五月 19

菊地成孔:パブリック・レクチャー

原雅明がインタビュアーをつとめた菊地成孔のパブリック・レクチャーの全貌

2015年4月26日、京都府京都市の京都市美術館にて、ジャンル横断的な音楽 / 著述活動で知られる菊地成孔を講師に迎えたパブリック・レクチャーが開かれた。これは京都市で開催されている大規模な現代芸術の国際展「PARASOPHIA: 京都国際現代芸術祭2015」とRed Bull Music Academyのコラボレーションによるレクチャー。インタビュアーは音楽レーベルやインターネットラジオ「dublab.jp」の主宰など、多岐に渡って活躍する音楽評論家、原雅明がつとめた。

 

 

 

レクチャーのテーマになったのは、PARASOPHIAに出展されている、アフリカ系カナダ人映像作家であるスタン・ダグラスの映像作品「Luanda-Kinshasa」(ルアンダ・キンシャサ)。マイルス・デイヴィスのアルバム、「オン・ザ・コーナー」を題材に、架空のセッションを収めた6時間あまりの映像作品だ。この作品をキーに、マイルスについての著作や講義を行う菊地成孔がマイルス・デイヴィスを語った。

原:それでは今からRBMAレクチャーを始めます。今日はゲストに菊地成孔さんをお招きしております。

 

菊地:よろしくお願いします。

 

原:よろしくお願いします。私は司会進行を努めます、ライターの原雅明と申します。

 

菊地:菊地成孔です。ああいうインスタレーションは、そもそも座って6時間観ることは前提にしていないと思うんですよね。6時間のあいだの数十分間だけ見て、また美術館内をグルグル回って、もう一回見てみたら違うことやっていた、みたいな見方になるでしょう。昔からよくありました。ウォーホルみたいに、めちゃくちゃ長尺な映像とかですね。

 

まあ、ウォーホルは劇場用の映画も撮りましたが。映画のように最初から最後まで観るものではなく、この作品は観た人の記憶を断片化するようなものですよね。会場の皆さんはもうご覧になってますよね?(注:会場からまばらな反応)え、まだ?すごいかわいそうですね、スタン・ダグラス(笑)。

 

 

原:いちおう説明した方がいいですかね?

 

菊地:いやいや、だったら、一応どころじゃない。最初から説明しないとだめだわ(笑)。<全員観た人が来てるから解説をしてくれ>って言われて来たんだけど、これじゃ話にならないですよね。なんのために見に来たんですか、みなさん(笑)。ただ私のファンで会いたいってだけの人は、私の顔見て、うっとりしながら寝ていてください(笑)。

 

原:YouTubeにさわりの映像があがっているので見てもらってもいいですし。

 

菊地:いや、そりゃそうなんだけど、全然話が違うじゃないですか(笑)。「菊地さん、京都はすごいですよ。クリエイターの人が100人来るんで。ゴリゴリの人たちが、作品も見て、自分の感想持ってきているんで。ぜんぜん油断できないんで。大学の講堂にあがってるつもりでガチガチでやってください」って言われて来たんですけど、これファンの集いじゃないですか(笑)おまえら帰れもう(笑・会場も苦笑)。

 

原:この「ルアンダ=キンシャサ」は「オン・ザ・コーナー」の録音……。

 

菊地:っていうか、これもう、「オン・ザ・コーナー」の説明からしたほうがいいんじゃないのかな(笑)。えーと、マイルス・デイヴィスの72年の作品で「オン・ザ・コーナー」ってアルバムがありまして。さすがにそれは知ってますよね、全員ね。有名なアルバムですが、帝王と呼ばれたマイルス・デイヴィスの全作品の中で最も売れなかった作品です。

 

原:ビルボードのチャートで100位いかなかったんですよね。

 

菊地:いかなかった。マイルスの「死後の再評価」は、生前売れなかった物が多いんですが、これが一番コケたアルバムで、21世紀までダメ扱いでしたね。マイルス自身は若い人たちに売る気満々だったんです。今でこそジャジー・ヒップホップの先駆であり、ファンク・ヒップホップ・ジャズの先駆と言われたアルバムなんですけど。

 

