九月 08

Mike Paradinas on “Expert Knob Twiddlers”

Planet Muを率いるMike Paradinasが、20年ぶりにリイシューされたAphex Twinとのコラボレーションアルバムについて当時の思い出と共に振り返った。

By Shawn Reynaldo

 

エレクトロニック・ミュージックのエクスペリメンタルな領域において、Planet Muよりも大きな存在感を放つレーベルは少ない。1995年にMike Paradinasによって立ち上げられたこのレーベルは、その長い歴史を通じてParadinasのµ-Ziq名義での作品群をはじめ、Venetian Snares、Luke Vibert、Vex’d、Pinch、Neil Landsrumm、FaltyDL、Ital、RP Booなどのユニークな作品群などを定期的にリリースしており、レフトフィールド・サウンドの主力レーベルのひとつに数えられてきた。しかし、Planet Mu以前のParadinasは、Aphex TwinのレーベルRephlexから作品をリリースしており、1996年には、Mike & Rich名義で、Aphex Twinとのコラボレーションアルバムもリリースしている。そして、それから20年が経過した2016年、このコラボレーションアルバムに新曲を追加したリイシュー盤がPlanet Muからリリースされた。今回はそれを記念して、Mike Paradinasのがアルバム制作に至った経緯、そして再発した理由などについて語ったRBMA Radioのインタビューの一部を紹介する。

 

今になってアルバムを再発した理由は?

 

奇妙に思えるかも知れないけど、今になってAphex Twinが再発の許可をしてくれたんだ。しばらく前から頼んでいたんだけど、ようやく「ああ、いいぜ」って言ってくれたのさ。その返事をしてくれたのは彼が『Syro』をリリースした直後だったと思う。長年シーンから離れていたのに、いきなり再発に興味を持ち出したんだ。元々、『Expert Knob Twiddlers』はデジタルリリースを考えていた。Rephlexが活動を終えて、権利関係が自由になったからね。でも、Richardが新曲を追加して、アナログレコードでテープやTシャツを付けてリリースするというアイディアを出してきたんだ。

 

あなたはAphex Twinとは昔から知り合いですし、このアルバムも制作は1994年に行われています。Aphex Twinとの出会いについて教えてください。

 

僕も彼もキングストン大学に通っていた。彼は電気工学を学んでいて、僕は建築を学んでいた。1990年から1991年の頃は、音楽に興味を持っている人が周りに沢山いたんだ。(少なくともロンドンでは)レイヴシーンが絶好調で、ローカルのレコードショップからは面白い音楽が次々と生まれていた。そんな時、友人のHal Udell(彼はClear Recordingsを主宰していた)が他のキャンパスにすごく面白い音楽を作っている奴がいると教えてもらったんだ。それで彼の存在を初めて知ったんだ。僕がまだ4トラックのレコーダーで制作をしていて、コンピュータも持っていなかった頃の話さ。

 

僕が自分のデモをHalに渡した直後に、Aphex Twinの「Analogue Bubblebath 1」と「Analogue Bubblebath 2」がリリースされたんだ。ローカルのレコードショップには「ローカルアーティスト:Aphex Twin」と書かれていて、聴いた僕はすぐに夢中になった。実際に彼と初めて出会ったのは、ロンドンのクラブKnowledgeだった。僕のデモについて彼と電話で話したあと、そこで会おうって話になったんだけど、彼からは「ドラムをもっとタイトにするべきだね」なんてアドバイスをもらった。1992年頃だったと思う。

 

 

その頃、彼にライバル心を感じたことはありませんでしたか?

 

今でも他のプロデューサーと話をする時は、自分の中にライバル心が芽生えるのを感じるし、1990年代初期のような、似たような音楽を作ろうとしている小さなサークルの中にいる場合は特にそうさ。だから、もちろんAphex Twinに対してもライバル心を感じていたよ。お互い、UKが誇りに思えるようなエレクトロニック・ミュージックを作ろうとしていたからね。デトロイトテクノの真似をしたフロア直球型のトラックを作るのではなくてね。

 

コラボレーションしようという話に至った経緯は?

 

彼と出会ってから数年経ってからだった。Rephlexから僕の作品がリリースされたあとの話だね。僕の作品がリリースされるまでは1年近くかかった。今となってはそこまで酷い話じゃないし、僕もレーベルをやっているから、その難しさは分かっているけど、当時は頭にきていたね。とにかく、そのあとで彼が他の沢山の仲間と一緒にシェアしていたフラットに遊びに行って、色々とレコードを聴いていると、一緒にスタジオに入って共作してみないかって彼に誘われたんだ。

 

最初からアルバムをイメージして制作していたのでしょうか?

 

いや、ただジャムしている感じだった。その頃のRichardは、プロデューサーであろうと、そうでなかろうと、自分が共作したいと思う音楽好きな友人を沢山招き入れていた。制作の経験がなくても気にしていなかったね。

 

『Expert Knob Twiddlers』は様々な方向性の音楽が詰まっていますが、制作中は特定のスタイルやコンセプトをイメージしていたのでしょうか?

