二月 23

Larry Heard:Can You Feel The ’80s?

シカゴハウスのイノベイターが初期クラシックの制作方法やFingers Inc.結成秘話について語った

By Larry Heard

 

ハウスのオリジネーターのひとりに数えられるLarry Heard aka Mr. Fingersは、ダンスフロアが今でも愛するエッセンシャル&エモーショナルなトラックを生み出したことで、シカゴの豊かな音楽カルチャーの基盤の創出と、シカゴサウンドの世界的な人気の獲得に大きな役割を果たした。Infinityというロックバンドにドラマーとして参加していた17歳の時に楽器としてのドラムの限界に苛立ちを感じた彼は、ドラムを捨ててドラムマシンとシンセサイザーを手に入れると、1984年にファーストクラシック「Mystery Of Love」をリリース。続けて、シーンを揺るがすことになった「Can You Feel It」をリリースすると、その後も多大な影響力を誇ったRobert Owens、Ron Wilsonとのトリオ編成Fingers Inc.名義で印象的なトラックを数多く生み出した。それから約30年のキャリアを通じ、Larry Heardは数え切れないほどのヒットトラックを生み出しながら、世界的な評価やメジャーレーベルとの契約を得ていったが、RBMA Radioのインタビューからの抜粋となる今回の記事では、自分をそのような世界的な成功へ導くことになる初期クラシックを生み出した頃の慎ましやかな時代を振り返ってくれている。

 

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トラックを作り始めた頃は、自分に何が生み出せるのか一切分かっていなかった。当時のシカゴで僕が参考にできたのは、DJミックスが聴けるHot Mix 5のラジオ番組だった。この番組で初期エレクトロを沢山聴くことができたんだ。KraftwerkやTelex、Giorgio Moroderなど、1980年代のヨーロッパ発のエレクトロをね。僕たちの世代が参考にしたのはこの手の音楽だった。1984年当時、ハウスはまだ存在してなかった。1983年にJuan Atkinsがトラックをリリースしていたけれど、あれはハウスじゃなかった。Cybotron名義のヒップホップ的な、なんていうか、ヒップホップ・エレクトロのようなトラックだったんだ。だから、僕たちには、今の連中が参考にしているようなテンプレートは一切なかったのさ。ディスコと初期エレクトロを参考に4つ打ちのパターンを作ったら、あとは自分たちでなんとかするしかなかった。創意工夫をする必要があったんだ。

 

 

 

「Mystery Of Love」は思いがけなく生まれたトラックというか、いきなり完成したトラックだった。バンドを抜けて、シンセサイザーとドラムマシンを手に入れてすぐに作ったトラックのひとつだったのさ。正確に言えば、「Mystery Of Love」と「Washing Machine」の2曲は、機材を手に入れたその日に作ったんだ。僕の中に以前から眠っていたアイディアだったのかも知れないな。というのも、何かを作ろうと意識して制作したわけじゃなかったからね。僕の中から自然にアイディアが流れ出てきて、悪くないと思ったから、そのまま形にしただけなんだよ。

 

「Washing Machine」は、よりクレイジーな自分が表現されているトラックだね。「Mystery Of Love」はもっと保守的なトラックで、スムースでジャジーなバイブスがあるけれど、「Washing Machine」は、サウンドがもっと泡立っていて、リスナーをのめり込ませるようなトラックだ。とはいえ、当時の僕は自分が何をしているのか分かっていなかった。シンセサイザーのアルペジエイターを色々試して、ちょっと結線を変えて、あとはリアルタイムでノブをいじっただけさ。

 

「Can You Feel It?」も、同じように何か面白いサウンドが生まれないかとシンセサイザーをいじっている間に生まれたトラックさ。最初にコード進行ができて、それに合うようにベースラインを付けたんじゃないかな。レコーディングはローテクだったよ。2台のカセットデッキを使って、1台に何かのパートをレコーディングしたら、それを再生しながら別のパートをもう1台にレコーディングしていくという作業を繰り返して制作していった。最新のテクニックじゃなかったけれど、当時の僕にはこのやり方が上手く機能していた。

 

「Can You Feel It」のマッシュアップというか、別バージョンは、Hot Mix 5から始まったんだ。当時、Farley “Jackmaster” FunkをはじめとしたHot Mix 5の連中は、自分たちの番組でプレイしているトラックがインストだと、サウンドエフェクトとしてその上にアカペラをミックスしていたんだ。それで、「Can You Feel It」の時は、いつもMartin Luther KingかMalcolm Xのスピーチがミックスされていたんだけど、この組み合わせが、時間と共に "セット" になっていったんだ。Jack TraxからリリースしたバージョンはMartin Luther Kingのスピーチがミックスされているけれど、彼の財団法人からちゃんと許可をもらったよ。あとは、「This is Jack and this is my house」と叫んでいるChuck Robertsの声がミックスされているバージョンもあるけれど、僕はこのバージョンには一切関わっていない。レーベルの連中がこのトラックを他のスピーチを組み合わせてリリースしたんだ。

 

 

 

