三月 05

音響心理: イントロダクション

4DSOUNDのPaul OomenがAphex Twin、Steve Reich、池田亮司などの作品を例示しながら、私たちがサウンドをどのように知覚しているかについて説明していく。

By Paul Oomen

結論から言えば、私たちの聴いているすべてのサウンドには音響心理が関わっている。サウンドは耳に入った瞬間、「物理的現象」から「聴覚の問題」へと変化する。私たちが聴いているサウンドは、耳の限界とその特殊性によって、基本的には実際に鳴っているサウンドとは違って聴こえる。「聴覚」が起こす様々なトリックによって、私たちが聴いているサウンドは聴いているはずだと認識しているサウンドとは大きく異なってくる。



トーンとビートの連続体
音響心理に対する理解、そして音響心理の音楽へのクリエイティブな応用は1950年代初頭のエレクトロニック・ミュージックの発展によって大きな進歩を遂げた。これはエレクトロニックサウンドによって、アーティストは生楽器よりも遥かに幅広い音楽を扱うことが可能となったこと、そしてエレクトロニックサウンドは16Hzから20kHzと言われている人間の可聴域(年齢と共に上限が16kHzまで減退する)よりも幅広い帯域を生成することができることに起因する。

Karlheinz Stockhausenの作品『Kontakte』(1958年-1960年)は、音楽史に大きな足跡を残した。本人曰く、「準備段階で、ひとつのコントロールでサウンドのすべての要素(トーン、強さ、長さ、音質など)を行える方法を見つけた」とするこの曲の最も有名な17分3秒からの部分では、これらの要素が組み合わさっているのが明確に理解できる。明るいハイトーンなサウンドが下降し続けながら複数のウェーブの中に消えていく。そして徐々に固い音質になっていくと、最後は音程が判別できない低さにまで下がる。更に聴覚の分岐点ポイントを超えると、ゆっくりとしたビートへと変化していき、トーンにはビートが含まれているということが明らかになっていく。

16Hzという分岐点を下回った時点で、私たちはトーンをトーンと認識するのではなく、ビートとして認識し始める


この下降するトーンが、私たちの聴覚の基礎理解力を示している。16Hzという分岐点を下回った時点で、私たちはトーンをトーンと認識するのではなく、ビートとして認識し始める。このような可聴域に対する実験はこの楽曲が発表されるまで行われていなかった。というのは、この帯域まで再現できる楽器がそれまで存在しなかったからで、それまでビートとトーンは異なる音楽要素として捉えられていた(尚、今でもそのように捉えられることは多い)。つまり、ビートはリズムやテンポに関する要素であり、トーンはメロディーやハーモニーに関する要素として捉えられていたのだ。しかし、Stockhausenは『Kontakte』でビートとトーンが連続体であることを示し、この2つの「差」はまぼろしに過ぎないということを証明した。そして、この認識の差は、我々の耳がビートとトーンを区別し始める可聴域の下方向の分岐点によって生じている。

ハーモニクスとトーンの差
ビートとトーンの連続体は、ハーモニクスやサブハーモニクスに目を向けても見えてくる。もし複数のトーンがハーモニクスを生み出す関係にある場合(例:2F、3F、4F、5Fなど、基音に関わっている場合)、倍音が生まれる。ハーモニクスのスペクトルは計測可能だが、大抵の場合「知覚」されない。その代り私たちは特定の音色、トーンのカラーを知覚する。しかし、これは実際のトーンとは異なった別の存在として知覚するのは非常に難しい。

スペクトル内の倍音、そして「下の倍音」が明確に別の存在として知覚できる好例は、以下に紹介するヴォーカリストMark van TongerenとRollin Racheleの作品だ。



フルートのように聴こえるメロディーは2人の声とは違う、独立した幽霊の声(ファントム・ヴォイス)のように聴こえる

まず、2人のヴォーカリストは個々のトーンをF11とF12という倍音関係に調整する(おおよその音程はE+とF#-)。そして彼らが一緒に歌うと、様々な倍音が生まれていくのが聴こえるようになる。左右のチャンネルから2人の男性の歌声が一定の形で聞こえるが、同時にセンターでは3つ目のサウンドが聴こえてくる。このフルートのように聴こえるメロディーは2人の声とは違う、独立した幽霊の声(ファントム・ヴォイス)のように聴こえる。

