七月 08

London Music Logos

ロンドンのミュージックシーンを代表するロゴが生まれた背景を探る

By Ali Gitlow

 

以前、RBMAではニューヨークを代表するミュージックロゴの背景に迫る記事を紹介したが、今回はロンドンのエレクトロニック・ミュージックシーンに目を向け、今のこの街を代表するレーベルや団体のグラフィックデザインの背景を紹介していく。

 

 

Boiler Room

ライブストリーミングサイトのBoiler Roomは今やネット上を席巻しており、放送毎に世界中の何万人ものファンが視聴しているが、立ち上げられたのは2010年と比較的最近だ。Boiler Roomの創始者兼CEOのBlaise Belvilleは「僕たちが拠点にしていたウェアハウスの1930年代の暖房室の看板を引きはがして、それをスキャナにかけた。最初の半年間はそのスキャンデータを自分たちのロゴにしていたんだ。こんな形で人気を得ていくなんて思ってもいなかったしね」

 

 

 

“Technicsのスリップマットと『Pure Garage』のロゴを組み合わせたイメージ”

Adam Tickle

 

 

 

その後、よりオフィシャルなロゴのデザインを進めていく中、BelvilleたちはUKパンクバンドのアートワークを手がけていたマンチェスター郊外出身の音楽ファン、Adam Tickleと出会った。招待制だった初期の頃からBoiler Roomに通っていた(本人はGaslamp Killersのロンドン初公演に参加したことを憶えている)Tickleは、Boiler Roomが何を目指しているのかを理解していた。「とはいえ、最初のラフデザインは最近のAphex TwinのアートワークにMS Dosのスタート画面を組み合わせたようなもので、すぐにボツになったけどね」と振り返る本人は、最終デザイン(シンプルな円の中にUnivers 93 Extra Black Extendedのフォントで組んだ名前を配置したもの)を仕上げると、Technicsのスリップマットと『Pure Garage』のロゴを組み合わせたものだとBoiler Roomのスタッフに説明し、これを採用するように説得した。「この組み合わせを考えた人はいなかったと思う」と本人は説明している。

 

Boiler RoomのライブストリーミングはDJがカメラの方向を向き、その背後でオーディエンスが踊るというセットアップで、その更に後方に映像を映せるスペースが残っていた。そこでスタッフは放送中に巨大なプロジェクターを使用することを決め、映像作家のCieron Magatが昔のレイヴ映像にBoiler Roomのロゴを重ねて投影するようになった。現在はクリエイティブエージェンシーHarrimanSteelでデザインディレクターを務めているTickleは、この瞬間にロゴがオリジナルな存在になったと振り返っている。「ロゴが目の前で瞬いていたからみんな無視できなかったんだ。 “ビッグ・ブラザーがあなたを見守っている” みたいな、常に見られているような感覚を与えているのさ」

 

 

Dance Tunnel

 

 

マルチカルチャーを誇るイーストロンドンのダルストン周辺はこの15年間でナイトライフの中心地に成長した。その目抜き通りKingsland Roadには様々なヴェニューが存在するが、その中のひとつが2013年にオープンしたDance Tunnelだ。このヴェニューの入り口として機能している地下へ続く黒いドアには何のサインも書かれていないが、店内にはかの有名なサウンドシステムFunktion-Oneや本格的なスモークマシン、余計な部分を取り除いたライティングが備わっており、Plastic Peopleを目指した音楽第一主義が貫かれている。隣接するピザ屋Voodoo Ray’sと付近にあるレストランバーDalston Superstore(2009年のオープン以来、ダルストン人気に貢献してきた)を経営するDan Beaumontが設立者のひとりとして名を連ねているこのクラブは、Matt Wickingsがブッキングを担当しており、Ostgut Ton、World Unknown、FWD、そしてBeaumontがオーガナイズするゲイテクノパーティーChapter 10などが開催されている。

 

 

