六月 20

Strata-Eastガイド

ジャズ史に残る名レーベルStrata-EastをAndy Thomasが紹介する。

By Andy Thomas

 

Ken Burnsが手がけたドキュメンタリーシリーズ『Jazz』では、Sun Raが取り上げられていないが、それ以外に目立った「欠落」のひとつが、 1970年代にアメリカで台頭したラディカルなブラックミュージックだ。Ken Burnsはジャズのクリエイティブな流れは1960年代末で一度途切れたと考えた。しかし、1970年代のジャズは博物館に所蔵されるような音楽を追求する代わりに、最もプログレッシブと言える数々の作品を生み出した。そしてそのベースとなったのが、ニューヨークを拠点にしていたレーベルStrata-Eastのような数々のインディーレーベルであり、彼らからジャズの未来が切り開かれていった。

 

デトロイトのTribe、セントルイスのBlack Artists Group、そしてシカゴのAACM(Association for the Advancement of Creative Musicians)などと共に、Strata-Eastはそれまでのジャズが生み出したありとあらゆる「進化」を、当時の風潮に合わせた戦う姿勢を前面に押し出したコミュニティ精神でまとめていった。またブラックパワーのイデオロギーに共感したこれらの集団は、「インディペンデント精神」を強く打ち出した。

  

「レコーディングしたばかりのフレッシュな作品をメジャーレーベル側に十分な金額で買い取ってもらえなかったという驚きが、自力でやろうという動きに繋がった」−Stanley Cowell

Strata-Eastは意図的に生み出された集団ではなかった。1960年代を代表する数々のセッションに参加していたCharles TolliverとStanley Cowellは、Max Roachのアルバム『Members, Don’t Git Weary』に参加した1年後にMusic Inc.を結成し、1969年にPolydorからアルバム『The Ringer』(Charles Tolliver and Music Inc.名義)をリリースしていたが、2枚目のアルバムのレコーディングを終える頃になると、ジャズの商業的な価値は失われており、実際、1970年代初頭に入って彼らが出来上がったその2枚目をメジャー系レーベルへ持ち込んでも無関心な態度を取られ、話が進まなかった。「レコーディングしたばかりのフレッシュな作品をメジャーレーベル側に十分な金額で買い取ってもらえなかったという驚きが、自力でやろうという動きに繋がった。また、1960年代に全米で起こったブラックパワームーブメントが、黒人のアーティストたちに自立心、起業精神、そして自己判断力を植え付けた」Stanley Cowellは当時をこう振り返っている。

 

当時、Strataという名称でデトロイトを中心に活動しているアーティスト集団が存在した。 彼らの草の根活動に大いに影響を受けたCowellとTolliverは、ニューヨークで似たような活動をスタートさせようと計画した。「Kenny CoxとCharles MooreがStrata Corp.の活動誌を持ってニューヨークへやってきた時に、私たちも団体を組もうという気持ちになった。そして私たちはStrata-East Inc.を生み出したが、これはアーティスト主導というコンセプトの大枠となった。そして作品群が急速に人気を獲得していく様子を見て、Strata-East Records, Inc.の立ち上げを決めた」Cowellが振り返る。こうして1971年初頭、Music Inc.のアルバム『Big Band』と共にレーベルがスタートした。

 

4 HeroやKirk Degiorgioなどにとって、このレーベルはBlue NoteとTransmatの間のミッシングリンクとなった。

Cowellが続ける。「やがてその評判が、レコーディングしたアルバムをリリースしたいと思っている他のインディー系のアーティストやプロデューサーたちの耳に入るようになった」−他のアーティストたちは彼らが打ち出したコミュニティ精神とアーティスト主導というコンセプトに興味を持ったのだ。そしてアーティスト側の権利は、Stanley Cowellが すでに打ち出していた大枠のコンセプトを元に作られた。その内容は「Strata-East Recordsと契約したアーティストまたはプロデューサーは、素材を提供し、制作の初期費用を負担すること。その後でStrata-East Recordsがディストリビューターを通じて販売する。その売り上げに関し、Strata-East Recordsは費用を差し引いた上で僅かな金額だけを受け取り、その残りはすべてアーティストまたはプロデューサーが受け取る」というものだった。

 

