四月 04

Robert Hood:ゴリアテに挑むダビデ

ミニマルテクノのパイオニアが長年のキャリアを振り返る。

旬のタイミングで功績が評価されることが少なくなった今の時代において、実はいわゆる「ミニマル」ファンの多くは、その生みの親であるRobert Hoodという革新的な存在を知らないのかもしれない。Robert Hoodの家族はデトロイトが誇るモータウンサウンドと共にあった。Robertは45回転のレコードを発表した経歴を持つ母親、ジャズとR&Bのバンドのマネージャーだった叔父、Berry Gordyがいとこだった祖母、そしてジャズミュージシャンの父親に囲まれて育ち、Robert自身もスクールバンドでトランペットを演奏し、若くから父親の後を追っていた。しかし、程なくしてトランペットはレコードに代わり、彼の興味は演奏そのものから、自分が好きだったレコードのアレンジや音楽性、奏法などの研究に向けられていった。

その後、音楽制作に情熱を傾けていたRobertは質屋で基本的な機材を揃えるとデモ制作をスタートさせる。そしてそのデモが偶然Agent XことMike Clarkの手に渡ると、Clarkがデトロイトのアンダーグラウンドシーンの重鎮、Mike Banksにそのデモを聴かせ、RobertとURの関係がスタートした。そしてRobertはURとの活動を通じ、彼の特徴であるデトロイトらしさがふんだんに盛り込まれた、シンプルでパワフルなサウンドの創出に成功すると同時に、自らの音楽性を高めていく。



独創性に富んだ数多くのトラックをURからリリースし、X-102プロジェクトを終えたRobertはJeff Millsと共に「ハウス色を強めたアブストラクトなサウンド」を目指してレーベルAxisを立ち上げる。2人は1992年にニューヨークへ渡ると、H&M名義での作品をリリース。そのあとRobertは現在もテクノにとっての大きなターニングポイントとして認識されている作品『Minimal Nation』を個人名義でリリースしてエレクトロニック・ミュージックシーンに革命をもたらすと、1994年に自身のレーベルM-Plantを立ち上げ、独自の道を歩みだした。

今年M-Plantが20周年を迎えるにあたり、RobertはM-Plantのバックカタログの再発や、ビッグネームによるクラシックトラックのリミックス作品のリリースなどを予定している。Robert HoodとM-Plantはただの「ミニマルテクノ」の範疇には収まらないバラエティに富んだ作品群をリリースし続けてきたが、今回はこれまでの代表的な作品について本人に解説してもらった。



The Vision - Gyroscopic EP [1991]
Mike Banksとは当時付き合っていた彼女の担当美容師を通じて 知り合った。その美容師は当時DJで、テクノアーティストとしても活動していた人物で、彼がMike Banksを紹介してくれたことで、俺とURの関係が始まった。URとして活動を始める前のことだ。

俺は基本的にはURの下働きだった。

自分にとってのUR時代のファーストリリースは『Gyroscopic』だ。この作品よりも古い作品はあるが、このEPが思い出深い。この作品で初めてURとのコンセプチュアルな音楽制作をスタートさせた。俺はこの頃URにはMCとして参加していた。URはコンピレーションの制作を進めていて、そこにThe Visionとして加わることになった。当然MCとしてMike BanksとJeff Millsが作ったトラックにヴォコーダーのラップも乗せているが、この時初めて、The Visionというテクノアーティストとして世に出ることになった。

当時、俺がURの連絡担当だという噂が流れていたが、実際はそうじゃなかった。俺は基本的にはURの下働きだった。洗濯やMikeとJeffがいない時の留守番をしていた。他にもTシャツの枚数を数えたり、電話の応対をしたり、ディストリビューターと連絡を取ったりするのが俺の役目だった。俺はURを通じてレーベル運営の内側を学んでいった。