原:オリジナルのアルバムがリリースされたのは72年ですね。「ルアンダ・キンシャサ」は、それから2年後の74年に行われた設定の、架空のセッションを収めた映像作品です。「オン・ザ・コーナー」が成功した設定で、当時のマイルスが使っていたニューヨークにあるコロンビア30番街スタジオの内部を完全に再現して、ミュージシャンを呼んでセッションをさせたんです。楽器も当時のもので、ビンテージのマイクを使ったり、出演者の人の服装も70年代風にしています。実際には「オン・ザ・コーナー」は全く売れなくて、マイルスはかなり落ち込んだと思われるんですけど。

 

菊地:マイルスは74年あたりからだんだん具合が悪くなって、76年には完全に引退します。だから72年は結構具合悪いですね。この作品はまあ、シュミュレーショニズムのコンセプチュアルアートで、音楽監修は所謂「いまジャズ」の中枢人物だし、演奏者もみんな現役。マイルスと共演歴もあるベニー・モウピンもいます。

 

あのう、スタン・ダグラスっていうアーティストは、いまちょっと流行っていうか、「アフロ・アメリカン」ではなくて「アフロ・カナディアン」っていうのかな、アフリカルーツのカナダ人ですよ確か。ちょっと前に話題になった「ニグロと疲れずにセックスする方法」っていう小説を書いたダニー・ラフェリエールとかね。

 

なんで、アフリカンルーツ感覚があるんですね。んで、一方、ジャズとアフリカ音楽を結びつけた功労者の1人にマヌ・ディバンゴっていうアフリカのサックス奏者がいるんです。邦題「ソウル・パワー」っていう、有名なモハメドアリの「キンシャサの奇跡」と呼ばれる試合に合わせて行われる予定だった、アフリカ在住のミュージシャンと、アメリカ在住のアフロ・アメリカンが共演する「ザイール74」っていうフェスの記録映画があるんですが、それに出ています。後の、ユッスー・ンドゥールやサリフ・ケイタのように、家の出が良くてグリオの一族で、すごく上手な歌をワールドミュージックブームの頃に出して世界的なスターになったような人たちとはちょっと違うんだけど、アフロ・ジャズ・フュージョンの功労者ですよ。だからきっと英雄なのね、ディバンゴは、スタン・ダグラスにとって。

 

 

それで、<あの「オン・ザ・コーナー」が売れて、その勢いで、あのマヌ・ディバンゴと、あのマイルスが出会っていたら>という設定なんです。実際にディバンゴとマイルスは会うことはなかったので、まあ、マンガのストーリーっていうか、ルパン対ホームズっていうか、中学生の夢想ですよね(笑)。政治的な意図とか、美術的なコンテクストとか、一応調べたんだけど一切何もない(笑)。そこが良いんだと思う。アートとしては。

 

それで、「教会」と呼ばれた、天井の高い、伝説のCBSのスタジオをセットで完全再現して。音質的な再現というよりも、洋服やヘッドフォンのように、目で見えるものの時代考証をがっちり行って、架空というか妄想のセッションを作品にしたと。

 

原:ジャズ・ピアニストのジェイソン・モランが参加しています。ロバート・グラスパーよりも前からブルーノートと契約しているジャズ・ピアニストの最先端の一人ですね。彼があごひげを生やした変装姿でオルガンを弾いているんですよ。

 

菊地:ジェイソン・モランも超いい調子で<70年代のファンキーなジャズミュージシャン>って感じで、ちょっと笑うぐらいの変装してやっているんですけど。

 

原:ただし、マイルス本人、というかトランペットを吹く人がいない。

 

菊地:そう。なぜかというと、「オン・ザ・コーナー」の段階で、マイルスは交通事故とか糖尿病とかですごい具合が悪くって、トランペットを吹いていなかったんです。レコーディング直前にポルシェで突っ込んで両足折って顔面に酷い挫傷くらったりしてね。「オン・ザ・コーナー」はダンスミュージックなのに、作った本人はダンスどころか立てないんですよ。ダンスミュージックといえば普通はリーダーがスタジオで踊っているものなのに、マイルスはスタジオで松葉杖付いて座ってた。どういうダンスミュージックなんだよって(笑)。