Strata-Eastではレーベルの立ち上げ当初から、ビジュアルとクオリティが重視されていた。Ted Plairが制作したシャープなモノクロのレーベルロゴがこのレーベルの方向性を視覚的に強く打ち出していた他、サウンド面では最高級のヴァイナルへのプレスに拘った。そしてその拘りがプレス枚数を減らすことに繋がり、このレーベルのカルト性に拍車をかけることになった。Strata-Eastが世間の認知を得るのは、ピークを過ぎてから20年後となる1990年代中頃にSoul Jazzがコンピレーションアルバムを2枚発売した時だった。Strata-Eastのアルバム群とTribe RecordsやBlack Jazzのアルバム群は、Blue Noteのヒット作を通じてジャズを知った層にジャズ史の新しい見解を与える中心的な役割を担った。

 

DJや音楽マニアたちの興味を引くきっかけとなったトラックは、ダンスフロア映えするKeno Dukeの“Too Late, Fall Back Baby”や、Larry Ridleyの “Changa Chikuyo” だったが、このレーベルはアフリカ色の強いディープでスピリチュアルなジャズのリリース群でも知られており、実際Strata-Eastはディープなモーダルジャズやポストバップからエクスペリメンタルなフリージャズやアフリカ系スピリチュアルまで幅広くカバーしていた。そしてTribe RecordsやBlack JazzがCarl CraigやTheo Parrishに大きな影響を与えたのと同様、Strata-Eastも独自の影響力を発揮し、4 HeroやKirk Degiorgioなどにとって、このレーベルはBlue NoteとTransmatの間のミッシングリンクとなった。

 

 

Music Inc. - Music Inc. 

Strata-Eastの記念すべきファーストリリースとなったこのアルバムは1960年代に活躍した2名のアーティストによる意思表示として1971年にリリースされた。ジャクソンビルのトランペット奏者Charles TolliverはJackie McleanやAndrew HillなどのBlue Noteを代表するアルバム群に参加していたアーティストで、オハイオ州出身のピアニストStanley CowellもBobby MutchersonとMarion Brownに重宝されていた。よって、TolliverとCowellがMusic Inc.名義でファーストアルバム『The Ringer』を制作した際、 “On the Nile” のようなパワフルな作品が生まれるのは必然と言えた。

 

Strata-Eastでのデビュー作となるこのアルバムの制作に向け、2人はドラマーにJimmy Hopps、ベースにCecil McBeeを迎えたハードバップのビッグバンドを結成した。 1曲目“Ruthie’s Heart”のインターチェンジから、2人はMingusやEllingtonのようなスケールの大きなアンサンブルのテクニックを用いた直感的なプレイを披露している。そのプレイには怒りと熱が込められており、時代の空気が感じられる。Dizzy Gillespieは『Downbeat』誌上で、聴いて育ったトランペット奏者は誰かという質問に対し、「Charles Tolliverが好きだ」と回答しているが、 “Brilliant Circles” のパワーとスタイルを聴けば、その理由が分かるだろう。

 

 

Stanley Cowell - Musa Ancestral Streams 

Music Inc.の最初の3枚のアルバムに参加したStanley Cowellは、1974年にStrata-Eastからピアノのソロアルバムをリリースした。この作品はHorace TapscottのNimbusからリリースされたセッションワークの数々やAbdullah IbrahimのEnjaからリリースされたアルバム群と並び、ジャズ屈指のソロワークのひとつとして未だに高い評価を得ている。

 

CowellはMax Roachのアルバム “Members, Don’t Git Weary” に収録された楽曲ですでに作曲家としてデビューを果たしていたが、その後もキャリアを通じて作曲に携わっており、代表作としてはCecil McBeeをベース、Roy Haynesをドラムに迎えたアルバム『The DeJohnette Complex』や、1978年の自身のアルバム『Equipoise』などが挙げられるが、この『Musa Ancestral Streams』ほどの美しさを持つ作品は他にはない。Pharcydeもこの楽曲の力を認めており、 “On the DL” でサンプリングしている他、J Dillaもこのアルバムを愛聴しており、 収録曲“Maimoun” のサンプルを自身の未発表曲 “Trashy” で使用している。また、このアルバムには “Travellin’ Man” の究極とも言えるバージョンが含まれており、Cowellはエレクトリックピアノとアコースティックピアノのデュエットを披露している。また、Strata-Eastで数多くのアートワークを披露しているCarole Byardがチョークで描いた美しいCowellの自画像もこのアルバムの魅力のひとつと言えよう。

 

 

