九月 15

NY Music Logo (Part 1)

2000年代から現在までのNY音楽シーンを代表するロゴデザイン群とその背後に潜むストーリーを2回に分けて紹介する

By Ali Gitlow

 

約2年前、我々はNYの音楽シーンを代表する象徴的なロゴデザインの数々をAからZまで網羅する記事を全3回(Part 1Part 2Part 3)に分けて掲載した。前回は1960年代~1990年代の多様性に満ちたNYの音楽シーンを代表するロゴデザインを紹介したが、今回は2000年代から現在までのモダンなレーベルやコレクティブのデザインを取り上げ、そのバックストーリーを追っていく。

 

 

Beats in Space

ニューヨーク大学に通う18歳の学生だったTim Sweeneyは、大学のキャンパスラジオ局であるWNYUで自分の番組を受け持つことを決意した。そして、それから16年を経た今も、彼はその番組〈Beats in Space〉を通じて、エレクトロニック・ミュージックのファンにその優れた審美眼を毎週披露している。2011年に同名のレーベルへと発展した〈Beats in Space〉は、Sweeneyが招き入れる多彩なゲスト陣の顔ぶれも大きな魅力のひとつだ。この番組では、Tama SumoやCarl Craigをはじめ、Kornel Kovacs、Honey Dijonに至るまで世界中の錚々たるゲストセレクターが毎週のように招かれ、Sweeneyと共にミックスを披露しながらリラックスした会話を交わしている。

 

〈Beats in Space〉の立ち上げ当初、Sweeneyは身近な友人たちにロゴデザインおよびウェブサイトの制作を依頼していたが(初代ロゴはプロデューサーXXXChangeの手によるもので、2代目のロゴはチップチューン・プロデューサーのMinusbabyが手がけたもの)、2008年にロゴイメージの一新を決意し、Kevin O’Neillにデザインを依頼した。O’NeillはKarisa Senavitisと共同でデザインスタジオWill Work for Goodを運営しており、以前にRVNG Intl.からリリースされたSweeneyによるミックスCDシリーズのアートワークを手がけたこともあった。〈Beats in Space〉のロゴを一新するにあたりSweeneyがO’Neillにリクエストしたのは「時間が経っても風化しないロゴに仕上げてほしい」というものだった。Sweeneyは「イメージとして想像していたのは、どこかクラシックな匂いを残しつつも、新しく個性的なデザインだった。僕のショーは平均的なカレッジラジオ番組のそれとは違う本格的なプロ志向のものになっていたし、ロゴ自体も相応しいものにしたかったんだ」と振り返っている。

 

 

 

“本来はロゴとして作られたものではないデザインが偶然のなりゆきでロゴになる、または結果的にロゴとして定着してしまうっていうアイディアが好きなんだ”

Kevin O’Neill

 

 

 

また、Sweeneyは番組のフルネーム〈Beats in Space〉をさほど重要視したくはないという意図もあったと告白している。というのも、この番組名自体は彼が大学の友人たちと酒を飲んで酔っぱらっている時に思いついただけのものに過ぎないからだ。Sweeneyは「この名前が16年後にも続くものだとあらかじめ知っていたら、もっとましな名前を選んでいたはずさ!」と語っている。また、O’Neillは「最初は〈Beats in Space〉の頭文字を取って縮めた『BINS』という形にしてみることから始めたんだ。それが意図せずして、レコードの詰まった『箱(bins)』をシンプルに意味するものになったのさ」と説明している。こうして2人のアイディアが組み合わさって仕上げられたデザインは、円の中に白抜きの文字が配置され、フォントはAkzidenz GroteskとTimes New Romanが使用されている。「ロゴデザイン自体にはそれほど多くの意味を持たせたくはないんだよね。本来はロゴとして作られたものではないデザインが偶然のなりゆきでロゴになる、または結果的にロゴとして定着してしまうっていうアイディアが好きなんだ」とO’Neillは説明しているが、SweeneyはO'Neillのロゴは〈Beats in Space〉のアイデンティティを見事に捉えていると考えており、更にはO’Neillのデザインにはユニークな特徴が備わっていると感じているようで「彼がデザインしたレコードスリーブは、すぐに見分けることができるよ!」と語っている。

 

 

Black Flamingo

 

 

