五月 01

インタビュー:DJ QBert

圧倒的なターンテーブルテクニックとユニークな視点でヒップホップだけではなく全ジャンルに多大な影響を与えてきたInvisbl Skratch Piklzのオリジナルメンバーが1999年に受けた貴重なインタビューを紹介する  

By Frank Broughton

 

Richard Quitevis aka DJ QBertは、30年に及ぶターンテーブリズム史の中で大きな存在感を放っている。サンフランシスコ出身のQuitevisは15歳でDJを始めたあと高校のカフェテリアで開催されたDJバトルでMix Master Mikeと知り合うと、1989年にDJ Apolloを加えた3人体制でDJクルー “Invisbl Skratch Piklz” を結成。それぞれがドラム、ヴォーカル、ベースラインを担当したこのクルーは世界初のターンテーブリズムバンドとなった。

 

Quitevisは1990年代前半のDJバトルシーンを圧倒した。QuitevisはApollo、Mikeと組んだRocksteady DJs名義で1992年のDisco Mix Club(DMC)World Championshipsで優勝した他、1994年にもMikeとのDream Team名義で優勝した。そして1990年代後半に入ると、Quitevisはのちに映像化されたアルバム『Wave Twisters』(1999年)など、シーンに大きな影響を与えるミックステープを次々とリリースした。そしてそれから20年が経った今も、DJ QBertは積極的に世界を回っている。

 

今回紹介する1999年に行われたDJ History.comのインタビューの中で、QuitevisはターンテーブリズムのルーツやDJバトルシーンにおける自分の立ち位置、来たるべき未来について語っている。

 

 

 

 

DJバトルを含むターンテーブリズムがオールドスクールヒップホップを守ったと思いますか?

 

ターンテーブリズムはヒップホップの一部だけどかなり無視されているよね。ヒューマンビートボックス、ブレイキン、グラフィティと同じように、昔からあったのにずっと見過ごされている。

 

 

ヒップホップ黎明期はDJが中心でしたが、徐々にMCが中心の時代へと変わっていきました。近年のターンテーブリズムはDJのリベンジと言えるのでしょうか?

 

リベンジだとは思わない。どちらかと言うと進化だ。俺は昔からMCよりもスクラッチを聴いてきた。いつもスクラッチをチェックしていたんだ。他の連中が何をチェックしていたかは分からないけど、スクラッチよりMCの方が簡単なのは確かだ。スクラッチは楽じゃないし、ポエトリーよりも進化に時間がかかる。

 

ポエトリーは何百年も前から存在するけれど、スクラッチは1970年代後半に始まったばかりだ。だからまだ新しい。それゆえに進化に時間がかかるのさ。でも、かなり完成形に近づいていると思うし、世間もひとつの楽器として捉えるようになっている。

 

ピアノやギターは昔からあった楽器だから、世間はこれらを当たり前の存在として扱っている。でも、繰り返しになるけれど、ターンテーブルが誕生してからまだそこまで長い時間は経っていない。だから世間がこれを楽器として捉えるようになるまではまだ時間がかかるんだよ。

 

 

ターンテーブル人気がここ最近急速に高まっている理由はどこにあると思いますか?

 

色々変わったことがやれるからだと思う。楽器として扱える非常に興味深い機材だ。最近のキッズがギターやピアノを習う代わりにターンテーブルとスクラッチを学んでいるっていうのは面白い話だよね。

 

USでスクラッチが盛んなのは大都市だけだ。でも、日本はタイトだよ。仲間意識が強いし知識も豊富だから、ターンテーブルがエレキギターより売れているんだ。

 

 

UKも日本と同じです。また、最近はターンテーブルだけを使って制作されたアルバムがリリースされるようになっています。ここまで多くの人たちがのめり込んでいる理由はどこにあると思いますか?

 

黎明期は何回かスクラッチするだけだったし、テクニックの種類だって少なかった。同じスクラッチが何回も繰り返されていたんだ。でも、今は成熟期を迎えようとしている。俺に言わせれば、20歳になるところなんだ。USで飲酒が許される年齢は21歳だ。つまり、ターンテーブリズムは大人になる直前なのさ。大人の階段を上っているところなんだ。以前と比べるとターンテーブリズムには知性が注がれるようになっているし、熟してきている。知的な側面が強まってきていると思うし、様々なスタイルで表現できるようになっている。でも、誕生直後は今とは完全に違った。ソロでアルバムを制作するなんてまず不可能だった。

 

 

ターンテーブリズムは今後どのように進化していくと思いますか?

 

色々な方向に進んでいくと思うよ。エレキギターがいい例さ。フラメンコギターやカントリーギターがある。パンクロック、ロック、スラッシュメタル、ジャズなどでも使われている。

 

 

多用途な楽器になっていくと。

 

無限に近い多用途性を持つ楽器になるだろうね。永遠に進化を続けていくと思うよ。なぜなら、色々なサウンドを鳴らせるからさ。その種類は無限だよ。録音さえされていれば、何だってスクラッチできる。色々使えるんだ。笑えるくらいね。

 

 

最初にアンサンブルを組んだDJは誰だったのでしょう?

