五月 17

インタビュー:豊田泰久

Hamburg ElbphilharmonieやWalt Disney Concert Hallの音響設計を担当した日本人音響設計家が設計哲学について語った。

By Aaron Gonsher

 

世界を代表するクラシック音楽のコンサートホールに座ったことがある何千、何万もの音楽ファンは豊田泰久の仕事に触れている。ただし、豊田は作曲家でも指揮者でも演奏家でもない。現在永田音響設計米国法人代表を務める豊田は音響設計家であり、ロサンゼルスのWalt Disney Concert Hall、東京のサントリーホール、パリのPhilharmonie de Paris、そして最近オープンしたハンブルクのHamburg Elbphilharmonie(2017年1月)やベルリンのPierre Boulez Saal(2017年3月)など、世界各地の著名なコンサートホールの音響設計を担当してきた。そして、このようなプロジェクトにおける豊田の貢献は、本人をクラシック音楽シーンの中で知る人ぞ知る有名人に押し上げている。この評価は音響設計の専門知識を40年近くに渡って積み上げてきた控えめな音響設計家にとっては意外なものだったが、ふさわしいものだ。

 

豊田の仕事は世の中の他の仕事と比較すると複雑だが、コンピューターを使用した音響モデルのデータと同等に本人の経験と感覚も重視しているため、世間が考えるよりもフレキシブルなプロセスを追って進んでいく。豊田が音響設計でフォーカスしている部分は、空間と素材というたった2点にまとめることができるが、本人はこの2点に取り組む際には、それぞれで膨大な数のオプションについて考慮・決定しなければならないことを認めている。ひと言でまとめれば、豊田は非常に有能なコラボレーターだ。本人にとってコンサートホールの成功とは、究極的には自分の聴覚と建築家の視覚、そして指揮者とオーケストラによる集合的な理解力を組み合わせ、それぞれの役割以上の何かを生み出すことによってもたらされるものなのだ。

 

今回紹介するベルリンのPierre Boulez Saalで行われたAaron Gonsherとのインタビューの中で、豊田は自分が受けてきた学校教育、新しい空間を手がける際の独自の方法論、そして高まりつつある音響設計における人間とデータのバランスの重要性などについて語っている。

 

日本のどこで生まれ育ったのですか?

 

私は広島県出身ですが、広島市ではなく岡山県に近い市で生まれました。正確に言えば、広島市から約100km東に位置している広島県福山市の出身です。その後、九州芸術工科大学に進学しました。この大学には当時4つの学科がありまして、全てが設計に関する学科だったのですが、その中のひとつの学科に興味を持ちました。それが音響設計学科でした。

 

他の3つの学科は、環境設計、工業設計、画像設計と全て視覚に関する学科でした。もちろん、私はサウンドに興味を持っていたから音響設計に進んだわけですが、元々はサウンドというより音楽に興味を持っていたんです。高校時代にいくつかの楽器を演奏していましたし、むしろ中学生の頃から楽器演奏を楽しんでいました。ですが、演奏家としての才能が十分ではないと判断しました。また、ご存知の通り、音楽で生活をするのは簡単ではありません。ですが、それでもクラシック音楽の近くにいたいと思っていました。今の私の仕事になっている音響設計はそうするための選択肢のひとつだったというわけです。別の選択肢としては、クラシック音楽のレコーディングエンジニアなどがありました。また、私の友人のように、SonyやPanasonicのような電機メーカーでオーディオシステムを開発するという選択肢もありました。

 

クラシック音楽への興味が、クラシック音楽そのものではなく、空間がクラシック音楽を形作っているという部分に向いたきっかけのようなものはあったのでしょうか?

 

私は以前からクラシック音楽が大好きでしたが、クラシック音楽のコンサートホールについての知識は一切持ち合わせていませんでした。大学進学後にコンサートホールやクラシック音楽専用施設、空間や公会堂などが非常に重要だということに気づき、とても魅力的な世界に感じたのです。

 

音響の最適化は空間によって左右されるものですが、どの程度のクリエイティビティが求められるのでしょう?

