九月 06

Nightclubbing : Metalheadz at Blue Note

ロンドンのBlue Noteで行われていたドラムンベース史に残るクラブナイトをGoldieとMetalheadzの面々が語る

By Todd L. Burns (Translation by Danny Masao Winston)

 

RBMAのNightclubbingシリーズでは毎回、シーンに多大な影響を与えた歴史的なクラブイベントにスポットライトを当て、そのストーリーを紐解いていく。今回はTodd L. BurnsがGoldie、Grooverider、Photekといったアーティスト達にインタビューを行い、ロンドンのBlue Noteで行っていた<Metalheadz>の伝説のレギュラーパーティーについて語ってもらった。

 

毎週日曜日にBlue NoteのレジデントDJを努めた<Metalheadz>のパーティーは、ドラムンベース史においてとてつもなく重要な役割を果たしたイベントだ。世界にドラムンベースが広まったきっかけとして、RageやSpeedと共にこのイベントが頻繁に挙がる。そして、後世に語り継がれるようなパーティーはどれもそうだが、このイベントが成功した要因はいくつも挙げることが可能だ。まだドラムンベース・シーンが黎明期にあった頃、<Metalheadz>というレーベルが才能溢れる若手プロデューサーを集め、イベントを開始した。開催は日曜日であり、レイヴが苦手なビートメイカーでも足を運びやすかった。その中心にいたのが活気溢れるGoldieであり、彼はこの新しいサウンドを世界に向けて発信しようとしていた。

 

それ以外にもこのイベントの特筆すべき点はある。まずは、それまでの様な形態のMCがほぼいなかったこと。そして、競争心を刺激するダブプレート合戦が起きていたこと。そして、1年以上公の場でプレイをしていなかったDJが、史上最高峰のプレイを魅せたこと。このイベントを特別なものにした要因はいくつもあるが、ただそれをリストアップするよりリアルタイムでこの場を経験してきた人々の口から直接語ってもらうことにしよう。数ヶ月に渡り、このイベントのキーパーソンの何人かに話しをきいてきた。これが彼らの目撃した、Blue Noteの<Metalheadz>だ。

 

 

Doc Scott: 94年、ドラムンベースをやってる奴らなんて少数だった。その頃ラガ・ジャングルが流行ってたんだ。

 

DJ Lee: 正直言うと、当時俺たちはラガ・ジャングル・サウンドが大嫌いだったんだ。

 

Loxy: メインストリームなものがすごく人気だった

 

Doc Scott: その年、DJギグをやって最悪の思いをしたのを覚えているよ。

 

Loxy: しかし当時もっと実験的な音楽をやってる奴らもいた。俺はKemistryとStormと同じラジオ番組でプレイしていてね。

 

Storm: こういう音楽を作っている人達とコンタクトをとるようになった。そして、「あなたの音楽がダンスフロアでかかってないのよね」って話をした。Photek、Source Direct、Digital、Wax Doctor、Alex Reece・・・こういった人達と繋がって、つるむようになったわ。

 

Goldie: 音楽を作ってるやつらが集まって音楽を楽しめる空間が作りたいと思うようになったんだ。

 

Storm: それで、Kemistryと私で95年にレーベルを始めた。Goldieはその時レコード会社と契約してて、忙しそうだった。 クラブイベントをやることは以前から私たちの夢だった。だから良い場所はないかと探していたら、Blue Noteのほうからアプローチされた。日曜日の夜で5週間のトライアル枠だった。

 

Dillinja: 俺は「日曜日?それはちょっと変じゃねーか?」と思ったよ。

 

Storm: Kemistry と私が最初にレイヴに通うようになったころよくやってたのは、まず木曜日にRageに行って、金曜日にはコヴェントリーにあるAmnesia Houseに行く。そして土曜日は休んで、日曜日にロンドンのGray’s Inn RoadにあるSolarisというクラブで遊んで週末を締めくくってた。

 

Bailey: イベントを日曜日にやるのはリスキーだと思った。何せ、皆月曜日に仕事があるわけだから。

 

Ink: どうなるかわからなくて、多少の不安があった。実際、最初の10回ぐらいはそんなに人が入ってなかったよ。Goldieがフロアでブレイクダンスしてたのを覚えてるけど、そんな事ができるスペースがあったって訳だ。

