四月 18

1999 — Ol’ Dirty Bastard「Got Your Money 」

1999年を代表するトラックを取り上げるミニシリーズのPart1は、Wu-Tang Clanを代表するメンバーの予想外の大ヒットトラックを取り上げてその価値と意味、時代を再検証する。

 

By Rawiya Kameir

 

2019年前半、筆者は1999年にリリースされたOl’ Dirty Bastard(以下、ODB)のライトファンクアンセム「Got Your Money」をあらゆる場所で耳にした。

 

カフェにいる男性のヘッドフォンから漏れていたり、早朝空港へ向かうUberのラジオから流れてきたり、ネイルサロンの “外さないノスタルジックプレイリスト” の中でその場にいる全員を揺らしたりしていた「Got Your Money」は実に意外な形で「ヒップホップ・ミューザク」と化している。この4分のトラックはあまりにも有名なため、ほぼ全ての公共空間の背景にごく自然に溶け込むことができる。

 

The Neptunesの初期プロデュース作品で、おそらくはKelisの初レコーディング作でもある「Got Your Money」は非常に奇妙だ。

 

Pharrell WilliamsとChad Hugoは、スカスカの角張ったベースとクリアなシンセを前に出しながら、Pharrellのシグネチャーとして知られるオーガニックなドラムサウンド ― このトラックのクラップは実にリアルに響く ― を組み合わせている。そのビートはThe Neptunesのビートの中では最も洗練されていない部類に入るが、ODBの狂気的な魅力を支えられるだけの強さを備えている。

 

これまで誰もやったことがないような非常に印象的なアドリブによってオフセットされる奇天烈なヴァース3回を通じて、ODBが「嘆くポン引き」、「マッチョな愛人」、そしてお得意の(そして相応しい)「偏執狂」という複数のキャラクターを演じ分け、PharrellがなぜかRick Jamesの「sexy, sexy, sexy」というウィスパーを用いる中、Kelisがリスナーを疲れさせるほど執拗にメタリックなフックを繰り返して具体的には言及されていないが誰もが分かっていること ― ODBへの借金を返すこと ― を約束しながら、全てをひとつにまとめていく。

 

正直に言えば、このトラックが2019年にヒットするのをイメージするのは難しいが、「Got Your Money」はチャートヒットし、全員の記憶に残る “ミレニアム直前のスナップショット” となった。

 

 

 

 

「Got Your Money」は予想外にポップだった。アップビートで、メロディックで、グローバルにアピールできる分かりやすさを備えており、Bruno Mars的なイージーでキャッチーなトラックだった。Wu-Tang Clanの中で最もいかれていて、最も人当たりの悪いメンバーが彼ら唯一のウェディングプレイリスト対応トラックを生み出したというのは、何とも不思議で痛快な話ではないだろうか? 

 

1990年代中頃、Wu-Tangファンだった若かりし私は、酔っ払った僧侶のようなODBを「少し精神が不安定な人物」として捉えていたに違いないが、何よりも重要なのは、私にとって彼が最もクールで、最も自由で、誰よりもシンガロングしていて楽しい人物でもあったことだ。

 

私のあらゆるノートブックが不器用に描かれたWu-Tangの “W” マークで占められるようになった1995年、Mariah Careyが「Fantasy」のオフィシャルリミックスの相方としてODBを指名した。このリミックスはラップとR&Bのハイブリッドの先祖であり、リリースから数十年が経過した今は両ジャンルの代表的な作品として扱われている。ODBが「Fantasy」にフィーチャーされていなければ、「Got Your Money」は生まれていなかったのかもしれない。

 

Mariah Careyは2018年の『Genius』のインタビュー内で「彼をフィーチャーできたことはある意味難しくもあったの。“あの子何やってるんだ?” って思われたから」と述懐しているが、彼女は分かっていた。ODBならたった1小節で歌とラップの溝を埋められることを。ODBはすでにその何年も前から、RZAのざらついたビートに独自のヨーデルを被せていた。

 

 

 

“『Nigga Please』はセックス、ドラッグ、FBIの監視に対する不安、狂気のセレブとしての生活に対する内省で占められている”

 

 

 

そして1998年、「Got Your Money」がリリースされる前年にODBはPras feat. Ol’ Dirty Bastard & Mya「Ghetto Superstar」に参加して、ラップとR&Bの絶妙なブレンドを再度実現した。

 

