三月 27

John Carpenter:人生の第2幕

複数の顔を持つハリウッドの鬼才が、近年活発化させている音楽活動への情熱や制作アプローチを語った

By Mark "Frosty" McNeill

 

映画監督・脚本家・俳優・作曲家としてマルチに活躍するJohn Carpenterは、20世紀ハリウッドを代表する多作なクリエイターのひとりだ。

 

ニューヨーク州に生まれ、ケンタッキー州で育ったCarpenterは、幼い頃にウエスタンやホラー映画にのめりこみ。それらによって引き出されたダークユーモアとサスペンスへの情熱は、『ハロウィン』シリーズ、『ニューヨーク1997』、『ザ・フォッグ』、『ゼイリブ』、『遊星からの物体X』など、過去40年で作られてきた彼の代表作群を定義づけることになった。

 

彼のフィルモグラフィーの主要構成要素のひとつが、自分で手がけてきたサウンドトラック群で、彼はほぼ全てのオリジナル作品の音楽を担当している。Carpenterのサウンドトラックは、不気味なキーボードのコード進行やシンセサイザーサウンドから打ち出されるユニークで邪悪なムードを有しているのが特徴的だ。

 

Red Bull Radioの番組『Fireside Chat』からの抜粋となる今回のインタビューでは、Carpenterが、演奏能力の限界から生まれたユニークなミニマリズムや作曲へのアプローチなどについて語っている。

 

 

— サウンドとの初めての出会いについて教えてください。自分の音楽を探究するきっかけになったサウンドや音楽との出会いはあったのでしょうか?

 

私は音楽教師、正確に言えば、音楽博士と一緒に育った。父がイーストマン音楽学校で博士号を取得した優秀なヴァイオリニストだったんだ。だから、私が覚えている限り、家の中ではクラシック音楽がいつも流れていた。父が『ピーターと狼』をかけながら色々と説明してくれたことを良く覚えているよ。父は「色々な楽器のサウンドが詰まっているんだ」、「これがピーターのサウンドだよ」、「今度は狼のサウンドだ」などと説明してくれた。非常に包括的な音楽原体験だった。楽しかったね。

 

そのあと、もっと深い音楽体験をした。それらが私に大きな影響を与えることになった。小さい頃の私は、色々と空想するのが好きだった。現実世界に自分の居場所を見つけることができなかったからね。そして、音楽は、その空想の世界の一部だった。映画もそうだった。私はチャイコフスキーとムソルグスキーにとても大きな影響を受けた。彼らの音楽は、私が頭の中で思い描いていた映画のサウンドトラックだったんだ。

 

 

— 家の中でアルバムを良く聴いていたということですか?

 

そうだ。ターンテーブルにレコードを載せて聴いていたよ。両親と私は、ケンタッキー州ボーリンググリーンの博物館の敷地内にある木造小屋に住んでいた。歴史的建造物のひとつで、父が月50ドルで借り上げていたんだ。子供にとっては素晴らしい環境だったよ。その小屋に歴史的人物が住んでいたということを私は知っていた。1950年代にはジム・クロウ法の対象となっていた建物だった。少年時代の私はアウトサイダーだったが、この小屋に住んでいたことがその性格をさらに強めることになった。この頃の私は小屋の中で音楽を聴いては想像を膨らませていた。

 

 

 

“私の幼少期は「創作の日々」だった”

 

 

 

— 『ピーターと狼』やチャイコフスキー、ムソルグスキーを聴いている時は、ぼんやりと空想の世界に入っていたのでしょうか? それともその空想には具体的な物語があったのでしょうか?

 

私が好きなビデオゲームのような世界だった。最近のビデオゲーム業界で “オープンワールド” と呼ばれている類いのもので、自分の好きな場所へ向かって好きなことをできる世界だ。チャイコフスキーやムソルグスキーの音楽を聴くと、自分の好きな場所へ向かい、好きな想像をすることができた。SF、ホラー、ウエスタンの世界に入り込んでいたよ。そのような空想世界では、私がいつも主人公だった。現実よりも空想の方が世界と繋がりを持てていたんだ。

 

 

— 作曲もしていたのでしょうか? 文章や絵はどうだったのでしょう?

