二月 25

YouTubeで話題の女性シンセマニアSynthiefrauインタビュー

奇妙なシンセサイザーを部屋一杯に集め、ビデオカメラをオンにし、猫(Tonto)を紹介し、おもむろにジャムを始める-これがYouTubeで有名なドイツ人シンセサイザーマニア、Synthiefrauのクリップの典型的な構成だ。Juno 60やShulzeのシーケンサーと格闘しながら多数の映像をアップしてきたSynthiefrauことChrista Bachmannは世界中のシンセファンからカルト的な人気を誇っている。今回は彼女のインタビューをお届けする。

By Julian Brimmers

 

RBMA:あなたが「Synthiefrau」になった経緯を教えてください。

Synthiefrau(以下SF):随分長い間シンセサイザーの魅力に憑りつかれているけれど、約4年前に遊びでシンセを弾いているのを録画して、それをYouTubeにアップしたのがきっかけね。その反応がかなり良かったからそのまま続けていたら、いつの間にか映像をアップするのが趣味になっていたのよ。古いデジカメで録画しているから、音質を良くしようと頑張っているところよ。私の“ファン”から言われているしね。シンセ仲間のひとりがデジタルレコーディングに手を貸してくれる予定なの。私はソフトには詳しくないのよ。プラグインは使わないようにしていて、アナログシンセだけを使っているわ。

RBMA:どういう音楽を聴いて育ったのですか? シンセは昔から大きな位置を占めていたのでしょうか?

SF:ある意味イエスだと言えるわ。小さい頃、年上のいとこが車の中でJean-Michel Jarreのカセットをプレイしていて、それが好きだった。あと基本的にジャーマン・ニューウェーブを聴いて育ったわ。Nenaとかはシンプルなシンセリフを取り入れていたわよね。でも10代の頃はELPやUriah Heepなどのハードロックやプログレを聴いていたわ。

RBMA:自分でシンセを弾こうと思ったきっかけは憶えていますか?

SF:中学校の音楽の先生の影響なのよ。中学校1年生か2年生の頃、先生がセミモジュラーシンセを学校に持ってきてみんなの前で演奏してくれたの。Korg MS-10かMS-20だったと思うわ。他のクラスメートはその場ですぐに興味を失くしてしまったけれど、私はその後のお昼休みもそのシンセで色んな音を出して遊ばせてもらったわ。当時はそれがシンセサイザーという楽器だなんてことさえ知らなかったけれどね。そして1986年、1987年頃、15歳か16歳の頃に、初めてのシンセとしてCasio SK1を手に入れたの。シンセというよりはサンプラー付きのキーボードだったけれど、サンプルで遊ぶことがシンセサイザーの道へ繋がっていったわ。

「Moogが亡くなった日に、Minimoogが動かなくなったの」

RBMA:正式な音楽教育は受けましたか?

SF:一度もないわ! シーケンサーをよく使うけれど、別に詳しくなければ使えない代物でもないでしょ。基本的にはパターンを鳴らして、そこに別のメロディーを加えていくような感じで作っていくわ。10分位で曲が完成する時もあるの。でも何日も上手くいかない時もあるわ。私の気分と創造力のタイミング次第ね。

RBMA:シンセの収集と演奏はひとりの世界とも言えます。バンドやプロジェクトのようなものに参加したことはありますか?

SF:昔はシンセバンドでジャムをしていたけれど、正式なプロジェクトとしては活動しなかったわ。そのプロジェクトは私を含めた6人でスタートして、その後5人になったけれど、結局音楽性が合わなかったから数か月後に解散したの。ウルム(ドイツ)にシンセマニアの友人がいるんだけど、最近彼から新しいプロジェクトを始めないかと連絡が来たわ。でもやるのはレコーディングと映像だけね。ライブはやらないわ。正直言ってそこまで上手くないから。



RBMA:シンセ自体の話に戻りますが、サウンドを合成するという行為のどこに面白さを感じていますか?

