十月 20

Stockhausenの訪日

ドイツのアヴァンギャルド作曲家を変えた日本文化との出会い

by Geeta Dayal 

 

Karlheinz Stockhausen(カールハインツ・シュトックハウゼン)はかつて日本を訪れた際、この国を「全てがアートだ」と表現した。ドイツ出身の現代作曲家であるStockhausenは、1966年の初訪日で大きな感銘を受け、1972年のエセックス大学の講義でも、「(日本は)自分の人生に大きな変化を与えた」とし、「あの国では全てが文化になっているように感じた。食事の仕方も私の国の100万倍以上文化的だった。服の着こなし、他人の受け容れ方、別れの挨拶の仕方、愛の交わし方、寝床の整え方、風呂の入り方など全てがそうだった」と述べている。 

 

1960年代中頃のStockhausenは、既に作曲家として揺るぎない地位を築いていた。ドイツ、ケルンのWDR(西ドイツ放送協会)が所有する有名なエレクトロニック・ミュージック・スタジオで、その約10年前からアシスタントとして働いていた彼は、この頃にはディレクターに就任していた。またダルムシュタット講習会での彼の講義は非常に高い評価を得ており、世界各地からの招待を受けて数多くの講義をこなしていた。しかし、日本という国が自分の世界の見方をここまで変えることになろうとは、彼も予想していなかった。 

 

Stockhausenの訪日はNHKの招聘によって実現した。NHKは、所有するNHK電子音楽スタジオで新曲を2曲制作することをStockhausenに依頼したのだ。このNHKのスタジオは1955年に建てられたもので、元々は前述のドイツのWDRと、ミュージック・コンクレートを生み出したフランスの有名なエレクトロニック・ミュージック・スタジオGRMをモデルとして作られていた。Emanuelle Loubetは、『Computer Music Journal』誌のNHK特集記事で「 NHKのエンジニアたちはWDRの社是の全訳に四苦八苦した」と記している。 

 

NHKのスタジオはその後急速に個性を確立し、小規模ながらも日本のエレクトロニック・ミュージック・シーンの誕生において中心的な役割を担うようになっていった。Stockhausenが訪日したのは設立から既に10年以上が経過してからだったが、50年代と60年代には柴田南雄、一柳慧、武満徹、湯浅譲二など日本の著名な作曲家たちの多くがこのスタジオで実験を行っていた。なお、黛敏郎と諸井誠がこのスタジオで制作した初期作品には、Stockhausenの50年代の作品『Studie I』(習作I)と『Studie II』(習作II)の影響が明確に表れている。 諸井はケルンのWDRを訪れ、StockhausenとHerbert Eimertに会い、そこでに得た知識を日本に持ち帰ったという。

 

Stockhausenの初訪日は、彼に非常に大きな影響を与え、彼の心を揺さぶった。ドイツとは劇的に違う文化と8時間の時差に放心状態となった彼は、現地への適応に苦労を強いられたが、考え方の大きな違いと寝食の苦労が、Stockhausenを非常にクリエイティブで奇妙な夢うつつの精神状態へと導いた。 

 

「最初の8、9日間は眠れなかった」とStockhausenは記している。「だが、目が覚めた状態で横になっている私の頭の中を数多のイメージや音楽、アイディアや楽章がよぎったので、不満には思わなかった。眠ることなく4日間連続、毎日8、9時間スタジオで作業したが、有益な結果は全く生み出せなかった(言葉だけではなく、食事、空気、水、イエスとノーの違い、そして慣れない機材などに適応しなければならなかった)。しかし、やがてひとつのヴィジョンがはっきりと見えるようになってきた。それは視覚化された音、新しい技術的な作業、幾何学的な関係性、譜面、人間同士の関わりなどが確認できる、私が好むヴィジョンだった。それら全てが混ざり合わさり、一度に解きほぐせないほど複雑なネットワークの中に絡まっていた。故に私は長時間に渡り、忙しなく作業することになった。私はその作業を通じて、かつてからの夢に一歩でも近づきたいと思っていた。その夢とは“自分の”音楽を作るのではなく、世界の全ての国と人種のための音楽を作るというものだ。」   

 

 

『Telemusik』はStockhausenにとってパラダイム・シフトとなった。「『Telemusik』までの私は、ヨーロッパの音楽の系譜上で書かれた音楽的要素や、この世界のあらゆる文化圏の音楽に聴き取れるフォークロア的要素として考えられるようなものの一切を、自分の音楽に取り入れることを拒絶していた」と、彼は1972年に語っている。実際のところ、『Telemusik』は世界中の音楽のサンプルにエレクトロニック・サウンドを加えたコラージュだったが、その狙いはそれらの違いではなく繋がりを強調し、調和を提示することにあった。『Telemusik』は、正確には32のセクション(または「瞬間」)から成り立っているが、それらはひとつにまとまった楽曲のように聴こえ、個々の要素を識別するのは難しい。 

