六月 05

Robert Hoodが語る『Minimal Nation』

「ミニマルテクノ」を生み出した名盤が2019年に25周年を迎えた。デトロイトを背負ってきたイノベーターが制作背景と収録トラックを解説する。

By Ethan Holben

 

VネックTシャツのプロデューサーたちが “ミニマル” テックハウスでエレクトロニック・ミュージックファンを鷲掴む10年ほど前、デトロイト周辺のプロデューサー数人が1990年代初頭のレイブシーンで頻繁に耳にしていたサンプルベースの高速ダンスミュージックへのカウンターとして、その源流であるテクノとハウスのサウンドを骨格まで削ぎ落とす実験を繰り返していた。

 

この実験を通じて、彼らはシカゴハウスのジャッキンなドラムサウンドや、デトロイトテクノの抑制されたメロディ感覚、そしてそれらよりも前に存在していたミッドウェスト系ファンクバンドのソウルフルなシンコペーションを再訪しながら、余計なサウンドを取り除き、トラックの構成をシンプルにしていった。

 

その結果が、足し算ではなく引き算によって生み出される新しいスタイルだった。そのスタイルはモチーフが1小節しか用意されないことがあり、パーカッションがキックとハットだけになることもあった。そしてサウンドとサウンドの隙間がサウンドそのものと同じくらい重視されていた。

 

Robert Hood『Minimal Nation』は、このストリップダウンされたスタイルを初めてフィーチャーしたレコードではなかった。しかし、このアルバムは当時形になりつつあったこのスタイルのブループリントとなり、ジャンル「ミニマルテクノ」を生み出すきっかけとなった。2019年に25周年を迎えたこのアルバムのパワーは未だに衰えておらず、その影響力の大きさはこれまで以上に様々なところで確認できるようになっている。

 

Hoodが体得して世に広めた、雷鳴のように打ち鳴らされる強烈なキック、細かく刻まれるハット、ヒプノティックなシンセパターンと独特の隙間はモダンテクノの特徴であり続けており、キックのピッチ変更やライドでの展開の付け方など、このアルバムで確認できる細かいテクニックは今やテクノのプロトコルと化している。

 

『Minimal Nation』はジャンルのサウンドを変えたという意味で、Public Enemy『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』やMy Bloody Valentine『Loveless』、Miles Davis『Bitches Brew』に匹敵するアルバムと言っても良いだろう。

 

 

 

“私はすぐにこのアルバムがスペシャルな作品、他とは違う作品だということを理解した”

Robert Hood

 

 

 

1993年秋から制作がスタートして記録的な寒波に襲われた1994年初頭に完成した、のちに『Minimal Nation』としてまとめられるトラック群は苦しい生活の産物だった。

 

Hoodはデトロイトのダウンタウンとウエストサイドの間に住んでいた当時を「ホームレスになる一歩手前だった。あの頃の私はお金をほとんど持っていなかったので、ビールとホットドッグのどちらを買うかで迷わなければならなかった。ビールを飲んで嫌なことをすべて忘れたかったが、同時に何かを口にしなければならなかった。本当に苦しい時代だった」と振り返っている。

 

『Minimal Nation』は1994年当時の基準から考えても質素なセットアップで制作された。そのセットアップはデトロイトの他の現役プロデューサーたちの間で使い回されていた中古機材の寄せ集めだったのだが、持ち主を怒らせたこともあった。Hoodは「Blake Baxterから機材を借りていたんだ。サンプラーとキーボードを貸してもらったんだが、彼のクラシックトラック “When We Used To Play” のベースラインを私が誤って消してしまったんだ。相当怒っていたよ!」と振り返っている。

 

このアクシデントがHoodに機材を購入させることになった。「自分の機材を手に入れなければならないと思ったが何しろお金がなかった。だから、100ドルか125ドルくらいで質屋から買い集めたんだ。ブルーのRoland SH-101とRoland Juno 2を手に入れた。あとは、Roland TR-909をDrexciyaのメンバー(Gerald Donald)から買い取った」

 

その後すぐに、Jeff Millsから借りたYamaha DX100、そしてYamaha QYシリーズと4チャンネルミキサーがセットアップに加わった。『Minimal Nation』のレコーディングにリバーブやコンプレッションをはじめとするエフェクトは一切加えられなかった。単純にHoodはそのようなエフェクト処理ができる機材を持っていなかったのだ。しかし、Hoodはデトロイトを代表するマスタリングエンジニアRon Murphyから助けを得ることになった。