このトラックでも彼のシグネチャーである天衣無縫のスタイルは彼の底の深い感情の井戸と相反関係にある。「Well I’m paranoid at the things I said, Wonderin’ what’s the penalty from day to day / 俺は自分の言動の被害妄想に取り憑かれてるんだ。毎日自分の罪について考えてるのさ」— ここでのODBは単純に輝いている。

 

このパフォーマンスは、このトラックが正真正銘の放蕩生活から偶然生み出されたという事実によってさらにそのワイルドさを増す。Prasは2016年のVladTVのインタビューで「俺たちはカリフォルアにいたんだが、奴はニューヨークにいると思い込んでいた。地元のセッションだと思っていたのさ」と振り返り、その時のODBが「酔っていたのかどうかは分からなかった」と続けている。しかし、FugeesのオリジナルメンバーであるPrasは寛大にODBを迎え容れ、ODBはビートを聴き、気に入ると、ほぼ1発でOKを出した。

 

「Got Your Money」のレコーディングはこの時ほどワイルドではなかったようだ。

 

Kelisは「わたしはまだ若かったし、ちょっと怖じ気づいていた。だって、ODBは経験豊かだし、とにかく正面からぶつかってくる人だったから」と2009年の『Popbytes』のインタビューでやや優等生的態度で語っている。

 

「わたしたちアーティストは自分たちの感情を身に纏っているから、特定の印象を与えるし、それが他人から恐れられる時もある。彼を見て、わたしは悔しいと思ったわ。彼はとても快適そうに感情を纏っていて、その姿は美しかったから。同時にとても優しくて、レコーディング中はずっと温厚で愉快だった」

 

一方で、2018年のBeats 1「Noisey Radio」で、Chad HugoはQuad Studiosで行われた「Got Your Money」のレコーディングセッションについて次のように振り返っている。

 

「Dirtyが “Got Your Money” のリリックとイントロを用意していたんだ。ブースに入るギリギリまでずっとリリックを書いていて、いざブースに入ると “ヨォ、ベイビー、お前のケツの穴からクソを食いたいぜ” って言ったのさ。とんでもない言葉だったけど、誰も思いつかない言葉だった」

 

「Got Your Money」をリードシングルとしてリリースし、セカンドアルバム『Nigga Please』に向けての準備が本格化する頃までに、ODBはWu-Tangの他のメンバーの打ち出していたディープで一本気なスタイルとは違うスタイルに取り組む意志を固めていたようだ。その結果として生み出された『Nigga Please』は不条理で非常に力強い作品となった。

 

このアルバムはセックス、ドラッグ、FBIの監視に対する不安、狂気のセレブとしての生活に対する内省で占められている。当時のODBは、激しい議論を呼び起こすような行動を取っては世間を賑わすようになっており、フードスタンプの受け取りにリムジンを乗り付けてクリントン大統領(当時)に名指しで非難されたり、当時のカリフォルニア州の州法「重罪の犯罪歴がある人物は防弾ベストを着てはいけない」に違反した初めての人物として逮捕されたりしていた。

 

 

 

“ODBはブラックスプロイテーションの最も分かりやすく、最も大きな議論の的となっていたスルーラインをいくつか流用しており、売春婦、彼女たちを管理する男たち、警察の人間関係を表現しようとしていた”

 

 

 

そのようなすべてが『Nigga Please』に詰め込まれている。

 

ODBの親友・共同作業者で、元マネージャーで、ODBのバイオグラフィ『The Dirty Version』をMickey Hessと共著したBuddha Monkは「ファーストアルバムのDirtyは “The Stomp” や “Brooklyn Zoo” のビートを自分で組んでいたんだが、『Nigga Please』ではトラックメイクには一切関わらなかった。The NeptunesやIrv Gottiを連れてきて任せたのさ」と振り返り、「Dirtyはリスナーがシンプルに楽しめるようなパーティアルバムを作りたかった。だが、ロック的な要素も取り入れたいと思っていた。だから、ラウドなアルバムに仕上がっているし、Dirtyもライムを叫んでいる」と続けている。

 

この述懐は、「Got Your Money」が、Buddha Monkが言うところの「それまでのDirty以上にポップなサウンド」に響いた理由を説明している。

 

『Nigga Please』の頃は、多くの仲間が “Y2K” に注目し、来たるべきコンピューターフューチャーにインスパイアされた美学を打ち出すようになっていた。Method ManやBasta Rhymesは世紀末や疫病をテーマにしたアルバムをリリースし、Missy ElliottやTimbalandは、自分たちの音楽とヴィジュアルに近未来的な要素を組み込むようになっていた。しかし、ODBは時代を遡っていった。

