十一月 28

Japanese Handcrafted Sound

職人の技で少量生産される、日本のユニークでニッチな音楽機材

By Danny Masao Winston

 


Pioneer、Audio-Technica、Vestax、そして最近復活を遂げたTechnicsなど、クラブ・シーンの定番として親しまれている人気ブランドには日本の会社も多い。しかし、その大手の陰でひっそりと高品質なDJ機材/音響機器を制作している小さなメーカーも日本にあることをご存知だろうか? 職人達がたゆまぬ努力を重ね、ひとつひとつ丁寧にハンドメイドしているこれらの製品は、他社の追随を許さないクオリティーを誇り、世界的な一流DJからクラバーまでを虜にしており、「日本のクラブの音質が良い」と世界的な評判になっている理由でもある。誰もが気軽に手を出せる価格帯ではないものが多いが、どれも値段以上の音楽体験を与えてくれることは間違いない。理想の音の具現化に徹底的にこだわり、世界中の愛好家達の信頼を集めている、日本が誇る職人たち、そして彼らの製品を紹介しよう。

 

Photo: Yusaku Aoki/ RBMA at Lighthouse Records 

 

光悦

 

光悦ブランドのフォノ・カートリッジはDJ用ではなく、ハイエンドなMC型カートリッジであり(註:MC型とは、カートリッジ内のコイルが動いて電気信号を発するタイプ。他に、カートリッジ内の磁石が動いて電気信号を発するMM型がある)、バックスピンなどDJテクニックには対応しない。登場と共に世界中のオーディオ・マニアの間でカルト的人気を誇るようになったが、DJコミュニティで注目されるようになったのは、最高級の音でレコードを再生することにこだわるDavid Mancusoが、Klipsch社製のKlipschornスピーカーと、Mark Levinson社のパワーアンプと共に、この光悦カートリッジをThe Loftで使用し始めたからだろう。

 

David Mancusoを師と仰ぎ、長年ロンドンで彼を招いて開催したThe Loftスタイルのパーティー、「Journey Through The Light」のオーガナイザーであり、現在は日曜日に最高の音響システムで名盤とされるアルバムをまるごと通しで鑑賞する会「Classic Album Sundays」を主催しているDJ CosmoことColleen Murphyは、光悦との出会いをこう語る。「最初に光悦カートリッジを聴いたのは、ニューヨークのDavid Mancusoの有名なThe Loftパーティーでした。あれほどのデリケートさ、超越性のある音はそれまでオーディオ・システムで体感したことが無かったです。Davidの音響設備はそれまで聴いたことがなかったような素晴らしいもので、純粋で繊細で、魔法のような何かがありました。The Loftのシステムの信号経路はシンプルで、ハイエンド・オーディオが揃っていたため、究極の音楽体験としか言えない感覚を味わうことができました。」

 

長年「Sunday Afternoon Session "Gallery"」の照明スタッフを務め、現在はLighthouse Recordsのオーナーでもある増尾則秀は、光悦カートリッジの第一印象をこう表現する。「東京でDavidを招いて行ったパーティー、“Music is Love”にスタッフとして関わらせて頂く事で実機の音に触れる機会を得ました。ありきたりな表現になってしまいますが、1つ1つの音が生き生きとしていて、何百回と聴いたはずの曲がまるで違って聴こえたのを覚えています。これはカートリッジの印象というよりサウンドシステム全体から得た経験と言えるでしょう。」

 

光悦カートリッジを作り出したのは、菅野義信という人物であった。 彼は、安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した書家、陶芸家、芸術家の本阿弥光悦の末裔であったと言われる。本阿弥家は代々刀剣の鑑定、磨き、浄拭を家職としており、本人も本阿弥光佑という名前で知られた刀匠であった。1969年、60歳でトヨタを退社した彼は、刀作りで培った技術と知識を活かし、趣味でフォノ・カートリッジを制作し始めた。そして本阿弥光悦の名を拝借し、これを「光悦」と名付けたのだ。日本刀の純鉄をコイルの芯に使い、自身でコイルを巻き、それを瑪瑙や紫檀といった特殊な素材のボディに入れ、筆で「光悦」と綴るなど、ひとつひとつを手の込んだ工程で仕上げて行った。これがアンプ・デザイナーとして有名なMark Levinsonに気に入られ、彼に紹介されることで、欧米を中心に世界中のオーディオ・ファンの間で評判となった。光悦の制作は手作業のため、当時の年間製造数は60個ほどであったらしく、供給が追いついていなかった時代もあったようだ。2002年に先代は亡くなっており、現在は子息である菅野文彦が光悦カートリッジの技術を継承している。現在は新品で20万〜80万円ほどする代物である。