Clifford Jordan Quartet - Glass Bead Games 

シカゴ出身のサックス奏者Clifford Jordanは1971年にStrata-Eastからアルバム『In the World』をリリースしたが、 1957年、Art Blakey、Horace Silver、そしてSun Raと関わりの深いサックス奏者John Gilmoreと組んだクインテットでBlue Noteからデビューアルバム『Blowing in from Chicago』をリリースするなど、以前から高い評価を得ていたアーティストだ。その後、このアルバムで自身のカルテットを組むことになったJordanだが、2組のカルテットを編成してニューヨーク・ホワイトプレインズにあるMinot Sound Studioでのレコーディングに挑んだ。カルテット1はピアノにStanley Cowell、ドラムにBilly Higgins、ベースにBill Lee(Spike Leeの実父)を迎え、カルテット2ではピアノにCedar Walton、ドラムにBilly Higgins、そしてベースにSam Jonesを迎えた。

 


“John Coltrane, black spirit, John Coltrane, first newborn” という祈りの歌声は、Strata-Eastのリリース群の中で最もディープな作品のひとつであるこのアルバムが打ち出すスピリチュアルな側面と調和している。

このアルバムのタイトルは、Herman Hesseが人間の自己認識と精神に挑んだ小説『ガラス玉遊戯』から取られている。この本のテーマのひとつは「瞑想としての音楽」であり、これはJohn Coltraneの教えでもあった。Coltraneの『A Love Supreme』(放題:至上の愛)はこの2組のカルテットによるアルバムに大きな影響を与えており、カルテットは公民権活動家の歌手Paul Robesonに捧げられた1曲目 “Powerful Paul Robeson” からエレガントでありながらも熱を帯びたプレイを展開しており、そのプレイはColtraneの1960年代中盤のカルテットに比肩するクオリティを誇っている。またJohn Coltraneへ捧げた “John Coltrane” はベースのBill Leeが作曲の大半を担当しており、ジャズ史上最高のベースラインのひとつを提供している。この楽曲の中盤以降で聴ける、“John Coltrane, black spirit, John Coltrane, first newborn” という祈りの歌声は、Strata-Eastのリリース群の中で最もディープな作品のひとつであるこのアルバムが打ち出すスピリチュアルな側面と見事に調和している。

 

 

Pharoah Sanders - Izipho Zam 

Impulseからリリースした重要なアルバム群と同様、このアルバム『Izipho Zam』もPharoah Sandersのクリエイティビティが全開だった1969年にレコーディングされた作品だ。『Jewels of Thought』、『Karma』、『Thembi』などのImpulseからのアルバム群は、1965年にJohn Coltraneが彼をバンドに引き入れた理由を示していたが、この『Izipho Zam』のスピリチュアルなパワーも彼の実力が十分に発揮されており、リスナーを宙に漂わせるような魅力を放っている。

 

このアルバムは1973年にStrata-EastのDolphyシリーズの1枚としてリリースされた。このシリーズの大半はそれまでの未発表曲群を集めたもので、Charles Brackeenのアルバム『Rhythm X』やCecil Payneの 『Zodiac』、そしてこのSandersのStrata-Eastからの唯一のリリースとなったこのアルバムなどには、Matin Boughが各バンドのセッション中に撮影したモノクロ写真をEdgar Fittがデザインした共通のアートワークが用いられている。

 


Albert Aylerの有名な言葉「Coltraneは父、Pharoahは息子、私は聖霊」は、別に大げさな表現ではなかったのだ。

このアルバムは13人のアンサンブルが生み出す分厚いリズムのパワーが余すところなく活かされており、 “Prince of Peace” は神の力に向けられた賛美歌のようで、2曲目の “Balance” もSandersの作品群の中で最も自由で感情的な作品となっている。Sandersが攻撃的な力と共に、癒しも持ち合わせていたことが理解できる。そして約30分に及ぶタイトル曲はSandersの東方への深遠な旅が展開されており、John Coltraneが1961年にリリースした “India” の系譜を引き継ぐような内容となっている。この時代、数多くの素晴らしいサックス奏者が生まれたが、Albert Aylerの有名な言葉「Coltraneは父、Pharoahは息子、私は聖霊」は、別に大げさな表現ではなかったのだ。

 

 