 

Hoodが説明する。

 

「これは多くの人が知らないことだと思うが、Ronはトラックを聴き、リバーブが必要なセクションを見つけ、そこにリバーブを加えることができた。正直に言えば、当時の私は自分が何をやっているのかさっぱり理解していなかった。ただビートを作りたいと思っていただけだった。だから彼のその才能が助けになったんだ」

 

「Ron Murphyは作品に手を加える必要があることを私に教えてくれた。彼には感謝してもしきれない。彼の知恵と先見性、指導力、そして私たち2人が交わした会話を思い出すと今も涙が出てしまう。Ron Murphyは『Minimal Nation』の大きな一部だった」

 

Murphyが『Minimal Nation』に加えた “タッチ” は他の形でも聴き、感じ、見ることができる。

 

何世代にも渡る数多のデトロイトのミュージシャンたちから自分たちのレコードがプロフェッショナルなサウンドに仕上がった理由としてメンションされているMurphyは、ロックドグルーヴやダブルグルーヴ、内側から外側へ進むレコード、ランアウトグルーブのメッセージなど、様々なヴァイナル・イノベーションをローカルシーンに紹介した。

 

『Minimal Nation』のランアウトグルーブにも「music for the progressive」というメッセージが刻まれており、熱心なファンたちはこれが “進化のための音楽” を意味しているのか、それとも “デトロイトのテクノ・ハウス前のダンスミュージック「プログレッシブ」へ捧げた音楽” を意味しているのかについて長い間疑問に思っていた。

 

Hoodはこのメッセージはダブル・ミーニングだと即答する。

 

「両方を意味している。まず、Underground Resistanceは進化し続けることを目標に掲げていた。そしてこのメッセージはデトロイトテクノのルーツ、 “プログレッシブ” サウンドと、Ken Collier、Al Ester、Dwayne “In-The-Mix” Bradleyのような世界的にはそれほど有名ではないかもしれないが素晴らしいDJたちがそれらをプレイしていたアンダーグラウンドパーティへのトリビュートだ。このメッセージは自分たちの サウンドのルーツである “プログレッシブ” へのオマージュだが、同時に進化するという意味も込められているんだ」

 

『Minimal Nation』はミニマルサウンドを念頭に置いて制作されたアルバムだが、タイトルはあとで付けられた。トラックをストックしていた頃のタイトルは『Axis Authorized Repetition』だった(Hoodは「冗長なタイトルだった」と振り返っている)。閃きの瞬間は、Jeff Millsとミニマリズムについて会話をしている時に訪れた。

 

「私が “Minimal Nation(ミニマル国家)が勃興しつつある” というようなことを言ったんだ。するとJeffが “それだ。君のプロジェクトの名前はそれだよ。アルバムのタイトルにするんだ!” と言った。それで『Minimal Nation』にしたんだ」

 

タイトルが決まると、Axis Recordsは1994年初頭にリアクションをチェックするために5トラックEPを先行プレスした。

 

「Jeffと一緒に数百枚テストプレスして、私が自分の名前と “Minimal Nation” をラベルに走り書いたあと、周りに配ったんだ。Record Time(レコードショップ)へ向かい、Claude YoungやAnthony “Shake” Shakir、Mike Huckabyに渡した。Record Timeには10~15枚ほど持ち込んだはずだ。話題にするためにね。色々な人から “買うよ” と言ってもらえた」

 

「みんながこのアルバムに興奮を覚えていた。私はすぐにこのアルバムがスペシャルな作品、他とは違う作品だということを理解した。このアルバムの狙いは当時私がフェスティバルやクラブ、レイブで耳にしていたような音楽の先へ向かう音楽を提示することにあった」

 

このデトロイトでの好意的なリアクションがAxisに『Minimal Nation』を正規リリースさせることになった。テストプレスから「Self Powered」と「Sleep Cycle」が外され、「Ride」、「Acrylic」、「Unix」、「Rhythm」、「Station Rider E」が追加された。そしてそれから20年以上の間に『Minimal Nation』は複数のバージョンが制作された。トラックリストが数回変更され、2枚組CDや3枚組ヴァイナル、Hood本人によるオリジナリティ溢れるDJミックスバージョンなどがリリースされてきた。

 