 

コンサートホールの音響設計には、2つの重要なポイントが関わってきます。ひとつは空間の形状で、もうひとつはその素材です。シンプルに聞こえるかもしれませんが、それぞれは非常に複雑です。まず、空間の形状について言えば、考慮すべき部分の数は膨大です。たとえば、座席の高さ、幅、形状などもここに関わってきます。そして素材についてですが、こちらもその表面だけを考慮すれば良いのではなく、内部構造についても考慮する必要があります。たとえ同じ音響特性を持つ表面だったとしても、厚さの違いを考慮する必要があります。また、素材の裏側の構造も目には見えませんがサウンドにおいては非常に重要です。空間の形状と素材の組み合わせについて考えてみてください… その数はほぼ無限に近いと言えます。

 

空間の形状と素材に関しては、建築家との兼ね合いも考慮する必要があります。もちろん、美しいルックスに仕上げることは非常に重要ですが、私たちとしては形状と素材は音響的に重要です。建築家と私たちのフィールドは異なりますが、同じアイテムを使って設計していきます。ですので、建築家とは常に近い距離を保って共同作業をしていく必要があります。

 

 

 

"問題は「人間の感覚をテクノロジーで置き換えられるのか?」ということです"

 

 

 

コンサートホール建造におけるあなたたちの役割は、あなたが永田音響設計に入社した頃からどのように変化しましたか?

 

私たちの役割は変わっていないと思いますが、コンサートホールや施設が打ち出すプログラムの内容によって変わってきます。たとえば、クラシック音楽では、音響が非常に重要だと考えている人たち - 演奏家は特にそうなのですが - と仕事をしていきます。ですので、プロジェクトの最初の最初から関わっていく必要があります。ごく初期段階から音響設計をスタートさせるのです。ですが、プログラムにクラシック音楽が含まれておらず、ポップやロックだけの場合は、空間の音響設計よりもサウンドシステム、マイク、ラウドスピーカーの方が重要になります。このような施設では、設計フェーズが終わってしばらく経ってからラウドスピーカーやマイクを設置していくので、私たちの役割は少し異なりますね。

 

あなたの仕事をするためには、正式な教育を受けておくことが必要不可欠だと思いますか? それとも実際に仕事を繰り返し、経験を積んでいくことの方が重要なのでしょうか?

 

両方必要だと思います。基礎的な部分は学校で学ぶわけですが、数学や物理を学んでいても、その時はこれらがその後どう役立っていくのか分かりません。ですが、実際の設計に関わり始めると、これらが非常に重要だということが理解できます。もちろん、仕事に就いてからも学ぶべきことは数多く存在します。

 

音響設計家としてのスイッチをオフにすることはできますか? それとも、どこへ行っても「ここの音響は少しおかしいぞ?」と考えてしまうのでしょうか?

 

私のここにスイッチはありませんよ(頭を指して笑う)。

 

(笑)。特定の空間の音響特性を考えずに音楽を楽しむのはあなたにとって難しいのではないかということを伺いたかったのですが。

 

コンサートは楽しんで聴いていますよ。ですが、自分の音楽の楽しみ方が仕事の影響を受けているのかどうかについては明確な答えは出せません。また、私は「これは仕事」、「これは仕事ではない」という判断をしていません。ですが、音楽、特にクラシック音楽を聴くことを自分の仕事の一部、つまり、楽しくないものとして捉えていないのは確かで、音楽は楽しく聴いています。ですが、自分の仕事がその楽しみ方に多少影響を与えている可能性はありますね。

 

 

 

"パーフェクトなシミュレーションシステムやアルゴリズムは存在しません"

 

 

 

現在は様々なテクノロジーが使えるようになっていますが、音響モデルがその空間にいるひとりの人間として自分が感じているものに合っているかどうかを確かめながら両方のバランスを取って空間のマッピングをしていく中で、自分の役割と聴覚をどう位置づけていますか? 自分のプライドが傷つけられることはないのでしょうか? それともテクノロジーと自分の感覚の統合を試みる作業を面白いチャレンジとして捉えているでしょうか?

