八月 31

シンセサイザーヘヴン:Three Wave Music

全米のハードウェアファンから聖地として扱われている日本人が経営するニュージャージーのミュージックショップを写真で紹介する

By Laurent Fintoni & Carys Huws

 

シンセサイザーに通じている専門家を捕まえて、米国北東部のベストショップはどこかと訊ねれば、おそらくその大半がマンハッタンのダウンタウンから車で約40分の距離にあるニュージャージー州ホウソーンの高速出口からすぐの袋小路を指差すだろう。そこに位置しているのが、Osamu “Sam” Masukoと彼の息子が経営しているミュージックショップ、Three Wave Musicだ。Three Wave Musicはハードウェアファンの間ではよく知られているが、彼ら以外にはほとんど知られておらず、たとえるなら、レコードディガーの間だけで知られているレコードショップのような存在だ。ここは商店というよりも、なんとなくミュージアムになってしまったような空間で、カスタムキーボード、ヴィンテージドラムマシン、懐かしのシンセ、最新のKORG製品などが細かくジャンル分けされることなくハッピーに共存している。

 

現在は郊外に位置するシンセサイザーヘヴンとして知られているThree Wave Musicだが、ここに移る前までは別の名前で20年間に渡りニューヨークシティに位置していた。1986年、ジャズフュージョンに魅せられてギターを弾いていたHammondの若きエンジニアMasukoは、東京からニューヨークへ渡った。クロサワ楽器店からニューヨーク出店という使命を与えられていたMasukoは46番通りにDr. Soundをオープンさせ、その後ソーホーへ店を移したが、1993年に経済的苦境に陥ったクロサワ楽器店が米国市場からの撤退を決めると、家族を抱えていたMasukoはそのままニューヨークへ残ることを決め、そのまま店を引き継いだ。そして、ソーホーの賃料が高騰すると、Dr. Soundはキャナル・ストリートへ移転。この店はポスト9.11の急激な街の変化を乗り越え、Masukoがエンジニア業の再開とHammondへの復職を決めるまで続いた。しかし、Masukoは再開したエンジニア業を何よりも楽しんでいた一方で、人々が訪れてハードウェアへの愛情をシェアできる場所がないことに気が付いた。

 

数え切れないほど大量のハードウェアが置かれ、ベニヤ板の壁の向こうにはさらに多くの修理待ちのハードウェアが置かれているThree Wave Musicは、Masukoのエンジニア業への献身とハードウェアへの愛の証明だ。30年以上働き続けてきた彼だが、その情熱は一切弱まっていない。今も特別な逸品を探し続けており、最近もJan Hammerが所有していたカスタムメイドのOberheimを購入したばかりの彼は、平行してシンセサイザーの修理方法を息子に教えている。Masukoはこうコメントしている。「毎日働くのが好きなんです。30年この仕事を続けていますが、毎日何かしらの学びと発見がありますね」