 

原:ジェームス・ブラウンとスライ・ストーンに影響されて作ったのに、本人は全然腰を動かせなかったという。

 

菊地:家が金持ちだった本人が得意だったのは社交ダンスだった(笑)。それはともかく、まずはアートの側から言うと、今まだその言葉が生きているかわかりませんが、さっき言った様にシミュレーショニズムですよね。まあ、ジェフ・クーンズみたいなものもシミュレーショニズムとした場合、この作品はだいぶ無邪気な気がしないでもないですけど。<架空のバンドの演奏>を動画のインスタレーションにするという。要するにシミュレーショニズムの素材にジャズバンドを、使ったということで、コンセプチュアルには、さっき言った通りですね。

 

ライヴじゃなくてレコーディング風景を入れたかったという。妄想されたミッシング・レコーディングですね。あのう、分りづらいと思いますが、これ、あくまで「レコーディング風景」の動画アートで、レコーディングされてないんですよね。音楽作品として発売される訳ではない、ついでに言えば、映画として劇場公開も前提になってないんです。純然たるコンセプチュアルなシュミュレーショニズムのアートですね。そういうモンにスポンサーが付いて。お金が出て、なんと実現してしまうという。

 

原:でももしジェイソン・モラン自身がこういうことをやろうとしてもお金が出ないでしょうね。

 

菊地:絶対無理ですよ(笑)。アートと音楽産業の違いですよ(笑)。

 

インスピレーションをかきたてるマイルス

 

 

菊地:とはいえマイルスっていうのは、特にモダンアーティスト、シミュレーショニズムをやる人たちの夢想を掻き立てる力がすごいありますね。けっこうハッタリっていうか、ミスティフィケーション、自己神格化という、いかに自分がヤバイ奴という風に見せる振る舞いがうまい人。うまいっていうか天然の能力ですけどね。ワタシ、代表と大喧嘩したんですけど、コンテンポラリー・ダンスの大御所、「ローザス」がマイルスの「ビッチェズ・ブリュー」を使った公演があって、酷かったの(笑)。でも代表である(アンヌ・テレサ・ドゥ・)ケースマイケルっていう天才コレオグラファーは、うっとりとマイルスの話ししてましたね。あるのよ、アートの人を「たらす」能力が(笑)。

 

「このアルバムはジェームス・ブラウン、スライ&ザ・ファミリー・ストーン、さらにシュトックハウゼンの影響を受けている」と言ってのけるわけで。そんなの聞くだけでワクワクしてきちゃいますよね。マイルス自体が中2なんですよ。そもそも現代音楽とブラック・ミュージックが結びつくのって構造的な必然ですから。デトロイト・テクノのようにね。でも70年代の段階で、ファンキーブラザーがシュトックハウゼンっていうのはそうとうなカマしだった。シュトックハウゼン要員のためにイギリスからポール・バックマスターっていう、チェリスト兼アレンジャーを呼んでるんですけど、この人、「オン・ザ・コーナー」では何も弾いてないし、クレジットは「アドヴァイザー」なの(笑)、そうした逸話だけでも十分刺激されるわけです。原さんはこの作品を見てどうでした?

 

原:一時間ぐらい見たんですよ。そうしたら、一時間経ったら割と同じものが出てくる。広報の人に伺ったら、一時間ぐらいでループするようになっているらしいんですよ。

 

菊地:なるほど。演奏部分の素材は一時間なんだ。解説含め全部で6時間と聞いてましたが。

 

原:うまく編集してある感じですよね。ただ「オン・ザ・コーナー」の猥雑な感じはない。アフロ・ビートって言ってるけど、全くアフロ・ビートじゃない。なんかすごくスッキリしてるファンクという感じで。

 

菊地:ぎりぎりディスコですよ。

 

原:あれは何なんだろうって逆に思ったんですけどね。

 

菊地:ジェイソン・モランが居ながらにしてねえ。どうしたんだろうな。だいぶシンプルでスッキリした演奏であることには間違いない。服もコスプレだからピカピカだし。

 

原:暑苦しい感じがないですね。

 