Gil Scott Heron & Brian Jackson - Winter in America 

Pharoah Sandersの『Izipho Zam』は、Leon ThomasやLonnie Liston Smithなど、Flying Dutchmanに所属していたビッグネームが数人参加したアルバムだが、Bob Thieleが立ち上げたそのFlying Dutchmanと1970年代前半に深く関っていたアーティストのひとりがGil Scott Heronだった。そして1974年5月、Thieleと喧嘩別れをしたHeronがStrata-Eastからリリースしたのが、この『Winter in America』だ。

 

「石油不足やエネルギー危機などが迫るという、この産業帝国の歴史の中で最も悲惨な時代に私たちは冬を迎えつつある。しかし、私たち黒人は無限のエネルギー、無限の美しさ、そして無限の意志の源なのだ」−Heronはこのアルバムのオリジナル盤のライナーノーツにこう記している。 “H²Ogate Blues” のような、優れた観察眼で痛烈に書かれた詩の数々はこの考えの元に書かれたものだ。Heronはこのアルバムで瞑想的な寓話や痛烈なパロディーなどを手がけたが、アフリカへの哀歌 “Rivers of My Fathers” は、彼とBrian Jacksonによる最も感情的な作品のひとつといえるだろう。また、後にヒットする “The Bottle” を除き、このアルバムのサウンドはそれまでのFlying Dutchmanからのアルバム群と比べ音数が少なくなっているが、“Peace Go With You, Brother” や “A Very Precious Time” は、HeronとJacksonの他にドラマーBob AdamsとベーシストBanny Bowensを加えただけのシンプルな構成が功を奏した楽曲と言えるだろう。HeronとJacksonのコンビは『Winter in America』のリリース後、6枚のアルバムをAristaからリリースしたが、このStrata-Eastからの1枚が最も完成度の高いアルバムと言えるだろう。

 

 

Milton Marsh - Monism 

Strata-Eastは既に他のレーベルからリリースしていたビッグネームを招いた作品群をリリースしていたが、同時に無名のアーティストたちにもチャンスを与えていた。作曲家・編曲家・サックス奏者・フルート奏者だったMilton Marshもそのひとりで、彼はStrata-Eastからこのアルバムをリリースした後、公の舞台から姿を消してしまった(尚、1985年にアルバム『Continuum』をリリースしている)。しかしながら、このアルバムの素晴らしさは際立っている。1973年から1974年にかけてニューヨークのMedia Soundで行われた3回のセッションをレコーディングしたこの『Monism』は、このレーベルを代表するスピリチュアルジャズアルバムと言えるだろう。

 

Strata-Eastのアートワークは常にその音楽とマッチしていたが、このアルバムのアートワークは、その中でも最も印象的な作品のひとつとして高い評価を得ている。レーベルのレギュラーデザイナーだったCarole Byardによる アフリカ人と公民権運動の苦しみを捉えた写真のコラージュは、このアルバムの深みを表現していると言えるだろう。1曲目 “Vonda’s Tune (Part 1 Of “Earth Home Of The Mortals”)” の悲しげなサックスの響きがこのアルバムを端的に表しており、続く “Community Music” は、そのタイトル通りにピアニストCedric LawsonやベーシストDon Pateのような無名に近いアーティストたちをDavide WareやGreg Bandyなどのスターたちと同様に扱うことで、レーベルの打ち出していた精神性と見事に調和している。そしてそのアンサンブルが繰り出す美しくルースなサウンドは、Marshが唱えるスーフィーと共に高らかにホーンが鳴り響くタイトルトラックでハイライトを迎える。アヴァンギャルドな “Monism” や “Metamorphosis” と共に、瞑想的なバップ “Sabotage”やラテン風の “Ode To Nzinga” なども含まれているこのアルバムは、Strata-Eastのスピルチュアルジャズアルバムとしての知名度は低いが、掘り下げる価値が十分にある作品だ。

 

 