 

"クラブへ出掛けるときは、日常から離れるような感覚を得られるべきだ。それをイメージに落とし込みたかった"

Dan Beaumont

 

 

 

オープンから3ヶ月後、Beaumontたちは昔から付き合いのあるフリーランスのアニメーター/グラフィックデザイナーのNick Cobbyに連絡を取り、Dance Tunnelのイメージの制作に取りかかることにした。かつてノッティンガムのパーティで一緒に仕事をした経験から彼らはCobbyのスタイルがDance Tunnelに合うと考えていた。BeaumontはCobbyとVoodoo Ray’sでピザを食べながら、ダーク&コンクリートなヴェニューのバイブスにどこかふざけたカラフルなイメージを組み合わせたものが欲しいと伝えた。詰まるところ、夜遊びは楽しくなければならないというわけだ。Beaumontは「夢のようなイメージ、オルタナティブなアニメ調のクラビング・ユニバースにワープしたようなイメージが欲しかった。ハードではなく、ソフトに何かを伝えてくるようなイメージが欲しかったんだ。Cobbyたちは日本のポップグラフィックや80年代の幾何学的なアートワーク、コミック、サイケなどからインスピレーションを得てアートワークを作成し、言葉は一切入れないという約束をしてくれた。アートワークそのものがアイコンになって欲しいと思っていたからね」と振り返っている。

 

そして、大量のリサーチとラフを経て、Cobbyはレトロ感のある吸い込まれるようなデザインをIllustratorで制作した。「中心に向かっていくようなトンネルヴィジョン(視野狭窄)のイメージが表現されているが、こちら側に光が放たれているようにも見えるし、遠くへ向かうトンネルのようにも見えるイメージさ」とCobbyは説明する。また、このスタイルに様々な色を組み合わせながらDance Tunnelのブランディングとフライヤーにも使用しているCobbyは、このロゴはグレーのような沈んだ色を背景にした時が一番映え、ヴェニューとの華やかなコントラストを生み出すとしている。Beaumontは「クラブという空間はどこか別の場所へみんなを連れて行かなければならない。クラブへ出掛けるときは、日常から離れるような感覚を得られるべきだ。それをイメージに落とし込みたかった」と説明している。

 

 

The Heatwave

Notting Hill Carnivalのようなカリビアンなストリートパーティを年に何回も体験したいと願っているロンドンローカルにとって、The Heatwaveはそのダンスホールと享楽を定期的に提供してくれる存在だ。2003年にDJ GabrielとMC Benjamin Dによって立ち上げられたThe Heatwaveは汗まみれのダンスパーティを通じてロンドンとジャマイカの音楽的な繋がりを強めるためのプロモーションを展開している。フェスティバルでのパーティ以外にもミックステープのリリースや、英国内でクラブナイトHot Wukの開催も行っており、更にはRinse、NTS、BBC 1Xtraのプログラムもホストしている。

 

 

 

"俺たちが本気だってことを伝えるロゴにする必要があった"

Benjamin D

 

 

 

立ち上げ当初、The Heatwaveは、自分たちのロゴをStone Love、Bass Odyssey、Madhouseなど、自分たちが好きなジャマイカン・サウンドシステムのヴィジュアルイメージと同様、自分たちが誇りに思えるものにしたいと思っていた。Benjamin Dは「俺たちには “戦い” の側面があるんだ。ダブプレートを使ったサウンドクラッシュはやらないけど、ダンスホールは競争の激しい世界だ。だから、俺たちのロゴも俺たちが本気だってことを示す必要があった。俺たちは “危険” な存在だ、舐めるんじゃないぜってことを伝えたかったのさ」と説明する。

 