Jeffがやってきて、「このトラックは何だ? このレコードを手に入れたいね」と言った。

当時俺は屋根裏部屋に住んでいた。そこはURの事務所のようになっていて、みんなが集まって仕事をしていた。記憶が確かならば、当時俺は日本のレーベルのコンピレーションの制作を進めていて、Transmatのアートワークを担当していたAbdul Haaqが、そのコンピレーション用のアートワークを制作していたんだが、俺がJuno 2でコードを弾くと、自分のサウンドだと思えるものが生まれた。非常にユニークで他とは違うサウンドだったが、同時にデトロイト感に溢れるものだった。リアルなデトロイトサウンドだと思えた俺はAbdulの方を見て、「これは凄いな…」と言うと、丁度Jeffがやってきて、「このトラックは何だ? このレコードを手に入れたいね」と言ったんだ。

当時JeffはニューヨークのLimelightでレジデントDJを務めていた。そして、これが俺にとって大きなターニングポイントになった。なぜなら俺は自分のサウンドを追い求めていたからだ。丁度Jeffと俺でAxisを立ち上げる準備を進めていた頃で、URは言ってしまえば崩壊しつつあった。俺たちが慣れ親しんできた環境とは違う方向に進みつつあった。

Juno 2でコードを弾くと、自分のサウンドだと思えるものが生まれた。

そういう狭間の時期を迎えていた俺は自分探しをすることになった。Jeffとニューヨークへ移る話もしていたが、俺は、「今はまだ移住できない。魅力的な話だが、まずは自分を確立しないといけない」と思った。当時のJeffはすでに世界的なDJ、プロデューサーとしての地位を固めていたし、俺も自分の立ち位置をしっかりとしたものにしなければならなかった。デトロイトに残り、自分のルーツであるデトロイトに密着して、テクノアーティストとしての自分を確立しなければならなかったんだ。

他人に追従せず、自分という存在とサウンドを成長させることは俺にとって非常に重要だった。Jeff MillsやMike Banksを始めとした素晴らしいアーティストたちに囲まれ、Derrick MayやKevin Saundersonなどの音楽から影響を受ける環境にいれば、誰かの真似をすることになってしまう。かつてGang Starrがこのような状況について、「自分がどこに向かっているか分からない時はとにかく時間がかかる。自分を見失っていると自分がどこに向かっているか分からなくなる」と言い表しているが、本当にその通りだと思う。俺は音楽を通じてRobert Hoodという存在を輝かせなければならなかった。



Robert Hood - Unix [1994]
『Minimal Nation』のすべてのトラックは、リズムの中にリズムがあるような構造になっている。注意深く聴けば、最初に聴いていた部分にリズムが内在しているというか、その中にリズムループが存在していることに気が付くはずだ。一部をずっと眺めていると、そこにまた新たな絵が浮かび上がってくる絵画のようなものだ。この作品はミニマルで殺伐としていて、音数が少ないが、メロディーの中に別のメロディーのレイヤーを感じることができる。そして更に聴き込んでみると、また別のメロディーが浮かんでくる。俺はこれこそが自分にとって大事な要素だと思った。キック、スネア、ハット、クラッブ、ベースライン、リムショットだけではなく、そこにはストーリーが内在している。ミニマルであることを目的としたミニマルではないのさ。

「Unix」は俺にとっての「テクノ」を包括していて、「テクノ」のすべてを表現している。

これが、多くの人たちが表現できなかった、そして今でもできていない部分だと思っている。全員が俺のやり方でミニマルなアートまたはテクノに取り組むべきだと言っている訳じゃないが、ハイハットには歌心を感じさせるものでなければならない。要するに、「どうやったらこのレコードにソウルを盛り込めるのか? どうやってこの感覚を説明せずに人に伝えられるのか?」ということだ。タイトルも意味があり、ストーリーを感じさせなければならない。本のページや章と一緒だ。別の言い方をすれば家を建てるのと同じだ。すべての部屋がひとつの家として機能しなければならない。すべてのトラックは家の部屋のようなものだ。この「Unix」は一番思い出深いトラックだ。非常に短いので、もっと長いトラックにすれば良かったとも思うが、これはこれでトラックとして成立している。古いようで新しく、俺にとっての「テクノ」を包括していて、「テクノ」のすべてを表現している。



Robert Hood - Internal Empire [1994]
『Internal Empire』のコンセプトは自分にとってリアルなものだった。そして『Internal Empire』を制作して気が付いたのは、自分にとってリアルであれば、みんなにとってもリアルだということだ。だが、まずは自分にとってリアルでなければならない。意味のある何かを表現していなければならない。『Internal Empire』で言おうとしていたことは、自分、そしてみんなの中に情報の王国と創造力の王国が存在するということだ。だから『Minimal Nation』以降、俺は自分のストーリーを語り始め、デトロイトで育った黒人としての自分の経験を伝え始めた。