ラテン風の飲食店兼ダンステリア〈Black Flamingo〉がウィリアムズバーグにオープンしたのは2015年のことだった。このスペースはウィリアムズバーグ周辺のカリブ人エリアでレストラン経営を展開するBattery Harrisや、Soul ClapのEli Goldstein、M.A.N.D.Y.のPhilipp Jung、Wolf + LambのGadi MizrahiなどのNYのDJ、更にはクリエイティブ・パートナーとしてBryce Davidらが立ち上げに携わった話題の新店だ。レストランの地下にはクラブが併設されているが、その濃密な空間はまるで小さくまとまったセクシーなディスコのようで、合板の木を張り込んだ壁は決して安っぽく見えないよう工夫がなされている他、黄色を基調とした照明がずらりと並んでいる。ここ近年のNYにおけるナイトライフを彩ってきた才気あふれる面々が運営に関わるBlack Flamingoは、これまでのNYの巨大クラブとは一線を画し、小気味の良いサウンドと良質な選曲、そして気取りのないウェルカムな雰囲気が売りとなっている。

 

Davidによると、元々この店は単純に〈Flamingo〉と名付けられる予定だった。「だけど、〈Black Flamingo〉という名前の方がよりインパクトがあるし、よりイメージが膨らむんじゃないかって話になって。こうしたインパクト性やある種のイメージがパートナーたちの目指していた、NYの新しい夜の遊び方を提案するというヴィジョンと一致したんだ」とDavidは説明する。オープンに向け、彼らには店舗を構える立地やそのムードを反映したロゴが必要となり、そのデザインは過去にGoldsteinとも仕事をした経験のあるグラフィックデザイナー兼ウェブデベロッパーのCraig Butterworthの元へ依頼されることになった。Davidはクライアントとして、親しみやすさがあり、魅惑的で分かりやすく、なおかつ楽しいロゴを求めたとしている。「あまりにシリアスになり過ぎない感じは歓迎なんだけど、その一方で楽しいことをきわめて真剣にやってるってことも打ち出したくてね。フラミンゴというイメージはそこにぴったりだったんだ」

 

Butterworthはフラミンゴの姿を2次元化し、この鳥の名を聞いて誰もが思い浮かべるであろう1本足で水辺に立つ姿を簡潔な線で図案化した。それは同時に、〈Black Flamingo〉の立ち上げに関わった人々の思いを見事に具現化していた。このロゴは、実際の店舗では通りに面した正面入り口のドアの真上に紫色のネオンで描かれており、賑やかな店内へと人々を導き入れる誘蛾灯のような役割を果たしている。「とはいえ」とDavidは続ける。「このロゴは単に店舗だけで機能するものには留まらないんだ。このロゴはウェブサイトや雑誌、Instagramなど様々なメディアに登場していて、もはや僕らの遊び場であるブルックリン以外にも露出しているのさ」

 

 

The Bunker

 

 

NYで一切の妥協と装飾を排したソリッドなテクノを探し求めるなら、誰もがきっと〈The Bunker〉に辿り着くはずだ。NYのテクノシーンを代表するDJのひとり、Bryan Kasenicがこのパーティを始めたのは2003年。当初は、ロウアー・イースト・サイドにある地下スペースsubTonic(現在は閉店している)で行われていた。The BunkerではDerek Plaslaiko、Eric Cloutier、Mike Servitoなど、鉄壁のDJ陣がレジデントとして君臨し、更にはSurgeon、Miss Fitz、KiNK、そしてベルリンのOstgut Ton勢などの米国内外の様々なテクノ界のスターたちがゲスト出演を果たしてきた。13年近い歴史の中でこのパーティは何度かヴェニューを変えてきた(中でも最も有名なのはPublic Assemblyで開催されていた時期だろう)が、現在はウィリアムズバーグのOutputとリッジウッドのTrans-Pecosを軸に開催されている。また、現在の〈The Bunker〉はパッケージを他の国へ持ち込んでパーティを展開することもあり、更にはレーベル運営やポッドキャスト、ブッキング・エージェントなどの業務もこなしている。かつてテクノ不毛の地と言われたNYにおいて、Kasenicは堂々たる形でグルーヴ脈打つテクノ帝国を築いたのだ。

 

