八月 05

ミュージックビデオを撮り続けてきた男:Dave Meyers

ポップミュージックを代表する数々のミュージックビデオを手がけてきた名監督との対話

By Jimmy Ness

 

Dave Meyersの狂乱的なイマジネーションは、現代における最も印象的なミュージックビデオを次々と生み出してきた。1990年代から活動している彼は、これまでにJay-ZからMick Jaggerに至るまで、ジャンルをまたぐ数多くのアーティストのミュージックビデオを手がけており、その数は200本を超える。

 

映画『グッド・ウィル・ハンティング』の監督として知られるGus Van Santとの偶然の出会いに触発されたカリフォルニア出身のMeyersは映像制作の道へ進むと、1997年にオークランド出身のアンダーグラウンドデュオ、The WhoridasのミュージックビデオでMTVデビューを果たした。Meyersはその後もMissy Elliotのキャリアを決定づける11本のミュージックビデオや、Outkastの「Bombs Over Baghdad」、「So Fresh, So Clean」なども手がけ、自身のキャリアを築いていく。2005年にはMissy Elliotの「Lose Control」でグラミー賞の最優秀ミュージックビデオ賞を受賞。またMTV Awardsも11度の受賞歴を誇る。

 

映画と広告の勉強のために途中3年間ミュージックビデオから離れていたMeyersだが、近年は再びこの世界に復帰している。今回の1時間以上に渡るインタビューで、我々は彼のフィルモグラフィーを振り返りながら、低予算やプロダクト・プレイスメントなどの業界が抱える問題について会話しつつ、MeyersのKanye Westとの出会いや、Nasとの撮影秘話、そして1年間で44本を制作した多忙な時代などについても話を聞いた。

 

 

ミュージックビデオを制作する際に、その楽曲のコンテクストを考慮しますか? 例えばNasがGinuwineと共演した「You Owe Me」は、多くのファンが「これはセルアウトだ」と批判しました。

 

ミュージックビデオは良い作品になる時もあれば、悪い作品になる時もある。始める時は良い作品にしようと思うけれどね。Nasの場合は、当時の僕が得意としていたクッキリとしたビデオを彼が欲しがったんだ。あれは結果的に皮肉なものになったね。というのも、僕は好戦的なNasの楽曲を手がけたいと思っていたし、もし手がけていたら、あらゆる賞を彼に渡せていたと思う。そういう好戦的な彼の方が僕自身に近いんだ。でも、仕上がったビデオは、むしろHype Williamsの方が上手くやれていたかのような内容だった。まぁ、そこについては何とも言えないけれどね。ああいう時間が限られている状況では、アーティスト自身でさえも自分のブランドに対する細かな配慮を忘れてしまう時がある。「火曜日が空いているから撮影しよう。予算はこれだけ。さぁ、やろうぜ!」って感じさ。あと、当時の大半のラップのミュージックビデオには、女性をフィーチャーすることが求められていた。今みたいにやたら胸を強調するようなビデオではないにせよ、当時はストリート感があるハイファッションな女性のフィーチャーが求められていて、多くのミュージックビデオがそうしようとしていた。

 

あなたは1990年代後半からラップのミュージックビデオを手がけていますが、白人であることで、何か問題を抱えた時はありませんでしたか?

 

人種問題は一度も感じなかったね。そんなことよりも、ビデオ制作そのものや、僕が何を強調しているかが問題だった。アーバンコミュニティはひとつの考え方に縛られている訳じゃないし、色々な考えがある。例えば、Lil WayneはJay-Zとは完全に異なったビデオを求めていたし、Jay-ZもIce Cubeとは違うビデオを求めていた。それはDave Matthews、Aerosmith、Mick Jaggerにも言えることだよ。ShakiraもJ-Loとは違っていた。

 