 

幼い頃に、父から「お前が人生でやらなければならないのは、“何かを作り出すこと” だ。それが何かは私には分からないし、それが何でも構わない。だが、何かにのめりこみ、それを自分で作り出さないといけないよ」と言われた。

 

だから、絵も描けば、ちょっとした物語も書いていた。父が映像用カメラを持っていたので、短編映画も作った。色々やったよ。完成したものもあれば、断片として終わったものもあった。いずれにせよ、私の幼少期は “創作の日々” だった。

 

 

— 初めて深い繋がりを感じた映画音楽を覚えていますか?

 

1956年の話だ。8歳だった私は、ボーリンググリーンのCapital Theaterという映画館で『禁断の惑星』を観たんだが、あの映画が私の人生を変えた。わたしの中の実に色々な部分を変えたのだが、その中のひとつが、映画音楽に対するイメージだった。なぜなら、この作品には、Louis & Bebe Barronの電子音楽が使われていたからだ。今でも『禁断の惑星』のサウンドトラックを聴くと、時空を超えた感覚を得ることができる。幼かった私にこの音楽は非常に大きな影響を与えた。

 

また、映画自体も私に大きな影響を与えた。姿の見えないモンスターが登場するこのMGM製作のスペースオペラは、ワイドスクリーンでカラーだったが、2つの理由から、私の人生のターニングポイントになった。

 

ひとつは、私に映画監督になりたいという夢を持たせたことだ。そしてもうひとつは、父が教えてくれた音楽、私が普段聴いていた音楽のような、オーケストラやピアノ、ヴァイオリンとは異なる楽器が使われていたからだ。雑ではあったが、非常に素晴らしい未来的なサウンドだった。人間を変える力を持っていた。

 

 

— Louis & Bebe Barronのサウンドテクスチャはどこがユニークだったのでしょう? 映像と相乗効果を生み出していたのでしょうか?

 

『禁断の惑星』のような映画とサウンドトラックはそれまで存在しなかった。ミュージシャンはもちろん、カジュアルリスナーも、ただ単純にこの映画に興味を持った人も、とにかく一度観ることをお薦めするよ。

 

この作品のサウンドトラックは、私たちを他の銀河、他の惑星、他の時代へと連れ出してくれる。彼らのサウンドは、のちに愚作『宇宙冒険旅行』で再使用されたのだが、全く機能していなかった。

 

当時はエレキギターが広まりつつあった時代で、電子音楽もすでに存在していたが、『禁断の惑星』のサウンドトラックで使われていた電子音楽は、それらとは全く異なるフィーリングを備えていた。

 

 

 

 

— エレキギターの話が出ましたが、Dave Davisとの出会いについて教えてもらえますか?

 

1980年代中頃に、KinksのDave Daviesから手紙を受け取ったんだ。Dave はKinksの創設者兼リードギタリストで、私の映画と音楽が好きだと言ってくれた。それで、私が返事を返してロサンゼルスで会うと、すぐに意気投合した。

 

Daveは非常に直感に優れているギタリストで、ギターの才が備わっている。彼の演奏は強烈で素晴らしい。それで、『マウス・オブ・マッドネス』や『光る眼』など、いくつかの作品のサウンドトラックを一緒に手がけることにしたんだ。

 

 

— コラボレーションパートナーに求める条件の中で一番重要なものは?