 

Justyce: 遊びに行ったとき、客が5人ぐらいしか居なかったよ。(笑)

 

Goldie: イベントをスタートして12、15回目ぐらいまでは、ガランとしていた。あまり人が入らなくて、「俺たちは間違っていたのか」と考えてしまったよ。

 

Storm: 最初の晩、Fabioがもうすぐで死ぬとこだったの。DJブースの上にはパイプがあったんだが、あんなに水滴が垂れてくるとは思ってなかった。タンテや機材が濡れまくって。次の週、パイプを覆ったわ。Fabioが感電して死んだら残念だからね!(笑)

 

Fabio: あまり設備の整った空間では無かったんだ。(笑)水漏れはするし、ヒビは入ってるし。洞窟に居る気分だった。

 

DJ Lee: Blue Noteでプレイしたあと、具合が悪くならなかったのが驚きだよ。

 

Fabio: レコードにどんどん水滴が落ちて、DJするのが困難になる時もあった。

 

Ink: あの悪名高きパイプか。最悪だったよ。ブースでシャワーを浴びてるみたいだった。

 

Fabio: Metalheadzがイベントを始めた4ヶ月前に、俺はSpeedというパーティーを始めていたんだが、この2つのイベントの内容はとても違った。Speedはウエストエンドのクラブとドラムンベース・パーティーの融合といったものだったが、Blue Noteはホクストンにあった。ダーティーでアンダーグラウンドだったし、照明も暗くて抑制されていた。Speedは照明も明るかったし、全く違う雰囲気のイベントだったよ。

 

Photek: ロンドンのイーストエンドにあるホクストンという町は、当時荒廃していたんだ。最近、ホクストンがリッチな町になったことを取り上げている記事を見たんだが、昔どれだけ廃れていたかを表すために俺とGoldieの写真が使われていた。(笑)

 

Grooverider: <Metalheadz>がBlue NoteでレジデントDJを務めるまで、ホクストン広場という場所があった事すら知らなかった。(笑)

 

Ink: これはショーディッチに人が増えてお洒落な町になる前のことだ。

 

Goldie: 寂れた何も無い場所だったよ。Blue Noteがあって、広場があって、そのぐらいしかなかった。何も無い場所のど真ん中にクラブがあるだけさ。しかし、そんなクラブでも何か惹かれるものがあった。何か感じるものがあったんだ。

 

Storm: とても親密な雰囲気のクラブだったわ。天井がとても低くて、ベースが反響してあまり逃げないから全身で浴びることができた。

 

Doc Scott: Goldieが興奮しすぎて飛び跳ねちゃう時なんて、天井に頭をぶつけそうだったよ。

 

DJ Lee: DJブースはとにかく小さかった。特に、Grooveriderが16個もレコードボックスを持って来た時なんかはね。動くスペースすらない。そして観客はすぐ目の前に居るんだ。

 

Storm: 手を伸ばしたらDJに触れられるほど、MCの人の横に立てるほど距離が近かった。

 

Cleveland Watkiss: ステージはなかった。

 

Storm: 「俺がDJだ」みたいな偉そうな雰囲気は誰にもなくて、客も「こんばんは。Stormさんですよね?」みたいに、気さくに話しかけてくれた。客とDJの間に隔たりが無かったわ。誰でも居心地良くなれる空間にしたかったの。

 

Bailey: しかし調子に乗る人も居なかった。勝手にレコードをリワインドしようとする馬鹿もいなかったし。

 

Photek: GoldieはDJがやろうとしていることを無視して、勝手にレコードをリワインドしたりしたけどな。(笑)半分の人は、彼がそれをやるところを見たくて遊びに来たんだと思う。

 

Fabio: 結局、日曜日にやったのは大正解だったんだ。早めに始まって早めに終わるからだ。

 

Loxy: 日曜日の夜に集まって、疲れを癒してリラックスできるイベントにしよう、ってなったんだ。実際にリラックスできたかどうかは解らないがね。7時に始まって、夜中の12時頃に終わるんだ。日曜日のそういったイベントは珍しかった。似た者同士が集まってファミリーになれるような空間だった。

 

