八月 30

Scientist x Shafiq Husayn:ダブとヒップホップの邂逅

ジャマイカンダブのレジェンドとSa-Ra Creative Partnersのメンバーのスペシャル対談

By Mark "Frosty" McNeill

 

King Tubbyのミキシングアシスタントを務めていた10代の頃に、その先進的でテクニカルなアレンジセンスをからかわれてTubbyから “Scientist / 科学者” というニックネームを頂戴したOverton “Scientist” Brownは、過去数十年以上に渡りジャマイカの音楽の拡散において重要な役割を担ってきた。

 

1970年代後半を迎える頃には、King Tubbyのスタジオでの修行を終えてStudio OneのファーストエンジニアになっていたScientistは、1980年代を通じてこの伝説のスタジオの16チャンネルのミキシングデスクで、数々のダブ、レゲエ、ダンスホールアーティストと仕事を重ねていった。また、Scientist名義での膨大なディスコグラフィでも知られているScientistは、数々のアルバムサイズの作品群でダブが備えるエクスペリメンタルな側面に光を当てながら、このジャンルの枠を押し広げてきた。

 

Sa-Ra Creative Partners名義での活動が最も良く知られているShafiq Husaynは、ロサンゼルスを拠点に活動するヒップホップ / フューチャーソウルアーティストだ。ソロ名義の作品の他にも、Erykah Badu、Kanye West、Robert Glasper、Andre 3000、John Legend、Hiatus Kaiyote、Thundercat、Bilal、Ice-Tなど、ヒップホップとR&Bのトップアーティストたちと数多くの共作を行っている。また、Husaynは、Anderson .Paak & The Free Nationalsを生み出したロサンゼルス発のクリエイティブ・コレクティブ、Dove Societyの創設者でもある。

 

Red Bull Radioで行われたインタビューからの抜粋となる今回の記事では、初めて顔を合わせた2人が、幼少期に受けた影響やヒップホップとジャマイカの繋がりについて語りながら、“アナログ vs. デジタル” に関するそれぞれの意見を述べている。

 

 

音楽を通じて誰かと初めて顔を合わせる時に意識していることはありますか? チェック事項のようなものはありますか?

 

Scientist

個人的には、アーティストとしてモラルが感じられないというか、その人物がただ飾り立てているだけなら関わりたくない。俺は金や名声に振り回されない人物と仕事をしたいと思っているからね。

 

Shafiq Husayn

僕も同じ意見だね。個人的な話をすると、イスラム教の教えには、人に強制することは含まれていない。だから、自分たちの意見を誰かに押しつけることはないし、他人が自分と同じ行動を取ることを期待しない。とにかく、音楽を通じての出会いやセッションについては、Scientistの意見には賛成だ。僕は物質主義的な視点から音楽を作らない。だから、セッションでは、そういう視点から制作を進めることは許さないよ。

 

 

Scientistに質問ですが、音楽の道に進もうと思ったきっかけは何だったのでしょうか? 以前、あなたはマリファナに大きな影響を受けていると発言していましたね。

 

Scientist

そうだ。マリファナが俺を開眼させた。俺のクリエイティブな部分を解放したんだ。

 

だが、別の話、16歳の頃の話をしよう。当時の俺はまだ電子工学を学び始めたばかりで、初めてのアンプ製作に取り組んでいた。すると、Michael Clarkという名前の友人が「アンプを製作しているなら、このレコードを聴いた方がいいぜ。低音が最高だからさ」と言って、King Tubby『The Roots of Dub』を教えてくれた。

 

この時に気付いたんだが、俺の周りの全員が、アンプのテスト用にTubbyのレコードを使っていたんだ。そして俺もそのアルバムを聴いたあと、彼のサウンドに興味を持った。それでこの世界に惹かれたんだ。

 

それでその溶接工だった友人から「俺はTubbyのところにいるから、あとで来いよ」と言ってきた。それでスタジオに出向いてみると、俺の製作理論の大半が正しかったことが証明されたが、同時にアンプ製作は16歳の若僧がひとりでやるにはトゥーマッチだということも分かった。それで、King Tubbyのスタジオへ通うようになったんだ。

 

Tubbyのスタジオにはみんながパーツを買いに来ていた。Tubbyは突出した存在だった。誰もが、彼が最高のアンプビルダーだということを知っていた。

 

 

 

Tubbyの音楽のどこが新しいと思ったのでしょう? メンターとしてのTubbyからは何を学んだのでしょうか?