 

私は、音楽と映画両方のキャリアを通じて数々のコラボレーションを重ねてきたが、誰ひとりとして同じではない。それぞれが違った個性を備えていて、違った才能を持っている。ここ最近は、私の息子Codyと名付け子のDaniel Daviesの2人と一緒に音楽を作っている。それぞれ異なる才能を持ち込んでくれている。

 

息子は非常に優秀なキーボーディストで、素晴らしいミュージシャンだ。能力的には私を遥かに上回っているよ。私のテクニックは限られているし、怠惰なミュージシャンだが、息子は違う。Danielはもっと直感的だ。父親(Dave Davies)に似ているね。

 

今一緒に仕事をしているのはこの2人だ。私は彼らの才能をシチュエーションに合わせて起用している。セッションミュージシャンのような精度と安定感が必要になる時があれば、リスナーの頭を切り落とすような強烈なサウンドが必要な時もある。

 

自分がどのような音楽を作っているのかによって求めるものは異なってくる。自分の音楽の中に満ち引きというか、流れを感じ取れなければならない。それが備わっている必要がある。私は自分の音楽の中にそれを求めている。

 

 

— 今、あなたの肩越しに、あなたが監督を担当した映画『スターマン / 愛・宇宙はるかに』が映っています。この映画の音楽は、あなたではなくJack Nitzscheが担当しましたね。Nitzscheとこの作品、そして彼とのコラボレーションについて振り返ってもらえますか?

 

『スターマン / 愛・宇宙はるかに』は1980年代の作品だ(編注:1984年 / 日本は1985年)。この映画の製作総指揮は俳優のマイケル・ダグラスで、彼から「Jack Nitzscheを音楽の候補のひとりに入れてくれ。素晴らしい才能の持ち主だからね」と言われたんだ。それで、Jackの音楽を聴いてみたら… “オーマイゴッド” だったよ。彼はあらゆるジャンルで素晴らしい音楽を残していた。

 

それで、彼に会ってみると、とても馬が合った。JackはサンプリングマシンのSynclavierを使って、当時の彼の妻だったBuffy Sainte-Marieの声をサンプリングした。それが『スターマン / 愛・宇宙はるかに』のメインメロディになったんだ。あのシンセヴォイスはBuffy Sainte-Marieの声なんだよ。

 

 

— コラボレーションパートナーとはどのような会話をするのでしょう? どうやって意思疎通を図るのでしょうか?

 

Ennio Morricone、Jack Nitzsche、Shirley Walkerのような、私が一緒に仕事をしてきた作曲家たちと言葉で音楽について語り合うのは非常に難しい。なぜなら、音楽は言語で説明できないものだからだ。音楽を言葉で説明しようとするのは、風を言葉で説明しようとするのと同じだ。言葉ではなく、体で感じるんだ。

 

そこに存在していることは理解できている。恋している気持ちを説明しようとするのにも似ているね。姿は見えないが、パワフルで、自分を完全に支配してしまう。それが音楽の魅力だ。説明するのが難しい。だから、そうしないように心がけていたよ。

 

『遊星からの物体X』のオープニングシーンの音楽についてEnnio Morriconeと話し合っている時に、彼がアイディアとして用意していた音楽を聴かせてくれたのだが、作り込み過ぎていた。それで「もう少し音数を減らしてくれないか」と頼んだ。私が伝えられたのはそれくらいだった。だが、彼はこの作品にモンスターが登場することを知っていたので、あの素晴らしい電子音楽を作ってくれた。

 

Jack Nitzscheには「ロマンティックな音楽を頼むよ」と言った覚えがある。リクエストはそれだけだった。だが、彼はBuffy Sainte-Marieの声をサンプリングした非常にシンプルだが美しい音楽を作ってくれた。天才だった。素晴らしかったよ。Jackの作品はシンプルだが、それが、彼が素晴らしい理由だ。

 

 

 

“私の音楽のミニマリズムは、演奏技術の限界から生まれたものだ”

 

 

 

— MorriconeやNitzscheと一緒に仕事をしたいと思うきっかけとなった作品はあったのでしょうか? Morriconeを『遊星からの物体X』の音楽に起用した理由は?