菊地:原さんがおっしゃったように、極端にいうと似ても似つかない演奏ですよね。全然スムースでリズムもシンプルで、別にアフロでもなんでもない。これも微妙な問題だけど、アフロ・ジャズとかアフロ・ビートって呼ばれているものが、ポリリズムだと思うとそうでもない。普通に8ビートや16ビートをやっているのが多かったりしてね。特に都市部の人は。

 

原:マヌ・ディバンゴなんて、ディスコですもんね。

 

菊地:おそらくアフリカの人って、こっちがアフリカの財産だと思っているドゥンドゥンバみたいなストリートの粘りつくようなビートを、我々における盆踊りみたいに、ちょっと恥ずかしい伝統だと思っているフシがあって。むしろアメリカ風の16ファンクとか8ビートができるのがカッコイイと思っているフシが七割ぐらいある。だから、アフリカ音楽の粘っこい部分がドカンと入っているバンドは、日本でいうと祭り囃しが入っているロックバンドみたいなことになって。そんなのはやりたくないという、アフリカの人の心理的な事情があると思うんですけど。

 

原:アフロ・ビートをやってるバンドってあるじゃないですか。アフリカじゃなくて、日本とか欧米のバンド。

 

菊地:ありますね。大阪とかに、フェラクティ・スタイルのバンドとか、まあ、アメリカの「アンティバラス」とかですね。

 

原:どうしても画一化してしまうところがありますよね。ビートが。

 

菊地:だからアフロ・ビートを忠実にやりたいと思えば思うほど、ビートは普通にファンクになるんですよね。で、アフロ・ビートの特徴であるホーン・セクション、スカなんかにも関係してくる話ですが、ファンクのホーン・セクションというのはジェームス・ブラウンのJBホーンズに代表される、後ろで楔を入れるようなパパパッていうのが多いんだけど、アフロ・ビートの方はもっと前にいる。サルサには「コロカンタ(注:Coro-Canta コーラスとボーカル)」っていうのがありますね。歌があってコーラスが回していく。アフロではその役割をブラスが持っているという違いです。

 

だから思い切ってフュージョンの中にアフリカのクロス・リズムの構造を入れると、逆にアフリカに見えないという、いわゆるねじれ現象が起こる。それがまさしく私がやっているDCPRGなんですが(笑)。民族衣装を来て8ビートやってるほうが、アフロ・ビートに見えるっていう。クロス・リズムとかポリリズムを平然と演奏していてもアフロとも言われないし。その代わり、ワウオルガンを入れるとマイルスの真似だって言われちゃう。いかに日本人が表層しか観ていないかという(笑)。ラーメンのトッピングだけ喰ってる人たちですよ(笑)。

 

そんな中、ジェイソン・モランともあろうと人がこの作品では何をしているのかという。どれくらいスタン・ダグラスのディレクションが入ったかわからないですけど。

 

原:今の話を聞くと、ジェイソン・モランも普通にアフロ・ビートをしたくなかったっていうのがあったんでしょうかね。

 

菊地:どうなんでしょうね。心中図るに難しいですよね。

 

原:ジェイソン・モランもインタビューしたことがあって。ヒップホップを通過している人ですからアフリカ・バンバータのカバーとかやっているんですけど、いわゆるビートを入れないじゃないですか。淡々と弾いている。どうして?って聞いてみると「あれはバンバータとジョン・ケージをかけているコンセプトだから」なんて言うんですよ(笑)。

 

菊地:一緒ですよね(笑)。

 

原:そういうのが流れているんですかね。

 

菊地:まあー、そうですね。カラードのストリート・ミュージックに現代音楽をくっつけると、ちょっとすげえぞっていう箔の付かせ方が当時はバンバン通用したっていう。別に悪い演奏ではないですけど、普通に緩いですよね。

 

ほんとうの「オン・ザ・コーナー」は戦場だった

 

 