Fabio: 日曜日だとパーティー好きのレイヴァー達が来なくて、純粋に音楽が好きな人たちが集まるんだ。

 

 

Doc Scott: イギリスの他のクラブで金曜日や土曜日にプレイしたとしたら、あまり過激すぎるプレイはできなかったりするけど、ここでは過激さを抑える必要は一切無かったんだ。

 

DJ Lee: まず木曜日にSpeedでギグをやって、金曜日と土曜日には4、5回ぐらいDJした。だから日曜日になるころにはすでに1週間に5、6回DJした後だから、自然と、まだかけてないような曲、あるいは他のパーティーではかけられなかったような曲をかけたくなるんだ。ここではディープなプレイをすることができた。

 

Cleveland Watkiss: 俺は教会と呼んでいたよ。

 

Fabio: 確かに教会に通ってる気分だった。

 

DJ Lee: DJをしない時も、ほぼ毎週遊びに来ていたよ。美味しいジャマイカ料理が食べられるんだ。

 

Randall: 土曜日とか日曜日の昼間、ずっと遊んでた人には特に嬉しい食べ物を売ってたね。

 

Storm: Goldieが、西インド料理が作れる人を呼んでいたわ。

 

Justyce: 日曜日はジャマイカ人にとってヤードフード・デイなんだ。

 

Storm: カレー、ヤギ肉、米と豆。

 

Goldie: そして2階にはボードゲームが置いてあった。チェスとかバックギャモンとか。

 

Storm: 彼が最初にそれを言った時、私たちは「Goldie!ドラムンベースの人達がボードゲームで遊ぶわけないわよ!」って言ったけど、実際遊んでる人はいた!それで中に入りたい人は下に降りてくるの。

 

Doc Scott: 俺にとって、Blue Note時代の最も印象的な思い出は、 DJの視点で言わせてもらうと、Grooveriderが生まれ変わった瞬間を目の当たりにしたことだと思うね。少なくとも俺たちから見て、それまで彼は迷走していた。皆彼に憧れていたけど、彼は商業的な音楽をプレイするようになってしまっていた。そんな彼が最初にBlue Noteでプレイしたときは、歴史的な瞬間だったよ。

 

Grooverider: 最初にプレイした時は、すごく良い思い出だ。

 

Doc Scott: きっと彼自身はあの時期の活動を楽しんでいたとは思うんだけど、俺からしてみれば、Blue Noteでひさしぶりにちゃんとしたドラムンベースのセットをプレイしているのを見て、昔の彼に戻っていて・・・

 

DJ Lee: GrooveriderのBlue Noteでの初プレイは凄かった。俺が持ってる曲もかけていたけど、彼のかけ方が凄くて・・・

 

Fabio: 完全に彼の独壇場になっていたね。

 

Photek: Grooveriderがあの空間を統制する総理大臣みたいだった。

 

Doc Scott: Blue Noteでのプレイは、彼のキャリアベストだと思う。

 

Fabio: 俺たちは皆脇役だったよ。Grooveが完全に主役だった。毎週素晴らしいセットを披露していた。

 

 

Doc Scott: 今でも鮮明に覚えてる。GrooveriderがAdam Fの“Metropolis”を持って来たとき、ヤバいブツを仕入れて来たんだなってすぐに解った。顔に書いてあったよ。

 

Fabio: Grooveが初めて“Metropolis”をかけた時・・・

 

Doc Scott: 彼のセットの最初の曲としてかけていたけど、結局トータルで7、8回かけていたと思う。

 

Bailey: Doc ScottとGrooveriderの2人が出てる晩は、毎回ヤバかった。彼等はいつも相手よりもヤバい曲をかけようとライバル心を燃やしていたからね。

 

Fabio: DJは皆Goldieに認められたかった。フレッシュなブツを持たずに出向くわけにはいかなかったし、ミスも許されなかった。失敗すれば客のバッシングを受けるし。

 

Goldie: 俺はDJたちに電話して、闘争心を掻き立てたりした。「クソヤバい曲を期待してるぜ」ってな。電話して、とつぜん新しい曲の16小節とか聞かせて、向こうは「なんだ、何が起きてるんだ?」ってなって。「俺をおちょくってるのかよ?」って言ってくる。すると俺はこう返す。「日曜日を楽しみにしてろよ!」「Scottyと話たか?」「いや」「Leeとは話した?」「いや。彼もヤバいブツを仕込んでるらしいぜ」「マジで?詳しく教えてくれよ」「いやいや。日曜日まで待つんだな!」あの場所でヤバい曲を聞き過ぎて、脳がイカれると思ったよ。

