三月 17

インタビュー:Monolakeが語るミスの重要性

Gerhard Behlesと共にMonolakeを結成したアーティストとして知られるRebert Henkeは、1996年のデビュー以来、ダブ、テクノ、そしてサラウンドサウンドシステムの異端児としてシーンの第一線で活躍を続けてきた。Henkeの生み出した数多の作品はダンスミュージックの形式を取りながらもサウンドの未来を追求するユニークな姿勢が貫かれている。またHenkeはデジタルミュージックの制作/パフォーマンス用ソフトウェアAbleton Liveの共同開発者としてもシーンに大きな足跡を残している。

常に思考と実験を繰り返しているHenkeは現在Abletonからは離れているものの、活動のペースが落ちることはなく、依然として多忙を極めている。2003年にはラップトップとマウスという組み合わせによるライブパフォーマンスから自らを解放するためにMonodeck MIDIコントローラーをデザイン。またサウンドデザインの教授として世界中の教育機関でオーディオエンジニアリングと理論のレクチャーをしている他、Monolakeとしての活動も継続中で、今年は音楽とレーザーを使用したオーディオビジュアルパフォーマンス『Lumière』を発表している。今回はRBMA Radioのインタビューで自身の作品について振り返ってもらった。



Robert Henke - Piercing Music (1993)
「Piercing Music」は水の音を加工したサウンドを使ったインスタレーションから生まれた曲だ。インスタレーションは準備に長時間を費やすにも関わらず、展示は2週間程度で終わってしまう。私はそれを疑問に感じていたので、このインスタレーションで使用したサウンドを記録として録音しておいた。

当時、ピアスを開けようとしていた友人がいた。その頃のピアスはみんながやるようなメジャーな存在ではなかったので、開けるのはある種の儀式のような特別なイベントだった。そしてこの友人がその儀式のBGMにこの音楽を使いたいと言うので、私は快諾したのだが、儀式のあとで周りから「この変な音楽は誰のだい? 気に入ったよ」というフィードバックをいくつかもらった。それでその帰り道にCDを作ってマニアックな店で売るのは良いアイディアなのではないかと考え、実行したのがこの作品だ。

“ゴシックカルチャーが割と好きだ。黒を着るのが好きだし、ピアスも開けているし、タトゥーもしている“

この曲自体はピアスを想起させるような「突き刺す」感じとは程遠く、基本的には穏やかだ。しかし、耳障りな瞬間というか、鋭利なサウンドになる瞬間がいくつかある。水の音のピッチを上げた時に、水と火を混ぜたような、まるで放電するようなサウンドが生まれている。この時の私はダークなBGMのような作品-伝統的なドローン風のインダストリアルサウンド-を生みだそうと思っていた。

私はゴシックカルチャーが割と好きだ。黒を着るのが好きだし、ピアスも開けているし、タトゥーもしている。これらは今となってはたいしたことではないが、1990年代初頭ではまだまだ珍しかった。サンフランシスコに行った時に体にタトゥーやピアスをしている人が沢山いるのを見て非常に驚き、「この世界をもっと探求したい」と思ったのがきっかけだ。



Helical Scan - Index I (1996)
Monolakeは当時まだ2人のユニットだったので、「Helical Scan」は自分1人で作った作品用の別名義として考え出した名前だ。この頃はどのアーティストも別名義を持っていたので、私も深く考えずにこの名前をつけた。「2トラック用意できたが、Gerhardと一緒に制作したわけではないのでMonolake名義は使えないぞ」と思っただけの話だ。

“自分の音楽を聴くたびに非常に恥ずかしい気分になる”

当時の私はまだストレートな4つ打ちが好きだったが、Gerhardは既にそこから離れ、ブレイクビーツやドラムンベースの方向に興味を持ち出していた。Gerhardがビートを組むとブレイクビーツ寄りなトラックになったが、私のビートはまだストレートなものだった。今は私もそこからは離れている。