 

光悦の特徴について、増尾則秀はこう説明する。「光悦は実在感があって音楽の核心に迫る生々しさを持ったサウンドです。ただしその反面、音質/プレスの悪い盤はあからさまにその悪さが出てしまうので、かけられるレコードが非常にシビアになってきます。カンチレバー(註:スタイラスチップ[針先]が先端についた棒)も繊細な作りですので、取り扱いには全く違う緊張感があります」。Colleen Murphyも、光悦の取り扱いに関して注意を喚起する。「光悦は音楽が純粋に好きで、強い願望と、正しくセッティングができる知識(とブレない手!)の持ち主ではないと、お薦めしません。そうであれば、最高の状態で楽しむことができます。」

 

最後に、Colleenは「光悦」という名前について、こう一言付け加えてくれた。「光(light)と、悦(pleasure)という漢字が喚起するビジュアルは、その音を聴いたときの体験を非常に的確に表していると感じます。」

 

 

 

 

Dope Real

 

アイソレーターは通常のEQよりも細かく周波数帯域をコントロールすることができ、より表現豊かなDJを可能にしてくれるツール。札幌のDope Realが作るアイソレーターは音質に定評があり、少量生産のハンドメイドながら、これまでFrançois K、Joe Claussell、Danny Krivit、Louie Vega、David Morales、Derrick May、Theo Parrish、Doc Martin、Ben Watt、DJ Spinnaなど数々の世界的なDJが愛用し、ニューヨークのCieloやLove、UKのPlastic Peopleなど、多くの国のクラブで使われてきた。最大出力が20dBととても強力であり迫力のある音が得られることと、単純なDJ機器というよりは、楽器のような表現力を持つことが人気の秘密だ。

 

Dope Realを立ち上げたのは、木村勝保という人物。2001年にアイソレーターの制作に着手し、2002年にDope Realというブランドで販売を始めた。「2000年から2001年にかけてヨーロッパとアメリカのクラブを周って遊んでいました。そのときに受けたカルチャーショックから日本のクラブ・シーンに対して何か出来ないか?と考えていたんですが、ニューヨークのVinylというクラブで行われていたBody & Soulで使われていたアイソレーターが頭に残っていて、自然な流れでアイソレーターを作り始めました。」

 

現在公式サイトからは、 3種類のモデルが注文できる。「Model-3300は、最初に商品化した3wayアイソレーターで、クラブでの大音量の使用に耐えられる音質とDJプレイに感情を込められるような音の変化と操作性を重視して設計されています。MINI-ISOLATORは、世界を飛び回るグローバルなDJの要望により設計した、携帯に適したアイソレーターです。小型化と耐久性を実現し、マルチ・ボルテージ対応、アウトプット・トランス搭載によるファットな音質を特徴としています。そして、Model-5300は5wayのアイソレーターで、Model-3300でカバー出来ない細かい調整が可能です。Model-3300と組み合わせることにより、無限の表現力を手に入れる事ができます。」

 

Dope Realのロゴマークは、日本屈指の音響システムを誇る札幌の老舗クラブPrecious Hallと同じだが、これにはわけがある。「1995年くらいから私がテクノのレーベル、Dubrex Recordsをやっていたことがきっかけで、Precious Hallとお付き合いするようになり、私が楽器や音響機器を輸入し、機材の構成を手伝うようになりました。アイソレーターの開発時は、Precious Hallで何度もテストを繰り返して設定を煮詰めるのに協力して頂きました。特殊な機材のカスタムメイドもしています。今年に入ってからは、私の自作のモジュラー・シンセとシーケンサーでインプロヴィゼーションのライブをさせてもらっています。」

 

最後に、世界的なDJを魅了するアイソレーターをたったひとりで手作りしている木村勝保に、制作する上でこだわっていることを訊いた。「耐久性、そして魂を込めることです。」

 

 

Alpha Recording System

 