 

Scientist

そうだな… 最初はエフェクトだった。当時の俺たちはアンテナをアンプに繋いで、Marvin GayeのようなUSのFMラジオ的な音楽を聴いていたんだが、アンプから流れるサウンドは問題なかった。だが、高域と低域のバランスが少し違うKing Tubbyの音楽をプレイすると、突然、アンプから流れるサウンドが奇妙になったんだ。そして、優れたアンプを組みたいという気持ちにさせた。

 

ひとつのノートがレコードのあらゆるミスを明確に示してしまうことがあるが、それと同じで、彼のレコードはシステムのミスを示すことができた。

 

レゲエは世界初の低音重視の音楽で、レゲエ直系の子孫がヒップホップだ。ヒップホップがレゲエの次の低音重視の音楽なんだ。他の音楽はそのあとだ。

 

 

テクノロジーの進化が伴わなければ、ジャマイカの音楽の進化は続かなかったはずですが、あなたにエンジニア的なマインドがあったから、Tubbyと関係を築けたのでしょうか?

 

Scientist 

Tubbyと周りの連中にとって、俺は若かりし頃の彼らを思い起こさせる存在だったんだ。「なんでTubbyがミキシングを担当しているんだろう?」と不思議に思った俺は、ひたすら努力を重ねていった。俺が世界に知られるようになったのは、ありとあらゆるレコードのミキシングをしたからだ。また、やってはいけないこと、つまり “ルール” を全て破壊したからだ。

 

俺が初めてミキシングをしたのはBrighton Levy「Collie Weed」だった。Brighton Leveyは俺ではないエンジニアを求めていたんだが、俺がTubbyにやらせてくれと頼み込んで、なんとか任せてもらった。このトラックはナンバーワンヒットになった。

 

 

 

 

Shafiqはどうですか? 扉が開いた瞬間、目覚めの瞬間のようなものはありましたか?

 

Shafiq Husayn

ブレイクの瞬間が何回かあった。僕はIce-Tのプロデュースで業界に入ったんだ。Body Count名義のアルバム『Body Count』に関わったんだ。それまでも、いくつかの別名義でプロデュースをしていた。今の名義で業界に知られるようになったのは、友人のJurassic 5のAkilが、「Contribution」と「Twelve」で僕の名前をShafiq HusaynとしてInterscopeに提出したからなんだ。でも、15年前から別名義でプロとして業界に出入りしていたんだ。

 

 

プロになる前の段階で、「自分の人生を音楽に注ぐぞ」と思った決定的な瞬間はあったのでしょうか?

 

Shafiq Husayn

ヒップホップとの出会いだね。ライム、ビート、スクラッチなど、ヒップホップの全て、ヒップホップ全体の雰囲気を知った時、僕は完全にブッ飛ばされた。あの瞬間から、僕はいつも「ヒップホップとはこれからもずっと一緒だ」と言っていた。誰もが最初のヒップホップは「Rapper’s Delight」だと言うけれど、僕は「Rapper’s Delight」の前からヒップホップを聴いていた。カセットテープの1曲に過ぎなかったのさ。

 

あとは、ジャムやサウンドシステムのデモンストレーションをしている場所へ出向けば、“ヒップホップ” を聴けた。その中には、古いダブレコードも含まれていたよ。

 

 

Scientist

ヒップホップもシステムのデモンストレーションを?

 

Shafiq Husayn

当時のヒップホップは包括的なムーブメントでしたからね。あと、Grandmaster Flashはジャマイカ出身ですし。

 

 

 

“USのDJはマニュアルでキュー出ししてからのスタートなど、あらゆるテクニックをジャマイカのディージェイから学んでいた"

Shafiq Husayn

 

 

 

ジャマイカにルーツがあることには気付いていましたか?

 

Shafiq Husayn

早くから気付いていたよ。USのDJはマニュアルでキュー出ししてからのスタートなど、あらゆるテクニックをジャマイカのディージェイから学んでいたからね。MCもジャマイカのディージェイから学んだんだ。「Yes, Yes, Y’all, You don’t stop」のコールなんかは全部ダンスホールがルーツさ。

 

Scientist

その頃の君はどこに住んでいたんだい?