The Heatwaveは2009年にブリストルを拠点に活動するグラフィックデザイナーのAndy Musgraveを迎え入れると(現在MusgraveはThe Heatwaveの音楽面のマネージメントを担当しながら、デザインも手がけている)、イベントフライヤーやミックステープのイメージを色々と試しながら、2012年に方向性を一新し、炎が燃えるイメージを組み込んだ。このロゴはMusgraveがSlab SerifのタイプフェイスClarendonをベースにしてデジタルで描いたものだ。「ヴィジュアルランゲージを拡大するっていうのは俺たちのブランディングにおいて非常に重要だった。タイプシステム、COLORWAY、ページレイアウトのルールなどを変える必要があった」とMusgraveは説明する。The HeatwaveもMusgraveの意見に賛同しており、様々なカラーバリエーションで展開されるこのロゴが、自分たちがクラブやミックステープに持ち込む「Heat(熱)」を上手く表現していると考えている。Benjamin Dは「ジャマイカでは “炎” や “燃やす” に特別な意味がある。バイブスを最高潮まで引き上げてぶちかますってことさ」

 

 

Hotflush

 

 

 

Scubaによって2003年に設立されたHotflushはエレクトロニック・ダンスミュージックの最前線に位置し続けている。長年に渡りシーンからリスペクトされてきたこのレーベルは、Benga、Shackleton、Mount Kimbie、Joy Orbison、そしてScuba本人などによる革新的なリリースを重ねながら、世界各地のダブステップ、ガラージ、ハウス、テクノシーンに大きな影響を与えてきた。そして、10周年を迎えた2013年のタイミングで、このレーベルはヴィジュアルを一新することを決定。マネージャーを務めるJack Haightonは「髪型を新しくするのに最適なタイミングに思えた」と振り返っている。

 

そこでHotflushは、オーガニックとデジタルの融合の可能性を探究しているカナダ生まれ中国育ち、現ニューヨーク在住のアーティスト/グラフィックデザイナーのSougwen Chungにアプローチした。彼女は過去にGhostly International、Tom WaitsなどのアーティストやNikeやJagermaisterなどの企業とも仕事をした経験を持っており、MIT Media Lab(マサチューセッツ工科大学メディアラボ)のArtist & Research Affiliateとしても活動している。ScubaとHaightonは以前からSepalcureの見事なアートワークやライブヴィジュアルに惚れ込んでおり、ロゴのアップデートには彼女しかいないと考えていた。

 

 

 

"音楽系の優秀なロゴはミームのように機能する"

Sougwen Chung

 

 

 

「レーベル名が既にパワフルだし、沢山の意味が含まれていると思ったの。示唆に富んでいて、エモーショナルよね。だからブランディングはその対極に位置するようなものを用意しようって考えたのよ。シャープで飾り気がなくて、数学的でミニマルでクリーン、そしてダークでセクシーなイメージね」と振り返るChungは数学とエレクトロニック・ミュージックに直接的な繋がりを見出しており、Hotflushのロゴでも数学上最も美しいとされる比率、黄金比にインスピレーションを求めた。このロゴのタイプフェイスはBrandon Grotesque(Chungは『力強くエレガントでニュアンスも感じられる』と説明している)で、三角形は手描きをベクターグラフィックで組み上げたものだ。

 

Haightonはこのロゴの力強さと視認度の高さを気に入っており、これまでにレコード、Tシャツ、バッグ、キャップ、そして3Dプリントのブロンズ製ネックレスまでも制作している。Haightonは「幾何学的なデザインは、そこに込められた意味を失うことなくあらゆるパターンとスタイルに当てはめることができる。イメージをそのままに保ちながら、進化もできるんだ」と説明している。また、Chungもその意見に同意しており、音楽系の優秀なロゴはミームのように機能すると考えている。「色々な形でリミックスができるけど、中核となる部分は維持される。意外な形でそのカルチャーに影響を与えていくのよ」

 

 

House of Trax

 

 