 

Ennio Morriconeはハリウッドで有名だった。彼は様々な作品のサウンドトラックを手がけているが、おそらく最も良く知られているのは、クリント・イーストウッドがフィーチャーされていた一連の西部劇だろう。だが、Morriconeはエクスペリメンタルなミュージシャンだった。

 

最も偉大な映画サウンドトラックのひとつに数えられると思っているのが、彼が手がけた『ウエスタン』のサウンドトラックだ。圧倒的な美しさを誇っている。この時の彼は、撮影が始まる前に全曲のレコーディングを終えていた。だから、監督のセルジオ・レオーネが現場で流して、俳優たちのムードを盛り上げていたんだ。信じられないくらい素晴らしいアイディアだよ。最高だね。

 

だが、『ウエスタン』のメインテーマ自体も実に素晴らしい。初めてこの作品を観た時のことを良く覚えているが、顎が外れるくらい驚かされた。ウエスタン・オペラだ。あの映画のサウンドトラックには人間を変える力がある。彼の他の作品と同じようにね。

 

 

— あなたも撮影現場でサウンドトラックを流してムードを高めようとした経験がありますか?

 

一度もない。セルジオ・レオーネのケースは、彼とコミュニケーションを取るのが難しかったからだ。彼は英語を話せなかったので、常に通訳を介する必要があった。つまり、具体的ではない部分を上手く伝えられなかった。だから、音楽を使ったんだ。

 

私とMorriconeのケースでは、彼がそれまでに一緒に仕事をした相手の話や、どんな仕事をしてきたのかについて話をしたことは一度もなかった。ただ、目の前の仕事に取り組んだだけだった。『遊星からの物体X』は "この世の終わり" がテーマだった。そのテーマを彼の音楽が示してくれたんだ。「私たちはもう終わりだ」というテーマを音楽で伝えてくれた。私の映画にさらなるパワーを加えてくれたよ。

 

「Morriconeの音楽はあなたの音楽に似ていますね」と言われる時があるが、そんなことはない。オーケストラ曲を聴いてもらえば分かる。『遊星からの物体X』で、カート・ラッセルが演じた主人公R・J・マクレディがノルウェー観測隊の基地へ向かい、地下へ下りて何かが入っていたと思われる氷塊を見つけるシーンに流れている音楽を聴いてもらいたい。本当に美しい。Morriconeは、私から何の指示も受けることなくあの曲を書き上げたんだ。「ブラボー!」と叫んだよ。

 

 

— あなたは常に音楽を流していたいタイプなのでしょうか? それとも静寂を楽しむタイプなのでしょうか?

 

幼い頃はクラシック音楽や映画音楽をずっと聴いていたが、歳を重ねた今は、そこまで音楽を聴かなくなっている。ビデオゲームはしょっちゅうプレイしているがね。ビデオゲームにもサウンドトラックが用意されている。オーケストラが演奏している曲があれば、シンセサイザーが演奏している曲もある。

 

あとは映画も良く観るが、当然映画にもサウンドトラックが入っている。NBAの試合も観るが、そこまで音楽は使われていないね。妻はソフトロックのラジオ局を好んでいるので、一緒に車に乗るときはそのラジオ局を聴いているよ。

 

だが、昔ほど音楽に情熱的ではない。歳を重ね、賢くなり、人生をゆっくりと楽しむようになっている。私の中にいた “貪欲な野獣” は随分と大人しくなった。今はもう自分のことをアウトサイダーとして捉えていない。ロサンゼルスとハリウッドを心の底から愛している。他の都市に住むつもりはないね。

 

映画監督になることが私の夢だった。そして私はその夢を生きることができている。自分になれたんだ。夢にも思わなかったが、John CarpenterはJohn Carpenterになれたんだよ。

 

 

— “貪欲な野獣” がまだあなたの中で暴れていた頃を覚えていますか?