スペクトルの低域部分に耳を意識させてみると、もうひとつの現象が起きているのが分かる。これは基音F1であり、2つのヴォーカルのトーン差に等しい。トーン差が16Hzより低く、聴覚の下限を下回ると、トーン差が明確に聴こえるようになるため、独特のリズムが聴こえるようになるというわけだ(B、15Hzに相当)。

このような異なるトーンの差の知覚は、バイノーラル・ビートと呼ばれる現象でも得ることができる。これらは微妙に異なる2つの周波数(30Hz差以内)が生み出す現象で、ステレオヘッドフォンの左右からそれぞれの周波数を別々に鳴らすことで生じる。面白いのはビートが実際のサウンドの中には存在しないということだ。このビートは各トーンの周波数の差に脳波が同調することで生まれている。

下のサンプルは片方で300Hz、もう片方で306Hzが鳴っているため、バイノーラル・ビートは6Hzで鳴っているように聴こえる。




ファントム・ヴォイス
幽霊の声(ファントム・ヴォイス)は、サルディーニャ島のカステルサルドの4人兄弟による儀式音楽の中にも存在する。この4人兄弟が歌うと、5人目の声、Quintinaが生じる。この女性のようなハイトーンは、現地では聖母マリアの霊だと考えられている。Mark van Tongerenは最近発表した論文でQuintinaについて触れており、「ある瞬間に私の意識は合唱に加わった女性の声に向けられた。その声が4人の男性の方向ではなく、自分の背後から聴こえたように思えたので振り返ると、女性の姿は無かった。驚いた私は再び4人の男性の方へ向き直り、彼らの歌声に集中すると、彼らの声から女性の声が生まれているという結論に落ち着いた。彼女は4人の声が合わさることによって生まれていたのだ。18年間に渡り、倍音合唱の実験を繰り返し、世界中の歌声を聴いてきたが、どうやら自分の耳を過信していたようだ。彼らに向き合うまで、私は女性の声を聴いている、そしてこの彼女に会いたいと思っていたのだ」と記している。



Quintinaは上記の倍音合唱とは異なるファントム・ヴォイスだ。Quintinaの場合は、はっきりとした女性の声であり、倍音らしさが感じられない。ヴォーカリストであり、民族音楽学者であるMark van Tongerenはこの儀式を直接体験した後、自分の率いるヴォーカルアンサンブルParaphoniaのヴォーカリストたちとともにこの再現を試み、更にはサルディーニャ島の他の教会も回ってみたが、同じ現象は生まれず、この特定の場所だけで生まれる現象だという結論に落ち着くことになった。

個人的には、Quintinaは兄弟の歌声に備わった強い母音の発音が教会固有の音響空間と組み合わせることによって生まれているのではないかと考えている。発声される母音と、倍音のスケール内の声の共鳴には直接的な関係がある。特定の音響空間では、歌っている時に母音を強調すると特定のハイトーンが生まれ、より明確に知覚できるようになる可能性が生まれる。

Mark van Tongerenは以下のサンプルで、母音がヴォーカルの共鳴スペクトルに関わってくるか、またどのような倍音が聴こえるかを説明している。



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時間差
複数の声の集合からひとつの声が聴こえるQuintinaのようなタイプとは逆で、ひとつの声が複数の声に聞こえる可能性もある。その好例がSteve Reichが1966年にテープで作成した『Come Out』で、これはひとつのスピーチが徐々にノイズやビートへと解体されていく作品だ。Reichは左右のチャンネルに時差を作り出すことで、このような結果を生み出している。尚、この曲が制作された1960年代は左右のループの再生スピードを個々に変えることでこれを実現していた。

スタート時点では、オリジナルのフレーズが左右バランスのとれたステレオで鳴らされる。そして「I had to open the bruise up and let some of the blues blood come out to show them」というフレーズがループされ続け、次に「Come out to show them」の部分がゆっくりと右から左へとずれていく。そして2つの声が左右でしっかりと知覚できるようになるまで、その差は広がっていく。



次にReichは声を二重にしてプレイバックし、先ほどと同じ方法論で展開していくが、今回は二重になった声が左から右へ移動し、位相差が増えていく。そして二重の声が四重になるが、今度は4つの声が聴こえるのではなく、個々の母音と子音がフレーズから分離して4種類のビートやノイズがそれぞれのタイミングで左から右へとシフトしていくように聴こえ、言葉のフレーズとしては捉えるのが難しい音像へと変化していく。