 

いや、特になかった。でも、2人共、当時の音楽を沢山聴いていたし、毎日色々なトラックを制作していたよ。僕がRichardに会いに行けば、彼は必ずスタジオに入っていたから、僕は彼のガールフレンドと部屋で話をしながら時間を潰していた。それで30分くらい経って、Atariがクラッシュするか何らかの理由でスタジオから出てくると、「強制終了だ」なんて言っていたね。

 

アルバムを制作するイメージはまったくなかったけど、トラックの数が集まってくると、ややファンキーな方向性に舵を取っていった。1994年頃の音楽は堅苦しい感じで、テクノシーンはかなりシリアスだった。当時はJeff Millsのようなビッグネームが台頭してきた頃で、僕たちはもう少し気楽な音楽をやりたいと思っていたんだ。

 

 

 

 

Aphex Twinとのスタジオ作業はでどんな感じだったのでしょう?

 

役割分担をしていたね。それぞれ得意な部分が違ったから。どう進めていくかについては特に話し合うことはなかった。スタジオに集まって、トラック制作をしただけさ。Richardは細かい指示を出さずに全体をコントロールしていくのが上手かった。パターンを組んだあとで、「あのシンセをここで使って、あとはベースラインを頼むよ」と言ってくる程度だったね。それで僕が何かしらのアイディアを出すと「いいね。録音しよう」と言っていた。あとは2人でレコードを聴いてサンプルを探していたよ。

 

お互いにひとりでスタジオに籠もるのに慣れていたのが、上手く行った理由だと思う。意見をぶつけ合うことは一度もなかった。それぞれが違うバージョンを気に入ったことは何回かあったけど、そういう場合は、他の誰かがマリファナを吸っている共有スペースへ向かって、お互いに好きなバージョンをプレイして、そこにいる人たちの意見を聞きながら、どちらにするかを決めていた。かなりレイドバックした作業だったね。

 

Aphex Twinはミステリアスなアーティストとして知られています。世間が知らない彼の一面があれば教えてください。

 

それは本人が話すことだよ。僕は彼のイメージを壊すつもりはない。彼の腕毛が濃いこと、ちょっと斜視なこと、そして彼だってトイレに行くことなどはみんな知ってると思うし、彼は最高の音楽を作るために全力を注いでいた普通の人間だった。今でも彼は変わらないよ。彼がインタビューで言っていることの大半は本当のことさ。SoundCloundの去年の騒ぎや、彼のこれまでの発言や世間との関わり方、そのすべてが偽りのない彼なんだ。

 

『Expert Knob Twiddlers』を改めて聴き返すと、どんな気持ちになりますか?

 

ノスタルジックだね。制作していた当時のことを思い出すんだ。僕は昔からこのアルバムが気に入っていたし、僕の友人も気に入っていた。でも、リリース当時は、気に入らないっていう人が多かった。特にRichardのファンからは嫌われたから、ちょっと嫌になったね。彼らからは『Expert Knob Twiddlers』はシリアスなアルバムじゃない、こいつらはふざけているんだって思われたんだけど、僕たちはふざけていたわけじゃない。確かに笑える部分もあったけど、でもそこに悪意はなかった。

 

できれば音楽を聴いて感じ取って欲しいんだけど、これは正直で本気の音楽だよ(このふたつの言葉が何を意味するかは個人差があるけどね)。多くの人たちは今でもこのアルバムがAphex TwinとしてのRichard D. Jamesにはフィットしないと言っているけど、元々、これはAphex Twinのアルバムじゃない。これはMike & Richのアルバムだから、完全に違うんだよ。コラボレーションってのはソロとは違う作品を生み出すものだしさ。

 

 

この作品以降、Aphex Twinと一度も共作をしなかった理由は?

 

『Expert Knob Twiddlers』をリリースしてから割とすぐにRichardが引っ越して、僕にも子供がいた。だから、単純にチャンスがなかったんだ。1990年代後半にお互いに連絡をとらなくなったっていうのもある。僕がVirgin Recordsと契約した頃、Richardは僕がRephlexから作品をリリースしていないことにちょっと怒っていたんだよ。もしかすると、それがRichardから二度と誘われなかった理由のひとつなのかも知れない。あとは、当時は色々な業界の政治的な問題があったし、Richardに色々と吹聴する人がいたのかも知れない。実は、当時について本人と色々話したところなんだ。

 

今回のリイシュー盤には新作が7トラック収録されていますが、これらは当時既に完成していてアルバムに収録されなかったトラックなのでしょうか? それとも途中まで仕上がっていたものを今回のタイミングで完成させたトラックなのでしょうか?

 

新しいトラックは1994年の段階で既に完成していたものを最近エディットしたものだけど、エディットした部分はほんの少しだし、当時のままのトラックもあるね。オリジナルに収録されなかった理由は、スタイル的に合わないと判断したか、良いトラックだと思わなかったかのいずれかだ。シンプルな理由だよ。

 

リイシュー盤は音質的にはオリジナルとどこが違いますか?

 

マスタリングが良くなっているね。Richardの『Syro』や最近のWarpのEP群を担当しているマスタリングエンジニアを起用したんだ。Ten Eight Seven MasteringのBeau Thomasだよ(偶然だけど、彼はPlanet Muの作品も手がけている)。Richardがコンプレッサーをはずしたデジタルマスターを持っていて、僕がエディットした。すべてをデジタルで処理したから、オリジナルよりも歪みが少ない。オリジナルでは感じられなかった、クリーンで存在感のあるサウンドに仕上がっているよ。活き活きとしていて、個人的にはすごく音楽的だと思っている。音質に関しては、関わった全員が素晴らしい仕事をしてくれたね。