三月 05

RBMA WORKSHOP SESSION FEAT. MORITZ VON OSWALD TRIO (東京) レポート

モダン・ミニマルの巨匠、モーリッツ・ヴォン・オズワルドのレクチャー&ライブを東京で開催

ジャーマン・ニューウェイヴを代表するバンド:パレ・シャンブルクのパーカッショニストとして1980年代半ばから活動を始め、ミニマル・テクノ不滅の金字塔となったプロジェクト:ベーシック・チャンネルを立ち上げるなど、現代音楽や実験音楽にも計り知れない影響を与え続けてきたモーリッツ・ヴォン・オズワルドのレクチャー&イベントを東京「LIQUIDROOM / Time Out Cafe & Diner」で開催しました。

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前半のレクチャーでは音楽ライターの渡辺健吾さんをインタビュアーに迎えて、モーリッツの数ある名盤を聴きながら、彼の音楽的背景、クラブ・ミュージック初期の東西ドイツについて、またレコードのカッティング技術が音楽制作においてどれほど重要な役割を果たすのかなど、本人から聞くことがました。

学校でドラムを叩き始めたことがきっかけで音楽を志すようになったモーリッツは、弁護士になれという父親の反対を押し切って、音楽の世界でプロを目指したそうです。それが後に素晴らしい経験だったと語りました。やりたいことを追求すること、毎日昼夜を問わずテクニックを磨き続けたこと、それが今に繋がっていると参加者たちに語り掛けました。

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なぜアンダーグランドな音楽を選んだのか? という問いには、彼がこの世界に足を踏み入れるきっかけとなったジャーマン・ニューウェイヴ・バンド:パレ・シャンブルグとの出会いに始まり、パレ・シャンブルグの演奏する音楽に感銘を受け、彼らがドラム・メンバーを探していたこと、そのバンドに誘ってくれたのがモーリッツと同じくドイツのテクノ・シーンに大きな影響を与えたトーマス・フェルマンだったと当時を振り返りました。モーリッツは音楽がどのように人に伝わるのか? 音楽はコミュニケーションであるということをトーマス・フェルマンから学んだと言います。

また、過去にたくさんのデトロイトのアーティストたちと活動を続けてきたモーリッツは、カール・クレイグやジェフ・ミルズ、URのメンバーと出会ったとき、彼らが本当に音楽を愛していて、音楽を世界に届けるため大変な努力をしていると語り、ここで再びやりたいことを「追求」することの大切さを伝えました。

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その後は、ドイツのテクノ・シーンがどのように成長を遂げたか? 世界中のレコードファンに支持されるベルリンのレコード・ショップ「Hard Wax」の存在、のちにベーシック・チャンネルを一緒に立ち上げたマーク・エルネストゥスとの出会い、ベルリンの老舗クラブ「Tresor」の影響力など、ファンならずとも興味深いエピソードの数々を聞かせてくれました。そして、当時は誰もその方法を知らなかったレコードをカッティングする高い技術をデトロイトから学び作ったことで、ドイツのエレクトロニック・ミュージックが世界レベルになったと言います。

参加者たちのQ&Aセッションでは、普段はメディアに顔を見せることのなかったモーリッツが、なぜ表舞台に出るようになったのか? など興味深い質問が飛び交いました。レクチャー後のライブではトニー・アレンを迎えて、極上のグルーヴにオーディエンスが体をゆだねる、素晴らしいパフォーマンスをみせたことは言うまでもありません。

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イベント詳細:
http://www.redbullmusicacademy.jp/jp/events/moritz-nbsp-von-oswald-trio-feat-tony-allen-and-max-loderb