菊地:実際の「オン・ザ・コーナー」現場は戦場みたいに混乱していましたから。インタビューがいっぱい残ってる。ミュージシャンの言っていることだから、まあ、全部を信用していいかは別ですけど。サックスのデイヴ・リーブマンが話す有名な逸話は、演奏中に電話で呼ばれたっていう。家でくつろいでたら母親が「電話よ」って言うんで出たと、そしたらセッションが後ろで鳴ってて、マイルスが「今から来い」って言ってるから急いで車に乗って行った。慌てて入ったけど、モニターのヘッドフォンを貸してもらえなかったので、音がまったく聴こえないまま、ベースの奴の指使いを見てキーを決めて吹いたっていう。もういいか?もういいか?って顔をしたら「帰れ」って言われて帰ったって。そんなことばっかりですよ。

 

先ほど「オン・ザ・コーナー」ではマイルスはトランペットを吹かなかったと言いましたが、実際はちょっと吹いてる。当時コロンビアの上層部から、「マイルスのアルバムなのに、マイルスが吹いていない」というクレームがテオ・マセロ(マイルス・デイヴィスのプロデューサー)に来て、その時に彼の錬金術が発揮されたんです。糖尿と骨折と顔面挫傷でボロボロだったマイルスが試し吹きした「パラッ」っていう音をサンプリングして。サンプリングって言っても当時サンプラーがないから数ミリのテープを4小節に一回貼っていくっていう。それで、会社の上層部に「マイルスは4小節に一度吹いています」って言って通した。元祖サンプリングソースなわけです。本人なのに(笑)。そうやって録音され散らかされた、まとまりがないダメセッションを編集した。現在のジャズが編集芸術になった始まりでもありますね。

 

今では当たり前ですけど当時じゃありえないですよ。当時の編集は演奏の傷を隠す、修正技術みたいな物で、それを大々的に制作の根本に置いた。膨大なセッションテープにテオ・マセロの天才のハサミっていうかメスが入ったことで謎の名盤になったってことですね。それが前提なんです。今でいうとリミックス盤ですかね。皆さんもぜひ「オン・ザ・コーナー」聴いてください。実質上二曲しか入っていません。是非一曲目を聴いて欲しい。いかに禍々しいジャンクアートか。それでいかに「ルアンダ=キンシャサ」がスムースかっていうものの差を感じて欲しい。2年後の設定とはいえ、あんなにスムースになるわけがないだろう。「オン・ザ・コーナー」は、ファンク・ミュージックの中のジャンク・ファンクというかクズセッションを集めたアルバムであると。それを10年以上前に私が結成したDCPRGにつながっている。宣伝で申し訳ありませんけど(笑)、5月にアルバムが出ますんで。毎回、なかなかいいんで。

 

原:DCPRGのアルバムでは、菊地さんは編集などの手を加えるんですか?

 

菊地:今回のDCPRGはね、もうマイルス、テオ・マセロの線を捨てました。私はそもそも演奏してないですから。サルサのコロカンタをやってますよ。アルバムのタイトルは「フランツ・カフカのサウスアメリカ」で、カフカの「アメリカ」って小説を南アメリカに変えたんですね。こちらもよろしかったらお聴きいただきたいんですけど。我々のみならず、ローファイな音源を元ネタにした人々というのは、長い間ずっと、マイルスのノイジー、クズ感ジャンク感というのを現代のテクノロジーでやっていたんです。ビンテージ機材とか古いアンプを使うとか、小さな抵抗を試みても、結局クラブのいい音で再生しちゃうとハイファイになっちゃう。低音もバチンバチンで効いちゃうから「オン・ザ・コーナー」の音になるわけない。マイルスのアルバムに詰めこまれていたノイジーな部分を生演奏で再現するのは本当に難しいんです。

 

だからその時に私が取った方法は、演奏者ひとりひとりのメトロノームを全部別にして、同時に演奏するっていうことです。そうすると、丁寧に演奏しても、リズム状の雑味と言うか、クリアなノイズが生じる(笑)。マイルスの70年代のノイズを現代的に掬い取るためにやったんですけど、批評的にも消費的にも届かず。自分がやってることの方がよっぽどモダンアートでシミュレーショニズムだと思うんですけどね。音楽家が音楽のシミュレーショニズムになるっていうのが。アート的に観ると、クラインの壺、ウロボロスみたいな話ですけど。

 

原:「オン・ザ・コーナー」だと、ビートのところをずらしていますよね。ドラムのところは。

 