SF:多様性だと思うわ。たとえばMinimoogはシンプルなシンセだけれど、フルートやオーボエのようなサウンドから、曖昧で奇妙なサウンドまで幅広く生み出せるわ。シンプルだけど力強いMinimoogは今でも私のお気に入りよ。あとはイタリアのGRPのシンセも好きね。特にプロトタイプのA3はお気に入りよ。これはオシレーターが3基でシーケンサーはついていないタイプね。あとGPR A5とA8も持っているわ。A8はパッチケーブルを使わないタイプだけれど、サイズは凄く大きいの。基本的にシンセのプリセット音は好きじゃないのよ。プリセットが売りのLittle Phatty(Moog)も持っていたけれど、ProdigyやMinimoogのようなシンセの方が好きね。二度と同じサウンドは生み出せないけれどね。GPR A8には素晴らしいシーケンサーが内蔵されていて、色々なことが出来るわ。



RBMA:あなたが関わっている「シーン」のようなものはありますか?

SF:昔は小さなコンベンションのようなものに参加していたわ。クーフシュタイン(オーストリア)などで開催されていたの。基本的にはシンセマニアが自分たちのシンセを持ち寄る集まりね。過去3回開催されて、40人が60人になり、最後には100人以上が集まったわ。Dieter Döpfer(Doepfer)やGRPのPaoloも参加したし、WavelabやMoogからも人が来ていたわね。でも何か困った時はオンラインのフォーラムに参加するわ。ネットは凄く役に立っているわね。



RBMA:今は自宅でプラグインだけを使って音楽を作る人たちが増えています。ソフトウェアはアナログシンセのサウンドを再現できると思いますか?

SF:思うわ。ソフトを使って自分のサウンドを生みだしている人たちのことは尊敬しているの。でも私はハードウェアが好き。ソフトウェアで私の持っているシンセのサウンドが生み出せるのはウソじゃないと思う。でも私は直接触りたいのよ。MIDIキーボードやマウスじゃ物足りない。KorgのMS-20やPolysixのソフトウェア版はかなり本物に近い音だと思ったけれど、アナログシンセの方が力強いし、サウンドが生きているって思うわ。

RBMA:今のお気に入りを教えてください。

SF:GRP A8、Minimoog、それにDoepfer Dark Energyね。

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GRP A8

このシンセは大きくて逞しい作りのシンセなの。クラシックなスタジオ用アナログシンセのひとつで、パッチケーブルを使わずに様々なアナログサウンドを生みだしたいミュージシャンに向いているわ。構造はモジュラーシンセと変わらないけれど、各モジュールがあらかじめ内部接続されているのよ。出力はモノかデュオフォニックね。あと素晴らしいシーケンサーが内蔵されているから、ピュアなアナログサウンドを完全に新しい形で楽しむことができるの。このシーケンサーのステップ数は2 x 8または1 x 16で、CV/トリガー・シーケンサーとしても機能するわ。ブレイクや様々なリズムパターンが簡単に組めるし、ADSRに連動させることもできるのよ。ノイズでシーケンスを組めば、シンセにドラムマシンが追加されたような感じになるわね。個人的にはレゾナンスがまだ使いこなせていないって感じているの。丸2日使っても飽きないシンセよ。

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Moog Minimoog

GRPは比較的新しいシンセで複雑だけれど、Minimoogはシンプル。だからこそ、私のオールタイムフェイバリットシンセなのよ。非常にユニークなサウンドだし、シンプルだけど強烈なサウンドは永遠に「本物」として扱われると思う。最新のVoyagerでもこのサウンドには敵わないわ。


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Doepfer Dark Energy

Dark EnergyはGRPとは比べ物にならない位小さなサイズのシンセね。これはDoepferのトレードマークのシルバーカラーではなくて、ヴィンテージシンセのようなルックスをしているから気に入っているわ。短時間で理解できて、簡単に扱えるのも魅力ね。VCOは1基だけだけれど、パルス波とフィルターを使いこなせば強烈なベースサウンドが生み出せるわ。私はLFOを使って、斬新なサウンドを生み出すようにしているわ。