House of Traxはジャンルを問わないクラブトラックを安心して楽しめる場所として2012年にスタートした。このパーティを立ち上げたDJ Fools(Benedict Bull)とRushmore(Matthew Thomas)はその2年ほど前にRhythm Talkと呼ばれる同種のパーティを開催していたが、やがてダンスカルチャーをより明確に打ち出したプロジェクトをスタートさせたいと考えるようになった。ニューヨークとシカゴのハウスシーン、ヴォーギングに影響を受けたとしているDJ Foolsは「ドレスアップして、無制限に楽しんでもらいたいって考えたのさ」と説明する。こうして立ち上げられたHouse of Traxは、これまでにMike Q、Venus X、DJ Assault、Spooky、Traxxmanなどを招聘し、ジューク、フットワーク、グライム、ガラージ、ブーティー、ボールルームなどをイーストロンドンの汗まみれの地下に投下してきた。

 

 

 

“自分たちのパーティのパワフルでロウな音楽性がロゴにも反映されるべきだって思ったんだ”

Rushmore

 

 

 

そのパーティのバイブスを反映させるロゴについて、DJ FoolsはシカゴのWarehouseとMusic Boxでかつて使用されていたフライヤーからインスピレーションを得た。「当時のハウスパーティのフライヤーとか、コピー機で印刷したフライヤーとか、急ぎで作ったフライヤーとか、まぁ、大文字でデカく書かれているようなフライヤーさ」と説明するDJ Foolsは、House of TraxのロゴをスクリーントーンのLetrasetを使って作成することにし、タイプフェイスはSans Serif Shadedを使用した。Rushmoreは「自分たちのパーティのパワフルでロウな音楽性がロゴにも反映されるべきだって思ったし、それが上手く表現できたと思うよ」と振り返っている。

 

2016年1月のICAでのパーティでHouse of Traxは4年間の活動を終えた。現在DJ FoolsはDJとして活動しながらUnknown to the Unknownなどのレーベルのアートワークを手がけており、Rushmoreは『FACT』の2015年レーベルベスト10に選ばれたTrax Coutureに専念している。

 

 

NTS

 

 

オンラインラジオのNTSは、ダンスミュージック、ノイズ、ヒップホップなど多種多様な音楽を24時間CMなしで放送することを目的として2011年4月にFemi Adeyemiによって立ち上げられた。スケーターをはじめとするローカルが集うイーストロンドン・ダルストンのカルチャーセンター、Gillet Squareに拠点を置くこのラジオ局は、Four Tet、Floating Points、Throwing Shade、Andrew Weatherall、Micachuなど様々なアーティストがホストを務めており、Henry Rollinsさえも時としてここを「ホーム」と称しているが、同時にマニアックなホストたちによるニッチで奇妙なプログラムも放送されている。このラジオ局はまさに「ミュージックラバーによって作られたミュージックラバーのための」存在と言えるだろう。

 

 

 

"あるプログラムのホストが、NTSのロゴがプリントされたコンドームを作ったんだ。あれは最高だったね"

Shane Connolly

 

 

 

Boiler Roomの立ち上げにも関わったAdeyemiは、当然ながらそのロゴを良く知っていたため、NTSのロゴの制作もAdam Tickleに依頼した。そして、彼ら2人にNTSのクリエイティブ・ディレクターのShane Connollyを加えた3人はトルコ料理を囲みながらどのようなバイブスを与えるべきかについて話し合った。Connollyは「当時はこれといった具体的なアイディアは持っていなかったんだ。当時のNTSは『とにかくやってみよう』というムードだったからね」と振り返っている。また、Tickleは5種類のラフを提出したことを憶えており、「ラフの大半はクリシェなデザインだったね。NTSのロゴの回りに衛星は波形のグラフィックを付け足したようなものだったんだ。彼らが選んだのはその中で一番小さいロゴだった。正しい選択をしたと思うよ」と振り返っている。最終ロゴはCondensed Helveticaを変化させて黒地に白文字で組まれたものだ。TickleはBBCのロゴを参考にしたとしており、その理由を「矩形の中に入れるとベターに見えるからね」と説明している。