ただの「ミニマル野郎」に思われたくなかった。

この作品は『Nighttime World』や『Point Blank』など、Robert Hoodというアーティストの他の一面を表現する作品の先駆けとなった。自分にとってこういう表現は非常に重要だった。俺はただの「ミニマル野郎」だと思われたくなかった。俺は様々な音楽から影響を受けて育ったし、それらをすべて表現したいと常々思っていたが、一歩ずつ実現していかなければならないことは理解していた。



Robert Hood - The Color of Skin [1995]
『Nighttime World』のセッションをしている間、Jeffとよく話をしていた。多分週に5、6回のペースで話していたよ。自分たちが何に取り組んでいるか、そして週末がどうだったかについてなどを話した。ある意味競い合っていたんだと思う。Jeffにとってどうだったかは分からないが、俺はこの会話から力を与えてもらったし、成長させてもらった。音楽、つまり本当の音楽とは何かについて話し合い、サンプリングやテクノ、そしてエレクトロニック・ミュージックとは何かなどについて話し合った。

「The Color of Skin」は大好きなトラックのひとつだ。

俺にリアルなジャズ、要するに音数の少ないミニマルなトラックではなく、メロディーが入った音楽を作ってみてはどうかと提案してくれたのはJeffだ。そこで俺はすぐにやってみようと思い、いくつかアイディアを試してみた。この作品はそうやって出来上がった。Jean-Luc PontyやMarvin Gayeのファンだった自分に戻り、自分に感動を与える音楽なら何でも好きだった自分に戻った。俺は常にバンド活動をしたいと思っていたし、頭の中には昔からメロディーが流れていた。

バンドの中で自分が担当するパートや、ベースライン、キーボード、ドラムのフレーズなどが頭の中に常に流れていたんだ。そういう「完成」された楽曲が自分の頭の中で聴こえる時がよくある。Jeffに言われた時も、「ピアノやストリングのアレンジはこうだ」とイメージが勝手に浮かんできた。「Yellow Magic OrchestraにHoward JonesとThomas Dolbyを組み合わせて、更にGeorge ClintonとStevie Wonder、Patrice Rushenもミックスしてみよう」と思ったのさ。そうやって生まれたのがこの作品だ。バンド的な自分のアイディアと自分の音楽の趣味の間に生まれた子供のような作品だ。そしてアルバムの中で今でも気に入っているのがこのトラックだ。「The Color of Skin」は大好きなトラックのひとつだ。



Floorplan - Funky Souls [1996]
Floorplan名義はこの「Funky Souls」からスタートした。ディスコとテクノとハウスとゴスペルが組合わさったFloorplanはここから始まった。「Funky Souls, sisters and brothers who love each other」というフレーズは、この名義における方向性の本質を言い表している。男女がひとつになるというストーリーを語っているんだ。当時俺と妻は結婚したばかりで、俺は本当に幸せだった。本当に仲が良くて、美しい時期だった。感傷的になるつもりはないが、本当に美しい時期だったよ。

今はカップルで踊っている姿は見かけない。全員がDJの方を見て頭を振っているだけだ。

これはみんな一緒に踊ろうというテーマで作ったトラックだ。それが元々のアイディアだった。そういう感覚が今は失われていると感じていた。俺は、男女が一緒になって踊る時代に育った。クラブで男女が「一緒に踊ろう」と声をかけあっていた時代だった。でも今はカップルで踊っている姿は見かけない。全員がDJの方を見て頭を振っているだけだ。俺はそういう状況を見てこのトラックを作ろうと思った。



Monobox - Realm [1996]
Monoboxは異質なプロジェクトだ。これは13歳か14歳の時に読んだ本のタイトルを拝借した。この本は他の宇宙からやってきた不吉な黒い箱が地球やトウモロコシ畑を飛び回り、その数週間後にその箱の蓋が開き、中から別世界の生物や物体が出てくるという内容だった。結局Monoboxは別世界の生命体だという話だった。だからこのプロジェクトでは、ミニマリズムを未来的な別の視点から表現しようとした。