 

 

Storm: 誰が一番変なトラックをかけるか、あるいは誰の曲をかけた時に一番客が寄って来て「その曲誰?」と訊かれるか、DJの間で賭けたりしてたね。

 

Marley Marl: イベントはどんどん人気になっていって、早く着いてないと入れなくなっていった。

 

Storm: オープンは7時で、7時15分、7時半頃にはもうパンパンだった。

 

DJ Lee: 当時ラガ・ジャングルがビッグだったから、他のクラブでは俺たちみたいなDJはセカンドルームのヘッドライナー扱いだった。だから、Blue Noteでこんなにもドラムンベース好きが集まるとは・・・今時のインターネット・オタクみたいだったよ。客がどうやってあんなに詳しくなってるのか解らなかった。俺とEd Rushとの電話の会話でも盗聴してるのかって思ったぐらいさ。曲をかけたら30秒ぐらいで誰の曲か解ってしまうんだ。

 

Goldie: 例えばPhotekと会話していて、とあるカンフー映画に使われてるスネアの話なんかしている時に、とつぜん会話が止まってかかってる曲に聴き入ったりした。べつに失礼とは誰も思わなかったよ。「そうだな、これはしっかり聴きたくなるよな」って暗黙の了解さ。

 

Grooverider: SpeedやRageとはまったく違うバイブスだった。誤解しないでもらいたいが、そういったイベントにも音楽に対する情熱は感じられた。しかし、<Metalheadz>の領域には達さなかった。<Metalheadz>のイベントは音楽に対してストイックだった。誰か一人がその晩の主役になるんじゃなくて、常に音楽が主役だった。

 

Marley Marl: 世界中の人々が遊びに来ていた。海外では巨大レイヴだと思われていたらしいね。3000人とかの規模の巨大パーティーだと。

 

Grooverider: キャパは最大でせいぜい200人だった。

 

Dillinja: とにかく細長い空間だった。幅は15 メートル、奥行きは50メートルぐらいかな?全然広くはなかった。

 

Marley Marl: その小さいスペースに多くの人達がいて、天井も低かったから、音が密集して引き締まっていた。それは間違いなく利点だった。これはとてもテクニカルな音楽だから、しっかりとした環境で聴くべきなんだ。

 

Loxy: 壁を覆うサイズのサウンドシステムだった。 Eskimo Noiseが手がけたんだ。 あの時代の最高峰のサウンドだったよ。

 

Cleveland Watkiss: 音質向上を科学的に追求していた70年代に育った俺から言わせてもらうと、あそこのサウンドシステムは70年代のハイエンドオーディオを思い出させるクオリティだった。部屋の大きさも丁度あのシステムにとって最適だった。

 

Bailey: このイベントは最初から実験的だった。Goldieはルーツである<Reinforced Records>で培ったものを<Metalheadz>に持ち込んだ。そして観客はとても注意深かった。曲に少しでも変化を加えたら気づいてくれて、盛り上がった。リスナーとして素晴らしい人達が多かった。派手な展開とかよりも、音でディープな情景を描くことのほうが重要だった。

 

Dillinja: 音楽がメインで、あまりMCがいなかったのも良かった点だ。他のイベントではやたらたくさんMCがいて、音楽が聴き辛かった。

 

DJ Lee: そういうのは嫌いだったね。ミックスに集中しようとしてるのに、ウザいMCがベラベラ喋りやがるんだ。

 

Dillinja: 誰かがMCをやっていたとしたら、あくまで音楽の引き立て役に徹した。Cleveland Watkissはたまに歌ったりもしたね。

 

Cleveland Watkiss: 最初の晩、俺はGoldieに「車の中にマイクがあるんだけど、とって来ようか?」と訊いたら、「いや、いいよ」と言われた。しかしそれから1時間後ぐらいに、彼に「マイクを取りに行ってくれ」と言われた。後は知っての通りさ。(笑)

 