 

近年、NTSのロゴはインターネットやクラブのフライヤー、彼らが手がけるトークショーやイベントの現場で頻繁に見かけるようになっている。Connollyは「あるプログラムのホストが、NTSのロゴがプリントされたコンドームを作ったんだ。見かけてきたロゴの中であれが最高だったね」と振り返っているが、TickleはNTSの成功はBoiler Room同様、素晴らしいコンテンツが原因だったと考えている。「Boiler RoomとNTSのロゴは信頼性の証になったんだ。Bolier RoomとNTSのロゴがフライヤーに描かれていれば、グッドパーティになるってことが分かる。結局、みんながパーティに求めているのはそこだしね」

 

 

Phonica

 

 

「クールなセントラルロンドン」の最後の砦と呼べるPhonicaは、音楽マニアに信頼されているショップだ。ソーホーのOxford Streetからやや南に入った場所に位置しているこのショップは、レコード、機材、書籍、衣服などを2003年から扱っており、Simon Rigg(今もマネージャーを務めている)、Heidi、Tom Rellenによって立ち上げられた。オープン前からPhonicaという名前にすることを決めていた3人は、ソーホー周辺の他のショップとは違う、エレクトロニック・ミュージックへの忠誠心を表現できるようなロゴを欲していた。Riggは「当時はKompakt関係がヒットしていたから、僕たちはドイツの輸入盤を大量に仕入れていたんだ」と振り返る。

 

Bauhausのタイプフェイスをベースにして組まれたロゴは、3人の友人であるEd ColemanがLuke Griffinの助けを借りながら制作したものだ。デザイナー/アニメーターとして働いていたColemanはHeidiとTomのフラットメイトで、Colemanが手がけたクラブのフライヤーのファンだったRiggが、Colemanにいくつかアイディアを用意するように頼んだ。Colemanは「グラストンベリーから帰ってきたばかりで夢うつつの状態のまま、デザインブックを沢山用意して、リビングに並べて3日間眺めてインスピレーションを得ようとしたんだ。最初のコンセプトには『五度圏』を考えていたんだけど、ある晩、Lukeと僕で話し合って、方向性を定めたんだ。僕たちは社会構成主義のデザインをヒントにした。具体的にはEl Lissitzkyの作品だね。僕たちは彼のシンプルな幾何学模様が気に入っていたんだ」と振り返っている。

 

2人はPhonicaのコンセプトの中心に置かれていたアナログレコードを表現するために曲線を用い、ターンテーブルのスピンドルを表現するために文字の下に小さな円を配置すると、Griffinがターンテーブルにレコードを置く動きを示唆する直線をその上に配置した。Colemanはあらゆるジャンルの音楽を扱っているPhonicaは幅広い層へアピールする必要があると考えており、ロゴをタイムレスで汎用性の高いものに仕上げようと努力した。

最近、Phonicaはもうひとつのロゴを制作している。Riggが「よりオーガニック」と説明するこのロゴは、Phonica WhiteのレーベルロゴをデザインしたPedro Carvalho de Almeidaが手描きで制作した。Riggは「ふたつのロゴを同時に使用しているんだ。最初のロゴはトラディショナルでエレクトロニック、冷たいイメージを与える。ふたつ目のロゴはオーガニックでレトロ、温かいイメージだ」と説明している。尚、Colemanは現在コンサート映像やドキュメンタリーを手がけており、結局Phonicaのロゴは彼が手がけた唯一のロゴになった。

 

 

Rhythm Section

 

 

