十一月 26

シンセ今と昔 : 80年代後半〜現代、デジタル・モデリング〜アナログの復活

シリーズ第3回目。キーボードプレイヤーを魅了した「ポリフォニック」、80年代後半デジタルの普及で、安価な中古が出回ったTR-808やTB303から生まれたハウス/テクノ、そして現代のデジタル・モデリング技術の発達〜アナログの再評価まで

By Ryota Hayashida

 

 80年代前半に進化を遂げたアナログ・シンセサイザーは新世代の楽器として注目されてきたデジタル・シンセサイザーに取って代わり、一気に人気を失っていった。シンセサイザーがデジタルになることで、これまでアナログでは無理だった複雑な音色が作れるようになり、しかも集積回路の進化によって壊れにくく製造コストを抑えた安価な製品が大量に作られたのだ。

 

yamaha_dx7

●YAMAHA DX-7

「わずか25万円で32音ポリを実現し、デジタル時代の幕開けとなったエポックメイキングなデジタル・シンセの代表格。80年代前半のヒット曲には必ずと言っていいほどこのシンセの音が入っていた。FM(フリーケンシー・モジュレーション)と呼ばれる方式で音を作るので、これまでのシンセのようにフィルターが存在しない。従来とは違った音色が作れたが、音作りはかなり難しい。にもかかわらず1万台以上を売り上げた。開発力のあるヤマハだからこそ製品化できた夢のデジタル・マシンだった。」

 

 

●Howard Jones - “What Is Love?”

「YAMAHA DX-7を使ったお手本のような曲。ニューウェーブの代表曲だけど、しょっぱなのベースやブラス、ベル、エレピ、パッドなど出てくる音のほどんどがDX7のプリセットのまんまというベタなサウンドメイキング。ちなみにプロデューサーはRupert Hine(ルパート・ハイン)というプログレ出身の天才だが、彼のソロ・アルバムもこんな感じなので、プロデューサーの意見が相当盛り込まれているサウンドのようだ。」

 

 

 シンセサイザーで和音を弾くのは今となっては当たり前だが、80年代のアナログの時代は単音しか出ない「モノフォニック」が主流であり、和音の弾ける「ポリフォニック」は非常に高価だった。というのも、アナログ方式では和音の数だけシンセサイザーを本体の中に搭載しなければならず、例えば8音ポリであれば1台のシンセの中に8台分のモノフォニック・シンセの電子回路が入っていた。当然ボディは大きくなり、重く、しかも100万円を超えることも珍しくなかった。

 

SCI Prophet 5は、70年代に登場した、音色メモリが可能な5音ポリフォニック・シンセの代表格。定価170万円で、日本ではYMOやオフコースが使っていて有名になった。非常にハリのあるいい音が出るが価格がボトルネックだった。SCI社でこのシンセの天才的開発者だったDave Smith(デイヴ・スミス)氏(Youtubeにも登場するおじいさん)は現在でもDave Smith Instruments社を立ち上げて新製品を開発している。先日発表されたProphet 12はこのProphet 5の現代版リメイクともいえる内容だが、スペックはオリジナルを完全に凌駕している。もちろん音源はアナログ方式だ。」

 

 

●Daryl Hall & John Oates - "I Can't Go For That (No Can Do)"

「しょっぱなからProphet 5を弾きまくるPV。」

 

 

 しかしデジタルではこのポリフォニック化はもっとたやすく実現することができた。多くのキーボード・プレーヤーはそれまでコード弾きができない鍵盤楽器には見向きもしない状況だったが、デジタル化によって、今では当たり前となった、作った音をメモリすることも簡単にできるようになり「プリセット」という概念が出てきてようやくシンセに手を出すことができるようになったのだ。

 派手でキラキラしたデジタル・シンセの音色に、みんなは魅了されていた。アナログはだめだ、これからはデジタルだと誰もがそう言い、中古楽器屋にはアナログ・シンセが二束三文で売られるようになったのが80年代後半の出来事だった。

 一方、そういう事情で安く手に入るようになった中古のアナログ・シンセをこぞって買い、なにか新しい音楽を作れないかと考えていた連中もいた。シカゴ周辺の黒人DJたちだ。初期のハウス・ミュージックは当時は3万円程度で中古で手に入ったRoland TR-808やTR-909に、ひょっとしたら1万円もしなかったTB-303の中古を使って制作されていた。とても安価な機材で、そこらへんに転がってたから使った、というような動機だったのだろう。

 