基本的に、僕は彼らの考えを上手く表現していくことが仕事だった。それがアーバンでもポップでもね。むしろ、典型的な「白人の音楽」の映像の方が勉強しなければならない部分があったね。僕はアーバンミュージック畑にいたから、このジャンルではすべてのビデオを見てきたし、その元ネタやルーツも全部把握していた。なにせ僕は高校生の時にSlick Rickのためのミュージックビデオを制作したんだからさ。当然カルチャーの違いはあるけれど、彼らは映像を通じて、僕が彼らをリスペクトしていることを感じ取っていた。だから「カッコいいビデオが作れているかどうか」という点以外、特に問題にはならなかったね。

 

あなたのビデオの中には人種や性に対する特定の視点が存在するというコメントが書かれているのを読みましたが、制作時にそういう視点は意識しているのでしょうか?

 

僕が言えるのは、ミュージックビデオではアーティストや彼らの楽曲のストーリーがまずあって、僕はそれに沿うヴィジュアルを生み出すだけだってことだ。だから、そういう視点を意識している「チームのひとり」であることは確かだけれど、それは僕個人ではなくて、当時のコミュニティの視点ってことさ。僕はむしろ「アーバンミュージックをいかに身近にするか」という視点から見てきたし、Jay-ZやMissy Elliotはそこを気に入ってくれたんだ。彼らのミュージックビデオで僕は数々の賞を受賞したし、彼らを身近にしたことで、僕も世界と繋がれた。他の監督はアーティストを身近な存在にすることができなかった。たとえ、それぞれのコミュニティの中で素晴らしいビデオを作ったとしてもね。

 

これが外側から見た自分に対する意見だよ。監督としての僕はそういう存在だったと思うよ。この世界の内側にどっぷりだった頃は、たひたすら楽しむだけだった。どのビデオも「Missy、頭を取ろうか。やってみようよ」、「Jay、そういうのやれるかい?」「Dave、僕はパーティがやりたいんだ」「じゃあパーティをやろう」って感じだった。アーティストたちとその場でセッションしていく感じだったね。彼らが当時何を示そうとしていたのか、そして僕がそれにどう応えていくかって感じだった。だから意識的なものではなかった。

 

 

Carol Vernallisの著作『Unruly Media』では、あなたが手がけたOutkastの「Bombs Over Baghdad」は、パープルのローブに身を包んだゴスペルシンガーや、ブラックプロイテーション的ドラッグ、オランウータン、チンパンジーなどステレオタイプなイメージを使用して、人種に対するステレオタイプに新しい意味を与えようとしていると指摘しています。

 

それは完全に考えすぎだよ。あのビデオでOutkastはアトランタを表現しているんだ。Andre(3000)は自分の地元であるアトランタを大々的にフィーチャーしたいと思っていた。僕にしてみれば、その意見はすごく白人的な意見に思えるね。真のカルチャールネッサンスには思えないな。実際、あのビデオは90年代を代表するビデオとしてファンに選ばれたしさ。あの映像をそう捉えるってのは… まぁ誰でも自由に意見を言えばいいけど、真実を言わせてもらえれば、Outkastは自分たちのカルチャーをビッグなエレクトリックサウンドで表現したいと思っていただけさ。だからステレオタイプとは完全に違うよ。僕たちは女性にボディペイントを施したし、教会とラップを組み合わせている。こういう発想は逆にありえないと思うよ。

 

あの映像のパワーは、例えばバウンスする車などのアーバンカルチャーには欠かせないアイテムや、地元の人たちのお祝いムードを取り込んでいることから来ている。それを世界の誰もが共感出来るようなビデオに落とし込んだんだ。あれはムーブメントのようだったね。個人的にはあのビデオの内容はムーブメントのように思えたし、それこそ僕たちが狙っていたことだった。アトランタのストリートで起きていた興奮がが延々と続く感じさ。僕たちが初めてあそこで何が起きていたのかを大きい視野で捉えたんだ。

 

カメオ出演はどうやって実現させていたのでしょう? Missy Elliottのビデオには沢山のアーティストが出演していますよね。Timbaland、Ginuwine、Aaliyahなど、彼女の友人が常にカメオ出演していました。