 

Shafiq Husayn

ロサンゼルスとブロンクスを行ったり来たりでしたね。当時はAfrika Islamのレコードバッグ持ちをしていたんんですよ。Zulu Nationに参加していたので。ですが、ロサンゼルスにいる時は、Uncle Jam’s ArmyやEgyptian Loverと一緒でした。Battlecatと同じ学校に通っていたんです。

 

ですので、非常にユニークな音楽体験をしていたと言えますね。両海岸に関わっていましたから。なぜなら、当時のロサンゼルスにはさっき話したような “ヒップホップ” がなかったからなんです。そういうヒップホップがロサンゼルスに生まれるのは、西海岸でヒップホップレコードが作られるようになってからですね。

 

 

ジャマイカの音楽は掘り下げましたか? ヒップホップのルーツのひとつにジャマイカがあると知ったあと、そこに興味を持ちましたか?

 

Shafiq Husayn

そうだね。当時から僕はヒップホップについての歴史について学んでいたんだ。本気でね。たとえば、Grandmaster Flashが誰なのかを知りたいと思っていたんだ。

 

 

 

“ヒップホップはジャマイカのダンスホールから生まれたんだ"

Scientist

 

 

 

非常に興味深い話ですね。というのも、Shafiqはヒップホップへと進化したルーツとされる音楽を掘っていったわけですが、実はその音楽も進化を続けていたからです。ジャマイカの音楽の進化が止まることはなかった。進化を続けていました。ですが、ヒップホップへと繋がる非常に重要な瞬間があったわけですね。

 

Scientist

子供を産んだのさ。ヒップホップはジャマイカのダンスホールとディージェイの子供なんだ。

 

ただし、ヒップホップがレゲエと同じかどうかは分からないが、レゲエでは、多くのアーティストがスポットライトを浴びるためにライバルを蹴落とそうとしている。ヒップホップでもそうなのだろうか? 終わりのない抗争はレゲエの闇のひとつだと俺は考えている。

 

Shafiq Husayn

ヒップホップも同じですよ。たとえば、信じられないかもしれませんが、Jay-Zはシーンを糾弾しました。

 

彼は「Izzo (H.O.V.A)」の中で、The Cold Crush Brothersが損した分だけ、金を取らせてもらうぜとラップしたんです。The Cold Crush Brothersが活動していた頃、彼らは才能に相応しいリスペクトを受けていなかった。他のアーティストと同じ金額を受け取る立場にいさせてもらえなかったんです。それで、業界を完全に制圧し、自分に金が集まるようになってきたJay-Zが、これからはThe Cold Crush Brothersの分を上乗せさせてもらうぜって堂々と宣言したんですよ。

 

 

クリエイティブな競争にはポジティブな側面がある一方で、ただ金を追いかけるだけのネガティブな側面もあると思います。ジャマイカのサウンドシステムカルチャーには、隣のブロックのサウンドシステムにまたすぐ上を行かれるかもしれないと思いながら、最高にヘヴィなサウンドを目指していくという競争ですが、これはカルチャーを前進させるポジティブなものですよね。

 

Scientist

それは全く問題ない。だが、ジャマイカでは、特定のアーティストのレコードをプレイしないようにディージェイに金を渡している連中がいると聞いている。これはいただけない。

 

俺が学んだのは、スポットライトに長く留まろうとしてはいけないということだ。ジェリカールがベタベタに溶けてしまう。スポットライトを浴びたら、そこからどくべきだ。誰かにそのポジションを譲れば、嫌われることはない。

 

ジャマイカとUSが同じかどうかは分からないが、サウンドシステムが生み出された理由は、コマーシャルなラジオがプレイしない音楽をプレイできたからだ。単純にラジオよりも人を集めるためのものだった。

 

Shafiq Husayn

USとは違いますね。サウンドシステムは相手のディージェイよりもラウドでクリアに鳴らす純粋なバトルです。USでは、たとえばロサンゼルスには1580 KDAYというAM局があって、あらゆる音楽をオンエアしていました。あとは、ニューヨークにはWHBIというラジオ局があって、アフリカやイスラム、ズールーの音楽をオンエアしていました。

 

 

最近読んで面白いなと思ったもののひとつが、Scientistの最初のメンター、King Tubbyについてのストーリーでした。ツイーターやホーンを森に中に吊して、そこを訪れると、まるで音楽に囲まれているような神秘的な経験ができるというのが、King Tubbyのサウンドシステムのもうひとつ特徴だったそうですね。

 

Scientist

まぁ、そのような発明の多くは偶然の産物だったがね。元々は、俺たちが約20インチの巨大なスティールホーンを持っていたことがきっかけだったんだ。

 

俺たちはそのスティールホーンを使って、遠くに住む人たちを自分たちのサウンドシステムへ呼び寄せようとしたんだ。2~3マイル離れていてもサウンドを届けられたからね。それで、そのサウンドを聴いた人たちは、聴こえる方向へ進んでいった。サウンドが大きくなれば、それだけサウンドシステムに近づいていることを意味していた。

 

だが、これは同時に警察の注意も集めることになった。当時の警察は、誰かを探しているなら、King Tubbyのパーティへ向かうだけで良かった。彼らはそこに向かえば、自分たちが手ぶらで帰ることはないのを知っていたんだ。

 

 

あなたたちは信頼できるチームと一緒に仕事をしているはずですが、他人と仕事をする際に必ず取っているアプローチはあるのでしょうか?