金曜か土曜の夜にこのトラックを作ったが、レコーディングしてから30分後にはもうクラブでプレイされていた。当時はそういう形でシーンが動いていた。自宅で静かに聴いていたトラックがすぐにクラブの大音量で聴けたのは非常に素晴らしかった。私は自分の音楽を聴くたびに非常に恥ずかしい気分になる。レベルが大き過ぎる、小さ過ぎる、曲が短過ぎる、長過ぎるなど色々なミスに気付いてしまうからだ。自宅とは別の場所で自分の音楽を聴くのはどうも苦手らしい。粗探しをしてしまう。



Monolake - Cyan (1996)
「Cyan」はMonolake名義の処女作だ。これを聴くと、当時は自分たちが本当に純粋だったということが思い出される。クラブミュージックという範囲で考えると、このトラックは間違いだらけだ。まず、私たちはクラシックなドラムマシンを持っていなかったので使っていない。これは金銭的な余裕がなかったこと、オリジナルのドラムサウンドを生み出すことに楽しみを感じていたこと、そしてドラムマシンを使うことがクールだとは思えなかったことが理由だ。コンピューターとシンセサイザーがあれば自分でどんなサウンドでも生み出せると思っていた。

“クラブミュージックという範囲で考えると、このトラックは間違いだらけだ”

しかし、正直に言えば、初めてクラシックなドラムマシンのサウンドに出会った時は本当に感動した。何故みんながこぞって使うのかがはっきりと理解できたし、クールなサウンドだと思った。だが、気付いたのが恥ずかしすぎるほど遅かった。「Cyan」で使われているドラムサウンドは自分たちで作ったサウンドだ。だから非常に奇妙なサウンドだが、今思えば良い意味でユニークな作品になっている。たとえば、ベースラインは「ンー」とハミングをしているようなサウンドだが、これはマイクの近くを飛んでいた蚊の羽音を録音して、極端にピッチを下げたものだ。また森の中の鳥やコオロギの音も使っている。アルペジオはGerhardがJuno 6で弾いたものだが、同期させていなかったので手動で他の機材と同期させようと操作した。それが結果的に面白い効果を生み出している。

今聴くと、すべてのサウンドがユニークで美しく感じる。このトラックは技術的に不足していたという点、そして私たちが未熟だったという点で特別な1曲で、個人的に思い入れがある。



Monolake - Tangent I (1999)
このトラックが好きな理由は、FMシンセをふんだんに使用しているからだ。ドラムサウンドはすべてFMシンセで作った。このトラックは今でも満足していると言い切れる作品のひとつだ。アルバム『Interstate』はChain Reactionからのリリース群で打ち出していた方向性から離れ、ブレイクビーツやドラムンベースの方向へ歩み寄った作品になったが、この「Tangent I」はその中でテクノ寄りの1曲と言える。だが、このアルバムのサウンド全体は所謂テクノとは別の方向性を示していると思う。

私たちにとっては「古きを離れ、新しきに向かう」という意味で非常に面白い時期だった。だが、Abletonが丁度この頃立ち上がったので、Gerhardとの共作としては最後の作品になってしまったというのは皮肉に思える。GerhardはCEOとして会社運営をしていたため、音楽制作の時間が作れなくなってしまった。



Monolake - Static (2001)
このトラックが収録されているアルバム『Gravity』の制作は、私1人で進めなければならなかったという意味で非常に難しかった。このアルバムの制作を通じてGerhardのMonolakeにおける貢献度の高さを再認識することになったが、私にはMonolakeというプロジェクトを終わらせたくないという気持ちがあった。

結局私は「どうしたら良いか分からないが、とにかくMonolakeをソロプロジェクトとして残そう。なんとかして続けよう。それしか方法はない」と決意した。この『Gravity』はGerhardが多少関わっている部分もあるが、ほぼ私1人で制作した。当時は不安な気持ちで一杯だった。1人で活動を続けていく自分が想像できなかったので、プロデューサーまたは作曲家としての自分の未来さえも案じていた。

“物事の本質はかなり時間が経過してから見えてくることが多い”

