六月 16

Hit-Boy インタビュー

Hit-BoyがGOOD Musicを離れてからの活動について語った。

By Jimmy Ness

 

Hi-Boyはわずか2年の間に母親の家に寝泊まりしていた生活から、Lil Wayne、Eminem、Kanye West、Jay-Zたちと仕事をする存在にまで成長した。「Drop the World」と「N***as In Paris」の2曲をほぼ連続に近い形でヒットさせて共に400万枚の売り上げを記録し、更にはWatch The Throneと共演して11度連続で「N***as In Paris」を披露した。しかし、彼は満足していない。現在27歳、Hit-BoyことChauncey Hollisは、常に自分が理想とするプロデューサーのあるべき姿になろうと努力を続けている。

 

2013年、Hit-BoyはKenye WestのレーベルGOOD Musicを去り、個人での活動をスタートさせた。GOOD Musicを去った理由ははっきりとしておらず、彼に対して否定的な人たちは去るべきではなかったと批判しているが、本人はまったく気にしていない。今まで以上に音楽に集中している彼は、レーベルHits Since ‘87を立ち上げ、Timbalandのキャリアを手本に、少数精鋭のアーティストたちと仕事をしている。長年の友人であるAudio Pushなどとチームを組んでラッパーとしての活動も本格化させた彼は、出所した父親Big Hitとの共作もリリースしている。

 

今回は、新曲「Automatically」と「Show Me Something」をドロップした彼に、Kendrick Lamar、Dr. Dre、GOOD Musicを離れてからの生活などについて話を聞いた。

 

 

2014年は制作面では久しぶりにスローペースだったのでは?

 

今までかなりの数のアーティストに提供してきたことを考えると答えはイエスだね。自分のレーベルに集中していたんだ。『We the Plug』の大半は俺がプロデュースした。聴いてもらえれば分かると思うけど、アーバンなビートは殆ど作っていない。俺たちはこれからのレーベルだし、成長している段階だから、あまり注目されていないけど、シーンに関わっていることに変わりはないし、他のレーベルと変わらない数の音楽をリリースしている。ただ状況が新しくなったから、そこまで注目されていないってだけさ。

 

Jay-ZやKanye West、そしてあなたの仲間の他に、誰か一緒に仕事をしたアーティストはいますか?

 

Beyonceだね。彼女はJay-ZとKanye Westと同レベルだけど、一緒に仕事をすれば、彼女は自分のビジョンを持っていることが分かる。俺がドラムパターンを組めば、彼女から「もっと未来的なサウンドにして」とか、「テクスチャを変えて」とかリクエストがある。だから彼女と一緒に仕事をするのは楽しいね。自分のビジョンを持っているからさ。

 

ビートはあるアーティストに気に入られなくても、他のアーティストにピックアップされる場合があります。あなたにもそういう経験がありますか?

 

俺のヒット曲のほとんどが、他の誰かがピックアップしなかったビートなんだ。ほとんどすべての楽曲は、元々他のアーティストのために用意したものさ。

 

 

 

Kendrick Lamarに「Backseat Freestyle」を提供しましたが、これも元々はCiaraのために作った曲ですよね?

 

そうなんだ。元々「Hit Boy」という楽曲名だった。彼女が今でもEpicと契約しているかどうかは知らないけど、当時はEpicからこれがシングルになると言われていて、彼らもリリースに向けて盛り上がっていた。だけど、結局そこから先は何の連絡もなかった。それで、Kendrickと仕事をするって話になった時にこのビートを聴かせたら、本人がかなり気に入ってさ。これはKendrickのためのビートだったって訳さ。

 

収まるべきところに収まったって感じだね。だから今は自分のビートに関して心配するのをやめたんだ。昔はこういう状況になるといちいち苛ついていた。「なんだよ、俺の音楽は自分が希望するレーベルには拾われないのか?」ってね。だけど、正しいアーティストの元へ届かないといけない。俺はそれを「N***as In Paris」で学んだよ。あの曲は7、8人のアーティストが使う可能性があったけど、そこで収まる運命じゃなかった。あの曲はビッグアーティストのための曲だったのさ。

 

あなたはレコードディガーですか? サンプルは自分でディグするのでしょうか?