 

Stockhausenはサウンドに多種多様な処理を加えることで、個々のサウンドの識別を難しくした。「『Telemusik』では、現代の遺伝子学が何を求めているのかを学ぶことができる。要するに、自然界で交わらない生物同士の交配による、ハイブリッドの創出だ」と、1996年に彼は記し、次の例を挙げて説明を続けた。「日本の寺院で僧侶が唱える経文と、アマゾンのシピポ族の音楽を組み合わせ、更にハンガリーの音楽のリズムを僧侶の旋律に組み合わせた。この方法を用いれば、誰も聴いたことがない、共生的なサウンドを生み出せるようになる。オリジナルのクオリティはそのまま残しつつも、その識別は不可能になるという訳だ。」 『Telemusik』に影響を与えた、このStockhausenの「世界全体、全ての国と人種のための音楽」を生み出すための努力及び思考は、ドイツに戻ってから作曲され、1967年に初演されたStockhausenの最も高く評価されている作品の1つ、『Hymnen』で更に先へと押し進められている。  

 

 

『Telemusik』にはサンプルから時間概念に至る全ての面で日本の音楽が用いられている。32の「瞬間」は日本の寺院の伝統的な楽器、鐸などのサンプルによって区切られている。「日本に着いてから3日後、私は鎌倉の寺の行事の見学に出掛けた。その進行に複数の楽器を使って起伏をつけていた僧侶のミュージシャンシップには本当に感激した」と、1972年にStockhausenは語っている。また、『Telemusik』には能楽も用いられている。13世紀から続く日本の伝統音楽芸能である能の"間"が多く地味な芸術性はStockhausenの他にも、Harry Partchなど数多くのアヴァンギャルド音楽家たちに影響を与えている(Jonathan Harveyの著作『The Music of Stockhausen』には、Stockhausenが短期間の滞在中に能を30回鑑賞したと記されている)。 

 

『Telemusik』には、その他にも雅楽や奈良の寺の行事音楽も使われているが、『Telemusik』は日本の音楽だけを扱った訳ではなく、バリ、ベトナム、スペインなどの音楽も使われている。「この作品は様々な日本の音楽のスタイルに加え、他の多くの社会のフォークロア的要素を、ひとつの明確なエレクトロニック音楽にまとめあげたものだ」と、Stockhausenは自著『World Music』に記している。 

 

「自分が生活する範囲の文化に関心を持ちつつも、自分の中に宇宙を見出した人、または自分の文化が地球全体の文化であると捉え、人類の未来に対する責任感が芽生えている人、このような人たちにとって、他の文化圏の音楽に対する興味はもはや趣味ではなく、他人を理解するために必要不可欠なものである。よって、この作品は個人の全体を呼び覚ますため、そしてそれを育むためのものだ。」 

 

Stockhausenのこの包括的なヴィジョンは、壮大過ぎると思えるかもしれないが、『Telemusik』に内在するコンセプトは、シンプルで美しい。Stockhausenにとって、音楽は世界言語であり、世界の文化をひとつにまとめる理想的な手段なのだ。「音楽は人間の最も深い部分に触れられる伝達手段であり、その人間の中の最も美しい共鳴をハーモニーにすることが出来る。」 

 

Stockhausenは『Telemusik』への前文に、「『Telemusik』は日本人に捧げられた作品です」と記し、1972年のエセックス大学では、聴講する人たちに向け、「日本を訪れるべきだ」と語りかけている。「現代には、人間が高い芸術性を持って生活するための新たなコンセプトの創出が重要である。産業化や新たな集産化によってそのコンセプトが失われるとは思わない。日本は世界全体のための新たな文化の源になれる大きな可能性を秘めている。」  

 

 

参考文献:

"Electric Sound" by Joel Chadabe

"Japrocksampler" by Julian Cope

'The Music of Stockhausen' by Jonathan Harvey

Stockhausen, K and Kohl, J, 'Electroacoustic Performance Practice' "Perspectives of New Music," Vol 34 No 1 (Winter, 1996), pp 74-105

'Karlheinz Stockhausen' by David Paul, "Seconds #44", 1997

Wikipedia entry on "Telemusik"

Stockhausen, K. 'Weltmusik (World Music),' 1973. From "Texte zur Musik", 1970-1977, Vol. 4.

Stockhausen, K. "Lecture on Telemusik" University of Essex, 1972 (transcribed from YouTube)

Heile, B. “Weltmusik and the Globalization of New Music”

Loubet, E.'The Beginnings of Electronic Music in Japan, with a Focus on the NHK Studio: The 1950s and 1960s.' "Computer Music Journal," Vol 21, No 4, 1997