 

ひとつ目は若い頃だ。、私はThe Beatlesに夢中になった。同世代の多くの人と同じようにね。四六時中むさぼるように聴いていたよ。次は1970年代だ。まさに "貪欲な野獣" と言えるような時代が訪れた。私は映画のアイディアが出せなくて苦しんでいた。

 

苦しんでいた私は大量の音楽を聴くことで、自分の中に巣くっている悪魔をなだめなければならなかった。人生の中で最も激しい生活を送っていた時代だったと思う。あの頃は、“貪欲な野獣” が私の中で大暴れてしていた。だが、ラジオや音楽を聴くと、それを少しなだめることができたんだ。

 

 

— オリジナルの映画『ハロウィン』について話しましょう。メインテーマについて少し話してもらえせんか? あのアイディアはどこから生まれたのでしょう?

 

『ハロウィン』最大の特徴のひとつが、あのメインテーマだ。誰もが聴いたことがあると思う。あの曲の源流は、私が13歳の時に父からボンゴで教わった4分の5拍子だ。あの時のリズムをピアノのオクターブで再現したのが『ハロウィン』のメインテーマだ。

 

非常にシンプルに反復していく。半音上がって、半音下がっての繰り返しだが、あの曲は背筋が凍るような雰囲気が備わっている。あの頃の私が作れたのがああいう音楽だったということだ。今の私はもう演奏できない。今はもう無理だ。

 

あの曲は、『ハロウィン』の撮影を始める前、ピアノを適当に弾いている間に生まれたものだ。自分で何をやっているのか良く分かっていなかった。「これは映画のサウンドトラック用なのか? それともただの音楽なのか?」と思っていた。そのあと、『ハロウィン』の映画化が現実になった時に、あの曲が手元にあることを思い出したんだ。非常にシンプルな曲で、そこまで複雑ではない。

 

 

 

 

— 作曲や編集時はいつもミニマリズムを意識しているのでしょうか?

 

以前は「自分はクールなんだから、ミニマルでいくぞ」と自分に言い聞かせていたが、正直に言えば、私の音楽のミニマリズムは、演奏技術の限界から生まれたものだ。複雑な音楽は演奏できないし、楽譜も読めない。だから、シンプルにまとめる必要がある。

 

シンセサイザーの前に座り、ストリングス系のパッドを鳴らせば、ある程度試していくうちに興味深くてやや複雑な音楽を生み出せるが、いずれにせよ、私の音楽が『ハロウィン』のサウンドトラックより複雑になることはない。

 

 

— シンセサイザーの話をしましょう。あなたはシンセサイザーを自分の音楽に取り入れていますが、そのミニマルなサウンドアプローチは、同種のエレクトロニック・ミュージックに興味を持っている人たちに大きなインスピレーションを与えてきました。今やかなりのフォロワーを抱えていますよね。シンセサイザーが自分にとって有益なツールだということに気が付いたのはいつでしたか?

 

私が初めて聴いた電子音楽、エレクトロニック・ミュージックは『禁断の惑星』のサウンドトラックだった。あのサウンドトラックはむき出しの生々しい電子音楽で、他の楽器を真似ようとしている感じは一切なかった。だが、私は「シンセサイザーがあれば、自分ひとりで大きなサウンドを生み出せるようになる。ヴァイオリンやホーンなどを自分で演奏できるぞ」と思ったんだ。

 

そのあと、Wendy Carlos『Switched-On Bach』を聴いた。これも世間にシンセサイザー・ミュージックを知らしめた作品のひとつだった。私はエレクトロニック・サウンドを使用した、ロックバンドやオーケストラのような音楽が作りたいと思っていた。

 

今の私は「エレクトロニック・ミュージックはオーケストラとは違う」と言えるが、当時の私はそう考えていなかった。「シンセサイザーがあれば、並のミュージシャンより優秀になれるぞ。素晴らしいサウンドを生み出せるようになるはずだ」と考えていた。それでシンセサイザーを手に入れたんだ。だが、実際のシンセサイザーサウンドは、頭の中でいつも空想しているサウンドのようなものしか出せなかった。本物のストリングスを真似しようとしているサウンドで、どれも安っぽかった。

 

 

— 作曲のどこに魅力を感じていますか?