Grooverider: このイベントのMCは他と違った。司会っぽい立ち位置で、延々リリックを歌うような人達じゃなかった。あくまで音楽がメインだ。

 

Storm: 最初、Clevelandは不安そうだったの。「何を言えばいいのかな。こんなことやった事無いから」って彼が言っていた。でもMCを実際にやってみて自分のスタイルを見つけていったんだと思う。彼はヘッドマイクをつけて、観客側に立っていた。目の前にいるから、客も普通に話しかけてた。面白い話をしたし、楽しいジョークも飛ばした。

 

Justyce: Clevelandは独特だった。歌っぽいこともやったし、皆とは違う角度でMCを努めた。

 

Loxy: Clevelandは元々ジャズシンガーだから、彼みたいな人がこういうビーツで歌っているのは新鮮だったんだ。

 

Goldie: ジャングルが流行った頃、レゲエとかのリバイバルがあった。しかしこういった音楽はやっぱりMCが主役だ。MCのために音楽があるって感じだったが、俺は「おいおい、ちょっと待て。音楽にも独自のソウルがある。MCがわざわざ言葉にしなくても、伝わるものはあるんだ」って思ってたよ。

 

Peshay: 彼のMCは音楽を引き立てて、音楽の邪魔をしなかった。

 

Cleveland Watkiss: Justyceも独自のスタイルをもった素晴らしいMCだった。彼が前半を担当して、俺が後半を担当したりした。

 

Photek: 別に皆MCが嫌いだった訳ではないんだが、MCが居ない場所があっても良いと思った。何せ皆じっくり音楽に聴き入ってるんだ。MCが客を煽ったり、曲の解説をしたりする必要は無かった。ここは、プロデューサー達が集まって、自身の音楽を腕利きのDJにかけてもらえる神聖な場所だったんだ。

 

Justyce: 音楽が良すぎて、体全体で浴びたかったね。

 

Cleveland Watkiss: あの驚く感覚が好きだった。音に圧倒されて、何がおきてるのかわからないような。

 

Justyce: MCが主役だったことはない。あくまで、音楽が主役だ。

 

 

Dillinja: 客もプロデューサーばかりで、みんな斬新なドラムンベースが聴きたくて来ていた。Source Directも来ていたね。

 

Goldie: ああ、そうだ。Source Directも来ていた。いつもどっか角に潜んでるんだ。

 

Dillinja: Photekが俺のお気に入りのプロデューサーだった。

 

Fabio: Photekは科学者みたいだった。ブレイクを構築することに関して天才だ。

 

Doc Scott: Blue Noteに行った後は、スタジオに戻って制作したくなったね。Photekから曲をもらうことは誰でもできるけど、俺が作った曲は俺しか持ってない。そういう風に考えるようになったんだ。そういう想いがあって、 “Shadow Boxing”という曲が出来た。

 

Photek: 初めてフィルターがかかったブレイクビートを聴いたのもここだった。たしかDillinjaだったと思う。ローパスフィルターがかかったブレイクビートを聴いて、衝撃を受けたよ。エレクトロニック・ミュージック史に残る歴史的な出来事がこの場所でいくつも起こった。

 

 

Justyce: Dillinjaが最も注目を浴びてた気がする。Lemon DもPhotekもヤバかったけど、Dillinjaはエッジの効いたサウンドでスピーカーを揺らしていたよ。そして彼のベース。彼のようなベースが作れる人はいなかったね。

 

Ink: Dillinjaのビーツは、頭がもぎ取れるんじゃないかと思うぐらい強烈だったぜ。

 

Doc Scott: 新しいDillinjaの曲を持っていて、客がそれを欲していると解っている時の快感を超えるものは無かったね。

 

Dillinja: 一週間ずっと曲を作って、GrooveriderやFabioに渡すんだ。そんでクラブに出向いて曲の鳴りをチェックする。そして他の人の曲を聴いてインスピレーションを受けるんだ。バトルみたいで楽しかった。競争心が掻き立てられたし、最高だった。

 

Photek: お互いの曲を良く聴いていたから、もし少しでも違うエディットのバージョンを誰かがかけていたら、すぐに気づいたね。

 

Peshay: ここでは最新のダークで、凶暴で、ファンキーなチューンが聴けた。

 