●Roland TR-808 / TR-909

「ダンスミュージックにはなくてはならないプログラム可能なリズムマシンの草分け的存在。TR-808のほうが先に発表され(1978年)、TR-909は金物にサンプリング技術を応用して改良された。どちらも基本の音源はアナログだが、音色はずいぶんと違う。808(俗称ヤオヤ)は比較的淡白な音色で攻撃的な音は出ないが、スネアやハイハット、クラップなどの音色のコンビネーションが絶妙で未だによく使われている。ヒップホップでも定番になっている。 一方909は後発ということもあって808にはなかった攻撃性が音色に加味されている。キックにはネバリがあり、スネアはノイジーでパンチがある。ハウスには欠かせないマシンだ。」

 

 

 特にTB-303はハウスの少しあとで発生したアシッドハウス/テクノで大活躍したシンセだった。乾電池でも動作する、プログラム可能なシーケンサーを内蔵したモノフォニックのベース専用シンセで、発売当時の定価は5万円程度。TR-606というリズムマシンと同時に発売されたが、この2つは手軽に自宅でデモを作ったりするための伴奏マシンというコンセプトの製品で、アメリカではギタリストやカントリーミュージックをやるバンジョー奏者が自宅練習のために買ってよく売れたという。

 

●Roland TR606 / TB-303

「TR-808が定価15万円もしたので、それの廉価版として登場した。チープな音色だが、独特の存在感がある。特にベース・マシンにTB-303はテクノで使われたので今でも中古が15万円程度で取引されている。」

 

 

 しかしシカゴやデトロイトのミュージシャンやDJたちはTB-303のレゾナンスを極端に上げると非常にアシッドなシンセベースになるということに気づいていた。おそらくメーカーの開発者たちも思いもよらなかった使い方で彼らは新しいシンセの使い方を発見していったのだった。これが「クラブ・ミュージック」という新しいジャンルの誕生となった。

 90年代に入って世の中はグランジ・ロックなどの台頭があったが、圧倒的に勢いがあったのはハウス/テクノ、そしてヒップホップだった。

 と同時に人々はアナログ・シンセサイザーの音が実は良かったんじゃないかという事実に気づき始めてきた。デジタルの出現によって惑わされていたユーザーが再びあの音を取り戻そうとアナログの復権を声高に謳い始めたのだった。

 しかしアナログ・シンセがすたれてしまってかれこれ10年が過ぎようとしていた。10年前の電気製品というのは冷蔵庫や洗濯機と同様、シンセも相当傷んでしまう。キーボードを押した時のクッションとなるゴムのダンパーも固着し始めて弾き心地が悪くなってきた。いよいよ「ヴィンテージ」という名前が付けられようとしている時期だった。

 アナログ・シンセの需要は年々高まり、90年代くらいからプレミア価格で古いシンセが取引されていた。ネットオークションでも2000年くらいまでは押入れに眠っていたヴィンテージシンセを出品している人が多く、金さえあれば大抵の機種は手に入った。KORG MS-20は常に2〜3台が出品されていて、うまくいけば5万円くらいで手に入った。ところが数年もすればとたんに枯渇し始め、徐々に状態のいいものも少なくなってきた。製造されてから20年、30年経過したアナログ・シンセはいろんな持病を抱えていた。

 そんな中、欧米の小さなガレージメーカーがアナログ・シンセの新製品を発表し始めた。その口火を切ったのがドイツのDoepfer(ドイプファー)社やアメリカのStudio Electronics(スタジオ・エレクトロニクス)社で、Doepferは特にモジュラー型のアナログシンセを発表し、当時話題となった。Studio Electronics社もminimoogやProphet-5のラックマウント改造を経て自社のオリジナル・シンセを発表し始めた。

 

midimoog

●Studio Electronics MIDI MOOG

「minimoogをラック改造してMIDIを取り付けた製品。当初は本物のminimoogから基板を取り出して改造していたため、完全に音色はminimoogだったが、途中でminimoog本体の入手が困難になったため、完全に自社で再現したリプロダクション・モデルに切り替えた。名前もmidiminiに変わった。現在はそれも生産していない。」

 

 

 アナログ・シンセの復活の兆しが見えたのもつかの間、またしても不遇の時代が到来しようとしていた。デジタルのモデリング技術が発達し、デジタル回路でもアナログのような音が出せるようになってきたのだ。

 様々なヴィンテージ・シンセの音をデジタル解析し、そっくりな音を出すのがモデリング技術。サンプリングではなく、発音のタイミングで計算式から音を生成するので非常にリアルな音を出すのが特徴だ。その技術を使ったソフト・シンセやハード・シンセが発表された。日本の各メーカーもデジタルなのに古臭い音が出るシンセをたくさん作るようになった。それは当然のなりゆきだったが、一方でモデリングの限界というものも感じる人が増えてきた。