しかし、2006年にWolf + Lambチームと組んで一連のアフターパーティを開始するまで、〈The Bunker〉には特定のロゴが存在しなかった。Kasenicは「ブランディングとか、デザインといったものについて真剣に考えたことはなかったんだ。というのも、俺は音楽のことだけを考えているような奴だったからさ」と説明している。Wolf + Lambに所属するZev Eisenbergが手がけた〈The Bunker〉の初代ロゴは、原子爆弾のキノコ雲と “The Bunker” という大きなステンシル文字が配置されたものだった。

 

2013年、Yoonjai Choiと共にデザイン事務所Common Nameを経営するグラフィックデザイナーKen Meierは、従来の〈The Bunker〉のロゴデザインを若干変更することを自ら提案した。長らく〈The Bunker〉の常連だったMeierは、このパーティにお返しのようなものを贈りたいと考えたのだ。Meierは「〈The Bunker〉は既に過密なイベントスケジュールをこなしていたし、レーベル業やポッドキャストにまで手を広げていたから、それらをすべて一本化して表現するグラフィックを用意することが重要だった。アイデンティティは様々なフォーマットへ簡単にあてはめることができる柔軟なものでなければならなかった」と振り返っている。

 

最終的にMeierは従来のキノコ雲を取り去り、タイポグラフィのみのデザインに仕上げた。そのロゴはAG Bookをステンシル調にアレンジしたMeier独自のフォントが使用されたが、その一方でウェブサイトやフライヤー/レコード/ポッドキャストなどにおいてはFutura Tのフォントファミリーに属するものが多用されることになった。Kasenicは、過去13年間に渡る彼のライフワークを包括したこのロゴデザインをいたく気に入っている。Kasenicは「自分の活動をすべて結びつけるデザインは非常に重要なんだってことを理解するのに、ある程度の時間がかかったけど、今はこのロゴデザイン抜きの〈The Bunker〉は考えられないね」と語っている。そしてMeierは、広義的に考えれば、音楽を対象としたグラフィック・アイデンティティの制作は、表現したいサウンドに簡潔で誠実であることが重要だとしている。「良いロゴデザインっていうのは、ダンスミュージックのクリシェなデザインを尊重しつつ、同時に回避しているものだと思う。パーティとは関係のない要素を無理に入れようとしても、機能しないんだ」

 

 

Discwoman

 

 

 

2014年に生粋のブルックリンっ子のFrankie Hutchinson、Christine Tran、そしてDJ Umfang名義でも活動するプロデューサーEmma Burgess-Olsonの3人によってスタートした〈Discwoman〉は、日頃活躍の場に恵まれない女性/トランスジェンダー/クィアなどの才能にギグやインターナショナルイベントに出演するチャンスを与えることを目的に活動している団体で、The Lot Radioで毎週番組を放送している。Bearcat、Volvox、Juliana Huxtable、Aurora Halalなど数多くの才能溢れる女性アーティストを抱えるこの集団はブッキング・エージェンシーも兼ねており、伝統的に男性中心で展開されてきたエレクトロニック・ミュージック業界に風穴を開けようとしている。

 

立ち上げ当初、〈Discwoman〉に携わる女性たちはそのスペルを “womyn” と表記していた。ところが、彼女たち曰く「ちょっとしたひらめきがあり、非常に有機的な形で」、〈Discwoman〉に戻すことになった。そして、1980年代後半に流行したSony製のポータブルCDプレイヤーの商品名(Discman)の皮肉めいた引用を出発点に、彼女たちは友人であり写真家でもあるデザイナーDylan Kellyに、その懐かしいロゴデザインにちょっとしたひねりを加えたロゴを制作するように依頼した。

 

ロゴの制作にあたり、Kelly(〈Discwoman〉のフライヤーのアートワークもたまに手がけている)はDiscmanのロゴをデジタルで再構築し、非常に似ていて視認性が高いがよく見れば微妙に違う、スピンオフ・ヴァージョンとでも言うべきロゴデザインを作り上げた。「ヴィジュアル的な親しみやすさが大事なのはもちろんだけど、同時にオーディエンスへ向けてそのグラフィックと新しい関係性を築いてもらいたいという意図もあったんだ」とKellyは説明する。クライアントのHutchinson、Tran、Burgess-Olsonの3人もまた彼の意見に同意しており、「男性上位時代の名残を残すDiscmanのロゴへの風刺的なデザインに仕上がったと思う」とコメントしている。そのロゴに使用された角張ったフォントは白地に黒文字/もしくは黒地に白文字で使用されるようになっており、そこからにじみ出る強さと自信は、〈Discwoman〉が目指している価値とぴったりマッチしている。Kellyは「音楽、そしてその音楽を表現する人たちをヴィジュアル的/コンセプト的に想起させるデザインは、いつの時代も効果的だと思う」と説明している。

