね。

 

T:そうですね、僕もそう思います。目的としての大きな括りでいえば、RDCも音楽産業の一部になるんでしょうけど、よく見ると、全然違う場所にいるという感じです。

 

Y:フォーカスしている部分が違うのかなとは思いますね。

 

 

− 海外フェスの話を出させていただきましたが、現在のフェスブームの流れのなかでも、タイコにRDCはツーリストやトラベラーといった外国の人、もちろん日本のフェスフリークたちからも評価されていることで、Resident Advisorといった国際的なランキングにも選出され、評価をされていますよね。オーガナイザーの立場から見て、純国産のフェスが、世界の有名フェスと共に評価さる要因とはなんだと思いますか?

 

Y:単純に日本のフェスって海外のフェスに比べると、すごく良くできていると思います。もちろん、大きいとか、エンターテインメント性などは別ですけどね。サービスとしては、すごくしっかりとしていると思いますし、安心して遊べる感じとか、「日本なのに楽しい!」というものがあるんじゃないでしょうか。日本の他のフェスと比べても、僕らもやっている場所は田舎ですし。

 

T:海外ツーリストの方って東京や大阪、京都などの観光地を中心に移動していくことが多いと思うんです。だけど、その観光的な側面以外でいうと、たとえばこだまの森にツーリストの方が行くきっかけを見つけるとしたら、「タイコが開催しているからこだまの森に行こう!」そう思うから、多分、いちキャンプ場としての利用目的でこだまの森に行く人は少ないんじゃないですかね。なので、「日本の観光地とは別の側面へ行くきっかけ」。みたいなものへとリンクする部分はあるのかなという気がします。

 

Y:日本の人たちだとフェスが開催される週末だけ休みを取ったり、土日を挟んで金曜か月曜に休みを取って連休にしたりする。多分それくらいの感覚だと思いますが、海外の人は1、2週間まとまって休みを取るじゃないですか。休みの取り方がまとまっていて長いから、その期間に観光の他にフェスに行くことも良くあると思いますよ。

 

− 日本でも数万人規模のビッグフェスや様々な形態のフェスがありますが、ツーリストやトラベラーが実際に会場に行って、反応して評価しているランキングという形式は、RDCやタイコがフェスとしてクオリティが高いというひとつの指標になっていると思うんです。主催者サイドが提案・提供するアイディアやオリジナリティ、サービスにロケーションに会場の作りが面白い。様々な視点から魅力を感じているからこその評価だと思いますが、そういった部分に対して対外的な意図があるとしたらお伺いしたいです。

 

Y:それで言うと、僕らは場所という部分が強いと感じますね。全てではないですけど、ビッグフェスではドーンと真っ平らな会場が多いですよね。こだまの森はそのような会場ではないから、出演するアーティストも、ステージがあって、緑が多く広がっている山がある環境の中でできて、「気持ちいい」と言ってくれるんです。多分、あの場所の持つスペックと環境。6月という時期は新緑がすごくきれいなので、それもあると思います。こだまの森という場所の持つ力というものは、結構要因ではあるのかと思いますね。

 

T:そうですね。結局のところ、僕らもランキングへと直接影響があるかはわからないんです。だけど、出演してくれて海外に戻ったアーティストたちが1番の広告塔になってくれている可能性が高いです。僕らの感覚だと、海外ツーリストの割合が半数以上を締めることはないと思いますので、来たことがない人たちは、出演してくれたり、遊びに来てくれたりしたアーティストから吸い上げた情報が、かなり強いという印象があります。僕らがやっている時期の東伊豆(RDC開催会場は静岡東伊豆クロスカントリー)はとても良い季節なんですよ。あのキレイさは秋には味わえないでしょうね。

 

− ふたつのフェスは国内外でも評価されていますし、独特な色を持っていると感じていますが、アーティストのラインナップへのこだわりはありますか。

 

T:意外と共通している部分も多いですけど、僕は完全に自分主体な部分が強いかもしれないです。もちろん、遊びに来てくれるお客さんの意見を取り入れる努力はしつつも、結構主張はしていきますね。

 

− RDCは先物を提案する提案型。タイコにもそういう印象があります。それに、ふたつのフェスは「このアーティスト出るから」という理由からではなくて、ラインナップ全部発表されなくても、「行ったら面白いアーティストが出るだろうな」と、提案と奇抜さに対するワクワク感が先行してチケットを購入する方が多いですよね。

 

T:そう思っていただけるのは嬉しいところではあるんですけどね。そういう説得力がもう少しあるといいなと思うので、そこをより高めていきたいですね。奇抜さはタイコが1番あると思いますよ。

 

− Ricardo Villalobosを見に行った時は、日本でもこういう場所で、こんなアーティストが来るんだ!と思いました。それでも年々、特に2011・2012年頃から特に変わった気がしています。

 

Y:大分変わりましたね。実際、Ricardoは毎年呼びたいんですけどね。「日本に来る時はここでやりたい」そう言ってくれています。もちろん、こういった要素も残しつつやっていますが、今は本当に色々な音楽がありますよね。けれど、それをジャンル別けして細分化したがる。僕はそれがあまり好きじゃないんです。

 

T:本当にそう思います。

 

