十月 08

Last Night a DJ Saved My Soul

ハウスとテクノと宗教の関係性に迫る

By Aaron Gonsher

 

エレクトロニック・ミュージックは長年に渡り宗教と繋がってきた。そしてその関係性を明確に打ち出してきたDJたちが存在する。今回はRobert Hood、Terrence Parkerなど、自分たちのゴスペルを歌ってきたアーティストたちに話を聞いた。

 

ハウスが登場する前は、ディスコがスピリチュアルな存在だった。ニューヨークの老舗ゲイディスコのひとつとして知られるThe Sanctuaryは俗化されたローマカトリック教会を改装したもので、Paradise Garageの崇拝者たちはLarry Levanの週末のセットを恍惚の表情で「ミサ」と呼び、同性愛者である彼らを除外した教会と、自分たちが暗闇のダンスフロアで結成した新たな種族を直接結びつけていた。また、西海岸では、サンフランシスコのゲイクラブTrocaderoのパーティを引き継ぐ形で、同じくゲイクラブだったEndUpが日曜日の朝6時からアフターパーティを開催していたが、そのパーティ名は「Church」だった。

 

 

ディスコ最盛期には明確な宗教的メッセージが更に増え、当たり前のものになっていった。Donna Summerのデビューアルバム『The Wanderer』は「I Believe in Jesus」というタイトルのトラックで締められており、映画『Saturday Night Fever』では、John Travoltaが演じる主人公がダンスフロアでの自由を見つけると、彼の兄も司祭を辞めるというストーリーになっている。そしてゴスペルグループのClark Sistersは、1981年に「You Brought the Sunshine」がディスコシーンを含めたクロスオーバーヒットを飛ばすと、Studio 54からライブのオファーを受けた(逆にClark SistersがStudio 54のメンバーを教会に招き、パフォーマンスを披露するという形で実現した)。

 

 

 

"シャウトはリズムを意味していた。そしてそのリズムパターンがディスコになった"

Carl Bean

 

 

 

そして主要なアーティストたちも宗教的信条を作品に取り入れはじめ、米国のアンダーグラウンド・クラブシーンにおけるハウスミュージックの作品及び表現方法にその影響がダイレクトに現れるようになっていった。リミックスのパイオニアとして知られるWalter Gibbonsは、1970年代に宗教に傾倒し、ネガティブなメッセージが含まれるトラックのプレイを拒否するようになった。「神にレコードをプレイしてもらうんだ。僕はただの道具にすぎない」と説明していた彼の宗教熱は、自分を仲間から遠ざけることになり、ゴスペル以外をプレイしようとしない彼に対してクラブオーナーが腹を立てることも多かった。

 

自分がゲイであることを公言しているMotownのシンガーCarl Beanも、ゴスペルがディスコに取り込まれていく当時をしっかりと理解しており、2013年に次のように説明している。「(ディスコは)基本的にブラックシャウトのリズムを使っていた。その拍子はペンテコステ派の教会で使われるもので、そこでのシャウトはリズムを意味していた。そしてそのリズムパターンがディスコになっていき、その多くが成功を収めた。多くのシンガーがブラックゴスペルから引き抜かれたのはこれが理由だ」

 

 

 

チャートヒットとなったゲイアンセム「I Was Born This Way」のあと、Beanは自分たちの音楽のスピリチュアルな側面を、叙階式を介して宗教的に明確に体現したアーティストのひとりとなった。エイズ蔓延に対する社会活動に触発された彼は、1985年にUnity Fellowship Church(UFC)を創設し、聖書について学ぶ機会を毎週提供した。UFCの数は今や全米でふた桁を数えており、創設者のBeanは大司教及び高位聖職者の地位に就いている。

 

スピリチュアルなサウンドがディスコシーンで増加していく中、このサウンドは主要なハウスDJたちのDJという仕事の捉え方に精神的な影響を与えた。Marshall Jeffersonは「DJは牧師が進化した存在だ。それぞれ宗教は異なるかも知れないが、音楽と声をコントロールして、精神的な目覚めを生み出すという結果は同じだ」と論じている。また、故Frankie Knucklesは、Kai Fikentsherの著作『You Better Work』の中で、教会をメタファーに用い、自分のDJプレイを次のように説明している。「3000人が目の前にしてプレイする時は、そこに3000人の個性が存在することを意味する。これは教会にいるのと同じなんだ。牧師やゴスペルグループが全開になる前、つまりピークが生まれ始めるタイミングで、空間がひとつになる。それが最高の瞬間なんだ」また、Knucklesはレジデントを務めていたシカゴのWarehouseを「神のご加護を失った人たちのための教会」となぞらえている。