 

持っているサンプルの数は多いね。俺は地元の仲間のDon Cannonと一緒に制作をしているんだ。彼は長年の友人で、いつも大量のサンプルを渡してくれる。それを必要な時に聴くって感じだ。俺はサンプリングもするし、キーボードも弾くし、ドラムも叩く。自分がどう感じているかで変わるんだ。メロディーが欲しいなと思っていると時は様々なサンプルや楽曲を聴いて、ピタリと来るものを探すね。

 

「Backseat Freestyle」にはラテングループThe Chakachasの楽曲のサンプルが使われています。「Ah ring-ting-ting, ah ring-ting-ting」と歌われている部分です。これは自分でディグしたサンプルでしょうか?

 

あれは他のプロデューサーからもらったんだと思う。俺の知人がくれたサンプルの中にあれが入っていたんだ。「なんで誰も使わないんだ?」って思ったよ。で、「Backseat Freestyle」で使ったら上手くいった。実際のバージョンは歌い直してもらったと思う。

 

 

自分のレーベルHS87をスタートさせた時はナーバスでしたか? それと確固たる自信がありましたか?

 

俺は常に自信を持っているよ。俺はいつも世間が間違っているってこと、そして自分は何かを成し遂げられるんだってことを証明しようとしている。自分のレーベルの立ち上げは大変だったね。山あり谷ありさ。レーベルを通じて世間に自分がやろうとしていることを伝え、理解してもらい、サポートしてもらわないといけない。だからベストを尽くしながら自分を乗り越えて、成長を続けていかなければならない。特定のやり方に拘りすぎてもいけないし、瞬間的にヒットする作品に拘りすぎてもいけない。レーベルはそういうもんじゃない。俺は自分が作りたい音楽を作れるという状況にいられることにハッピーなだけだ。

 

ヒット曲を作って、さっさと引退する気はまったくないってことですね。

 

まったくないね。そんなのクソ食らえさ。ありえないね。大体、俺はまだキャリアをスタートさせたばかりだしさ。実際、今日俺をここにこうして座らせる理由になったヒット曲でさえも、俺は「成し遂げた」とは思っていない。今の俺は14、15歳のガキだった自分とは違う。音楽を続けて、成長しながら前に進むだけさ。

 

 

 

"過去のあらゆる自分を乗り越えて、「N***as In Paris」だけのアーティストにはならないように注意している"

 

 

 

疑念や恐怖は常にあるし、苛だちや不安もある。だけど、それは創作活動には付きものなんだ。俺はかなりの変人だし、常に周囲や自分の力になろうとしているし、意味のあるプロデューサーになろうとしているから、かなりのプレッシャーが自分にかかっているんだ。嫌なことも沢山ある。音楽、ヴォーカリストとしての自分、リリックのデリバリーなどで、過去の自分を上回ろうとしているんだ。昨日の自分を超えるのが一番大事で、他人が気に入って買ってくれたり、プレイしてくれたりするっていうのはボーナスさ。誰にも言ったことがなかったが、俺は「N***as In Paris」の成功を追いかけようと拘り過ぎてしまって、失敗したんじゃないかと感じたこともあった。13回連続でパフォーマンスした時みたいに世間がクレイジーに求めるような曲じゃなきゃダメだってね。すべてがそうならなきゃいけないという考えに囚われ過ぎて、そうならなければ成功じゃないと思っていた。でも、実際はそうじゃないのさ。

 

あなたのキャリアは2007年にあなたが使っていたスタジオの向かいのスタジオにいたPharrellやKanyeに出会ったことで大きく変化しました。千載一遇のチャンスを活かそうとういう自分の意志に導かれてきたと感じる部分もありますか?