Y:良い音楽だったら何を聴いても楽しいっていうのがあるので、そういう感覚を持って楽しみたいし、提供したい。それに、若い子をピックアップしたいっていうのもある。まだ勢いはないけど、「これから来そうだな」っていう人たちも提案したい。その辺を上手くミックスするのを考えていたら、どんどんと広がっていってしまったっていうのは実際ありますね。

 

 

− それでも年々来場者は増えていますよね。たとえばタイコですが、2007年に初めて行って、2012年にregaを見に行きましたが、会場含めて規模感はすごく変わった印象を受けましたね。

 

Y:そこで言うと、意図的に広げたんですよ。そしてこれからはもう一度キュッと締めようかなと。そう最近は考えているんですけどね。

 

T:広げてみて、締めてみる。そうするとわかることはありますよね。

 

Y:広げるのはやっぱり良いことです。間口が広がったのは良かった部分ではあるんですけど… やっぱり、まずはコアな人たちが真ん中にいて、その周りに少しふんわりした人たちがいて、さらにその周りに、とりあえず一緒に来る。みたいな人たちがいる。その真ん中のコアな人たちが15%くらいはいなくてはいけないんですよ。だけどそこが薄くなってしまうと、本当に薄っぺらい感じのものになってしまうんです。

 

ただ、1回広げたことにで、お客さんにはある程度認知はしていただけて、少し締めても信頼して来てくれるとは思っているので、やはりそこの部分をもう一度しっかりとしたいなと思って、色々と考えていますよ。

 

− RDCの会場は晴海から東伊豆へと変わりましたが、初開催から「ジャンルレスなダンスミュージックを楽しむフェス!」というイメージがあります。

 

T:そうですね。できればそれくらいまでがいい。色々と細かくジャンルのようなものへと、あまりカテゴライズされたくないという気持ちが正直あります。でもまあ、大きく分けると特にダンスミュージックに特化したものであるのは、根本的に自分がそういうものが強く好きだっていう意思表示でもありますね。

 

Y:僕もやっぱりそこが好きなんですけど、もっと聴いて欲しいっていうのも伝えたいし、なかなかダンスミュージックにいきなり行くっていうのは難しいじゃないですか。現にダンスミュージックだけってなると、今までロックだけだった人が来なくなるので中々難しくて。でも音楽は幅広くて面白いっていうのがありますよ。

 

T:僕はタイコに遊びに行くのが楽しいわけですよ。自分がやっているものでは聴けないものっていうのがすごく聴ける。その逆もまたしかり!なのかもしれないですけどね。

 

Y:僕らもダンスミュージックをベースに遊んでいましたし、やっぱり好きなんですよね。

 

T:それはぜひこれからも、もっとやっていって欲しい!って、お願いするだけなんですけどね(笑)。

 

− 唐突ですが… 逆に提供する側ではなく、個人的にこんなことをして楽しみたいというものはありますか?

 

T:いつか、キャンプ場の管理人になりたいっていう夢はずっとありますね(笑)。

 

Y:僕らは企業に協賛してもらうとかではなく、「一緒に何かを作る」、「新しい場所を作る」。そういうことを今年はいくつか予定しています。それをやることで “TAICOCLUB” という表現ではなく、音楽の使い方の幅が広がるようなものっていうのをやっていきたいなというのがひとつ。

 

後は、フェスってその場に行って楽しむものですが、終わっちゃうと終わりなんですよ。その後に、お客さんは僕らのようなフェス主催者との関係ができる場所はなくなるので、そこをもうひとつ乗り越えた先のお客さんたちと、僕らとの関係を繋げる場所を作って、そこからなにか発信できればといくつか考えています。主催者側と、お客さんという関係を超えたもの。タイコには、あれだけ多くの人が集まるコミュニティがあるので、そこから面白い人たちや自分たちと何か一緒にできる人を見つけて、一緒に何かをやるっていうのはすごく良いことかなと思うので、今はラボ的なものを立ち上げたいなとも考えています。

 

T:それ、すごくいいですね!

 

− 最後に、4月に開催されるRainbow Disco Clubと6月に開催されるTAICOCLUBですが、「これを知っていたらもっと楽しくなる!」というオーガナイザー直伝の楽しみ方を伝授していただけますでしょうか?

 

T:来ていただければ、後はもう自分次第だと思います。僕はあまり気をわせたくなくて、限られた会場の中でフェスが開催されるわけですが、その中でどう楽しむかは、本人の自由。「楽しかった」、「楽しくなかった」という感想は個人のものだしね。「ここに注目してください」とか言ってしまうと、アーティストについて話すことが多いですが、それ以外の部分に関しては、とにかく個人の自由なんです。もちろん、こちらも最低限のルールを設けなくてはいけないので、そこに関してはルールに則ってやってもらうしかないんですけど、それ以外に関しては、どれだけ楽しめるかは自分次第だという風にしてもらったほうがいいかな。僕らがあまり言ってしまうと、そういう見方になって先入観が生まれてしまうので。

 

Y:僕らも、やっぱりTAICOCLUBというものは、来る前の準備・道中・終わってから、みんなと何か共有するものだったり、関わりだったりであって、ピンポイントで「その日」というよりも、そこの日の前後と、そこからの繋がりを楽しみにしてもらえたらなと思いますね。もちろん、遊びに来た場所っていう思い出にはなると思うんですけれど。何かそこから繋がるものを大事にして欲しいなと思います。