 

 

 

KnucklesやRon Hardy、Tyree CooperたちにプレイされたMr. Fingersの「Can You Feel It」、Rhythm Controllの「My House」、Joe Montanaの「In The Beginning」は、真の創世神話だった。シカゴ在住の牧師T.L Barrett Jr.の作品を母親のレコードコレクションの中から見つけ、その説教の一部を自分のミックスに使用したのが、Cooperだった。そして、そのBarrettがディレクターを務めていたChicago Church of Universal AwarenessのゴスペルグループにはDaryl Pandyが参加しており、1986年にPandyがゴスペルを脱退してヴォーカルとして参加したのがFarley Funkの「Love Can’t Turn Around」だった。そしてこの曲はUKチャートでナンバーワンヒットになった。

 

一方、Byron Burkeも同じようなスピリチュアルな道を歩み、ディスコからハウスへ向かった。Ten Cityの創設メンバーで、2002年にはDominion & Praise Global Outreach Ministriesから使徒及び指導者として認定されたBurkeは、ハウスミュージックの基礎は神聖な原理から作られたものだとしており、彼は神の啓示を受けて旅だったアブラハム(啓典の民の始祖)を、ハウスミュージックのスピリチュアルなメッセージを世界に広めていったシカゴのDJたちになぞらえている。

 

Burkeの改宗と礼拝への参加は、彼がTen Cityで成功を収めてからかなり経ってからのことだった。911直後、当時ニューヨークで生活に困窮していたBurkeは、自分のスタジオでマリファナを吸うと、計り知れないほど大きな喜びを感じた。Burkeは説明する。「今は、神の光が訪れれば、あらゆる心配が消え去り、人生を変えるということを知っている」

 

 

やがてBurkeは正式な叙階を真剣に目指しはじめ、毎週インターネットで聖書の勉強を始めると、2003年にはWorld Changers Ministriesによって塗油式を受けた。しかし、Burkeは今でも自分が授かっている第一の使命は音楽だと信じている。「かつてのハウスミュージックでは『Sweet Peep Halloween』や『I Beat That B** (With A Bat)』などをプレイしていた」と振り返るBurkeだが、それとは対照的に、最新アルバムでは「Almighty」や「Walking in His Word」などの聖書に影響を受けたタイトルが見受けられる。Burkeは「今は自分の詩の世界が攻撃的にならないようにして、リスナーの中に眠る種を育てるような内容にしようとしている。30年前の自分よりもその部分について意識するようになっている」と説明している。

 

ハウスシーンのアイコン、Farley “Jackmaster” Funkも、Indiana Pentecostal Church of Godで牧師学と聖書神学の博士号を収めて牧師の道へ進んだ。彼は1990年に改宗したあとは、クラブで説教をすることで知られるようになり、複数のプロモーターを困らせた。「マイクを使って神について説教をしていたから、プロモーターがあらかじめDJブースからマイクを取っ払うようになった。彼らは僕が説教を始めることを知っていたからね」とかつてのインタビューで振り返っているFunkは、その解決策としてヘッドフォンをマイク端子に接続して説教を続けた。しかし、シカゴでGrown & Spiritualと呼ばれるゴスペルハウスパーティを長期に渡って開催している彼は、クリスチャンと宗教的ではない一般のオーディエンスに対して、セットを別々に用意しているとしている。

 

 

同じく神の道を歩んでいるRobert HoodとTerrence Parkerは、そのような区切りを否定している。Hoodは2009年に正式に牧師となったが、彼は「世界を旅する自分の役目は、他人を見守る者になることだ」だとしている。HoodはDJとしての自分への期待と、神のメッセージを伝達しえて欲しいという教会からの自分への期待を分けて考えていない。「Berghainで日曜日の朝早くに『We Magnify His Name』をプレイすると、オーディエンスは手を挙げて反応し、高揚感が生まれる。ハウス、テクノ、クラブミュージックは関係ない。私が生み出しているのはスピリチュアルな繋がりなんだ」