しかし、バージョンやトラックリストを問わず、その音楽自体のパワーは1994年当時と何も変わっていない。テクノをその骨格まで削り落としたRobert Hoodは、Berghainの漆黒の闇の中でもビッグフェスティバルの陽光の中でもプレイできるタイムレスなミニマルマスターピースを生み出した。

 

2019年、『Minimal Nation』は25周年を迎えた。今回はその記念として、Robert Hood本人にM-Plantから2009年にリリースされたリイシュー盤全トラックと旧バージョンに収録されていたトラック群について解説してもらった。

 

 

 

 

One Touch

 

「One Touch」はテクノに人間的な側面を再び取り入れようとしたトラックだ。当時のレイブシーンはサンプルとテクノロジーが中心になりつつあったので、人間的な要素を入れたいと思っていた。レコーディングとミキシングのアプローチにそのアイディアが表現されている。このトラックはYamaha QYシリーズにリアルタイムで打ち込んで作った。

 

 

Museum

 

「Museum」は『Minimal Nation』用として制作した最初のトラックだった。私はこのトラックでシカゴハウスとデトロイトの先進的なテクノを組み合わせようとしていた。制作を始めてすぐに特別なトラックになることが分かった。基本に立ち返ることで「レイブシーンは取り返しのつかないところまで行ってしまった」というメッセージを伝えようとしたトラックだ。このトラックは当時のデトロイトのダウンタウンを思い起こせた。ダウンタウンはまるで美術館のようなものになりつつあった。あらゆる建物が彫像や芸術作品に変わろうとしていたんだ。

 

 

SH.101

 

当時、「SH.101」はテンポが速すぎて他のトラックとの折り合いが悪いと感じていた。このアルバムはすべてのトラックに繋がりを持たせたかった。「アルバムを1冊の本、ひとつのストーリーにしたい。各トラックをチャプターのように扱いたい。 "SH.101" というチャプターが自分の考えている本に相応しいのかどうかはまだ分からない。もうしばらく寝かせておこう」と思ったのを覚えている。

 

 

Rhythm of Vision / Rhythm of Vision (Original)

 

このトラックのグルーヴはRoland Juno 2で作った。私が「グレイエリア・サウンド」と呼んでいるサウンドだ。こういうサウンドを私はそれまで一度も聴いたことがなかった。

 

King Brittと一緒にいた時のことを良く覚えている。運転免許を持っていなかったのに車を運転して彼にデトロイト市内を見せていると警察に停められた。警察官が私の車を停めたんだ。当時はこんな感じでとにかくラフだった。しかし、運転免許不所持で保険にも入っていなかったのにお咎めなしで終わった。

 

それでKing Brittを私のアパートへ連れて行っていくつかのトラックを一緒に聴いていると、彼から「ワオ、Juno 2でこんなサウンドを出しているのか。他の連中とは全然違うサウンドだな。素晴らしいサウンドを出せているじゃないか。これは君のサウンドだよ」と言われた。

 

それでこのサウンドが私の “リズム” になった。「The Rhythm of Vision」の "Vision" はUnderground Resistance時代の私のニックネームが “The Vision” だったことにちなんでいる。このリズムにあのサンプルとドラムを合わせると上手くフィットし、納得できる形になった。

 

 

 

“昔から心の中で唱えているマントラがある。「時間をかけてグルーヴとリズムを自分のものにし、それをキープしろ」だ”

Robert Hood

 

 

 

Unix

 

このトラックをレコーディングした瞬間、「The Rhythm of Vision」で手に入れた自分のリズムがさらに進化したことを理解した。「Unix」と『Minimal Nation』が時間の流れに耐え、他のすべてが消え去ったあとも残り続ける作品になることがイメージできた。

 

このトラックは荒廃した世界、映画『マッドマックス』のような苦難とサバイバルの世界をイメージさせるが、当時の私の現実はまさにそうだった。私は混沌、混乱、不安の中で暮らしていた。しかし、リズムと鼓動が私を前進させた。苦しい状況でも先進的に考え、前を向いていく ― このアイディアが『Minimal Nation』を突き動かしている。

 

 

Ride / Station Rider E

 