 

 

Federation Sound

 

 

 

ジャマイカのサウンドシステムの偉大な伝統から産み落とされた〈Federation Sound〉は、1999年に2人のDJ、Max GlazerとKenny Meezによって立ち上げられたイベントで、1年を通じて本場のレゲエ/ダンスホール、そしてカーニバルのヴァイブスをNYのオーディエンスに届けている。スペシャル・ダブプレートやエクスクルーシブ・リミックス、さらには彼ら自身のオリジナル楽曲を武器に、彼らはあらゆるパーティの現場に火をつけながら、ポッドキャスト〈Federation Sound〉も毎週配信している。

 

彼らは、ミックスCDを制作し始めるまで正式なロゴを持ったことはなかった。その初代ロゴにしても、大文字のブロック体で “FEDERATION” とだけ書かれた、ごく簡素なものだった。また、その後にMeezがそびえ立つ山をバックに2頭のライオンを配置し、Blackletterフォントを配置したものを制作したが、これはこれで小さなサイズで印刷した際の視認性が非常に悪く、ロゴとしてうまく機能しなかった。2010年、自動車メーカーのScionから、オリジナル音源を集めたコンピレーションEPの制作して欲しいという提案が〈Federation Sound〉の元に届いた。Scionはデジタル音源としてのリリースを念頭に置いていたため、このプロジェクトに参加するDJやプロデューサーの全容をまとめたブックレットも制作したいと考えており、Glazerに対してアートディレクションのアイディアを提供できないか訊ね、Glazerは1980年代に活躍したジャマイカ人イラストレーターDenzil “Sassafras” Naarが描いたダンスホール・ポスターをいくつか送った。「ダンスホールもしくはレゲエについて語る時、Naarの手がけたイラストレーションスタイルはある意味当然のチョイスだった。でも、完成したブックレットはそれとは違った。あれが自分たちのロゴのアイディアを生み出すきっかけになったんだ」とGlazerは振り返る。

 

 

 

"Glazerにとっては、〈Federation Sound〉のアイデンティティに正統派のフィーリングを持たせることが最も重要だった"

 

 

 

Glazerはいったい誰がこのブックレットのアートワークを手がけたのかをScionに訊ね、その人物がグラフィティアーティスト兼デザイナーのSeverであることを突き止めた。そして、SeverにはMax GlazerとKenny Meezと共通の友人がいることも分かると、彼らは〈Federation Sound〉のロゴデザインのリニューアルをSeverに任せることにした。「Maxは既にロゴのイメージを持っていた。それは雲と力強いフォントを取り入れたものだった。僕はそれをベースにいくつかの要素を足し、手書き風の星を散りばめてみたんだ」とSeverは振り返り、あくまで手書き風の雰囲気を残しつつも、きっちりと細部を煮詰めたロゴを作っていったと付け加える。そして、外枠の雲のグラフィック、その周囲に散らばる星、そして “Sound” の文字がすべて手書きで用意されつつ、“Federation” の文字は特別にアレンジしたsans serifで組まれた。Glazerにとっては、〈Federation Sound〉のアイデンティティに正統派のフィーリングを持たせることが最も重要だった。Glazerは「ごくシンプルなロゴにしておきたかったんだ。そうすれば、時代の流れに関係ないタイムレスなものになるし、昔懐かしいデザインの再現じゃなくなるからね」と説明している。

 

 