 

難しい質問ですね。言うまでもなく、パーフェクトなシミュレーションシステムやアルゴリズムは存在しません。音響シミュレーションのために、私たちはコンピューターで使用する専用プログラムやアプリケーションを開発してきました。コンピューターテクノロジーは確かに素晴らしいですし、様々なことを実現してくれますが、このようなプログラムの開発プロセスは、ある意味型にはまっています。音響設計の世界ではパッケージの文言に書かれるような「パーフェクトで正確なプログラム」はありえません。「全ての作業をこのプログラムで行いましょう。新しい機能は追加されていません。これがあれば他には何も必要ありません。このプログラムだけでパーフェクトな仕事が実現できます」ということにはならないんです。音響設計にこれは当てはまりません。ですので、私たちはいつでも非常に原始的なシミュレーションやツールから音響設計をスタートさせて、「これは使える」、「これは使えない」と判断していく必要があります。常に改良、または変更していくのです。

 

そのような判断はどの空間でも使用するチェックリストとして用意されているのでしょうか?

 

いえ、プログラムやアプリケーションの中にチェックリストを用意しているわけではありません。もちろん、変更しなければならない部分には随時対応していきますが、チェックリストに沿っているわけではありません。

 

特定の空間に使用する素材の環境サステナビリティの側面は考慮しているのでしょうか?

 

その側面については、基本的には音響設計家ではなく、建築家が考えています。そのような特別な素材の使用やデザインは音響設計よりも建築の範疇です。ですので、通常は私がそのような素材について、また国や地域によってどの素材を使うべきかについて考えることはありません。

 

ですが、空間で使用される可能性がある素材の音響特性を色々と考慮して、自分の意見を建築家に伝えることもあるのではないですか?

 

素材そのものについては考えません。たとえば、音響特性についてですが、私たちは素材の質量を重視して、素材の種類を問わない時があります。ですので、建築家がどの素材を使おうとも、同じ質量で同じ形状が作れる限り問題ありません。音響特性については、私たちからは素材の質量と製品分野に関する意見を伝えます。そのあとで、建築家が必要な厚さを選択します。ですので、質量も重要になってきます。ですが、私たちは空間の形状についても知っておく必要があります。たとえば、飾りや彫刻を置ける余裕が少ない空間になるのかどうかなどです。音響特性は音響だけの問題ではなく、音響と建築の両方の問題として考えていきます。

 

 

 

"コンサートホールの音響設計はバイオリンのような楽器の製作に似ています"

 

 

 

空間のテストをする際に必ず演奏する楽曲はあるのでしょうか?

 

そこは演奏家次第ですね。演奏家が自分たちで数曲を持ち込むので、それを元に話し合います。

 

あなたにとって自然で美しい音響空間とはどのようなものでしょうか?

 

良く訊かれる質問なんですが、答えるのが難しいですね。ですが、たとえば快適さに関しては、違いが簡単に分かります。観客や私が快適に音楽を聴ける時間が長いほど、満足な仕事ができたと感じられます。

 

コンサートホールでは、非常に柔らかいサウンドが必要になる時もありますが、非常に大きなサウンドが必要な時もあります。この部分は音響だけの問題として扱うのが非常に難しいと感じています。なぜなら、音楽そのものに関係してくる部分がかなりあるからです。ですので、空間のサウンドや音響について話し合う場合は、いつも必ず音楽を聴いてから、その音楽、そして自分たちの好みの音楽や好みではない音楽などについて話す必要があります。音楽と音響を切り離すことはできません。

 

今のお話は、空間で実際に音楽を鳴らす必要がある、音響モデルだけで空間の音響は決定できない、という先程のあなたの考えに立ち返りますね。

 

音響モデルは科学的ですが、私はそのような科学的アプローチが世の中の全てを説明できるとは思っていません。コンサートホールの音響設計はバイオリンのような楽器の製作に似ています。そこに決められたルールは存在しません。バイオリン製作のマエストロは独自の方法論に沿って製作します。私はその方法論やそれが編み出された背景、製作プロセスについて何の知識も持ち合わせていませんが、彼らが科学的なアプローチやテクノロジーを用いているとは思えません。そうではないはずです。

 

ですが、そのような流れは将来的に変わると思いますか? 特定の “技” が時代遅れになっていると感じたことはありませんか?

 

世の中は科学とテクノロジーの方向に進んでいるとは思います。ですが、個人的には何とも言えません。なぜなら、楽器は音楽の一部だからです。自分の感覚と深く結びついているはずです。問題は「人間の感覚をテクノロジーで置き換えられるのか?」ということです。たとえば、ロボットで言えば、「ロボットはありとあらゆることがやれるのか?」ということです。未来は科学とテクノロジーの方向に進んでいます… ですが、まだ人間との差はありますね。

 

Header Photo: © Nagata Acoustics