2003年の『Molecule』のコンセプトは、ナノテクノロジーだった。ある日「ひとかたまりの埃を投げると、その埃が突如として変化し、そこに都市を建造したら?」というテーマの記事を読んで、俺は「これは面白いぞ」と思った。その記事ではナノカプセルがどのように体内に入って、心臓や動脈、脳を治療し、分子や原子などを作り出すのかについて説明されていて、非常に興味深いテーマだと思った。だからこのアルバムは実験的だ。X-101X-102名義と同様、こういう実験的な作品では、「もし○○だったら?」というテーマを突き詰めることができる。「もしこれが可能だったら?」、「これが人間にどういう意味をもたらすのか?」というようなテーマを研究できる。



Robert Hood - The Grey Area [1997]
『The Grey Area』はデトロイトをコンセプトにした作品で、デトロイトに横たわる絶望と希望を表現している他、デトロイトの暗い空も表現している。空の暗さは工場の煙が原因なのか、車の排ガスが原因なのか、それとも雲が原因なのかは分からないが、デトロイトはグレーだ。

俺たちの時代も失業率が高かったが、ここまで酷いレベルじゃなかった。

この作品は俺の心にスピリチュアルに訴えてくる。俺の魂にデトロイトの失業率や苦しみを伝えてくる。だが、同時にデトロイトの可能性や素晴らしさ、そして立ち直る力も伝えてくる。デトロイトは大都市だ。だから衰退する、ましてや破産するなどと誰も思っていなかったが、今は破産状態にある。最近デトロイトを訪れて、ガソリンを入れていると、若者がガソリンを入れるから数ドルくれないかと言ってきた。今のデトロイトでは仕事を見つけるのが本当に大変なんだと言っていた。

俺が育った時代のデトロイトではあのような絶望はなかった。俺たちの時代も失業率が高かったが、ここまで酷いレベルじゃなかった。一言で言えば、デトロイトは今「苦しみ」の中にいる。本当に苦しんでいる。生活保護を受けているシングルマザーが3人の子供を育てるのに苦しんでいて、仕事を見つけられない父親は男としてのプライドを守れずに苦しんでいる。そして教育も不足している。俺はデトロイトで生まれ育った。だから彼らと精神的につながれる。そういう意味でこの作品はスピリチュアルだ。



Robert Hood - The Key to Midnight [2000]
『Nighttime World Volume 2』ではデトロイトを徹底的に描こうとした。こうすることで、黒人として、アメリカ人として、デトロイトをその先へ導こうとした。だから以前の方法を繰り返すのではなく、自分のルーツに更に深く潜ろうとした。インナースリーヴには自分の写真が映っているが、手に持っているのは父親のトランペットだ。ジャズミュージシャンだった父親は俺が6歳の時にこの世を去っていたので、ジャズプレイヤーの息子として、音楽的なルーツを探るのは自然なことのように思えた。

父親の音楽活動はライヴだけで、レコーディング作品はなかった。ただし、父親は商業デザイナーでもあったので、その作品は見たことがあった。俺は父親との記憶がほとんどない。幼い時に死別したので、父親との思い出が少ない。その数少ない記憶のひとつが、俺がピアノで間違えると、父親が酷く怒ったという光景だった。俺は怒られるのが凄く嫌だった。当時はベストを尽くしているのになぜと思っていたが、今では父親との数少ない美しい思い出のひとつとして記憶されている。トラウマではない。1人の父親と1人の息子の思い出だ。それ以上でもそれ以下でもない。あれは純粋な親子の時間だった。



Robert Hood - Obey [2009]
「Obey」と「Resurrection」は自分の中では復活に位置づけられる作品だ。なぜなら2002年のアルバム『Point Blank』や「Who Taught You Math」EPなどをリリースした頃はある意味自分を見失っていたからだ。ビジョンがあやふやで、自分がどこに進みたいのか分かっていなかった。変化の時だった。当時俺たちは家族揃ってアラバマに移住しようとしていた。そして家ができるまでの間、スタジオも使えなかったし、1997年、1998年頃のような地に足がついた感覚を失っていた。