GHE20G0TH1K

2009年に先鋭的なパーティ〈GHE20G0TH1K〉を立ち上げて以来、アンダーグラウンドの女王Venus Xはただひとつのヴィジョンだけを追い続けている。それはあらゆる性別/人種/セクシャリティを持ったキッズを、ひとつの重低音グルーヴの下に団結させたいというものだ。彼女の祝祭におけるDJセットはヴォーグ、ボールルーム・ハウス、シシー・バウンス、その他のフューチャー・サウンドが凝縮されたもので、このパーティにはKelela、MikeQ、Total Freedom、Boychild、Rizzla、そしてNguzunguzuといったゲストたちが過去に招かれている。開始から数年に渡り、〈GHE20G0TH1K〉は薄汚れた倉庫群を転々としながら、それらを神聖なダンスホールへと変えてきたが、そろそろヴェニューを落ち着けてほしいという常連たちの声に応え、最近はStudio 299のレジデント・パーティとして毎週開催されている。

 

〈GHE20G0TH1K〉は元々、Venus Xが大学時代に「わりとハマっていた」バンドChristian Deathの曲名から付けられたDeathwishという別のパーティ名だったが、パーティに興味を持った友人に対し、彼女はその内容を「ghettogoth(ゲットーゴス)」と説明し、更にその造語をフライヤーにも記していたため、このパーティは "GG" 、"GHETTOGOTH"、"GHE20G0TH1K" と呼ばれていた。Venus Xは「〈GHE20G0TH1K〉っていう呼ばれ方が一番新しい呼ばれ方で、スペルもこれが正式なの。インターネットの検索に引っかかりにくい名前にしたかったのよ。当時のインターネットは、今と違ってプライベートな性質がまだ残っていたから」と説明している。

 

 

 

“放射能(Radioactivity)と、サウンドを経由したアクティビティ(Activity)というアイディアがきっかけになって、このバイオハザード・ロゴを使うことにした”

Venus X

 

 

 

Venus Xの自信に満ちたDIY精神を踏まえれば、彼女が〈GHE20G0TH1K〉のロゴを自分で制作したという事実は特に驚くことではない(彼女はアートスクールに通っていたが、正式にデザインを学んだ経験はない)。彼女がこのパーティのアイデンティティをヴィジュアルで表現する際にインスピレーションとなったのは、ハードコアパンク・バンドのBiohazardと2011年の福島第一原子力発電所の事故で使用されていたバイオハザード(有害物質汚染)を示す黒い円形サインだった。Venus Xは「放射能って、海を通して広がったり急速なペースで地球上を汚染したりするでしょ。放射能(Radio "activity")と、サウンドを経由したアクティビティというアイディアがきっかけになって、このバイオハザード・ロゴを使うことにしたの」と説明している。

 

昨年、彼女は仲の良いファッションブランドHood By Airとコラボレーションを行い、この共同作業は、ブランドのデザイナーのひとりであるSeychelle Allahが〈GHE20G0TH1K〉のロゴに手を加えるという結果にも繋がった。Allahが手を加えたそのロゴには、“play with my pussy” という何とも過激な文字が踊っている。これまでのロゴとある程度の関連性が保たれているこのヴァージョンは、〈GHE20G0TH1K〉グッズに採用される予定になっている。〈GHE20G0TH1K〉のロゴが表現したいものは何かという我々の質問に対して、Venus Xは最後にこう回答している。「わたしたちは危険で、放射能レベルも高い。わたしたちのサウンドに触れたら、命こそ落とさないけど、体内で何らかの変異が起こるってことね」

 

 

Good Room

ここ最近のNYで新進気鋭なDJをチェックしたいと考えているならば、グリーンポイントにあるクラブ〈Good Room〉を訪ねてみるといい。NYのナイトライフにおける重要人物のひとり、Greg Brierが以前ポーランド人クラブEuropaとして使用されていたスペースを2014年に買い取って始めたこのクラブは、落ち着いたローカルな雰囲気を醸し出しながらも巨大ミラーボールが鎮座するワールドクラスのダンスフロアを実現している。このクラブのスケジュールのほとんどは地元グリーンポイントのDJたちが主催するパーティで埋められているが、DFAやNinja Tuneなどのビッグレーベルのショーケース・イベントをはじめ、FIXEDやKistunéなど、有力プロモーターによるパーティも開催されている。ゆったりとした広さのあるダンスフロアは妥協のないサウンドシステムとライティングが備えられており、コンサートの開催も可能だ。また〈Good Room〉内にはBad Roomというサブフロアも存在し、ここではより密度の高いマニアックなイベントが行われている(ひとりのDJによるロングセットが披露されることも多い)。

 