この2トラックは密接に繋がっている。お互いから影響を受けて発展していったトラックだ。この2トラックを聴くと「Trans-Europe Express」を思い出すというか、そういう情景が頭に浮かんでくる。当時、世界に出るようになっていた私は「Trans-Europe Express」を聴いてはドイツやフランスの列車旅行がどのようなものなのかを想像していた。車窓から見える田園風景などを想像していたんだ。世界のどこか知らない場所へ向かい、旅行者の視点、第三者の視点からそこを眺める自分をイメージしていた。あてもなくバイクや特急列車で旅をする自分をね。

 

 

Self Powered

 

「Self Powered」は自分に備わっている能力を発見することがテーマだ。映画『マトリックス』のネオのように自分のパワーや不屈の精神に気付くことがテーマに据えられている。

 

Mike(Banks)とJeff(Mills)が私のアルバムをプロデュースするという話が出ていたんだが、当時、彼らはシンガーのYolanda Reynoldsとの仕事、プロダクションチームとしての活動、レーベルの運営でとにかく忙しかった。それである日、2人が私のアパートへやって来て「Rob、お前は俺たちのために良くやってくれている」と話を切り出してきた。

 

当時の私は彼らの雑用係のような感じだったからね。アートワークを手がけたり、レーベルを手伝ったり、電話番をしたりしていた。そして次にこう言われた。

 

「だが、今俺たちがお前のアルバムをプロデュースすることはできない。今お前がやれることは、自分で自分をプロデュースすることだ。本気でやっていきたいなら自分で機材を手に入れて、自分でトラックメイクの方法を学ぶんだ」

 

これが彼らにできる限界だったんだ。こう言われた私は「人生の岐路に立っているぞ」と思った。続けたいならマインドを変えて本気で挑まなければならなかった。なぜなら、当時の私はまだ何も分かっていなかったからだ。プロデューサーのマインドセットで物事を捉え、自分で自分を支える、つまり “Self-Powered” な状態にならなければならないと思った。

 

 

Sleep Cycle

 

当時私が住んでいたウエストサイドの家の地下でレコーディングしたトラックだ。近所に迷惑がかからないように静かにレコーディングしなければならなかったのを覚えているよ。「Sleep Cycle」は私にとって非常に重要なトラックだった。というのは、当時の私はホームレスになる一歩手前で、心が荒んでいたからだ。貧乏で、家に閉じこもっていた私の心は平和ではなかった。このトラックは当時の私の苦しみと心の平和を強く求める気持ちが表現されている。

 

 

Acrylic

 

「Acrylic」は動きの激しいトラックだ。Roland TB-303を使わずにアシッドトラックを作ろうというのがアイディアだった。当時、私はRoland TB-303を使ったことがなかった。これはRoland Juno 106で作ったサウンドだ。『Minimal Nation』を1冊の本や1本の映画作品のようにしたかった私は、このトラックが他のトラックと上手く噛み合っていないと感じていた。それでM-Plantからリリースするタイミングで外すことにした。

 

 

The Pace (Original Version)

 

「焦るな」というのがこのトラックのメッセージだった。「亀のようなペースで進め」というメッセージだ。スピードがあればレースに勝てるわけではない。最後まで走り続けることが勝利に繋がる。私には昔から心の中で唱えているマントラがある。「時間をかけてグルーヴとリズムを自分のものにし、それをキープしろ」だ。私はこれを唱え続けている。

 

「The Pace」は『Minimal Nation』のオリジナルプレスに収録されていたが、それ以降のバージョンからは外されている。1995年か1996年にシングルカットしてM-Plantから12インチとしてリリースしたあと、『Minimal Nation』からは外すことにした。なぜなら、このトラックはかなり生々しくて粗いサウンドだからだ。当時は洗練されているが埃臭さとザラつきも感じられるサウンドを作りたいと思っていた。

 

 

Grey Move

 

「Grey Move」はM-Plantからリリースした最初のリプレスに収録したトラックだ。1999年、私は自分の “ミニマル” をアップデートしたんだ。元々『Minimal Nation』のリプレスは考えていなかった。H&M(Hood & Mills)としてAxisで活動してきた日々は私にとって本当にスペシャルだったからだ。しかし、Jeffと袂を分かち、ディストリビューターのWatts Musicが倒産したことでリプレスが必要になった。「この作品を再起動させないと」と思った。この作品に今日的な意味合いを与え続け、若い世代に触れてもらうことが何よりも重要だと考えていた。それで数トラック追加したんだ。

 

 

 

Header Image:© Yusaku Aoki / Red Bull Content Pool

 

07. June. 2019