 2000年代後半から再びアナログの新製品が大量に発表されてきた。これはやはり本物のアナログ回路から出る音の魅力というものに代えがたい何かがあることをモデリング技術の台頭によって逆に多くの人が再評価したからにほかならない。

 シンセサイザー・メーカーとしては世界的に見ても大きな規模を誇る日本のメーカーのKORGが最近アナログ回路のシンセサイザーを数多く発表しているのは大きな事件だった。デジタル技術の開発に多大な労力を払ってきた大きなメーカーにとって今更アナログ・シンセを生産するというのは、後退以外の何物でもない、という風潮がやはりまだあるのだ。そんな中KORGは大胆な決断に出たと言っていいだろう。KORG MS-20 miniは、70年代後半から80年代前半にかけて販売されていたMS-20を若干小さくして現代に蘇らせた現行版アナログ・シンセ。当時の開発者が関わっており、当時の音をうまく再現している。当時にはついていなかったMIDIも標準装備されており、お値段も当時の半分以下だ。オリジナルはフィルターが前期と後期で違うが、これは前期モデルを再現している。

 

 近年欧米ではモジュラー・シンセがブームになってきている。モジュラー・シンセというのはシンセサイザーのオシレーターやフィルターといった各モジュールが個別に売られていて、好きなモジュールを集めてラックにネジ止めしていき、それをパッチケーブルでつないで音を出すという、60年代にシンセサイザーが登場した時のまんまの姿だ。当然回路はアナログで、音作りのことを理解していないと音を出すことさえできないが、先頭を切って前述のDoepfer社が発売したモジュラー・シンセに採用された「ユーロ・ラック」と呼ばれるラックの寸法規格が今ではスタンダードになっていて、この規格のラックに取り付けられるように製作されたモジュールを何十社ものガレージメーカーがこぞって発表している。このブームは当分収まる気配がないばかりか、日本にも飛び火してきていて静かなブームとなっている。Doepfer A-100は、モジュラー・シンセの火付け役となったDoepferの製品。モジュールは単体で売られており、自由にネジ止めして使うことができる。ラックの裏には電源をとるためのコネクターが取り付けられている。音色は比較的固めで、シャープな印象。メーカーによって音もずいぶん違うので、いろいろ混ぜて使うのがトレンドだ。

 Tiptopはアメリカのガレージメーカーだが、モジュラーの世界ではかなり知られている。音も太く、デザインもいいので結構売れているらしい。もうひとつ新進気鋭のモジュラー・シンセ・メーカーを紹介するならおすすめしたいのがKilpatrick。PCとUSBで接続して専用アプリでシーケンス・パターンを編集できるパターン・ジェネレーターなど、モジュラー・シンセの可能性を感じさせてくれる新しいモジュールを発表しているカナダのメーカーだ。『I Dream Of Wires』は近年のモジュラー・シンセ・ブームを紹介するドキュメンタリー・ビデオ。ブルーレイとDVDビデオの通販でしか見ることができない。僕もカナダから注文して取り寄せたが見応えは十分だった。Vince Clarke(ヴィンス・クラーク)やNine Inch Nailsとかも登場する。若いオネーチャンがモジュラー・シンセをあやつっているのは最高にクールだと思うのだが、日本にはどうやらそういう女性はほとんどいないようだ。

 

 日本は70年代から優秀なシンセサイザーを排出したメーカーを持っている国ではあるけれども、エレクトリック・ミュージックという点でいえばまだまだ保守的でこのブームになかなか乗り切れていない感はあるが、国民性からしても需要は確実にあると見ている。少ない予算で小さなモジュールから買い始めて、どんどんシステムを大きくしていくというモジュラー・シンセならではの利点もあるので、今後どんどん普及していくと思われる。

 早足に80年代後半から現在にいたるまでのアナログ・シンセサイザーの変遷を見ていったが、結局のところ、なんだかんだいってアナログはいつの時代にも説得力を持った楽器として見られていたということは明らかな事実だった。音響特性という意味では完全にアナログを凌駕しているデジタル技術ではあるが、楽器として見た時の目に見えない「魂」の部分でまだまだアナログに到達していない部分もある。このあたりをどう克服してくるか、デジタル技術の発展に注目しているが、当分はまだアナログのお世話になりそうではある。

 

 

おまけ

●Sesame Streetで Fairlight CMI を弾くHerbie Hancock

「オーストラリア製のサンプラー/ワークステーションの王様だったFairlight CMI(フェアライトCMI)。画面に直接ライトペンで波形を描くことができ、内蔵シーケンサーで1曲分を組み上げることができた。同時発音数8音・サンプリングは8ビットだが当時の定価は1000万円近かった。」