菊地:っていうか、ワントゥスリーフォーって来ている音楽の2拍半をカットしているんですよね。頭から始まらずに、3拍目の裏から始まっている。誰もがそこが頭だと思うので、そのまま聴いていると奇妙な感じがするんですけど、何だろなー?ってしばらく聴いていると、だんだん合ってくるの。そのタイミングが人によって違う。かなりのアイデアですよね。

 

また、演奏が始まると、すぐにゴーストでソプラノサックスのソロが聴こえるんですよ。つまりそのゴーストっていうのは、ソロを録音した時に漏れちゃった音がドラムとかに被っているんですね。これなんだろう?って聴いていると、実体が現れる。つまり全体を映画の様に編集しているからなんですけど。原さんから指摘があったようにビートをずらしたり、マイルスのトランペットを上層部に通すために各所各所に貼ったり、まあ本当に超一流ミュージシャンのセッションのテープを、玩具化っていうかおもちゃ化している。自分で新聞の切り抜きから貼り絵アートを作ったものが全然売れなかったんですよね。その代わり今再評価されているわけで。

 

マイルスのエピゴーネンをやるということ

 

 

原:マイルスが再評価されたのっていつ頃ですか?クラブジャズとか、その流れですか?ドラム&ベースとか?

 

菊地:90年代、ドラム&ベースでしょうね。デトロイト・テクノからドラム&ベースの時代……。「オン・ザ・コーナー」をヒップホップの源流って言いたがる人がいるんですけど、あんまりヒップホップっぽくない。普通にファンクですし、後の「ゲットアップ・ウイズ・イット」の有名な「レイテッドX」の方が露骨にドラム&ベースやハードコアテクノに近いですよね。

 

原:ヒップホップというのは編集、エディットってところでは?

 

菊地:「オン・ザ・コーナー」はそうですね。構造的に、レコーディングアートとしてヒップホップの側面を持っていますけど。あと、録り音が悪くて、そもそもがヴァイナルのネタに聴こえる(笑)。音楽的に言うと、とくにUKのクラブの人たちが「リアルジャズ」というと踊れるハードバップを指すじゃないですか。だけどデトロイト・テクノのような混沌がリアルジャズに欲しいと思った時に、彼らが掛けられるのがフリージャズかサン・ラしかなくて。その時に彼らが「エレクトリック・マイルス」を見つけて、踊れるわノイジーだわってなったのが90年代じゃないですかね。私が前から構想していたDCPRGをやるために、初めてメンバー呼んでスタジオ入ったのが99年なんですよ。その時ちょうどね、ロンドンのどっかで、「今日もなんとかってDJがパンゲア掛けてましたよ」って言われて。「パンゲア来てるんだ」って思った。911すらない、ノストラダムスが怖かった懐かしい時代ですよ。それぐらいじゃないですか。ただ、日本のDJは掛けていたのかはわからない。

 

原:ないとは言いきれないですが、あまり知らないですよね。

 

菊地:絶無に近いんじゃないかな。彼らはクラブジャズに結実していく。もうちょっと虫の湧いていない清潔なやつ。マイルスにはエロい格好をした女の子は来ないけど、クラブジャズなら来る。フロアの華やかさが違う。「オン・ザ・コーナー」掛けてるとヤバい人しかいなくなっちゃうんで(笑)。日本だとウチらみたいな追従者というか、構造的に研究して発展させようっていう人が少ないんで。例えば、ローリング・ストーンズのエピゴーネンをやったところで、目立ちもしないじゃないですか、誰でもやるから。各県の高校に一バンドづつあるでしょう。ある時期のビートルズのエピゴーネンだって何も言われないけど、70年代マイルスのエピゴーネンってやろうと思ってもなかなか出来ないの。汚しのかけ方が難しいから。譜面だけとって再現しても、全然汚れていないから。揺れていないし、ガチャってないから。よっぽどトレーニングするか、作曲の段階で汚れる構造を含ませないと、汚れてくれないんですよね。

 