Alpha Recording Systemは、ミキサー、クロスオーバー、イコライザー、プリアンプ、スピーカーなどを制作しているブランド。オーナーの石井雅大によると、もともとは2001年にAlpha Musique というWebショップを始め、伝説のビンテージ・ミキサー、Urei1620の輸入販売や修理などをしていたことが発端だという。「その当時は既にUreiの製造は終了しており、Ureiを修理・販売できる所がほとんどなかったので、少しでも安心して使っていただける状態のUreiを提供したいという思いから、業務用にUreiを販売するに至りました」。すると、ユーザーから様々な要望が集まるようになった。「”もう少し高域が繊細に聴こえるようにカスタムできないか”や、”もっと艶感を増やしたい”、”こういうモデルが欲しい”といった期待に応えらえる機器を製品として一から作ろうと思い、2005年にARSを立ち上げました」。ARSの製品を愛用しているDJ、設置されているクラブには、David Morales、Louie Vega、Kenny Dope、DJ Harvey & Sarcastic Disco、Theo Parrish、Dope Jams、ageHa、Air、Santo’s Party House、Space Lab Yellowなどが含まれる。

 

クラブ・ミュージックを愛す人達が制作をしているからこそ、クラブでの最適の鳴りにこだわることができると、石井雅大は自信を持って語る。「製品を作るにあたり、最後の出音を一番大切にしています。理想の音を出すためにはパーツのコストは気にしません。部品もハイクオリティの高級パーツだからといって、必ずしもクラブ・ミュージックとして良い音を出すわけではなく、オーディオでは使われそうにもない工業用部品の方が、奥行きと厚みのある味わい深い音を出すことも意外と多いのが現実です。満足がいかない部品に関しては、部品メーカーの方と打ち合わせをして、特注で部品を作ってもらうなど、1つ1つの部品を幅広くこだわってテストし、最終的にクラブ・サウンドにマッチするような音を探して完成させていきます。」

 

80年代から、究極のクラブ・ミキサーとして多くのファンの心を捉えてきたUrei1620。その魅力を、彼はこう表す。「Urei1620は現行のミキサーには出しえない、低域/中域/高域のバランスがとれた奥行きのあるサウンドと、独特なミックス・カーブが調和したDJミキサーの傑作ですね。ビンテージワインと同様な、熟成というか、20年経過した暖かな柔らかい音が評判です。」そして、ARSのロータリー・ミキサー、Model-4100は、Urei1620を継承していると言う。「今現在どのメーカーでもUrei1620と同じミックス・カーブを採用しているところはないんですが、ARSはそのUrei1620のボリューム・カーブを継承しています。ここはすごく大事な要素で、2曲を単に同時再生しているのではなく、バラバラの2曲が1曲になる独特なミックス・フィーリングを採用しています。さらにARSのミキサーは広域のキメ細やかさがあり、古い音源から現代の音源まで偏らずにうまく再生表現ができるようになっています。」

 

他にも、周波数クロスポイントが可変できる画期的な3バンド・クロスオーバーのModel-3500、原音そのものの音質を生かし、細部まで瞬間的な音質調整がしやすい5バンド・イコライザーのModel-5000など、DJプレイをより表現豊かにするツールを揃えており、どれも音の劣化を最小限に抑えるために余計な機能を省いたシンプルな設計になっている所が、高い評価を集めている理由だ。「年内にはDJ Harveyモデルを発表する予定です。また並行させてKenny DopeとDJ Spinnaの指定オリジナル・ミキサー(非売品)も継続して製作しています。当初はクラブ・ミュージックに特化した製品づくりでしたが、最近では、世界中の幅広いジャンルのアーティストの方やサウンドエンジニアさんから使用頂くことが多くなってきています。」

 

 Photo: Yusaku Aoki/ RBMA at AIR

 

Rey Audio

 

Rey Audioは、PioneerのTAD(註:Technical Audio Devices。Pioneerのプロフェッショナル向けオーディオ製品のブランド)のエンジニア部門に在籍していた木下正三が、より自由で創造的な活動を行いたいと感じ、1984年に立ち上げたオーディオ・ブランド。彼は、良い音はオーディオ・マニアだけでなく誰でも楽しめるものであるべきだという考え方を持っており、その信念を基にスタジオ用モニター、コンサート用スピーカー、パワーアンプなどを生み出してきた。中でも、ツイーターを中央に置き、上下にウーファーを配置した「ヴァーティカル・ツイン」方式は画期的なスピーカーとして多方面から支持されている。Rey Audioという名前は、日本古来の良い音を意味する「玲」と、スペイン語の「rey」(king)に由来し、良い音への強い想いと心意気を表している。