Mtume Umoja Ensemble - Alkebu-Lan - Land of the Blacks 

若きJames Mtume(“Juicy Fruit” を手がけたことで有名)がブルックリンのThe Eastでライブレコーディングしたこのアルバムは、Strata-Eastファンにとっての聖杯と言える作品であり、最も高い価格で取引されているアルバムだ。Strata-Eastのアルバム群の中で最もレアと言えるこのアルバムには、レーベルが誇るビッグネームが数人名を連ねており、サックス奏者Gary Bartz、ヴァイオリン奏者Leroy Jenkins、テナーサックス奏者Carlos Garnett、ヴォーカルAndy BeyなどがJames Mtume率いるパワフルなアンサンブルに参加している。このアルバムは汎アフリカ主義者Maulana Karengaの教義を説く “Invocation” から始まっており、そこでは「これからあなたたちが聴くものは、私たちの創作を定義するために他人が使っている不適切な言葉で表現されるものや、“ジャズ” ではない。しかし、あなたたちをこれから満たそうとしている、そしてあなたたちの魂の感受性を高めようとしているこのサウンドは、民族主義意識の連続的な変化なのだ」と語られている。

 

アフリカ直系のインプロヴィゼーションとスピリチュアルな様式が組み合わさったこのアルバムは、Strata-Eastで最もヘヴィーな作品と言えるだろう。

また、17分の大曲 “Baba Hengates” ではUmojaという結束を意味するグループ名通り、アンサンブルの強烈なパワーが波のごとくリスナーに押し寄せる。アフリカ直系のインプロヴィゼーションとスピリチュアルな様式が組み合わさったこのアルバムは、Strata-Eastで最もヘヴィーな作品と言えるだろう。この作品がリリースされて2年後、James Mtumeは『Dark Magus』などのMiles Davisのアルバム群にパーカッショニストとして参加し、そこで出会ったReggie Lucasとコンビを組んだ後は、1970年代を通じてStephanie MillsやPhyllis Hymanたちへクラシックの数々を提供していくことになるが、1970年代初頭はブラックミュージック系アヴァンギャルドの最深部で活動していたのだ。

 

 

Cecil Mcbee - Mutima 

他の多くのStrata-Eastのセッション作品と同様、ホワイトプレインズのMinot Sound Studiosでレコーディングされたこの作品はCecil McBeeのリーダーとしてのデビューアルバムだが、「目に見えない力 ”Mutima” の力は、ブラックアフリカの精神と文化における鍵である。宇宙との一体化を求めることで、人と自然はMutimaの力でひとつになるのだ」という前書きと共に紹介された。想像できるとは思うが、このアルバムはこのレーベルのアフロスピリチュアルなアルバム群のひとつとして数えられている。 1曲目の“From Within” でのMcBeeは2本のアコースティックベースを弓で弾き、衝撃的な超自然的な効果を生み出しているが、不安と美しさが同居するこのヘヴィーな楽曲によって、McBeeはCharles MingusやRon Carterと同様、オリジナリティを持つリーダー/ベーシストとしてジャズシーンにおける地位を確立させることになった。

 

A面2曲目の“Voice of the 7th Angel” はDee Dee Bridgewaterによる美しい歌声によるインタールードで、続く “Life Waves” ではパワフルなアンサンブルが力強く鳴り響く。B面の1曲目はタイトルトラックだが、これは『Jewels Of Thought』などのPharoah Sandersのアルバム群で聴けるMcBeeを彷彿とさせる素晴らしいスピリチュアルジャズとなっている。また Soul Jazzのコンピレーションに収録されMcBeeの評価を改めて高めることになったB面ラストの“Tulsa Black” は、息子Cecil McBee Jr.がエレクトリックベースで参加しており、McBee親子が共演を果たしている。尚、この記事のキュレーターを務めたMartynは、「Strata-Eastの作品群の中ではこのアルバムが一番好きだ」とコメントしているが、聴いてみれば納得できるだろう。

 

 

※今回の記事はレーベル3024を主催するMartyn のキュレーションによって選ばれたものです。

 


「最初に買ったStrata-EastのレコードはGil Scott Heronの『Winter in America』だったと思う。Lonnie Liston SmithなどのFlying Dutchmanのジャズやファンク、ソウルを掘り進めているうちに知った。『Winter in America』のあと、Cecil McBee、Music Inc.などを聴くようになり、気がついたらStrata-Eastは見かけたらその場で買うレーベルになっていた」

 

「昔住んでいたロッテルダムにDemonfuzzという素晴らしい中古レコードショップがあって、そこのジャズコーナーは素晴らしいセレクションだった。そこで僕は多くのレコードを集めた。Strata-Eastは音楽性が幅広く、僕はそこが気に入っていた。Flying DutchmanやBlue Noteのように、ヒップホップの人たちがすぐに飛びつくような魅力はなかったが、聴きこんでみると凄い大ネタが隠されているのが分かったよ」

 

(Martyn)