 

毎朝起きるたびに自問するし、昨日よりも成長したいという気持ちが生まれる。なぜそうなったかというと、世間が話題にするような立場に自分がなったからさ。世間は俺が「N***as In Paris」のような曲を得意にしていると思ったんだ。でも俺はポップやR&Bから始めて、たまたま違うサウンドに辿り着いたってだけさ。だから世間が俺をトラップのプロデューサーやビートメイカーだとカテゴライズするのにはかなり苛立ちを憶えたよ。だけど、あの曲が多くの人たちを俺と結びつけてくれた曲だってことを理解しなければならなかった。それを胸に自分のやるべきことをやれば問題ない。俺は過去のあらゆる自分を乗り越えて、「N***as In Paris」だけのアーティストにはならないように注意している。

 

 

プロデューサーとしてThe Underdogsから受けた影響について教えてください。

 

若い頃はとにかく彼らから大きな影響を受けたよ。16、17、18歳の頃の俺にとっては最高のグループだった。昔俺の叔父と一緒にTroopというグループにいたSteveが、The Underdogsと一緒に沢山の楽曲を作っていて、彼らと契約をしていた。だから俺はハリウッド郊外のカフエンガにあった彼らのスタジオに行って、一緒に音楽を作るようになった。でも、彼らから契約の話を持ちかけられた時に、彼らから離れて自分の音楽に戻ったのさ。だけど、ブリッジや展開、コードなどの音楽性は彼らから多大な影響を受けたし、今でも影響を受けている。

 

子供の頃は親戚や家族が集まる時にパフォーマンスをしていたのでしょうか?

 

自分のバースデーパーティとかでね。母親にラップしろっていつも言われたし、まぁ、自分でもやりたかったんだけど。大好きだったIce Cubeの真似をしたり、R. Kellyの曲を歌ったりね。まぁ家族の集まりではよくある話さ。

 

R&BグループTroopに所属していたあなたの叔父Rodneyがあなたの才能を初めて見出した人だったそうですね。

 

自分をある程度信じること、他のことにも目を向けても良いこと、逆に音楽だけに集中しても良いことを教えてくれたし、俺なら何を選択しても自分の望み通りになってハッピーになれるだろうと言ってくれた最初の人だった。だから俺は自分の好きなことをしていくよ。自分が嫌な相手や上司にへつらうつもりはないね。だから俺に自分を信じろと叔父がアドバイスしてくれたことを嬉しく思う。彼はすでにそういう経験をしてきたし、素晴らしいチャンスを失ったと感じていたからそういうアドバイスをくれたんだ。俺は、叔父が好調で多くの人に囲まれていた頃から、色々と落ち込んで周りに人がいなくなっていった状況を見て学んだんだ。だから直接レッスンを学んだわけじゃないけれど、あらゆることを見て学んだのさ。

 

GOOD Musicを離れた時も同じような経験をしたのでしょうか? 自分の本当の仲間が分かったのでしょうか?

 

 

 

 

"俺はいつも弱者側だと感じている"

 

 

 

さっき君に去年はスローペースだったと言われたけれど、それは以前ほど周りに人がいなくなったからさ。もうビッグな奴とはつるんでいない。俺は自分ひとりで自分のことをやっている。それが形になるには時間がかかるし、周りの信用を得て、彼らに理解してもらうのにも時間がかかる。だからとにかく自分のやるべきことを続けるだけなんだ。自分が良い人間であるならば進歩できるだろうし、自分の道を作って、好きなことをやっていけるようになるんだ。

 

あなたはセレブ的な人気を求めるよりも、才能のある仲間をプロモートしていくことに力を割いていますね。

 

俺はいつも弱者側だと感じているし、常にけんか腰だ。何故なら自分が望んでいる形で信じてもらえたことが一度もないからさ。だからフォンタナの自分の部屋にいたガキの頃と何も変わっていない。音楽以外に何もないっていう状況さ。それが今の俺だ。

 

ひとつのことだけをやっていると思われる状況に身を置かなければいけない。世間は特定の音楽をやっている人を見たいと思っている。プロデュースだけをしているような存在を待っている。でも、成長し続けなければならない。世間は俺のことなんてちっとも知らなかったのに、今は俺のことを話題にしている。俺を示し、俺を証明し、音楽を作り続ける必要があるんだ。

 

若い頃のあなたは音楽に集中したいという理由であまり外に出ず、自分の部屋でかなりの時間を過ごしましたよね?