隔週で開催されるアナログレコード専門ダンスパーティとして2009年にスタートしたRhythm Sectionは、ごく自然な形で2014年にはレーベル機能も備えるようになった。このパーティ/レーベルは、Boiler Roomで働いた経験を持つ社交的なDJ、Bradley Zeroが運営している。Zeroは同じくBoiler Room出身のCharles DrakefordとNic Taskerと共にクラブナイトPrincipalsも主催している。Rhythm Sectionのパーティはサウスロンドンのペッカムに位置するCanavan’s Pool Clubで開催されており、レーベルとしてはAl Dobson Jr、Local Artist、Chaos in the CBDなどによる素晴らしい作品をリリースしている。

 

オリジナルのロゴは、2009年にZeroがNTSのプログラムを初ホストしたことを記念して自作したものだった。コンセプチュアル・アーティストのBarbara Krugerのダイレクトな作風に影響を受けたZeroは、Adobe Illustratorのクラックバージョンを使用して、Futuraの様々なバージョンを組み合わせながらロゴを制作した。本人はそのロゴについて「内側で重なっている楕円はドラムとリズム、つまり “リズムセクション” を表しているんだ。重なっている部分は調和を表しているのさ」と説明している。Zeroにはデザインを仕事にした経験はなかったが、UCL Slade School of Fine Artで絵画と彫刻を学んだ経験があり、DJ、キュレーター、レーベルオーナー、ヴィジュアルアーティストという自分が手がける様々な仕事をひとつにまとめて考えている。「色々なクリエイティブな仕事があるけど、基本的には同じだってことに気付いたんだ」

 

 

 

"内緒でやってるデトロイトへのオマージュなんだ"

Bradley Zero

 

 

 

時と共にロゴは進化していき、やがて楕円の周囲に「Peckham Strong」と書かれた円が配置された。円の内側にパーティ関連のイメージを盛り込めるようになったため、告知用ポスターの制作が楽になった。「円に書かれている『Peckham Strong』って言葉はMoodymanの『Detroit Strong』から頂いたんだ」とZeroは説明している。デトロイトハウスはRhythm Sectionのパーティのサウンドとバイブスに大きな影響を与えており、このロゴはそこへの敬意を示すために作られたものだったが、今や独り歩きしている。「DJで他の街へ行くと、『Peckham Strong!』って言われるんだけど、ちょっと気まずいよね。これは内緒でやってるデトロイトへのオマージュなんだからさ」

 

 

Rinse

 

 

Rinseは1994年、当時まだ16歳だったDJ Geeneusが海賊ラジオとしてスタートさせた。彼はロンドンで萌芽しつつあったグライムとダブステップを友人たちのベッドルームから何時間にも渡って放送することで、シーンの成長を促していき、2004年にビジネスパートナーとしてSarah Lockhartを迎え入れた。そのLockhartには放送免許を取得して、Rinseを合法のラジオ局にするという明確なヴィジョンがあった。そして、5年という長い戦いのあと、Rinseは遂に合法化された。UKの海賊ラジオ史において合法化が許されたラジオ局は数えるほどしかない。

 

現在もRinseのマネージャーを務めるLockhartはRinseに入った当時、整備されたプロらしいラジオ局にすれば、免許取得に有利に働くと考えていた。それまでのRinseは法的な問題が発生することを恐れていたため、クラブでのパーティやDJのコンピレーション作品を除いて自局のプロモーションができていない状態だったが、Lockhartの努力によって合法化への戦いの準備が整えられていった。その一環として、Lockhartは2006年にGive Up Artという名前のスタジオを率いるグラフィックデザイナーのStuart Hammersleyに新しいロゴの制作を依頼した。彼女はレーベルTempaや、ダブステップパーティのトップに君臨するFWD>>のロゴデザイン(TempaとFWD>>はそれぞれ2000年と2001年に彼女が立ち上げた)をはじめ、数々のフライヤーやレコードデザインに彼を起用した経験があった。Lockhartは「Stuartに『今はただの海賊ラジオ局だけど、放送免許を取得するつもりだし、大きな存在になると思う。だから、その間に色褪せないロゴが欲しいのよ。ロゴ単体で意味を持つような力強いロゴが欲しいの』って伝えたのを憶えているわ」と振り返っている。