 

私の作曲プロセスは、クラシック音楽や映画音楽など、子供の頃に受けた音楽的影響を振り返ることから始まる。私が影響を受けた音楽がどのようなものなのかを知りたいなら、James Bernardの作品を聴くことをお薦めするよ。

 

彼は『吸血鬼ドラキュラ』(1958年)や『フランケンシュタインの逆襲』(1957年)から始まる『フランケンシュタイン』シリーズの音楽を手がけた映画音楽作曲家で、『原子人間』と同シリーズ(編注:『クオーターマス』シリーズ)のもうひとつの作品(編注:『宇宙からの侵略生物』)も手がけた。ちなみに、このシリーズは英米でタイトルが異なり、オリジナル『原子人間』は、英国では『Quatermass Xperiment』、米国では『The Creeping Unknown』と呼ばれている。『宇宙からの侵略生物』はそれぞれ『Quatermass 2』と『Enemy from Space』だ。

 

Jamesと知り合う機会があったので、自宅の地下室に招いて、シンセサイザーの前へ連れて行き、「一緒に何か作ってみませんか」と誘ったんだ。その時に『吸血鬼ドラキュラ』のメインテーマの作り方を教えてもらった。

 

彼は、自分でくちずさんだメロディをそのまま曲にしていた。また、彼は “2度” の音(隣接する白鍵2個を同時に鳴らす音)を上手く活用していた。彼は「2度は間違っているように聴こえるだろう。これが背筋を逆なでするんだ。 "何かが違う" という印象を与える。つまり、2度を上手く使うことができれば、リスナーの背筋を凍らせるような音楽が作り出せるわけだ」と教えてくれた。『吸血鬼ドラキュラ』の音楽を聴くたびに、今でも背筋が凍りつくよ。映画館であの映画を観た子供時代を思い出すんだ。映像よりも音楽の方がパワフルだった。

 

 

— さて、『ハロウィン』が2018年にリメイクされました(編注:日本は2019年4月12日公開予定)が、この作品について少し話してもらえますか?

 

今回の監督はデヴィッド・ゴードン・グリーンだ。私の『ハロウィン』とは大きく異なる作品だが、デヴィッドは私の『ハロウィン』の大ファンだった。私のオリジナルは彼にかなり大きな影響を与えたようだ。何しろ良く知っていたからね。

 

彼の『ハロウィン』はオリジナルから切り離されている独自の作品だが、オリジナルに言及している部分もある。私の役目は、オリジナルのサウンドトラックを、モダンなテクノロジーとシンセサイザーを使って21世紀のサウンドトラックに変えることだった。

 

最近のエレクトロニック・サウンドは素晴らしい。種類も豊富で、全てのサウンドを聴くことはできないくらいだ。その中から、正しいインストゥルメント、シンセサイザー、プログラム、プラグインを見つけることができれば、正しい仕事をすることができる。

 

だが、今回のサウンドトラックには新曲を入れる必要もあった。オリジナルとの繋がりが感じられる曲もあれば、完全な新曲もある。私が特に気に入っているのは「The Shape Hunts Allyson」だ。息子と一緒に作った短い曲だよ。私がエレクトリック・ピアノ系のサウンドをアルペジエイターで鳴らしたあと、「もう少し複雑にしてみよう。このフレーズを2小節繰り返したあと、こことここに何かを加えよう」と提案して、息子が追加したんだ。非常に優秀な新曲で、とても誇りに思っている。

 

 

 

 

デヴィッド・ゴードン・グリーンからはスポッティング・セッションを介して指示をもらった。スポッティング・セッションというのは、監督が作曲家と一緒に映画を観て、「ここに音楽が欲しい」などと作曲家に細かく指示を出すセッションのことだ。