 

Buddha Monkは「『Nigga Please』のユーモアからは、DirtyがBlowflyの旧作やRichard Pryorのコメディテープを大量に聴き込んでいたことが分かる。奴は1970年代に戻ろうとしていたんだ。俺たちがガキの頃に楽しんでいたコメディアンやミュージシャンたちの時代にね」と説明し、次のように続ける。

 

「奴はRudy Ray Mooreの昔の持ちネタ “Nigga Please” をサンプリングしたし、“Got Your Money” のミュージックビデオにはブラックスプロイテーション映画『Dolemite』のシーンが使用されている。さらに言えば、『Nigga Please』のアートワークは、奴がDonna SummerのようなウィッグとRick Jamesのようなトラックスーツで1970年代のファッションを楽しんでいる姿を使っている」

 

ブラックスプロイテーション映画『Dolemite』のシーンを使用した理由は、ODBが複数の罪を問われて1999年の大半を刑務所で過ごしていたことと多少関係があるのかもしれない。しかし、ブラックスプロイテーションからの影響は、ODBが「どこか落ち着かない笑えるポン引きキャラ」を「Got Your Money」と彼のキャリアを通じて表現していた理由を説明している。

 

ODBは、ブラックスプロイテーションの最も分かりやすく、最も大きな議論の的となっていたスルーラインをいくつか流用しており、売春婦、彼女たちを管理する男たち、警察の人間関係を表現しようとしていた。観る者の視点によって変わってくるが、ブラックスプロイテーションに含まれる映画群は、ステレオタイプな人種差別観を押し出している作品か、ブラックの社会的地位に関する政治に声を上げている作品のどちらかだ。

 

ブラックスプロイテーションは、Wu-Tangの打ち出したノスタルジアと、クエンティン・タランティーノ監督が犯した “文化的犯罪” の影響で、1990年代に大きな注目を集めることになった。両方がそれぞれのやり方でブラックスプロイテーションのコンテキストの一部を復活させた。Wu-Tangは自分たちを同時代のカンフー映画と組み合わせ、タランティーノ監督は『パルプ・フィクション』と『ジャッキー・ブラウン』のような作品に直接引用した。

 

 

©Al Pereira/Michael Ochs Archives/Getty Images 

 

 

1999年当時の私は、ポン引きが何なのか分かっておらず、性風俗版人身売買と大差ないことも分かっていなかった。「Got Your Money」で描かれているジェンダー関係の裏に隠されている意味を理解するようになったのは、大人になり、物事をそれなりに俯瞰できるようになってからだった。そして私は、このトラックがそのようなジェンダー関係の常識化に軽度に関わっていることを理解するようになると、徐々に居心地の悪さを感じるようになっていった。

 

しかし、私は自分がかつて愛していたユビキタストラックの「問題のある影響力」を遡って批判するための言葉を持っていなかった。そしておそらく今もその言葉を持ち合わせていない。「Got Your Money」のユビキタス性はこのトラックを超越している。このトラックのヴォーカルやサンプルはVic MensaThe Chemical Brothersなどのトラックに使用され、数々の映画やCMにも起用されながら、ゆっくりとそのリーチを伸ばしている。

 

このトラックについて調べている間に私はODBに関するより多くのことを知った。2004年に薬物の過剰摂取で命を落としたこのアーティストの相当なファンだった当時よりも多くのことを学ぶことができた。私は、原因不明と言われている精神病の影響なのか、アルコールかドラッグの大量摂取が原因なのかは分からないが、ODBが妻と家族に対して暴力を振るっていた可能性があることも知った。

 

『The Dirty Version』の中で、ODBの妻、Icelene Jonesは「警察から “さて、今度は何をしたんだい?” と言われるようになるまで、彼のことで何回も警察に電話した」と述懐している。この述懐について私は何をどうしたら良いのか分からない。悪業が作品についた染み程度でしかないというアーティストの “山” にもうひとり追加するくらいしか。

 

今思うに、多くの人にとって1999年というのはこういう時代だったのではなかっただろうか? 裏の悪業を知ることなくアーティストを愛していたのでははないだろうか? もしくは悪業を知りながらも愛していたのではないだろうか? 1999年は今とは大きく異なる時代だった。しかし、もっとシンプルだった。ODBのリリックが脳裏をよぎる。

 

「Recognize I’m a fool and you love me! / 俺はアホで、お前はそのアホに惚れてるってことに気付くんだな!」

 

 

 

Header Imge:© Nayan Graf Quartier

 

19 Apr. 2019