 

あれは当時のMissyだからできたことさ。ああいう形でアーティストへのサポートを示すのが流行っていたんだ。特にアーバンコミュニティでね。僕はいつもロックコミュニティや他のコミュニティもそうやって集まったらいいのにと思っていたよ。何故ならみんながカメオ出演でサポートしあう姿はファンにとっては楽しいはずだからね。

 

 

「Pass That Dutch」の1分20秒あたりではあなたもカメオ出演していますよね。

 

そうなんだ。Missyに頼まれたんだよ。僕は撮影をしようとしていて、Missyを掴むエキストラを用意していたんだけど、Missyが誰にも触られたくないから、僕にやれって言ってきたんだ。彼女は僕を信用してくれていたから、僕がやった。ビデオに出るように頼まれたのはあれが初めてだったからナーバスになったし、頼まれてから20分はそのことしか考えられなかったね。

 

あなたとMissy Elliottは仲が良く、協力しあっているという印象です。

 

そうだね。Missyは僕のヴィジュアルセンスを信用してくれているんだ。彼女はいつも自分が好きなものを教えてくれるから、それを使って2人で一緒に遊ぶって感じだね。最近、彼女とまた色々話すようになっているんだ。彼女は今スタジオに入っているみたいだね。僕たちの関係はしばらく時間が空いていたけれど、彼女が好きな物は僕も好きだし、僕が好きな物は彼女も好きって感じなんだ。簡単にわかり合えるんだよね。Pinkと僕もそういう関係だし、Jay-ZやJ-Loともそういう共通点があった。

 

 

 

「Work It」のMissy Elliottの顔についているのはハチですか? どうやって撮影したのでしょう?

 

そうなんだ。1日中セットにハチを置いていた。養蜂家と仕事をしたのはあれが初めてだったよ。ハチは優しいとか色々聞かされていたんだけど、養蜂家が彼の顔にハチのヒゲを生やすまでは、一体どういうものなのかさっぱり理解していなかった。

 

Jay-Zの「IZZO (H.O.V.A)」の3分22秒辺りにはKanye Westがカメオ出演していますね。

 

ああ。あのトラックはKanyeがプロデュースしていた。それで僕のところへ来て、自分のタトゥーを撮影してくれないかと頼んできた。だからJay-Zのところへ行って、「この人誰だい?」と訊いたら、Jay-Zが「あぁ、奴を撮影するのは構わないぜ」と言ってきた。それから1年後に彼がファーストシングルをリリースしてブレイクしたあとの話はみんなが知っている通りだよ。彼はスーパースターになるという凄く強い意志を持っていたと思う。そうなる前から彼はそれを口にしていたし、パイオニアという意味では非常に魅力的な例だよね。彼については延々と話せるよ。

 

Jay-Zの作品をいくつか手がけていますが、数年後にその関係が終わった理由は何だったのでしょうか?

 

僕が撮影監督を変えるのと同じ理由だよ。成長するとそういう変化が生まれるものさ。あの頃の僕はJay-Zの人生の一部だった。当時の彼はまだ独身で、パーティトラックを沢山リリースしたいと考えていた。僕はちょっとエッジの効いた作品を撮ろうと言っていたんだけど、彼は耳を貸さなかったね。今でも彼は「Daveは昔俺のあれをやってくれた奴さ」なんて言うし、仲は良いよ。仲違いした訳じゃない。ただ、クリエイティブな部分の進化が生んだものなんだ。

 

 

 

自分の作品の中で、正当に評価されていないと感じているビデオは?

 

Limp Bizkitの「Boiler」だね。僕の今までの作品の中でお気に入りの1本なんだ。Fred(Durst)はもちろん、誰からも指示されることなく、自分だけでコンセプトを作った作品なんだ。このビデオはちょっとモダンなアイディアを詰め込んだ、僕なりのPink Floydへのトリビュートなんだよ。9.11の1週間前にリリースされたから、すぐに放映されなくなってしまったけれどね。

 

Outkastの「Bombs over Baghdad」では、撮影したフィルムをインドに送ってフレームごとに鮮やかな色づけをしましたよね?