DCPRGではそこまでがんばって、シミュレーショニズムみたいにやった。でもやると「単なるマイルスの真似」って言われちゃう。他にエピゴーネンがいないし、マイルス好きな人は入り込んでいる人が多いから、「お前殺す」みたいなメールが当時いっぱい来ましたね。パッと斜め聴きして、「何今更70年代のマイルスやってるんだ、クソ」って。ただ単に駄目というのではなく、怒りに近いです。聖典にイタズラに触れたみたいな反応で、おかげでネットで打たれることに慣れっこになった(笑)。世界的にも類がないんじゃないですか。マイルスの汚しをやろうとして、ある程度成功した人って。私の知る限りない。例えば「ザ・ヘリオセントリクス」は70年代マイルス・バンドっぽいと言われるけど、あれは端正な変拍子ファンクの演奏の上に、現代シンセサイザーのノイズがビュワーって乗っているわけで。ノイズの感じが違う。気持ちはすごく分かるんですけどね。マイルスの汚しの部分が欲しいっていうのは。そういう意味で、「ルアンダ=キンシャサ」のシミュレーショニズムは、アフロ・ビートっていう、かなり清潔な音楽との邂逅はあった、という設定にしてもスッキリしすぎっていうのがありますよね。アフロ・ビート自体がすごいすっきりしているから。変わった作品ですよね。とはいえ、これアルバムが出るとかじゃなし、映画館で上映されるわけじゃないですよね。

 

原:すごいですよね。お金の掛け方が違いますよ。

 

菊地:もう資本主義が死ぬというのに(笑)。なんでアーティストの人たちは、タニマチっていうか。ウマいんだろうね、きっと。「ルアンダ=キンシャサ」は絵的にはゴダールの有名な映画「ワン・プラス・ワン」に似てますね。ストーンズの「悪魔を憐れむ歌」のレコーディングに、ゴダールがベタ付きしたやつです。映画的な記憶を引っ張っていてきてもしょうがないですけど、おそらく同じ時代のスタジオでパーテーションやマイクが似ているっていうのが大きいと思うけど。でもスタン・ダグラスはアメリカ合衆国のアフロ・アメリカンほどヒドい目にあっていないのかな?と思いますよね。こんなのんきなシミュレーション・アートをやっているわけですから、金持ちですよ。アメリカのストリートで麻薬を売ったり、ピストルを持っている黒人とはぜんぜん違う。

 

自分の出自からマヌ・ディバンゴをヒーローに設定して、マイルスと邂逅させた。だけどそこにマイルスはいない。アート的に<主人公不在>ってかきたてるもんねえ(笑)。一体この作品は何のために作ったんだろうなと思うんですよ。現代美術に対してそんなこと言うのもひどい話ですけど(笑)。

 

 

 

原:菊地さんも、アート作品として出すというのはないんですか?

 

菊地:アートなんて死んでもやんないですよ。もうなんていうか、木戸銭しか貰わないですね。アートっていうのは、結局木戸銭が取れないですから、チャージでやる仕事じゃないから、アートはパトロネージに金をもらうしかないじゃないですか。資本主義が死んでいると言いましたけど、資本主義が死にかけているからこそですけど、もう一回パトロネージを復活させようっていうので、ネットでアーティストにワンクリックずつパトロネージするみたいなことをやっていたり。資本を売上の形態じゃなくて、パトロネージの形態にする。それは一部中世に戻るっていうことでしょうね。

 

原:ドネーションでやろうとしているのもそうでしょうね。Kickstarterなんかがそうでしょうし。

 

菊地:私どなたもパトロンになってくれないので(笑)。

 

原:いや、パトロンいるんじゃないですか?

 

菊地:金貸せ、パトロンになってくれとは言われますけど(笑)。パトロンに付いてもらって作品作りたいとか別にないですね。「オン・ザ・コーナー」ではマイルスの切実な叫びがあって。タイトルは、要するにブロックパーティと同じで、街の角のことです。ジャケットの絵が表す通り、街角でブロックパーティをやっていて、踊っていたりバスケットをやってたり、Bボーイというかヘッズたちに自分の音楽を届けたかった。でも届けるもなにも、自分はセレブの上に足折ってますからね。全然届かなかった。ただまあ、その時届かなかったのが、夢の大遠投になって今沢山の人に届いているっていうストーリーですよ。マイルス的に言えばね。私もその時のマイルスと同じ気持ちです、って言ったら凄すぎますけど、私は木戸銭を取りたいです。売れなくなったら落ちぶれてっていう、普通の芸能のあり方の中にいたいんですけどね。まあ、芸能のあり方も相当厳しくなっているので、音楽の不法アップロードとか、フリー化の話になってきちゃいますけど。ユーザーが音楽ソースはお金を払って買うものじゃないって思い始めているっていう。その話になったらキリないので。私よりそのことに切実に向かい合っている人がいると思うので。