自分を見失っていた。ビジョンがあやふやで、自分がどこに進みたいのか分かっていなかった。

だが、fabricのミックスを手がけた後、また自分を取り戻し始めた。当時は牧師の勉強もしていて、Dr. Miles Monroeの『The Power of Vision』という本を読んだ。そしてこの本と牧師の勉強を通じて、「かつて自分が安定していたと思った時があったはずです。私があなたの帰るべき場所なのですよ。そして自分が安定すれば、空でさえあなたを包むことはできないでしょう。神の御力があれば不可能はないのです」という神の言葉を理解した。

俺は自分のビジョンを復活させることができた。だからB面のタイトルは「Resurrection」(再生)なんだ。神に助けられたことはこの以前にもあったが、自分が生き返り、生まれ変われた本当のターニングポイントはこの時だった。そしてターニングポイントであると同時に、神の意志に従うことを意識した時でもあった。神に身を委ねると同時に、神の身代わりとして存在することになった。俺はテクノアーティストであると同時に、天国の代弁者でもある。俺には新しい責任が生まれたんだ。



Robert Hood - Towns That Disappeared Completely [2010]
このトラックのベースラインとドラムはAkai XR 20とmicroKorgで、シーケンサーはYamaha QY1000を使った。あるプロデューサーが「Robert Hoodは小型の日本製の機材を使うのが好きだ」と言っていたが、俺はキャリアを通じてそのスタイルを貫いてきた。最低限の機材だけで作ってきた。何も持っていなかったから、少ない機材から生み出さなければならなかった。そして自分の頭脳という、世界最強のコンピューターを使わざるを得なかったのさ。

俺のキャリアはまさにダビデそのものだった。石だけで巨人を倒してきた。

機材やキーボードなどを大量に揃えているプロデューサーがいる。そしてすべてを持っているのに悩んでいてどこにも進めないプロデューサーがいる。俺は自分をダビデとゴリアテの話に例えている。ダビデはゴリアテと戦うにあたり、サウル王から鎧を与えられたが、すぐにその鎧を厄介に感じ、軽装に変えた。彼はそういう鎧で動き回ることに慣れていなかった。ダビデがゴリアテを倒すのに必要だったのは、投げる石だけだったのさ。俺のキャリアはまさにダビデそのものだった。石だけで巨人を倒してきた。これこそミニマルだ。



Robert Hood - Hate Transmissions [2012]
『Hate Transmissions』は『Motor: Nighttime World Volume 3』のコンセプトを要約している。このアルバムのコンセプトは、かつて小作人であり、奴隷だった南部の黒人がより良い生活を目指してデトロイトへ渡ったが、その約束の地で辛い目に遭ったというストーリーにある。ここでも俺は聖書を参考にしている。イスラエルの子供たちが約束の地へ向かい、ヨルダン川を渡ってカナンの地へ向かうが、巨人に出会うことになるという部分だ。

俺は今アラバマに住んでいる。俺は自分たちの祖先が住んでいた、そしてリンチをされた土地にまた戻ってきた。

デトロイトの黒人が自分たちの生活の向上を目指す中で遭遇した人種差別から生まれた考えが「Hate Transmission」、つまり「対立するメッセージ」だった。自動車工業に従事し、デトロイト内外から人種差別や偏見を受けていた両親や祖父母、そして彼らの話すストーリーが、 デトロイトで育った黒人の子供だった俺が受け取ったメッセージだった。これが俺たちを強くし、ベターな存在へと変えていった。祖父母と両親が、俺たちに宇宙飛行士になる可能性や、宇宙旅行をする可能性を与え、そして『Omega』や『Monobox』、『Nighttime World』のストーリーを語れるようにしてくれた。

彼らは自分たちのストーリーがテクノを生むなんて思っていなかっただろう。彼らが南部に留まっていたらテクノは生まれていなかったし、こういう会話もできていなかっただろう。俺は今アラバマに住んでいる。俺は自分たちの祖先が住んでいた、そしてリンチをされた土地にまた戻ってきた。「Hate Transmission」がスタートした場所に戻ってきた。あそこでは今でも絞首された祖先たちの痛みを感じる。そういうメッセージは今俺が生活している土地から生まれたものだ。俺は一周して元に戻った感覚を得ている。そしてスピリチュアルな成長を続けている。