RBMA:アナログシンセを集めるにはスペースが必要ですよね。

SF:その通り。映像には映っていないけれど、機材の横にベッドを置いてあるのよ(笑)。自宅には3部屋しかないからしかたないわね。スペースがないから今は機材を増やすことは考えていないわ。お金もないしね。それに最近離婚したから、機材を買うお金がないのよ。持っている機材を売るつもりもないし、今持っている機材がしばらくの間私のコレクションということになるわね。でもそこまで数多くのシンセを持っている訳じゃないわ。アナログシンセ12台だけだから、シンセを置くスペースで困っている人はもっと沢山いるはずよ! スイスのルターバッハに住んでいる私の友人、Martin Hollingerは小さなシンセミュージアムを持っているの。彼は350台も持っているのよ。彼の家へ遊びに行った時は2台のMoogに挟まれて寝るの。最高よね。彼はロシア製のPolyvoksも持っているわ。

RBMA:ヴィンテージシンセに詳しい人たちの多くは、基本的に電子工学に詳しいですが、あなたはどうですか?

SF:ちょっとした修理なら自分でできるけれど、ちゃんとした技術があるわけじゃないの。ひとつ言っておきたいのは、機材が生きているって思う時があるってことね。たとえば私のJuno 60は理由もなく壊れてばかりいたの。それで理由が分からなかったから、置いてある場所からどかしたら、いきなり動くようになったのよ! 部屋の中で動かしただけなのに、完ぺきに動くようになったわ。あとMinimoogもそうね。もう知っているかも知れないけれど、私は個人的にBob Moogを知っていて-これは直接会ったという意味ではないけれど-たまに電話をかけあっていたし、ノースキャロライナの彼の自宅に招かれたこともあったわ。招待された時はすぐにでも行きたかったけれど、当時は飛行機代が出せなかった。あれは確か2005年の3月で、彼はその年の8月に亡くなったわ。もちろん彼の体調のことは知っていたけれど、そこまで悪いとは知らなかった。私が言いたいのは、彼が亡くなったその日に、Minimoogが動かなくなったってことなの。オシレーターの動作が変で、演奏できなかった。だからその2日後にスイスのHollingerの家に持って行こうと思ったら、また何事もなかったように動くようになった。Bob Moogが亡くなったことをMinimoogが感じ取ったんじゃないかって思ったわ。何を言っているんだと思うかもしれないけれどね。 



RBMA:Bob Moogとはどのように知り合ったのですか?

SF:これは面白い話なのよ。昔近所に住んでいたBertholdという友人がいて、彼もミュージシャンで、多少お酒を飲み過ぎるところがある人なのだけれど(笑)、ある日彼が私の家にやってきて、飲んでいたの。その時に私は自分のヒーローがBob Moogで、私の夢は彼と話すことだって彼に話したら、もうかなり出来上がっていた彼が、「そのMoogさんっていうのはどこに住んでいるだ?」って訊いてきたの。その時はそれで終わったけれど、実は彼はその後に自宅に帰ると、アメリカの電話会社に連絡を取って、Bob Moogの電話番号を聞き出すと、Moogに電話をして、ドイツにあなたの大ファンがいるから、彼女の誕生日に電話をしてあげてくれって頼んでくれていたの。それで私の誕生日の5月16日に、自宅に友人を招いてお祝いをしていると、Moog本人からいきなり電話がかかってきたの。本当にびっくりしたわ! 私の英語はつたなかったけれど、2時間位そのまま話したの。途中で彼が自分の祖父はドイツ人だったから、ドイツ語でも大丈夫だと言ってくれて、その後は英語とドイツ語を取り混ぜながら話し続けたわ。その時に彼と奥さんが住んでいる家に遊びに来るように言ってくれたのよ。本当に最高のプレゼントだったわ。結局その電話のあと、毎週のように彼と電話で話すようになったの。でも、彼の体調がどんどん悪くなっていくのを目の前にするのはすごく辛かった。本当に素晴らしい人だったわ。

 

Synthiefrau YouTube Channel - YouTubeで彼女のクリップをチェック。