しかし、私は徐々に自信を取り戻していった。要するに不安を感じる自分、シャイな自分が自分の中から消えることはないのだ。言い換えれば、私は自分が何を得意としているのか、自分の長所が何かを理解しているが、自分があまり得意ではない部分についても理解しているということで、私はその不得意な部分について心配してしまう傾向があるというだけの話だ。

だが、面白いことに自分の得意分野・不得意分野は変化するようだ。私は基本的に雰囲気を作り上げるのが得意だと思っている。それはリバーブだけではない空気感のような部分や、個性のあるサウンドの作成だ。私はシンセサイザーの操作が上手い。だからMonolakeをスタートさせた当時は、Gerhardが大半のリズムを担当し、私がサウンドデザインを担当するというスタイルにしていた。実際自分はリズム向きではないと感じていた。正直に言うと今でもそう感じている。しかし、不思議なことに今は多くの人が私のリズムが非常にクールで面白いと言ってくれる。

物事の本質はかなり時間が経過してから見えてくることが多い。5年後、10年後に聴き直すと、当時はいかがなものかと思っていたパートだったが素晴らしいと思え、逆に最高だと思っていた部分がそうではないと感じるものだ。



Monolake - Cern (2003)
アルバム『Momentum』の中で、この「Cern」は抜きんでて良いトラックだと思う。永遠に作業を続けてしまうという私のクセが出た典型的なトラックと言えるだろう。このトラックは他のアーティストのリミックスとしてスタートした。しかし、テンポを変えることから始まり、最終的にはオリジナルの素材をすべて取り除いてしまったため、自分の楽曲になってしまった。「Cern」というタイトルは、ジュネーブの「Conseil Européenne pour la Recherche Nucléaire」(欧州原子核研究機構)の頭文字から取っている。テクノロジー、研究、科学が本当に好きだからね。元々エンジニアリングを勉強していたので、その世界の成り立ちを常に理解したいと思っている。

通常、私の作るトラックのタイトルは自分に関連している何かから名前が取られている。どのトラックのタイトルも私にとっては何かしらの意味があり、私と関係しているものだ。その関係性は明確な場合もあれば、隠されている場合もあり、どうでも良い場合もある。力強さが感じられないトラック名もあるが、この「Cern」に関しては未来感覚とパワーが感じられるはずだ。CERNにある加速器は、私にとってはパワーを意味する。加速器は数秒間でとてつもないパワーを生みだし、荷電粒子を加速させるからだ。私にとって「Cern」は巨大な加速器の操作に用いられるパワーそのものを意味している。



Robert Henke – Layer 001 (2006)
これはリミックス作品だが、まず言っておきたいのは、ここ数年自分の音楽を上手く整理できるようになっているので、トラックを個別に管理できているということだ。つまり、個々のトラックがきちんと管理されているので、あとで違ったミックスやリミックスがしやすい環境になってきていると言える。良い意味で役所的な管理の仕方になっているので、自分の持っている素材をすべて把握できているなと感じている。

アルバム『Layering Buddah』は通常とは異なるプロセスで制作した。このアルバムは、Mutekへ出向いた際に、スピーカー内蔵型の小さな機材で演奏を行っていた2人に出会ったことがきっかけで制作された。この2人はローファイサウンドのループを使ってオリジナルの音楽を演奏していたのだが、私はそのローファイ感に興味を持った。独特のグリッチ感があり、非常に面白いと思えた。また2台で同じループを異なるスピードで再生すると、面白いコーラス感が生まれるということにも気が付いた。私はこの「ローファイなアプローチで豊かなサウンドを生み出す」というこの矛盾が非常に魅力的だと感じ、結局5分ほどその機材を触らしてもらった後、2人のうちの1人、Christian(Virant)に「この音楽のリミックスをしたい」と申し出た。

このリミックス作業は、私が普段用いている美学とは全く異なる美学を提示してくれたという意味で、私を解放してくれた。実際、このアルバムで使用したプロセスとテクニックは今でも使っている。