 

デヴィッドは音楽のリテラシーが高く、自分が何を欲しているかを理解していた。どのタイミングでメインテーマを鳴らしたいのか、どのタイミングで別の曲を使いたいのかを把握していた。私たち作曲家チーム(Cody CarpenterとDaniel Daviesを含む3人)は彼に満足してもらえるような仕事を心がけた。

 

サウンドトラックを仕上げたあと、デヴィッドと一緒に全曲を聴き、彼からいくつかの指示をもらったあと、それらの指示に従いながら、もう少しダークにしたり、もう少し攻撃的にしたりと、微調整を繰り返した。ミキシングと編集に関しては、デヴィッドは最後の最後まで微調整を繰り返していたよ。私は今回のサウンドトラックを誇りに思っている。素晴らしいサウンドだ。オリジナルに近いオールドスクールなフィーリングとフレッシュなフィーリングが同時に得られる。

 

 

— 今回の『ハロウィン』の他にも、過去のサウンドトラックをリメイクしてSacred Bonesからリリースしていますよね。これらはレーベル側からオファーが届いてリリースしたのでしょうか?

 

ここ最近の音楽キャリアは2つのきっかけから始まったんだ。そのひとつは、息子と一緒に新曲を作ったり、ジャムセッションをしたりする機会が増えたことだ。

 

2人で、レコーディングしてはビデオゲームをプレイするような生活をしながら、ゆっくりと音楽制作を進めていたんだ。それで、60分ほどの素材が集まった頃に、私の音楽部門の弁護士から「何か新しい音楽はないですか?」と言われたので、彼女にその音楽を送ると、Sacred Bonesからレコード契約のオファーが届いたんだよ。

 

Sacred Bonesと電話で話すと、良い意味で驚かされることになった。もっと音楽を作ってくれと頼まれたからだ。息子と共作した曲をもう少し加えたいという話だった。メロディを押し出した、コーラスとヴァースが交互に続くような曲を欲しがっていた。その制作中に、Daniel(Davies)が加わったんだ。

 

最初は私のテクニシャンを担当していたのだが、のちに作曲で1曲参加し、リードギターも弾いた。こうやって有機的にひとつのグループになっていったんだ。Sacred Bonesについて私は何も知らなかった。弁護士のおかげだ。私の音楽キャリアがスタートしたもうひとつのきっかけは、彼女の才覚だ。

 

 

— 最近はライブで自分の作品を演奏していますね。良い経験になっていますか?

 

ライブは信じられないほど素晴らしい体験になっているよ。最初は怖かった。なぜならやったことがなかったからね。ライブでフロントマンになった経験は一度もなかった。空想の世界を除いてね。だが、ライブを始めて割とすぐにステージ恐怖症は乗り越えることができた。最高の体験だよ。私のバンドのリズムセクションは、Tenacious Dのリズムセクションだしね。

 

こんな体験をキャリア後期に出来るとは思ってもいなかった。「アメリカンライフに第2幕はない」という有名な言い回しがあるが、ご覧の通りだ。私の人生には第2幕があった。

 

私の人生の初恋は映画だった。映画は私のミストレスだった。しかし、彼女は私に厳しかった。映画を作るのは本当に大変だ。感情を破壊されてしまう。不安やストレスが非常に大きい。長年その生活を続けたあと、私は「この生活は続けられない。もう止めよう」と思った。

 

しかし、今は音楽がある。心の底から楽しんでいるよ。言葉のない世界、スピリチュアルな世界の方が感情豊かになれる。なぜなら、繰り返しになるが、音楽は言葉では説明できないからだ。純粋なんだ。音楽は最も純粋なアートフォームなんだよ。私は本当にラッキーな男だ。第2幕を楽しませてもらうよ。

 

 

Header image:© Sophie Gransard

 

29 Mar. 2019