 

フレームごとに色づけするのは僕にとって非常に重要だった。予算がかなりあったんだ。当時最高額の予算だった。別の監督が撮る予定だったのに、ギリギリのタイミングでその監督がキャンセルしたっていうのがその理由さ。だから予算は既にある状態だった。それで僕がアトランタへ出向くと、コンセプトが完全に変わることになった。Andreがその監督がやったことをすべてナシにして、「地元を走り回ってクラブへ行く」というシンプルなアイディアを伝えてきた。凄くシンプルな撮影だったから、予算分の見栄えがしないんじゃないかと思って撮影中は心配だったよ。だからそれから6週間制作スケジュールを遅らせて、色づけを行ったんだ。でも、Big BoiとAndreは「こりゃ綺麗だな。ありがとよ」って言ってくれた。彼らは僕がどれだけプッシュしようとしたかについてちゃんと感謝してくれたし、ビデオも予算に見合った仕上がりになった。僕にとってはキャリアを先へ進める非常に意味のある作品になった。

 

 

鮮やかな色彩は当時のあなたの代名詞でした。

 

そうだね。でもみんなが真似をし始めたし、僕はRihannaのビデオのような方向に変化していった。もっとムーディーなスタイルにね。でもそれでさえも今や当たり前だよね。だからもっとエッジの効いた形で鮮やかな色彩のビデオがまた流行るかもって思っているんだ。長年活動していると、社会がこちらに影響を与えるってことが分かってくるのは奇妙な感覚だよ。自分が一生懸命やっていることがカルチャーの変化になるのさ。当時はカラフルな時代だったよ。

 

2000年代初頭、あなたはひたすらビデオ制作をしていました。当時はどんな状況でしたか?

 

1年で44本撮影したよ。最高だったね。人生最高の時間だった。もうベテランになったし、あの生活を繰り返したいかはちょっと分からないけれどね。当時はそんなことは考えていなかったけれど、クオリティと本数は密接な関係にある。でも、あの1年で約40本を撮影したし、自分のベストワークもいくつか制作できた。7つの賞を取った年だったと思う。みんなステージに上がって僕に感謝していたよ。そんな1年だからまったく後悔していないよ。僕にとっては大切な思い出さ。でも、今の僕は違うステージにいるし、あの生活を繰り返したいかどうかは分からないね。

 

アーティストとして成長するにつれ、より批判的になる。これは時として自分をダメにしてしまうんだ。ベテランアーティストたちがクレイジーになるのはこれが理由さ。だから僕はクレイジーにならないようにしている。ミュージシャンも歳を重ねていくと、なんとか意味のある存在でいようと努力しながら、クリエイティブでもあろうとする。クリエイティブな面が老け込むと、20歳位の若いファンを失ってしまう時がある。奇妙なシーソーのようなものさ。

 

当時のあなたに影響を与えた他の監督は?

 

一番大きな影響を受けたのは、Mark Romanekだね。アーティスト性と視聴者への分かりやすさのバランスが素晴らしかった。他の監督の作品は、「アート」に寄りすぎているなと感じるか、何の深みもないポップ過ぎるビデオで、個性や芸術性が失われているなと感じる時が多かった。でも、Romanekの作品のほとんどすべては、非常に挑発的なヴィジュアルとブランディングが行われつつも、その音楽のファンが満足できるものだった。彼は僕よりひと世代上だけれど、僕の世代で注目していたのはPaul Hunterだね。当時僕らの世代は6、7人いたけれど、Paulと僕は一番よく似ていた。ジャンルを飛び越えて仕事をしていたのは僕と彼だけだった。素晴らしい仲間や競争相手がいる時は、健康的なムードが生まれる。自分も頑張らないとというムードになるよね。でも、今はそうとも言い切れない。予算が少なくなったから、ディレクターを誰にするかという段階で優先されるのは「この予算でやれるのは誰だ?」ってことだからね。こういう場合は良いアイディアが生まれない時がある。

 

 

近年は予算が少なくなっているので、プロダクト・プレイスメントで予算を増やす場合もありますね。プロダクト・プレイスメントについて意見はありますか?