 

俺たちが始めたのは1988年、1989年頃で、Mixmaster MikeとApolloが一緒だった。俺たち3人でターンテーブルバンドを組んだのさ。他のDJたちがミックスをしている中、俺たちはすべてをスクラッチした。俺たちが世界初のターンテーブルバンドだった。ひとりがドラム、ひとりがヴォーカル、ひとりがギターリフを含むその他をスクラッチした。色々な形で音楽を構成したオーケストラ的なサウンドを目指して実験を繰り返していた。

 

 

あなたたちが世界初だったんですね。

 

俺たちと同じことをやっている連中を他に見たことがないからね。俺がスクラッチでドラムビートを刻んでいると、Mixmaster Mikeがやってきて、そこにスクラッチを合わせ始めたのがすべての始まりだった。で、そこに居合わせたApolloが「クールじゃん」って言って加わったのさ。

 

 

偶然だったんですね。

 

その通り。完全な偶然だよ。

 

 

そこからどうやって進めていったのでしょう?

 

そこからは単純にプレイを重ねていった。楽しみながら色々なサウンドをフリースタイルでプレイしていたよ。レコードを入れ替えながら色々な組み合わせを試していた。最初は3人でDJミックスをする予定だったんだけど、結局、ミックスは半分くらいで、ターンテーブルバンド的な意味合いが強いグループになった。

 

 

普通の楽器を演奏するバンドとして活動する予定は?

 

そういう方向性を試したことがあるんだけど、やっぱりターンテーブルで何ができるのかというところにフォーカスしていきたいね。そこが俺たちの特徴だからさ。ターンテーブルだけっていうのがね。ターンテーブルなら普通のバンドの真似ができる。だから、他の楽器と一緒にプレイするんじゃなくて、まだ誰もやったことがないことを追い求めていきたい。ターンテーブルだけの演奏を通じてね。

 

 

 

 

Jazzy Jeff、Cash Money、そしてフィリー系DJたちはあなたにとってどの程度重要なのでしょう?

 

超重要だよ。トランスフォーマースクラッチを生み出した存在だし、スクラッチをネクストレベルへ高めたんだからね。彼らのユニークなスタイル、ユニークなスクラッチはそれまでなかったものだった。それまではフォワードとスタブしかなかった。そこに彼らが新しいテクニックを持ち込んだんだ。しかも、持ち込むだけじゃなくて、進化させていったんだ。彼らは長い時間をかけながら色々な要素を組み合わせていった。世間に知られることなく時間をかけて研究した。だからユニークなスタイルを築くことができたんだ。だから世に出た瞬間に斬新なスタイルとテクニック、パターンを打ち出している存在として認識されたのさ。スクラッチを完全に別物にしたんだ。

 

 

当時、スクラッチシーンのようなものはあったのでしょうか? Spinbadという人物がいたという話ですが。

 

Spinbadがトランスフォーマースクラッチの生みの親だってのは俺も知ってる。でも、彼のはスローバージョンだったんだ。それを見たCash MoneyとJazzy Jeffが自分たちのものに改良したのさ。優秀だった彼らは一気にレベルを高めたんだよ。

 

 

Cash MoneyはトランスフォーマースクラッチをDMCで披露しましたよね。

 

そうだね。レコードで初めてやったのはJazzy Jeffだったけど、名前を付けたのがCash Moneyだった。

 

 

Jazzy Jeffのそのレコードが何だったか覚えていますか?

 

Jazzy Jeff & the Fresh Prince「The Magnificent Jazzy Jeff」だよ。

 

 

トランスフォーマースクラッチがターンテーブリズムの大きなカギになったんですか?

 

カギではなかったよ。単純にテクニックのひとつだった。ターンテーブリズムのカギになったのは、フィリー最高の2人が常に競い合っていたという事実さ。彼らが常に競い合っていたことでテクニックレベルがかなり上まで引き上げられたんだ。だから世間は彼らの存在を知った時に「こいつらどうなってるんだ?」と驚いたのさ。2人のライバル関係がターンテーブリズムを変えたんだよ。

 

 

ビートジャグリングも重要でしたね。

 

最初はGrandmaster Flashだった。そのあと、Cash MoneyのようなDJが続いた。Cash Moneyは1987年の時点でビートジャグリングをしていたね。そのあと、Steve Dがそのスタイルを拝借して色々アレンジしていったんだ。

 

 

バックスピンを含むGrandmaster FlashのDJテクニックがすべての基礎になったということですかね?

 

そうだね。シンプルにビートを前後させるテクニックがすべての基礎になった。Grandmaster Flashはビートを鳴らしながらビートをカットした世界初のDJだった。ビートジャグリングのオリジナルだった。

 

 

 

 

Steve Dがビートジャグリングを披露したのはいつでしたか?

 

1990年のDMC USAだね。

 

 

彼はそのDMCで優勝したのでしょうか?

 

いや。するべきだったけどね。当時のジャッジは彼がどれだけ優れているのかを理解できなかった。あの頃はボディトリックが主流だったから、見た目の派手さに騙されてしまったのさ。

 

 

今はもうボディトリックは使われていないのでしょうか?

 

まだ使われているよ。でも、最近はピュアなテクニックとサウンドが問われるようになっている。ミュージシャンシップが重要になっているんだ。

 

 

 

※:このインタビューは1999年に行われたものを再編したものです。© DJ History

 

Header Image:©Thud Rumble LTD

 

03 May. 2019