これほど充実したクラブだが、このヴェニューを運営する首脳陣たちはオープンまであと数日という段階まで店の名前を決められずにいたというのは驚きだ。彼らは正式オープンを前に、業界のプロたちを内覧に招いたが、その際に出た繰り返し出たコメントが、メインフロアが持っていたポジティブなエナジーとその発展性に対する “good room(良い部屋だね)” だった。現在は〈Good Room〉マーケティング/ブランディング部門に籍を置く、当時のクリエイティブディレクターEmily Bachmanは、ロゴのコンセプトについて「店の名前に関しては、肩肘を張らない、全面的にひたすらフレンドリーな雰囲気のものにしたかったの。表記をすべて小文字にしたのも、なるべく大袈裟な感じにしたくなかったからよ」と振り返っているが、そのコンセプトを元に数人のグラフィックデザイナーから提出してもらったロゴデザインは、どれひとつとしてピンとくるものはなかった。

 

最終的に、Bachmanはクラブ名をBlack Magic(編注:米国の文房具ブランドHigginsが発売しているドローイング用インクの定番)と絵筆を使って100回ほど書き、それらをすべて並べて、彼女とBrierの2人が最も気に入ったものを選ぶことにした。Bachmanは「パーティの招待状を送る時、最後に自分の名前のサインを入れるでしょ。そういう気取りのない雰囲気を打ち出したかったの」と振り返っている。また、〈Good Room〉のクリエイティブディレクター兼ブッキング担当のAna Fernandesは、この手書きのロゴがクラブのアイデンティティを表現していると共に、他のクラブとの差別化ももたらしていると考えている。「〈Good Room〉はなによりもまずダンスのためにある場所。お店に来てくれるみんなにはゆったりと寛いでほしいし、気取りのないありのままの状態でいてほしいの。この手書きのロゴは、そんなムードをしっかりと表現してくれている。このロゴに堅苦しさはないし、もちろん〈Good Room〉にもそういう堅苦しさは一切ないわ」

 

 

Know Wave

あのSupremeの設立者のひとりで、NYを代表するハスラーのひとりとしても有名なAaron Bondaroffは、1990年代におけるNYのストリート&スケートカルチャーの発展に大きく寄与した人物だ。トレンドメーカーとしての名声を確立した後、彼はロサンゼルスへと移り、Al Moranをビジネスパートナーとしてコンテンポラリー・アートギャラリー〈Moran Bondaroff〉を立ち上げた。そして2012年、Bondaroffは “アーカイブとして機能する音楽とカルチャーのためのプラットフォーム” としてオンラインラジオ局〈Know Wave〉を立ち上げた。NYを拠点に、LAやロンドンからも放送されるそのプログラム内容は実に多様で、ウェブサイトに置かれているアーカイブを覗けば、そこにはKembra PfahlerやBlood OrangeのDev Hynesをはじめ、Karley Sciortino (Slutever)やラップグループRATKINGなどの名前が並んでいる。

 

常にアイディアに溢れるBondaroffが〈Know Wave〉という名称を思いついたのは、その立ち上げより数年前のことだった。1970年代後半、ポストパンク時代を終えたNYを象徴するNo Waveシーンへのオマージュを考えていた彼(『成功に対する反抗というNo Waveシーンならではの思想、それを命がけでやるっていう彼らのスタイルが好きだった』としている)は、クリエイティブな人々を集めて情報を発信し、文化的な交流を促進する基盤を作ることを目指した。「“No” の代わりに “KNOW” という同じ発音の言葉をあてはめると、『波を知る』という意味合いに変化する。波っていうのは、目の前で起きていることって意味だ」とBondaroffは説明している。

 

友人でもあるポール・タカハシ(Paul T.名義で活動するDJ兼プロデューサー)のディレクション参画を経て、Bondaroffは東京を拠点にするグラフィックデザイナーのAkeem the Dreamに依頼してロゴデザイン案を提案してもらうことにした。Akeemは「〈Know Wave〉が、オブスキュアで不定形なものに出会える、普通とは違ったニッチなメディアだってことは分かっていた。だから、フォントの上に何かを横断させて、隠してみようと思ったんだ」と振り返る。そして、まずクラシックなセリフ書体のTrajanを使用して白と黒のロゴを構成したAkeemは、それらを覆う2本の太い赤と青のバーについては「僕の記憶だと、文字を覆うバーに色を加えるっていうアイディアはみんなに共通した意見だった。それを良くしていったのが今のロゴだ」と説明している。また、BondaroffもまたAkeemの意見に同調し、このバーをロゴに加えたことで、Know Waveの中核である直感性やDIY精神を的確に表現できたと自信を見せる。Bondaroffと彼の “共謀者” たちはどんな名前やアイディアでも人気ブランドにしてしまう才能を持っているが、〈Know Wave〉に関しては「幸運なことに、素晴らしいロゴがこのラジオ局に生命を吹き込む助けになった」(Bondaroff)。