またコーダ部でももう一度同じプロセスが行われるが、今度はフレーズが「out to show」だけとなり、しかも二重の声が更に二重にされている。フレーズは8ビートのノイズに変化しており、もはや元々のフレーズが感じられないものになっている。

『Come Out』のプロセスに見られる音響心理効果の秘密は、サウンドが左右の耳に届くまでの時差にある。片方の耳へ届く時間が短ければ、サウンドはそちらから聴こえると感じる。位相差が少ない限り、ひとつの音が動いているように感じるが、位相差が200ミリ秒よりも大きければ、左右の音の繋がりが解かれ、別々の音として認知されるようになる。以下のサンプルで音響心理の効果を確認してもらうことができる。





バイノーラル効果
両方の耳の位相差は、バイノーラル効果を生む原因のひとつだ。サウンドの位置は両耳の位置が離れているという事実をベースにして知覚されていく。つまり脳は左右の耳に入る音の位相、強度、波長分布の微妙な差を常に感じ取っているということになる。

Aphex Twinの『Gwely Mernans』では、左右の時間差と音量差を上手く利用することで、低いビートと高域が頭の周囲を回るような効果を生み出している。

3次元におけるサウンドの位置は個々の耳の形状によって異なってくるため、すべての人間に共通する完ぺきな効果を生み出す公式は存在しない

これは単純な左右のパンニングだけで生み出せる効果ではない。フロントにステレオスピーカーを設置した無響空間でこの曲を聴けば、スピーカーは前方だけにも関わらず、ビートはリスナーの周囲、つまり左右と前後をぐるりと回るように聴こえるはずだ。リスナーの前後、もしくは上下に位置しているように聴こえるサウンドは、耳の位置だけではなく、耳介における反射角や肩への当たり方などによってサウンドに複雑なフィルター処理が生じていることによって生まれている。

サウンドが前方のみから出力されていても、そのようなフィルター処理が行われれば、脳はサウンドが後方から来ているものだと知覚する。しかし、耳はひとりひとり異なる形状をしているため、実際このようなフィルター処理の実現は非常に難しく、同一の効果は生みだしにくい。3次元におけるサウンドの位置は個々の耳の形状によって異なってくるため、すべての人間に共通する完ぺきな効果を生み出す公式は存在しない。

そのため、バイノーラル効果はこの楽曲を聴いているすべての人が得られる訳ではないが、ハイクオリティな密閉型ヘッドフォンか、無響空間で聴けば、バイノーラル効果を得られる可能性は高くなる。

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Ryoji Ikeda’s data.tron [8K enhanced version]Credit: Liz Hingley / ryojiikeda.com

モノラル・キャンセレーション
サウンドの知覚はバイノーラルで行われるという性質を極端なコンセプトで示したのが、池田亮司の『Data.Googolplex.』だ。この楽曲は左右の耳に逆対称の波形が与えられている。



ヘッドフォンやステレオスピーカーでこの楽曲を聴くと、モノラルのように聴こえる。しかし、『Data.Googolplex』に隠されている音響心理効果は、もしこの2つの波形をモノラルで再生すると、音がキャンセルされてしまうという点にある。もし位相が正しければ、2倍の音量で聴こえるが、このように逆位相の波形を組みあわせるとお互いを消し合ってしまう。波形の山の上下がぶつかり合う部分は、音が消えてしまうという訳だ。



面白いのは、脳は波形の山の上下を区別することはできないため、どちらの位相も同じものとして捉え、単純に音量だけを知覚するという点だ。このトリックによって、『Data.Googolplex』に対する私たちの知覚は完全なモノラルとなり、波形のバイノーラル効果はすべてバーチャルということになる。

こうやって見ていくと、結局サウンドはどこに存在するのだろうか? という最初の疑問に立ち返ることになる。仮想プログラム、空間における物理的な振動、脳によって知覚される波形、アイディア、記憶、それとも幻想なのだろうか? そして上記の例はすべて別々の答えとなる。時としてひとつであり、時としてまた別のひとつであり、すべてに関わっている時もあれば、どこにも関わっていない時もある。この疑問は今回紹介したサンプルだけではなく、私たちが出会うすべてのサウンドと音楽の知覚に存在している。

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Paul Oomen:作曲家/4DSOUND創設者。4DSOUNDは空間サウンドテクノロジーの開発と音楽における空間研究を行っている。