Loxy: 新曲を披露するのに最適な場所になった。<Prototype>とか、<Virus>、<Good Looking>の初期作品なんかが最初にここでかかった。ディープでエクスペリメンタルなアーティストが聴きたかったら、ここに来れば最新のが聴けた。

 

Goldie: アセテート盤の臭いが充満していたよ。あの臭いで香水が作られたぐらいだ。[フランス人のなまりで]「ブルー・ノート。アセテートノカオリノフラグランス」なんてな。(笑)

 

Ink: 当時、ダブプレートを切る場所といったらMusic Houseだった。

 

Randall: DJの溜まり場になっていたよ。あちこちからDJがやってくるんだ。チルして音楽について話して、ダブをカットして、新しい曲を聴いたりしていた。

 

Ink: シーンの心臓部だった。

 

Fabio: カッティングの聖域だ。

 

Grooverider: Music Houseは出会いの場でもあった。ただ人と会うために来る人もいたし。DJを一目見るためにレイヴァー達が来ていたりもした。

 

Photek: プロデューサー達がMusic Houseの外で並んで待ってるんだ。ドラムンベースのグラミー賞か何かみたいだったよ。

 

Bailey: だいたい毎回こんな流れだった。まず、長いこと待ってようやく誰かから曲をもらう。DATを持ってMusic Houseに行ってカットしてもらう。その時俺より知名度のあるDJなんかがその曲を聴いて、プロデューサーに電話するんだ。「なんであの曲カットしてるんだ?」そんで、いつの間にかそのDJも同じ曲の盤を回してたりする。

 

Ink: Music Houseで流れてる曲を聴いて、すぐに電話してる奴らがたくさん居たよ。どうにか手に入れたくてね。

 

Storm: 私はいつも誰よりも早くMusic Houseに行ってた。(笑)そしてKemistryと私、2人居るわけだから、1人がカッティングをしてもらってる間、もう1人が外で人と話をして中に入らないようにすることができた。そういう戦略でやっていたわ。(笑)

 

Doc Scott: 皆が帰った後、Music HouseのPaulにカットをお願いしたのを覚えてるよ。その日の最後にやるようお願いして、次の日の朝に取りに行ったんだ。そうすることで誰にも聴かれないようにした。(笑)今思うと俺たちは子供っぽかった。

 

Photek: 秘密結社みたいだった。大まじめだよ。イルミナティみたいな集団意識があって、誰が輪に入る事ができるかどうかを見極めてた。ダサいやつは門前払いさ。(笑)

 

Fabio: そのうちMusic HouseはDJがプレートをカットしてもらう場所というよりは、他の奴らの武器を盗む場所になった。深夜とか誰もいない時間に来る奴が増えて来た。午前3時とかに来るんだ。

 

Photek: プロデュースしてた人達はみんなMusic Houseでプレートを切ってもらっていたから、皆お互いの曲を聴いてしまう。だから俺はすぐにMetropolisという場所にDATを持っていって、Stuart Hawkesにカッティングしてもらうようになった。あるいはたくさんあった場合は一部屋自分で使えたんだ。その分お金がかかるが、やる価値はあったね。

 

Goldie: 俺は誰も行かないような時間にMetropolisに行ってStuartにカットしてもらってたね。

 

Fabio: 当時ポップチューンとかをやっていたCopymastersのエンジニアを調べて、その人達に金を払って夜遅くに特別にカッティングをしてもらったりしたよ。内緒で夜にやってもらった。クレイジーだったね。

 

Doc Scott: Grooveが“Metropolis”をやった時、MasterpieceかCopymastersの仕事だなって解った。彼がプレートをタンテに乗せた時に思ったよ。

 

Grooverider: DJとして当然だろう?努力しなくちゃな。

 

Justyce: Peshayの復活プレイは素晴らしかった。

 

Photek: Peshayは長い事病気だったんだ

 

Peshay: 1年半ぐらい休養していたんだが、95年ぐらいに良くなって、Goldieにカムバックセットをやらないかと言われた。

 

Fabio: Peshayがカムバックを果たした夜は、凄かった。

 

Peshay: 当時、Photekと良く喋っていて仲が良かった。彼は2週間で8曲ぐらい作ってくれて、どれも素晴らしかった。

 