Monolake - Silence (2009)
大抵の場合、作業は同時進行していく。音楽を制作している時にアートワークのイメージが生まれ、また全体のテーマが生まれていく。たとえばホワイトボードに「Silence」と書いて、次々と目標やテーマを箇条書きにして制作を進めていくようなことはない。『Silence』では、「より大きなストーリーへの窓口となるアルバム」というコンセプト、「大きなストーリーが隠されていて、いくつかのヒントでそれが見えてくる」というコンセプトが生まれたが、これは次作『Ghosts』でも用いられている。

その「ヒント」は音楽そのものや、ちょっとした文章に隠されている。SFストーリーのような文章からの抜粋の場合もある。そしてそのストーリーは自分の音楽と一緒で、そこに「雰囲気」を作り出すための存在だ。『Silence』は特定の「色」を提示し、音楽を超越した独特のムードを醸し出せたアルバムという意味では、成功だったと言えるだろう。映画ではない映画のような作品に仕上がった。



Monolake - Phenomenon (2012)
自分は向上できるのか? 一般的に優れたアートとはどのようなものか? -アーティストにとってはこれらが最も難しい問題だ。当然の話だが、経験によってプロセスは変化し、歳を重ねるのと共に様々なアートに触れることになるので、向上の可能性はあると言えるだろう、しかし同時に自分の中から純粋さが失われていくのも事実だ。

“大事なのはミスをする自分を許すこと”

たとえば、もし水の音を扱っているコンピューターミュージックのレコードが何枚この世に存在しているかをあらかじめ知っていたら、「Piercing Music」は作りもしなかっただろう。しかし、私は知らなかった。だからあのトラックが生まれた。そういう意味で、自分の小さな世界の外側で何が起きているかについて無知であることはアートを生み出す助けになると言える。しかし、過去にどのような作品が作られ、今どのような作品が生まれているのかを知っていることが刺激になるのもまた事実だ。

ベストなのは、良い形に変化し続けることだろう。変化があれば同じ事を繰り返しているように感じたり、アイディアがひとつだけしかないように感じたりはしないはずだ。実際、アーティストに必要なのはこの変化だけだ。細部の精度を高めながら、常に興味を持って新しい何かを生みだそうとしていけば良い。

大事なのはミスをする自分を許すことだ。新しい何かはミスからしか生まれない。私もキャリアをスタートさせた頃は、沢山のミスを犯した。何故なら無知だったからだ。そして、ある段階まで来れば、アイディアが沢山持てるようになり、知識も豊富になるので、色々な方法でミスを避けられるようになる。「テンポがダメだ。これじゃDJはプレイしない」、「短過ぎる。長過ぎる」という具合だ。こうやって自分で自分の中にルールを定めるようになる。こういう制約は経験によって生まれるものだ。そして新しい何かを見つける助けにもなる。

20年のキャリアを積んだベテランがミスをし続けるにはどうしたら良いのか? -これは他人とのコラボレーションが助けになる。何故なら、他人の仕事の進め方を目の前にすることで、今までとは違う挑戦が生まれるからだ。しかし、面白いことに、最近私は自分の中にまだまだ眠っている部分があると感じるようになっていて、誰かと共同作業をする必要がないと思っている。その代り今は自分でリスクを負うようになった。たとえば今回のレーザーもそうだ。遥かに大変な作業だということが、作業を始めてから分かった。計画当初は全体が分かっていなかったという訳だ。

“リスクを負うことには、大きな何かが先にあるかも知れない小さな扉を開けるような楽しさがある”

一方でリスクを負うことには、大きな何かが先にあるかも知れない小さな扉を開けるような楽しさがある。私はこれを方法論として確立できたので、クールな作品が生み出せるようになった。この方法論を用いながら、自分の可能性を追求していく-これがこの先数年の私の目標だ。何が待っているかは分からないが、自分が気づいていない部分がまだまだ発見できると強く感じている。

ここでの発見というのは、技術的ではなく美学的な発見だ。たとえば、自分が生み出した作品で何ができるのだろうか? どういう作品に仕上げられるだろうか? それらをどう一緒にまとめることができるだろうか? どういう音楽にできるだろうか? どういうストーリーが生み出せるだろうか?というような疑問に対する答えだ。