 

それは叔父の影響があるんだ。叔父には「パーティみたいなくだらないことには参加しすぎてはいけない。自分の助けにはならないぞ。自分がやりたいことだけをやるんだ。それを続けていれば、気がついた時にはクレイジーな何かを成し遂げているだろう」ってね。だから俺はその通りにした。俺は自分がどこに向かっているのかも分からず、自分のサウンドが何かも分からず、自分自身も分かっていない状態で、ただ音楽が好きだという理由だけでここまで来た。「俺は音楽が作れる。俺は音楽で人を動かせるんだ」って思っていた。ビッグアーティストのために人を動かす曲を作れた。今は自分が何をしたいのか、自分が何なのか、自分のサウンドは何なのか、自分がどう成長したいのかについて昔よりも理解している。今は適当なその場任せじゃなくて、自分で理解した上で音楽を制作できている。

 

「Big Hit」で父親にスポットライトを当てた時は多くの人たちに喜んでもらえた。俺の父親は人生の大半を刑務所で過ごしたけれど、手紙で連絡を取り合っていたし、いつか音楽を作ろうってずっと言っていた。こんなことは今まで誰もやらなかった。そして、多くのひとたちが「Grinding My Whole Life」の父親のヴァースは最高だって言ってくれた。

 

その理由は彼がリアルだからさ。どこへ言っても、父親の作品がいつリリースされるのか、父親の現状はどうなっているのかを訊かれるけど、それは彼がリアルなアーティストだからさ。これが今の音楽シーンの大半で欠けているものだね。リアリティがないんだよ。ほとんどすべてのラップソングはただラップしているだけだ。同じリリックで、ビートも同じ。だから人生を通じて傷つき、悩み、辛い経験をしてきた父親のストーリーは、本物のアートや本物の人間に出会えていない人にとっては新鮮なんだ。

 

 

 

Dr. Dreが自宅に来たそうですね。

 

俺の友人のFuzzyに数曲聴かせている時に、奴が最近Dr. Dreと一緒に仕事をしているっていう話になって、ターザーナの俺の家に2人で来たんだ。ちょっと寄ってくれただけだったけど、すぐアイディアが生まれたよ。Nipsey Hussleの「Alert」って曲は元々Dr. Dreのために書いた曲さ。俺の家で彼にこれを聴かせると、かなり気に入ってくれたけれど、帰り際に、「今はこういう曲を求めていないんだ」と言われた。でも俺は気に入っていたから、Power 106のYesiに送った。すると彼女が気に入ってプレイしてくれた。だからこの曲は勝手に世間に出て行ったようなものさ。元々は俺のためじゃなくてDr. Dreのためのものだった。そのあとで、Nipseyが気に入ってくれて、俺がヴァースを作ると、「こりゃドープだ。ドロップしよう」という話になった。多少話題になったけれど、とにかくこれはDr. Dreが家に来たことにインスパイアされて作った曲なんだ。

 

最近はYGと仕事をしているとか?

 

いくつかアイディアを試したよ。アトランタに飛んで、YGとTravis Scottと仕事をしたんだ。それぞれ数曲出来たから、彼らが仕上げてアルバムに使ってくれればいいなと思っているけれど、今はとにかく俺と一緒に仕事をしたいっていう人たちとコラボレーションをこなし続けている。Travisは「Jay Z Interview」に俺が出た時に来ていたんだ。当時の奴はまだガキで、とにかくスタジオに入りたがっていたね。だから奴のことは結構長く知っているんだよ。YGは2006年位から知っている。仲は良いね。Ty Dolla Signとも一緒に仕事している。とにかく音楽を作っているんだ。

 

他に取り組んでいるプロジェクトは? 何かサプライズはありますか?

 

俺はクオリティの高い音楽が好きなんだ。ジャンルは問わない。Toro Y Moiとも一緒に仕事をするつもりだ。スタジオに入って色々アイディアを試してみるんだ。The XXもだね。

 

最近2枚のレコードをドロップした。「Automatically」は俺がラップしている楽曲で、ニュージーランドのSmokey Beatzって奴と一緒に作った。Smokey BeatzはTop Dawg EntertainmentのJay Rockのために曲を作ったよ。「Parental Advisory」がそうさ。あとはB. Carrをフィーチャーしている「Show Me Something」だ。B. Carrは「Grinding My Whole Life」にも参加しているよ。俺のブラザーさ。Cardo Got Wingzがプロデュースしたんだ。