 

 

Mexican Summer

 

 

グリーンポイントに拠点を構えるレーベル、〈Mexican Summer〉は2008年に〈Kemado Records〉傘下の一部門としてAndrés Santo DomingoとTom Clapp、そしてKeith Abrahamssonの3人によって設立された。彼ら3人の当初のプランでは、(母体となるKemadoがよりストレートなロックンロールを基軸にしてるのに反し)インディーロックを中心にフォーカスしたサブスクリプション制の限定盤ヴァイナルを手がけるレーベルになるはずだった。しかし、チルウェーブの先駆者Washed Outやローファイ・ポップ・デュオのBest Coastなどの作品をリリースするうちに、彼らは当初計画していたフォーマットとは違う方向性も提示していくことにした。以来、〈Mexican Summer〉に所属するアーティストとバンドは、Ariel PinkのHaunted GraffitiやTamaryn、Peaking Lights、Torn Hawk、更にはDungenと多岐に渡っている。また、〈Mexican Summer〉はサブレーベル〈Software〉を設立し、Slava、Thug Entrancer、Suicideyearなどのモダンな電子音楽プロデューサーたちの作品を発表している他、リイシュー専門レーベル〈Anthology〉も手がけている。

 

A&Rを務めるAbrahamssonは、この〈Mexican Summer〉というレーベル名(Kemadoに所属するアーティスト、Marissa Nadlerの曲名から名付けられたもの)を思い浮かんだのとほぼ同時に、そのレーベルロゴに求めるイメージも明確に見えていたとし、「〈Mexican Summer〉というレーベル名は、強力なヴィジュアルイメージと共に浮かんできたものなんだ。僕らはそのレーベルロゴがみんなにとって分かりやすく、しかもリスナーたちからの信頼を象徴するためのアイデンティティとして機能することを望んだのさ」と振り返っている。そして彼は、以前〈Anthology〉や〈Kemado〉で共に作業したことのあるグラフィックデザイナーDan Schechter(ポートランドに拠点を構えるデザイン事務所Instrumentのクリエイティブディレクター)にアプローチし、そのアイディアを一緒に練っていくことにした。Schechterは、その作業の初期段階で提案したアイディアはすべてレーベルの母体〈Kemado〉のロゴから発展したものだったことを明かしているが、Abrahamssonは〈Kemado〉との関係を無視した、新しいデザインを望んでいたため、Schechterは「暑い午後の気怠い平穏」というイメージを “Mexican” という単語に縛られない形でロゴに表現することにした。

 

 

 

“太陽が水平線に沈みかける時、ちょうどギリシャ文字のΩのような形状になる”

Dan Schechter

 

 

 

Schechterは太陽が地平線に沈む際、その形がどのように歪むかという点に注目し、やがて自分がイメージしているその形状には既にオメガ・サンという名称があることを知った。Schechterは「太陽が水平線に沈みかける時、光の屈折が起きてちょうどギリシャ文字のΩのような形状になるんだ」と説明している。そして、彼は早速そのイメージを鉛筆でスケッチし、それをIllustratorに取り込んで形状を整えた。その下に並ぶ文字には、かつてMicrogrammaと呼ばれ、今はEurostileとして知られるフォントをカスタマイズしたものが使用された。「膨張したカーブのふくらみは、元々これをデザインしたフォントデザイナーたちが『スーパーシェイプ』と呼んでいたものなんだけど、〈Mexican Summer〉のロゴにぴったりだと思ったんだ」とSchechterは説明する。そして、1960年代から1970年代のレーベルロゴをとりわけ偏愛するAbrahamssonは、Mexican Summerのロゴデザインにそのようなクラシックな美しさと現代性を持たせることが重要だと考えていた。Abrahamssonは「Danは親しみやすく温かい感覚の中に、モダンな感覚も落とし込める才能の持ち主だ。僕らは完全な先祖帰りはしたくなかったんだけど、彼はその難しいバランスを見事に取ってくれた」とコメントしている。

