二月 10

インタビュー:Hudson Mohawke

Red Bull Music Academy 2007の卒業生がスクラッチDJ時代やアルバム制作について語った。

By Julian Brimmers

 

Atariの8ビットサウンド、“未知との遭遇” とでも表現できそうな奇妙なシンセ、そしてスピーカーのコーンを揺るがす超低音のミックス − これらはもはや犯罪として扱われるべきだが、これこそがスクラッチDJの神童だったDJ ItchyがHudson Mohawke名義で生み出したサウンドだった。そして、LuckyMeからリリースされたR&BのブートレグEP「Ooops!」や、マニア垂涎のビートテープ『Hudson’s Heeters』などを含むMohawkeの初期作品群は、すぐにWarp Recordsの目に留まることになった。

 

英国を代表するレーベルのひとつであるそのWarp Recordsからリリースされたファーストアルバム『Butter』は、派手なサウンドを極限まで詰め込むことでビートシーンに新たなスタイルを持ち込み、世界各地のメディアは「Wonky」や「Aquacrunk」など、様々な新語を造り出して彼のそのユニークな音楽をひとつのジャンルにまとめる作業に追われることになった。しかし、Mohowkeは狭いニッチなスペースに留まる存在ではない。後続の作品群を通じて、クラシックソウル、サザンヒップホップ、エレクトロニカ、R&Bを積み木のように組み合わせた独自の音楽を生み出していった。

 

また、Red Bull Music Academyの卒業生であるMohawkeは、同窓生のLuniceと組んだフロア直球型のモダンなインストゥルメンタルヒップホップ(TNGHT)を展開しつつ、Kanye West、Pusha T、Drakeなどのグラミー賞ノミネートアルバムにも参加してきた。Kanyeのレーベル、G.O.O.D Musicの中心メンバーである彼は、その後しばらくソロ名義の活動から離れていたが、2015年に明快なアヴァン=ポップのセカンドアルバム『Lantern』をリリースし、ソロ名義での活動を復活させた。2015年8月にRBMA Radioで行われたインタビューからの抜粋となる今回の記事は、同月に閉店した彼の地元グラスゴーを代表するクラブ、The Archesの話から始まる。

 

The Archesの閉店についてはどう感じていますか?

 

The Archesの閉店は寂しいよね。あそこはクラブ以上の意味を持っていたからさ。あそこは劇場でもあったし、グラスゴーの文化の中心だった。柔軟性の高い、雰囲気のある空間だったね。だから閉店は本当に残念だよ。ドラッグは社会問題だし、軽視するつもりはないけど、今後、他のクラブにおいては、ここまで追い込むような大問題として扱われる必要はないんじゃないかな。クラブがこういう形で完全に消されてしまうのはムカつくよね。あそこはキャリア最初期にプレイしたクラブだった。

 

ツアーに向けたライブの準備はどうですか?

 

面白いね。新しい経験だし、まだまだこれからってところだよ。他のエレクトロニック・ライブアクトで経験があるメンバーと一緒に仕事をしているけど、今のところ俺たちのセットアップは、他のライブアクトよりも「ライブ」に近い形になっているんだ。

 

でも、完全なバンドというよりは、エレクトロニックとバンドのミックスみたいな感じだね。Benがドラム、Redinhoがトークボックスとキーボード、で、俺がサンプルまわりを扱うって感じだよ。既に何本かギグをこなしたけれど、毎回新しいアイディアが生まれるんだ。エキサイティングだよ。俺はDJ出身だし、毎回同じ構成のトラックをプレイするのに慣れているから、バンド形式は新鮮で楽しいね。

 

 

バトルDJだったDJ Itchy時代に使っていたクラシックトラックは?

 

俺が昔良く買っていたスクラッチレコードは、DJ Rectangleとかかな。Dirt Style Recordsなんかを知る前の話さ。でも、最近はそこら辺をまたディグってる。以前よりもグラスゴーに戻る機会が増えているし、昔のレコードをひっくり返しているんだ。『Hee Haw Brayks』や、酷い性感染症の写真がバックカバーに使われている『STD Breaks』、Skratchy Sealのアルバムとかね。

 

アナログレコードからデジタルへの移行は難しかったですか?