 

 

Hoodはそれをかなり分かりやすいサウンドで表現している。Floorplan名義のピアノが軽快に鳴る「Confess」をはじめ、Aretha Franklinの楽曲をサンプリングした「Never Grow Old」では、永遠の若さや逃避への憧れを浄化する魂の不死を約束している。「『Never Grow Old』をプレイすると、彼女のスピリットが私のスピリットに呼びかけてくる。そして私のスピリットが君たちのスピリットへ呼びかける。それはすべて神から生まれ来るものだ」 − このような意図があるにも関わらず、コミュニティの中にはHoodの呼びかけを受け容れない人たちもいる。「彼らは私のところへやってきて、『あなたが牧師業ではなくDJをすることは問題じゃないのかと言っている人がいるんだけど』と言う。しかし、私には分かっている。言っているのは他の誰かではなく、彼ら自身だということをね!」

 

HoodのTerrence Parkerとスピリチュアルな部分を共有しており、Hoodは「私たちが一緒の時は、2人だけの教会が生まれる」と説明する。Parkerは2007年にChurch of God in Christから牧師免許を授かっており、既にミシガン州やラスベガスの教会で働いた経験を持っている。彼の仕事は、礼拝の指導から献金の管理まですべてを含んでおり、また、ふさわしいことに、オーディオスタジオとウェブメディアのコーディネーターも担当している。「教会に行かなくて良い時は、自分が死にかけているか死んだ時だけだと親に教えられて育った」Parkerは説明する。

 

 

ParkerはDJでも自分の宗教観を守っており、「人々の心に種を植える」べく、主にゴスペルハウスをプレイしている。また、これは彼の最近の作品にも現れており、ParkerはThe Cosmopolitan Church of Prayer ChoirとAnointed Pace Sistersのリミックスを担当した。しかし、Parkerは「宗教的な人物」として扱われることに苛立ちを感じている。2014年の『Attack Magazine』のインタビューで、彼は「要するに神と自分との関係に過ぎない。それは真の信頼関係で、自分の人生のあらゆる部分を神に委ねているだけだ」と説明している。

 

ParkerもHoodも、セレクターとしてのDJという役割と、魂を導く牧師という役割に直接的且つ哲学的な結びつきを見出している。Hoodは説明する。「メッセージは私たちの音楽の中に秘められている。私の使命は、エレクトロニック・ミュージックと想像力を経由して、人々にキリスト教とキリストへの従順を教えること、そして人々を死や闇、絶望、罪から救い出し、喜びや幸せに導くことにある。普段は教会に行かない人たちにメッセージを伝えるのが私の使命なんだ」

 

Hoodは続ける。「私は神に祈りを捧げ、神と会話する。『これをどうレコードにしたら良いのでしょうか?』とね。すると神は『ラディカルな作品にしなさい。あなたは死につつある世界に挑もうとしているのだから』と伝えてくる。ラディカルになったとしても、音楽とサウンドを通じて真実を表現することが重要だ。世界の醜悪な人たちに対して、世界の美しさを示していく。私たちは時としてそのような過激な手段に訴えなければならない」 − Hoodのこのテクニックは、他の数多のトラックと大きなコントラストを生み出している。他のトラックには明るく高揚感のあるメッセージが取り入れられており、エナジー溢れる牧師のサンプルがスピリチュアルなメッセージとして扱われている。

 

ジョンズ・ホプキンス大学で政治・アフリカ学の准教授を務めるLester Spenceは、オールドスクールなシカゴハウスのトラックについて「基本的に神をハウスミュージックに置き換えたものだ。説教が取り込まれている他、教会、神、ジーザスもハウスミュージックに置き換えているのも確認できる」と解説している。

 

 

 

"時としてドラムはハードに鳴り響かなければならない。屈強なキックが鳴らなければならない。まるで古代イスラエル人を乗せて紅海を渡った何千頭の馬のようにね"

Robert Hood

 

 

 