 

 

Mister Saturday Night

 

Justin CarterとEamon Harkinの2人は、いかにしてダンスフロア上にユートピアを創出するべきかという実験を過去7年間かけてじっくりと重ねてきた。メインパーティ〈Mister Saturday Night〉、そして昼間に行われるアフターパーティ的性格の〈Mister Sunday〉を運営するこの2人のレジデントDJは、地元ブルックリンのアーティスト(最近は米国外のアーティストたちも含まれる)と共にオルタナティブなディスコ/ハウス/テクノの祭壇を築き上げている。彼らの純粋な思いが反映されたパーティに足を運んでみると、まず気付くのはDJブース付近の壁などに貼られた注意書きだ。そこには写真撮影禁止/フロアでの携帯電話での通話と喫煙の禁止/周囲の人々にはにこやかに接しよう/バーテンダーにはチップを払おう… など様々な文言が書かれているが、その中で最も重要と思われるものは「フロアでは思い切り楽しもう」だ。

 

2009年初頭に〈Mister Saturday Night〉がSantos Party Houseでスタートした際、彼らはCarterが手書きで書いたロゴを使っていたが、その後は、より正式なフォントを使ったヴァージョンを用いるようになった。そして同年秋からMarket Hotelや12-Turn-13など、ブルックリンのDIYヴェニュー(実際に人が住んでいる住居)を借りてパーティを開催するようになると、彼らはグラフィックデザイナーの友人Andrew Nimmoとアイディア交換をしながら、自分たちのパーティならではの、文字通り “アットホーム” で気さくなヴァイブを込めたロゴが欲しいと考えるようになったが、Nimmoが小さな月を配置したフライヤーデザインを見せた時が、「これだ!」という決定的な瞬間になった。そして、手書きの風合いを残したロゴを求めていた彼らは、そのデザインをベースに、月の中にうっすらと微笑む男の表情をはめ込んだ木版画風のロゴに仕上げた。Carterは「たとえダンスミュージックにまったく馴染みのない人でも、僕らのフライヤーを見て『遊びに来る客を選ぶタイプのパーティじゃないんだな』ってことを感じてもらえればいいなと思ってさ」と説明すると、Nimmoも「僕たちは、どんな人が遊びにくるか予測できないパーティが一番エキサイティングだと思ってるんだ。みんなの興味を引く謎解きのようなイメージを用意して、見た人が『いったいどんなパーティなんだろう?』と思うようなロゴを作ったんだ。特定の層にターゲットを絞ったロゴやパーティよりも、そっちの方が面白いからね」と続ける。

 

彼らはこの月を木版画で描いたヴァージョンのロゴを2010年暮れまで使い続けたが、その頃には、通常のクラブ以外の場所でイベントも開催するようになっていた。「僕らは自分たちのパーティがかなりユニークなアイデンティティを獲得したと実感し始めていたんだ。サウンドシステムの設置から照明やバーのセッティング、実際のパーティの運営まですべてを友だちの助けを借りながらやっていたからね」とCarterは振り返っている。その後、彼らは木版画という基本ラインは残しつつ、それをよりモダンで明るい印象にするリファイン作業をオランダ生まれでベルリン在住のイラストレーターAnje Jagerに依頼した。Nimmoは「月はそのシンプルさがアドバンテージなんだ。現行の〈Mister Saturday Night〉スタイルは汎用性が高いし、どこにでも使えるよね」と説明し、次のように続けている。「ロゴマークはハロウィンのジャック・オ・ランタン風に書き換えられたり、マヤ文明の壁画風になったり、ブリキのおもちゃ風になったり、大晦日仕様になったり、スノーマンになったり… 様々なアレンジや変化が可能になったんだ(当初はAnjeがアレンジを手がけていたが、最近ではHa Lyが担当している)。更に言えば、このロゴはイラストの背景やポートレートと組み合わせても相性が良い。いろんな所に顔を出して活躍してもらっているよ」

 

Part 2へつづく