「Mystery Of Love」は、ヴァイナルでリリースされる前の段階からFrankie KnucklesやRon Hardyをはじめとするシカゴの数人のDJがカセットテープでプレイしていたんだ。元々、このトラックはカセットだったんだ。それで誰かがコピーしたんだよ。当時、家の近所に、僕よりもクラブミュージックに詳しい友人が住んでいたんだけど、彼は、このトラックはThe Warehouseでヒットするだろうなと言っていた。でも、僕はThe Warehouseが何か分かっていなかった。クラブなんだろうな位にしか思っていなかった。当時の僕は夜の仕事をしていたから、クラブ通いはできなかったんだ。

 

とにかく、シカゴのDJたちがこのトラックをプレイしていて、今更言うまでもないけど、フロアからの反応も上々だった。それで、僕は仕事が休みの日にクラブへ行って、実際に現場で何が起きているのか確かめようとしたんだけど、いざクラブを訪れてフロアが自分のトラックに反応して踊っている姿を見た時は大いに励まされたね。モチベーションが一気に高まった。「よし、みんなが理解できるような、彼らが自分との接点を見いだせるようなトラックを作ろう」って思ったよ。自分が生み出した何かを他人が楽しんでいる姿は、モチベーションを高めてくれる。

 

Robert Owensとは、彼がDJをしていたパーティで出会った。たまたま誘われたパーティで彼がDJをしていたんだ。それで、僕がそこにいる間に、彼が「Mystery Of Love」をプレイしたのさ。だから、僕は彼のところへ行って、感謝の気持ちを述べたんだ。そのあと、2人でしばらく他愛もない会話をしたんだけど、その時に彼が、自分は歌えるし歌詞も書けるって伝えてきたんだ。多分、彼も何かクリエイティブなことをしたかったんだろうね。もちろん、彼には彼の音楽仲間がいたけれど、彼のヴォーカルスタイルを理解していなかった。でも、僕には最高のヴォーカルに思えたんだ。

 

 

 

それで2人で集まった初日にレコーディングをした。確か、最初に作ったトラックは「A Path」だったと思う。制作プロセスはごく自然だった。勝手にトラックになっていったよ。言葉を交わすこともほとんどなかった。僕がトラックをプレイして、そこにRobertがヴォーカルを乗せていくだけだった。彼はかなり情熱的に仕事をしてくれたから、僕がどんなトラックを持ってきても、そのフィーリングにピタリとはまるヴォーカルを披露してくれた。彼は素晴らしい才能の持ち主だよ。天賦の才がある。

 

Fingers Inc.は僕たちが出会った直後にスタートしたんだ。これも勝手に生まれたコンセプトだった。なにしろ、僕が用意したトラックに彼が歌詞を乗せる作業は極めて自然だったからね。当時、僕は個人名義で既に何枚かリリースしていたから、次は彼のヴォーカルを乗せたトラックをリリースするのが良いだろうと考えていたんだ。それで「Mystery Of Love」を再録した。オリジナルのリリースから1年後にDJ Internationalからリリースされたよ。

 

「Bring Down The Walls」についてはあまり話すことはないな。なぜなら、あのトラックはライブレコーディングだったからさ。ワンテイクで終わった。一瞬で仕上げたんだ。レコーディング中に誰かが僕の家の呼び鈴を鳴らしたのは笑えたけどね。だから、トラックには呼び鈴も入っているんだ。なにしろ一発録りだったからさ。RobertがA面のトラックを歌って、続けてB面のトラックを歌ったら終わり。それだけだった。本当にあっという間だったよ。

 

 

 

そうこうしていくうちに、Fingers Inc.でアルバムを作ろうって話になった。僕とRobertはかなりの数の素材を溜め込んでいたからね。当時のRobertは次から次へと歌詞を書き上げていたし、僕も次から次へとトラックを生み出していた。僕がかつてMr. Fingers、Disco D、Gherkin Jerks、House Factorsなど、様々な名義を使い分けていたのもこれが理由なんだ。僕はGeorge Clinton的というか、自分の作ったトラックをそれぞれ別の形で世に出そうとしていたんだよ。Fingers Inc.に話を戻すと、僕は、アルバムを作るならグループ感を強めるためにもうひとり加えようと思っていた。当時のFingers Inc.はグループというよりデュオって感じだったからね。でも、トリオならグループにもっと近くなる。僕はRon Wilsonのことを前から知っていたし、彼が踊れることも知っていた。でも、彼が出演していた演劇を見に行った時に、彼が歌えることも知ったんだ。それで、「なんだ、Ronも歌えるじゃないか。それなら3人目としてFingers Inc.に加えられるかも知れないな。しかも彼はダンサーだから踊れるし、振り付けだって任せられるかも知れないぞ」って思った。Fingers Inc.はひとりが複数の役割を担っていたんだ。

 

僕たちをシーンと繋げてくれたのはRobert Owensだったね。彼は元々DJだったし、Frankie KnucklesやRon Hardyをはじめ、シカゴ市内のローカルDJ全員を知っていたからさ。彼のテープコレクションをチェックして、僕の未発表トラックが残っているかどうか確かめてみたいね。とにかく、シーンとのコネクションを作ってくれたのは彼だった。彼がいたから、僕はクラブを回って何が起きているのかをチェックすることができるようになった。フロアがどういうトラックに反応しているのか、その中でどんなトラックが特に好まれているのかを学ぶことができたんだ。そういう情報を頭の中にメモしておいて、それを元に、フロアがダンスして楽しんでくれるようなトラックを作れるかどうか試していったのさ。