 

プロダクト・プレイスメントにはいつも苦労したよ。目立たないようにするなんて無理だからね。いつだってあからさまなんだ。

 

これはアーティストが何かに縛られていることで生まれる結果であって、僕はその風下に立っているだけだ。言い換えれば、商品と共にアーティストがやってきて、「なぁ、俺はこの車やヘッドフォンを見せなきゃいけないんだ。金をもらうためにはヘッドフォンを3秒間映さなければならない。それをしないとあんたの予算も下りないぜ」って言うってことさ。アーティストがそれに不服な場合は僕も一緒になって戦うし、時としてアーティストが(プロダクト・プレイスメントを)止める時もある。昔だったら彼らは「ありえないね。酷いもんさ」と言っていたよ。

 

でももし、ブランドがまず僕にアプローチしてきて、僕からアーティストにアプローチするという順番なら、そこまで酷いプロダクト・プレイスメントにはならないね。その例が、Katy Perryの「Firework」だよ。あれはDeutsche Telecomが全額出していたけれど、携帯電話は3秒も映っていない。あれはスマートなやり方だったね。一歩引いて全体を見なければ商品には気付かない。Deutsche Telekomからの唯一の注文は、キャンペーンで選ばれた200人の一般人とKatyが一緒のシーンを撮影するということで、僕からの唯一の注文は、東ヨーロッパで撮影するということだった。それで僕はブダペストを選んだんだ。

 

プロダクト・プレイスメントでここまであからさまじゃない撮影はこれまでと違ったから、難しかったよ。Deutsche TelekomからOKをもらうまでに、6本か7本のトリートメント(訳注:撮影やストーリーの概略をまとめたもの)を作ったと思う。Katyも自分のビデオには拘りを持っているから、彼女が3秒間携帯電話を持っているシーンはない。でも、スポンサーに抱き込まれるアーティストはそれが普通だと思ってしまう状況に陥る可能性がある。偉そうに「やらないわ」って言うのは簡単なんだけどね。スポンサーを付けるのが唯一のやり方になるように色々頭を使うがよっぽど難しいよ。

 

 

Outkastの「So Fresh, So Clean」はどうでしたか?

 

AndreとBig Boiは教会と深く結びついていた。そして教会はコミュニティに対して大きな影響力を持っているんだ。当時Big Boiに「教会はファッションショーのようなもので、教会に行く時は、気合いを入れたオシャレをしていくんだ」と言われた。教会でみんなに自分をお披露目するんだよ。僕はこれを凄く新鮮で面白いアイディアだと思った。その日のために用意して、オシャレをして、クラブじゃなくて教会でみんなと顔を合わせるっていうのがね。美容院のシーンのAndreは丁度エキセントリックな彼のキャラクターが萌芽し始めていた頃だったし、この頃のBig Boiはスムースで遊び人的なイメージだった。彼の靴やジャケット、上品なムードは本人の貢献だね。

 

楽曲を何回も繰り返し聴いて歌詞をどのようにヴィジュアル化するかをイメージするのはあなたの仕事の一部ですか?