Photek: 皆彼のために曲を作ったんだ。

 

Fabio: Peshayが ひさしぶりにMetalheadzに戻ってきたら、すでにGrooveのホームになっていた。しかし彼はPhotekとか他のプロデューサーのあまり知られてないダブを持って来ていた。その頃、誰も知らない曲で1時間半プレイするなんて相当大変な事だった。Grooveなら出来たが、それは彼なら当たり前だったからね。

 

Doc Scott: あの夜は凄かったね。

 

DJ Lee: Peshayのカムバック・ナイトは皆来てたよ。皆だ。

 

Photek: あれほどヤバいDJセットは聴いた事無かったね。

 

Fabio: 俺にとっても今まで聴いた中でベストプレイの1つだったし、誰にとってもそうだったと思う。皆、「やべぇな。自分のプレイを見直さないと」って思いながら帰ったに違いない。あの時を境に、「よし、今後は他の奴らに自分がやってることがバレないようにしよう。他の場所でカットしに行こう」と皆思うようになっただろうね。

 

Ink: あと、Loxyがオープンからクローズまで1人で回した時があったな。

 

DJ Lee: このイベントのDJ陣は3つか、4つぐらいの階級に別れていて、Loxyみたいな若手はオープンDJで・・・

 

Ink: 俺たち若手はイベントのオープニングを任されていた。たまに中盤の役目をやらせてもらえる時もあったけどね。(笑)

 

Loxy: 俺はいつも通りオープンDJをやったんだが、その晩の他のDJが全員具合が悪かったか間に合わなかったでいなくて、結局クローズまで俺が回したんだ。Blue Noteで一晩中回したのは俺だけじゃないかな。

 

Storm: 私にとって印象深いのは、Goldieが『Timeless』でゴールドディスクを獲得した時。私とKemiとDoc ScottとGrooveriderのためにも作ってもらって、私たちにくれたの。私たちの仲間が大ブレイクして、皆凄くうれしかったわ。

 

Fabio: Goldieはダンスミュージック界のスターになった。アンダーグラウンドの奴らは皆、彼がスターになる逸材だったことは知っていたけどな。

 

Photek: その頃、ドラムンベースが流行り出して、世界中の人々が遊びに来たんだ。Carl Craigとか、R&S RecordsのRenaatも来ていた。エレクトロニック・ミュージック界のパイオニア達だ。更に、BjörkやDavid Bowieも居た。Cleveland Watkiss: 信じられないような有名人が来ていたよ。

 

Loxy: Lauryn Hill。Fabio: Boy George。

 

Loxy: Kate Moss。

 

Grooverider: Robbie Williams。

 

Doc Scott: Noel Gallagher。

 

Bailey: Scary Spice。

 

Grooverider: ある時プレイしていて、ふと前を見たらMel Bが踊りまくっていた。

 

Storm: GoldieとBjörkは付き合っていて、彼女は夕食の後よく遊びに来ていた。

 

Goldie: 有名人御用達のクラブとかでは全然無かった。しかしそれでも有名人が多く来る時期はあったね。しかしここに来ると、みんな普通の人になるんだ。他の奴らも有名人を見て「へぇ、そう」って感じだった。

 

Storm: 初めてDillinjaが来た時、とある男性が床にひざまづいたのを覚えてる。Karlは「おいおい、よしてくれよ」って感じだったわね。(笑)David Bowieが来た時は、彼の取り巻きは「Davidがフロアに行ったらパニックになるだろう」とか不安そうにしていたけど、私たちは「David Bowieなんて誰も気にも留めないよ」って言った。せいぜい、「昨日俺David Bowieの横で踊ってたんだぜ」って次の日に話すぐらいでしょう。しかしもしDillinjaがフロアに足を踏み入れようものなら、客は「あ!Dillinjaだ!」って沸き上がる。「あ!Photekだ!」ってね。彼等が私たちにとってのスターだった。

 

Bailey: これは究極のUKアンダーグラウンド・ミュージックだった。唯一無二だ。比類の無い、最もエッジーでエクスペリメンタルな音楽だった。

 

Fabio: <Metalheadz>のディスコグラフィを見てみれば、このレーベルを代表する曲はどれもBlue Note時代に出た作品だということが解る。

 