 

 

原:…もうそろそろお時間になってしまうので、会場の方から菊地さんへの質問を募集しましょう。折角の機会なので、今日の話じゃなくてもいいんですけど。

 

菊地:今日の話しましょうよ。いちおうレクチャーなんだから。

 

原:菊地さんに何か訊きたいことがあったら。挙手をしてください。

 

菊地:原さんでもいいですよ。

 

参加者:レッドブルのサイトに掲載されている菊地さんの文章の中で、90年代の当時のジャズDJ仕切りの現場にプレイヤーの方が行ってきたら、毎回「いやあジャズDJに会って刺激をもらったよ」ということはなくて、「なんだあのDJってやつはぶっ殺してやる」ってなっちゃうんだと書かれていました。プレイヤーの人たちは、どういうことに怒っていたんですか?

 

菊地:ジャズDJの人はプレイヤーをものスゴくリスペクトしているので、現場でクソ扱いされたとかじゃないんですよ。ただ、DJはBPM以外、コードもスケールも何もわからないんですね。まず第一に、何百テイクと録らされる。ジャズ・ミュージシャン同士におけるOKテイクの基準は、「フレーズが噛んだ」とかリテラシーがあって、コンセンサスがあるからそんなにやらなくて済むんです。でもDJのOKを待ってると、ものすごく時間がかかってめちゃめちゃ疲れるわけ。

 

音楽はスポーツではないですけど、アスリート的に例えるならば、アスリート同士だからはっきりOKの基準がわかるんですよ。つまりそのボクサーがボクシングを見ていると「今のパンチが良かった」ってわかる。ツーカーって奴ですよ。

 

ところが全くわからない人が聴いて、逆に過剰にありがたがって、2、3回演奏して「すごいの録れました」って帰してくれる日もあるんだけど。どっちかなんですよ。一発で終わっちゃう時は、生演奏の素晴らしさにDJが圧倒されちゃって「わーやべー、ありがとうございました」って帰らされちゃう。「俺もっと出来るのに」って思っているのにレコードになっちゃうわけ。

 

あるいは逆に、充分良いのが出てるのに延々とやらされたり。DJには全然悪気がないし、ジャズプレイヤーもそんな気持ちになったということを仲間である私にぶつけているだけで。私もずいぶん行きましたけど、思ったことはまあ「ぶっ殺す」ですよね(笑)。本当に悪気はないんだけど、もう疲れて適当にやっちゃった奴を「面白い」とか言われてレコードにされちゃう。

 

最初の頃は、うんまあ、異業種の間で話すのも楽しいと思うんだけど、8小節に4時間5時間になってくると「うーん、最後のところが納得出来ない」なんて言われると「死ね」って思い始めるんですよね(笑)。要するに、出来上りの問題とか現場での扱いではなく、ディレクションする側される側という関係性でしょう。昔の音楽のプロデューサーはプレイヤーあがりだったり、楽譜が読める人が多かったから、ちゃんとアスリートの審査員として「いまの演奏はこうだった」って、プレイヤーも納得する説明をしてくれたんだけど。そういうような齟齬が幸福に行かなかったっていうのが実際の感じですけども。凄く頭が良くて誠実な人とかは「オレが今やってる事はオレのプレイじゃなくて、単なるサンプリング素材の提供だから、オレの名前をプレイヤーとして出さないでくれ」っていう人もいました。

 

参加者:ありがとうございます。

 

原:じゃあ、もうそろそろお時間になりましたので、皆さんありがとうざいました。菊地さんもありがとうございました。

 

菊地:お疲れ様でした。