 

 

Lockhartのブリーフィングはかなり大雑把なものだったため、Hammersleyは友人のデザイナーJames Edgarの力を借りて、カスタムメイドのフォントを制作した。Rの文字のデザインには「’」が含まれているが、Hammersleyは、これはハッピーなアクシデントだと考えており、「昔から文字だけのアイコンを作りたいと思っていたんだ。だから、円に入っているRはそれぞれの形が上手く組み合わさっているし、OKだと思うよ。ちなみに円はアナログレコードを意味しているんだ。多少後付けなんだけど(笑)」と説明している。尚、彼とRinseのスタッフは白い「R」はどの色の上に配置しても邪魔にならない上に、ブランドもアピールできるという意味で便利だと考えている。「角張った感じだし、他との相性が悪い時もあるけど、それが気に入っているんだ。Rinseっぽいだろ?」

 

LockhartとRinseのスタッフは今もこのロゴのクロスジャンルなイメージが気に入っており、彼女たちはHammersleyをRinseのブランドを守ってくれた人物として感謝している。この「R」のロゴはRinseのイベントを訪れた人たちに強い印象を残しているのだ。Lockhartが説明する。「わたしたちはRinseのイメージ、ブランド、タイポグラフィーに強い思い入れがあるのよ。というのも、わたしたちは自分たちを言葉で説明しないから。『わたしたちって凄いのよ』なんてわざわざ言わないわ。ただコンテンツを提示するだけ。自分たちのヴィジョンとヴィジュアルに頼っているのよ。それだけで様々な情報を得られるようにしなければならないと思っているし、そういう意味ではかなり上手くいったわ」

 

 

Young Turks

 

ロンドン屈指の人気を誇るレーベルのひとつ、Young TurksはXL Recordingsのサブレーベルとして2006年にCaius Pawsonによって立ち上げられた。現在はFKA Twigs、The XX、John Talabot、Sampha、SBTRKTなど、様々なジャンルのトップアーティストが所属している。トルコ帽を被ったヒゲの骸骨というこのレーベルのふざけたロゴのルーツは、Pawsonがレーベルを立ち上げる前に主催していたパーティまで遡る。当時、駆け出しのグラフィックデザイナーだったKate Morossは自分が好きなアーティストやレーベルのデザインを手がけたい一心で、数多くのギグに出掛けていたが、White Heatのパーティに入るために並んでいる時にPawsonと出会うと、初期パーティやレーベルの初のオフィシャルサイトのデザインを担当するようになった。

 

Morossは、ロゴを用意する必要があると考えたPawsonがMySpace上でコンペを開催したことに触れ、「でも、応募してくる人の数が少なかったから、わたしに頼んできたの。一応賞金として100ポンドを受け取ったわ」と振り返っている。その後、Pawsonはトルコ帽を被った骸骨を制作するように彼女に具体的なオファーを出し、Morossはそのオファーに沿ってロゴを制作した。彼女のオリジナルデザインは手描きが元になっていたが、そのあとでIllustratorを使っていくつかの要素を加えながらシンプルなものへと変えていった。また、文字もフォントをベースにして手描きで制作された。当時の彼女のファイルには赤いトルコ帽のバージョンや、トルコ帽ではなく骸骨の横に文字が配置されたバージョンなどが残っている。

 

そのMySpace時代を経て、Morossは現在Studio Morossを経営しており、Disclosure、Jessie Ware、NME、更にはOne Directionなどのアートディレクション、ミュージックビデオ、デザインプロジェクトを手がけているが、自分のルーツであるYoung Turksのロゴは今でも気に入っている。「素晴らしいミュージシャンたちの作品のアートワークの一部にこのロゴが載っているのは嬉しいわ。このレーベルに少しでも参加できたことを誇りに思っているの」