 

そうだね。でも、楽曲の内容を無視して、単純にその楽曲に合いそうなヴィジュアルを使うべきかなと考える時もあるよ。でも、楽曲のスピリットに恩を感じているんだ。楽曲があってこそ、自分がアーティスト側と一緒に成功できたと思っている部分があるんだ。

 

 

 

”「なんてこった。知らないうちに妥協していたのか?」って思ったよ”

 

 

 

個人的にはその歌詞との連動性があなたのビデオの特徴だと思います。Missyが何か大胆なことを言えば、あなたはそれをヴィジュアルで提示しますよね。

 

確かにそういう風に考えているよ。言ったことをそのまま表現するのを避けようとする自分もいるけれど、「そういうストーリーだしな」と思う自分もいる。ある意味、僕は歌詞の容れ物を作っているようなものさ。もし歌詞にクレイジーなことが書いてあれば、僕もクレイジーなことができるってことになる。アーティストが抽象的なイメージを持っているだけなら、僕のアイディアが却下されるかも知れない。でも、歌詞に明記されているならば、そこに映像を結びつけて、アーティストが触れる機会がなかったような素晴らしいヴィジュアルを提示できる。

 

まず表に出てこないのは僕の書いたトリートメントだね。僕が中道左派的なアプローチでトリートメントを書くと、相手は黙ってしまうし、連絡をくれなくなる。僕はビデオの話自体ががなくなるかもとさえ思うから、こちらから連絡を取って説明すると… アーティストは自分が見たいビデオのイメージを持つようになる。僕の冒険的なアイディアを気に入ってくれるアーティストも中にはいるよ。Limp Bizkitがそうだった。だから僕はあのビデオを気に入っているんだよ。最初、僕は彼が何を求めているかを考えて、トリートメントを書いた。するとFred(Durst)が連絡をくれて、「こりゃクソだぜ。俺が求めているDave Meyersはどこに行っちまったんだ? 自分のトリートメントを書けよ。俺に向けたものなんて書くな」って言われた。

 

彼らは率直に意見を言ってくれたから、僕は「なんてこった。知らないうちに妥協していたのか?」って思って、徹夜で書き直した。Pink Floydの『The Wall』は僕が大好きな映像のひとつで、僕は「壁にエイリアンが張り付いていたり、女の子の口からクソが出てきたり、ビルが爆発したりする奇妙で発狂したような映像とアニメを組み合わせたビデオをやらせてくれるかも知れないな」と思って、そのイメージでトリートメントを書いたら、Fredは「これだよこれ。予算はどれだけ必要なんだ? すぐに撮影しようぜ」と言ってくれた。たまにアーティストがこういう自由を認めてくれる時があるけれど、そういう時は嬉しいね。普通はそのバランスを取る形になるか、コラボレーションのようになる。しかも、最悪の場合は、相手に仕切られて身動きが取れなくなり、とにかく相手の望むものを撮影するだけになる。こういうケースも過去に何回かあったね。

 

 

 

”これからの人にとっては最高の時代だと思う”

 

 

 

2015年、ミュージックビデオは価値があるものだと思いますか? それともコンテンツという意味でその価値は失われつつあるのでしょうか?

 

個人的にはまた価値が出てきたと思っているよ。広告の仕事をするために3、4年現場から離れていたけれど、ミュージックビデオのリーチ、特にファンへのリーチは他にはないほど大きいってことを学んだよ。その大きさに匹敵するのは『ジュラシックパーク』位じゃないかな(笑)。ミュージックビデオは、今でもアーティストがファンと強く結びつくことができるメディアだよ。インターネットの存在よってその結びつきは今まで以上に強くなっているよね。

 

クリエイティブなコミュニティの健全性は「プログレッシブな姿勢」で保たれると思う。たとえ経済的状況が常に不安定だとしてもね。特に長年この業界にいる人にとって、今の状況は怖いと思う。彼らにとっては、それでも新しい人たちがどんどん出てくるということしか分からないからね。だから、これからの人にとっては最高の時代だと思うよ。僕が新人だった頃は、時々予算が少ないビデオの話が出てきて、ラッキーだったらそれを担当できるっていう流れだった。でも、今は殆どが低予算だから、面白い才能を持つ映画学校の卒業生や、iPhoneと編集機材が揃っている人ならば、誰でもビデオを作れるんだ。今はクリエイティブなコミュニティは世界中に広がっていて、アーティストとしては非常に面白い時代だと思っている。子供を持つ父親としては厳しい時代だけどね(笑)。