 

Shafiq Husayn

ナンバーワンルールは、最初は相手のいる場所で会うことだ。これが僕の基本だね。その時の印象をスタジオに持ち込むようにしている。

 

Scientist

プロフェッショナル同士が反目せずに共同作業できる時は、制作の可能性が無限大に広がる。誰かとレコードを制作するのは、離婚できない妻と一緒にいるようなものだ。

 

レコーディング中に悪い雰囲気になれば、50年は忘れないだろう。だが、一緒に作業している相手がどう思うかは分からない。俺が制作して、自分では気に入っていなくても、他人が気に入ってくれるトラックは多い。また、自分が好きではないトラックがナンバーワンになることもあった。

 

要するに、他人が気に入る時があるんだ。俺が好きかどうかは関係ないのさ。

 

Shafiq Husayn

その通りですね。僕も制作時には自分のエゴを消します。

 

John Legend「Maxine」を手掛けた時、エレクトロニックなオールドスクールファンクに仕上げたんだ。ドラムのサウンドをもう少し今っぽくしたかったんだけど、ミックスを聴いた時に、自分がいつもレコードに注いでいるメンタリティが感じられないことに気が付いた。

 

でも、そのメンタリティこそ僕の “エゴ” なんだよ。自分を客観的に見て、自分が感じられない制作プロセスも受け容れる必要がある。結局、このトラックは僕のキャリア屈指のセールスを記録したんだよ。収入の大半をこのトラックで得たんだ。

 

 

 

特定のトラックを聴いて、それを制作した日時を思い出しますか? 昼や夜、時間帯まで思い出しますか?

 

Scientist

そこまでは覚えていないが、夜中に寝ながらミックスしたトラックは分かるよ。寝ながらミックスしたトラックがいくつかあって、今聴き返すと、「目が覚めていたらこんなミックスはできなかっただろうな!」と思うんだ。

 

今、ダブクラブへ出向けば、そこでプレイされているトラックの90%は俺がミックスしたものだ。そういう環境へ行けば、自分の仕事をいくらか思い出せるだろう。

 

 

The SkatalitesのメンバーだったDoreen Shafferにインタビューをしたのですが、彼女は、The Skatalitesと知り合った頃はメンバー全員がスタジオミュージシャンで、24時間ノンストップで仕事をしていたと言っていました。あの時代のジャマイカのスタジオはひたすらレコーディングをしていたんですよね。

 

Scientist

だが、当時のレコードを確認してみると、その多くは不公平な作品だったということが理解できる。当時のミュージシャンはクレジットをひとつももらえなかった。これは音楽に対する侮辱行為でもある。Doreen Shafferのトラックもそうだ。このトラックのドラマーが誰か分かるかい? ドラマーの名前はクレジットされていない。そうだろう?

 

Shafiq Husayn

あなたが関わった直近のレコードは?

 

Scientist

俺が関わった直近のレコードはHempress Sativaの作品だ。彼女はこれからのアーティストだ。

 

Shafiq Husayn

そのプロジェクトで往年のテクニックは使用しましたか? ダブの多くはアナログ機材で作られていました。そのような技術的な部分は現在の制作ではどう活かされているのでしょう?

 

Scientist

昔の経験は大いに役立っているよ。だが、アナログ機材が恋しいとは一切思わないね。彼女のプロジェクトを進めている時に技術的な問題が生じたんだが、その時のノイズを聞いて、久しぶりにアナログシールドを差し込んでいた頃を思い出したくらいだよ。

 

Shafiq Husayn

なるほど。ノイズがない静かなサウンドが好きなんですね。

 

Scientist

ノイズがなければいくらでも仕事ができる な。君はどうかな?

 

Shafiq Husayn

僕はアナログが大好きなんです、今はテープマシンを探しているところなんです。

 

 

Header Photo:© Frosty