 

Westlake Audioの創立者であり、世界的なスタジオ設計者であるTom Hidleyは、自身が設計するスタジオにRey AudioのKinoshita Monitorを標準機として設置していたほど、木下正三の腕前を信頼していたという。Rey Audioのスピーカーシステムは、Music Palace(ニューヨーク)、Jam(ダラス)、Davout(パリ)、Shaw Studios(香港)、Mosfilm(モスクワ)など、世界中のレコーディング/マスタリング・スタジオを始め、クラブ、ライブハウス、イベントホールなどに設置されており、東京ではかの Space Lab Yellowや、現在ではAIRといったクラブに設置されていることも特筆すべき点である。

 

Yellow/Elevenのスタッフを経て、現在AIRの企画/広報を行う市川祐子は、Yellowのオープン時にまつわるこんな話をしてくれた。「1991年12月、本格的なクラブが日本にまだなかった時代にYellowはオープンしました。当時は良いサウンドシステムを導入しているクラブはまだまだ少なかったですが、Space Lab Yellowのプロデューサー、村田大造(現Airのプロデューサー)はオーナーに、“ロールス・ロイスを購入して1人で乗って楽しむのなら、みんなが楽しめるサウンドシステムを入れてもいいんじゃないか”と口説いて、3600万円のRey Audioを購入してもらったそうです。」

 

Yellowのオープン当時から90年代後半まで音響スタッフとして働き、現在AIRとVISIONの音響責任者を務める田野辺文彦は、Rey Audioの魅力をこう表現した。「Rey Audioは、聴衆に音楽家(作曲者、プロデューサー、演奏者、DJ他)の魂を最も伝えることができるスピーカーです。様々な要素の反応による相乗効果や突然変異で、深い感動と未知の世界を届けます。」

 

Yellowの音響が素晴らしかったのは、あの場でプレイしたDJ、あの場に遊びにいっていた客の誰もが口を揃えて言うことであり、AIRもまたそういった存在のクラブであることが、Rey Audioの質の高さを物語っている。Carl Craigは最近、こんなツイートをしていた。「i wanna sit on a comfy sofa on the old Yellow club dance floor with that Rey audio system and 1 turntable and just play good music for you.(昔のYellowのダンスフロアで、フカフカなソファに座って、Rey Audioのシステムと1台のターンテーブルで、良い音楽をただひたすら君たちのためにかけていたいよ。)」

 

 

 

最高音響

 

最高音響は兵庫県姫路にあるクラブfab-spaceのオーナー、武内宏貴と、木工職人の小野祐仁が作り出したサウンドシステムであり、類を見ないほどの迫力の爆音に定評がある。武内宏貴が設立についてこう語る。「25年くらい前にDJバーを経営していまして、そこでDJをしてました。その頃一番聞いていたのはジャズやルーツレゲエ、ダブなどですが、ごちゃ混ぜのDJをしていましたら、いろんなイベントにDJとして呼ばれるようになったんです。しかし、どの現場に行っても音が悪くて、どんどんDJをしている事が恥ずかしくなってきた。いい音を爆音で聴きたいと強く思い、それでレコード買うのをやめて音響システムを揃えていこうと決めたんです。当初は中古のベースアンプでローを鳴らしてました。それからスピーカーを自分で作り始めたんですが、ホームセンター任せのクオリティーでは満足せずに悩んでいたところ、8年くらい前にレゲエ好きの木工屋さんがいると友人に紹介されて、小野くんと知り合いました。そして工房に遊びに行くと、デカいスピーカーが作れそうな装置が色々と置いてあったんです。すぐに一緒に爆音サウンドシステムを造ろうと相談して、最高音響を始める事になりました。」

 

そして2006年のLion Rock Fiestaで始動して以来、Jah Shaka、Aba Shanti-I、Jahtari、Low End Theoryなど海外勢や、DJ Krush、Tha Blue Herb、Dry & Heavy、DJ Baku、Big Joe、こだま和文、Oki Dub Ainu Band、Hifana、Goma & The Jungle Rhythm Section、Part2Style、Omodakaといった国内勢など、低音を重視するレゲエやヒップホップ・アーティストたちのイベントにてその轟音を響かせており、高い評価を集めている。ロンドンのルーツ・レゲエ・リーダーであるAba Shanti-Iが来日した際には、「このサウンドシステムを売ってくれ!それかロンドンに来て作ってくれ!」と言ったとの逸話もある。