 

Cleveland Watkiss: 色々な要素が上手く重なって最高な結果になったんだと思う。ドラムンベースも文化として定着しだして、DJもどんどん名声を手にしていた。

 

Fabio: 全てが新しかったんだ。それがどれほどエキサイティングなことか。今まで聴いた事がないもの、やったことがないものに出会うあの気持ちが。

 

Photek: 今でも人々が集まって、自分のトラックをプレイして聴いてもうコミュニティはある。LAにはSMOGやLow End Theoryがあって、そういった場所はクリエイティビティを育む。しかし昔と比べて今のほうが新しいことをやるのは難しいと思うね。俺たちは本当に斬新なことをしていた。テクノロジーの進歩のおかげで色々なことができたけど、まだ誰でも参加できるほど敷居は低くなかったから、一定のクオリティが保たれた。そういった状況がまた訪れるかどうか解らない。きっとまた来ると思うが、それはどういう状況か想像もつかないね。

 

Goldie: 俺は常に誤解されて生きて来た。人に誤解されて、見捨てられて来た。Blue Noteはそんな俺にとって家族だった。毎週会いたい人たちだ。

 

Storm: 毎週、私たちは笑顔で、「ワオ。私たちは凄いことを成し遂げてるんだ。Goldieが望んでいたファミリーが実現してる」って思ってたわ。

 

Fabio: 強烈な経験だった。27年間DJやってて、あのクラブでの時間が一番濃厚だった。夜の12時になってイベントが終わると、世界が終わったような脱力感があったよ。疲労がハンパなかった。

 

Storm: あれは・・・とにかく終わって欲しくなかった。

 

Goldie: Blue NoteのオーナーのEddie Pillerが、あの場所を売る決断をしたんだ。議会が閉鎖させようとしていると話していた。俺たちがその決断に抗議する余地はなかった。

 

DJ Lee: それは良かった事だろうと思うよ。あのまま続けていても、あの勢いをキープできたとは思えない。あの勢いのおかげで伝説になったんだから。

 

Storm: Blue Note以降も、他の場所で同じようなことをやってみようとして、ロンドンで続けてみたけど、やっぱり同じではなかった。私とKemiは、初めてちょっと涙ぐんでいたと思う。

 

Justyce: 当時のプレイをレコーディングしたテープを聴けば雰囲気を少し味わえるけど、それはあくまで一部だ。全てを体験したければあの空間に居るしか無かった。

 

DJ Lee: 月並みな表現だけど、とにかくあの場に居なかったら解らない事なんだ。

 

Goldie: 今でもあの場所の匂いを覚えているよ。今でもだ。塩っぽくてコバルトブルーというか。焦げた木みたいな。解るかな?(笑)若干焦げた木みたいな匂いだ。

 

Doc Scott: ドラムンベースが世界を席巻するほど人気になった大きな理由の1つが、Blue Noteだった。ヨーロッパ、アメリカ、日本、様々な人々が海外から来ていた。きっとドラムンベースなんてそれまで聴いた事なかったけど、このクラブに行くべきだと勧められて行った人も少なくなかっただろう。今でも俺は世界を回っていて、あのイベントに行った、あるいはあのイベントに影響されたイベントに行った、などと色んな人に話しかけられるんだ。

 

Storm: 私も世界中の至る所で、「僕、Blue Noteに行ってました」って言われるわね。

 

Marley Marl: あのイベントのおかげで世界のあちこちに行く事ができた。

 

Doc Scott: サンディエゴとかオークランドとか各地からBlue Noteに来ていて、そういう人達にブッキングされて海外に行くようになったんだ。このイベントと、もちろん他のイベントの成功も重なって、ドラムンベースはただのUKの、ロンドンのシーンではなくなったんだ。

 

Goldie: あの空間に居た時、たまに「20年後、この時のことを振り返ってるのかな」って考えてた。周りの音が静かになって、俺は「この時のことをどんな風に思い出すんだろうか」って想像を巡らすんだ。俺だけ別の場所にいるみたいな、そんな気持ちだ。解るかな?今、ここに座ってあの場所がどういう場所だったかを説明しているこの瞬間を、その当時想像してたんだ。

 

Image credit: Header - Gus Coral