 

今はデジタルが隆盛だけど、俺は今でもSeratoのファーストモデルを持っている。初めて見たときに、これは絶対に試したいって思ったのさ。今でもSeratoを使っているけど、ターンテーブルに繋いでる。CDJも持っているし、操作もできるけど、選ぶのはターンテーブルだね。フィーリングの問題だと思う。CDJではターンテーブルのあのフィジカルな感覚が得られないんだよ。CDJが嫌いって言ってるわけじゃない。ただ、直感性に欠けるんだ。

 

 

かつて、Kanye Westのアルバム『Yeezus』がリリースされる前夜にTNGHTとしてSonarに出演したあなたたちが「Blood on the Leaves」をプレイしたのを憶えていますが、TNGHTの「R U READY」がKanye Westの「Blood On The Leaves」に姿を変えた経緯は?

 

俺もLuniceも特に何も考えていなかったんだ。ジャムしてただけなんだよね。最高の音楽っていうのは、得てしてそういう状況、つまり何の期待もしていない時に生まれるものさ。適当にビートを組んだだけだった。TNGHT名義での活動を考える前に、自分のDJで何曲かプレイし始めたんだけど、客からの反応が良いことに気付いた。でも、当時はリリースすることさえ考えていなかったよ。

 

そうこうしているうちに、リリースしても良いかもって考えるようになった。あの頃は2人ともソロアルバムの予定がなかったから、「2人でやるのは面白いし、しばらく続けてみようぜ」って話になったのさ。そこから本格的にスタートしたんだ。最高に面白かったね。当たり前だろって思うだろうけど、アグレッシブで高密度なダンスミュージックをビッグフェスティバルでプレイするのは楽しいんだ。

 

「Blood On The Leaves」に関しては色々試したな。正直に言うと、あまり良く憶えてないけど、俺たちのトラックとKanyeの持っていたサンプルを組み合わせたんだよ。Kanyeはそのサンプルをどう使ったらいいか悩んでいたから、丸1日を使って色々試していった。それであのトラックとの相性が良いって話になって、「Blood On The Leaves」が生まれたんだ。

 

このトラックは元々『Yeezus』のイントロとして使用される予定だったんですよね?

 

そうなんだ。イントロとして使用される予定だった。よく憶えてないけど。

 

アルバム制作において、Kanyeから学んだ部分はありましたか? というのも、『Lantern』は大胆なダイナミクスが随所で確認できます。「Warriors」から「Kettles」への繋ぎでは特にそれが顕著ですよね。

 

ふざけていると思うかもしれないけど、単純にこういう流れにした方がいいって思っただけなんだ。ダイナミクスを大きく変化させたから、人によってはビックリしたかもね。「Warriors」でゴスペルに近い分厚いコーラスを使いながら、「Kettles」の静かでデリケートなイントロに繋いで、そこからまた陶酔感のあるラストに向かっていくっていうアイディアさ。

 

 

『Hudson’s Heeters』を高音質版で再リリースする予定は?

 

埋もれてしまっていて中々見つけ出せないんだよな。CDのクオリティで残っているかどうかも定かじゃないね。多分、MP3で渡したから、WAVファイルで残っていないと思うんだ。最近新しいスタジオに移ったから、音楽制作をスタートさせた時に使っていた昔のコンピュータを整理したんだけど、なにせ自作のコンピュータだから、ボロボロでさ。昔は自分のビートを全部それで組んでたんだ。ロンドンに戻ったら、まだその中に残っているか確認してみるよ。

 

『Butter』と『Lantern』では、制作時のプレッシャーという面ではどちらが厳しかったですか?

 

『Butter』の方がキツかったかな。『Lantern』までの数年間はTNGHTや他のEPもこなして経験が積めていたしね。世間が俺の色々な音楽を聴きたがってくれているっていうのは凄くラッキーだってことに最近気が付いたんだ。もちろん、特定の音楽だけを聴きたいっていう人もいるけど、俺のファンは凄くオープンマインドなんだ。だから、自分の直感を信じて音楽が制作できる余裕が持てる。ファーストアルバムは「気に入ってもらえるのか?」って心配だったけど、『Lantern』では、もっとリラックスできていたし、楽しく制作できたね。