 

関西を中心に着実にファンを増やしており、現在多数のクラブやスタジオ、バーに設置されている。「しっかりした箱の強さと重量、そしてすべて自作のこだわりのケーブル類を使用し、キックはパンチがあります」と、武内宏貴が言う。「また、ハウリングに強いのでタイトなバンド・サウンドが出せるのも強みだと思います。音質面では、昔から楽器が好きで生楽器や電子楽器を触ったりしてきた事で、本当の音が分かってる気がしながら、調節しているのが強みだと思います」。地を這うような重低音にこだわり抜いたスピーカーは、彼らのD.I.Y.精神の賜物だ。「まるっきり独学ですので、どこがどのように他と違うのか分かりませんが、頭のどこかにある理想は、あきらめない事が重要だと思っています。正解や限界が分からない事をやっているので、いつも失敗するまでが実験です。だから、いつも修理や交換が多く時間と労力、金銭面での苦労は未だに尽きないです」

 

 

 

飛飛機械

 

飛飛機械(ピュンピュンマシン)とは、京都を拠点に下村真一が運営する下村音響株式会社と、Mintos(Silent Poetsの下田法晴とLITTLE TEMPOのSeiji Big BirdのDJユニット)とのコラボレーションのもと生まれた、特殊なエフェクト・マシン。一般的にエフェクターというと、電子楽器に取り付け、その音質を変化させるデバイスのことを指し、いわばオプション装置であるが、飛飛機械はフィルター効果とディレイ効果に音源も共存させ、唯一無二の性能を有する「飛び道具」として、ユーザーの理想と希望を限りなく具現化したオリジナルのサイレン・マシンである。

 

この変わった機材の制作に着手した理由を下村真一はこう語る。「MintosがDJをされているのを観ていたんです。効果音を鳴らす機械を持ってられたのですが、DJとなるとレコードだけでもかなりの量です。それと同じ位の機械だったので、ふと小さくなったら嬉しいかなと思ったんです。それで、硬い音とか、分厚い音とか僕が思うのを作っていき、彼らのイメージしてる音とのすり合せ作業で試作品を作りました。何台かの試作品を経て、“飛飛機械 Mintos Model”が出来ました。色々な方々に口から口へ伝えて貰い、広がっていった様です」

 

限定生産50台の飛飛機械初号機、SO-A005(Mintos Model)が登場した後、演奏者の意見を取り入れ試行錯誤を繰り返し、出来上がったのがエフェクター部の本体と、組み合わせが選べるサウンドボックス2種類を装備するSO-A010。エフェクター部にはアナログ・ディレイを内蔵しており、暖かいフィードバックが得られる上、音源部にはピッチ・コントローラーが付いており、幅広い音作りが可能。他にLFOモードやフィルターも搭載している。その後単体販売のサウンドボックスや、コンパクト・エフェクターCompact 11など、個性的な音を生み出すマシンを続々と発表し、Tommy Guerrero、Aba Shanti-I、DJ Kentaro、中西俊夫、野崎 良太(Jazztronik)など、レゲエからクラブ・ミュージックまで幅広いアーティストに重宝されてきた。

 

 

下村真一は飛飛機械を使用するアーティストを集めたイベント「pyung-pyung日和」も定期的に開催している。「(飛飛機械は)本当に沢山の方々を繋いでくれた機械に思います。繋がる事による化学反応だったり、知らない音楽とも沢山出会う事が出来ました。ずっと聴く側だった音楽が知る事によって、これ素敵な音楽だから皆に知って欲しい!と数々のイベントを開催する事が出来ました。そしてまた繋いで貰って広がる。」

 

多くのアーティストを魅了してやまない飛飛機械だが、残念ながら現在は生産を停止している。「基本的には部品の入手が困難になったこと、また入手出来たとしても、生産を開始していた時の価格からあまりにも掛け離れてしまったことが理由です。」形のある機械はもう生産していないものの、形の無い、その時にしか感じることのできないイベントは今後も続けていくつもりだと、下村真一は語る。「ある限り、したいと思ったら、会いたいと思ったら頭で考えるよりも、すぐ動こうと……次はないかもしれないから。そんなメッセージがあります。機械もいつまででもあるわけではなく、その時の出会いであって、出会って頂けた方の楽しみなのかな?と思っております。」