しかし、ParkerとHoodの歩んでいる道はそれよりも険しい。彼らはキック、スネア、ハイハットだけでどれだけ思慮深い宗教的なメッセージが伝えられるのかという点に取り組んでいるが、Hoodは言葉と同じ力で神のメッセージを伝えられると自信を見せる。「音楽は世界に存在する醜さと美しさを描くフォーマットを私に与えてくれる。そしてそれを描くためには、時としてドラムはハードに鳴り響かなければならない。屈強なキックが鳴らなければならない。まるで古代イスラエル人を乗せて紅海を渡った何千頭の馬のように、海を裂くまで強烈にね。それを音楽、神の奇跡、神の力として表現できれば、人々に注目してもらえる。私はおとなしく表現するつもりはない。まったく考えていない。むしろ、更にラウドに鳴らそうとするだろう」

 

Hood、Parker、Burke、Beanのような聖職者たちは、宗教的なコンセプトを音楽的なアウトプットで発信しているが、彼らのメッセージはほぼキリスト教に限定されている。しかし、Mister Saturday NightをオーガナイズするJustin Carterは、このパーティでコミュニティの種族感を打ち出し、本人も頻繁にゴスペルハウスをプレイしているものの、そのような視点での音楽体験に拘りすぎてしまうことに違和感を感じている。「僕はDJブースに立ってプレイしている時に感じるあの瞬間を “スピリチュアル” だとは定義しない。あれは音楽のパワーだと思っているよ。あの瞬間は自宅でも起きるものさ。僕は小さかった頃にも体験したしね。単純に音楽のパワーなんだよ」

 

 

 

"毎週日曜日に誰かと会話をすると、「ここは自分にとっての教会だ」と言われるんだ"

Justin Carter

 

 

 

しかし、Carterは同時に自分のパーティを宗教的に捉えている人たちが多いことを理解している。「毎週日曜日に誰かと会話をすると、『ここは自分にとっての教会だ』と言われるんだ。世の中の教会が今までずっと存在してきたのは、そして宗教団体が長らえてきたのは、ざっくり言えば、人が集まる場所だったからさ。あそこはみんなが共有できる理想であり、お互いをサポートする場所なんだ」

 

一方、DJ Pierreのような人は、宗教的なメッセージが再び世間の会話のより大きなテーマになることが重要だと考えており、「神に仕えていた最も強力な天使のひとりは、悪魔、つまりルシファーだったことを忘れてはならない。彼は音楽を得意としていて、賛美や高揚感、そしてポジティブなバイブスを神に届ける役目を担っていたが、自惚れて堕天使となってしまった。音楽はパワフルなものだ。神はスピリチュアルなバイブスとフィーリングを伝えるために音楽を作ったんだ」と自身の考えを示している。

 

 

Pierreは、1990年代後半にNation of Islamへ一時的に参加したあと、正式に洗礼を受け、自分の信念を実行に移すことにした。その結果として生まれたのが、ボンゴと美麗なオルガン、ヴォーカルループをフィーチャーした歌詞主導のトラック「Jesus On My Mind」だった。「俺の使命はそこまで説教くさくない。俺の使命は、ポジティブなバイブスを届けて、闇に光を与えることだ。その光こそ、俺たちの音楽とシーン、特にアシッドハウスなんだ。自分がDJする時は、神に祈り、神を称えるようなトラックをプレイするよ」

 

Funk、Pierre、Hoodのようなアーティストの自身の使命への献身は、リスナーやダンサーに考えを促すパワフルな意見と言える。ゴスペルとディスコ、もしくは宗教とハウス及びテクノとの関係は、音楽的背景、または修辞として常に存在してきたが、彼らは人生の大部分をそこに費やし、その関係を明確にしようとしてきた。いわゆる一般的な宗教団体が勢力をしていくように、ディスコとハウスも、黎明期のファンの力と熱意によって世界各地に広がっていった。彼らは、自分たちがエッセンシャルでエモーショナルな真実を音楽とメッセージで伝えられる、スピリチュアルでポジティブな、そして共有できるコミュニティを世界各地で見出していた。

 

Hood、Parker、PierreのようなDJたちは、この宗教的歴史を守っていくだろう。そのモチベーションがパーソナルな理由から来たものであれ、聖職の義務から来たものであれ、彼らは受容とポジティビティという公正なメッセージを、享楽的なカルチャーへと進み続ける世界に向けて発信し続けてきた。彼らにとってはどのダンスフロアも、メロディとキックドラムがほんのひとつ異なるだけの「救済」なのだ。