十月 14

Interview: David Novak

カリフォルニア大学民族音楽学准教授、『Japanoise』著者が語るノイズ、フクシマ

By Todd L. Burns

 

カリフォルニア大学サンタバーバラ校の音楽学准教授David Novakは、民族音楽学を専門としポピュラー・ミュージックの世界的な流布、特に日本のノイズ音楽とそのアメリカにおける受容を研究対象としている。20年に及ぶ様々な現場におけるフィールドワークに基づいた著作、『Japanoise: Music at the Edge of Circulation』を2013年に刊行した彼ほど、ノイズ・シーンの概観を語れる人物はそういない。研究を始めたきっかけとその過程における驚くべき出来事、そして実験的ギタリスト兼作曲家の大友良英と彼の福島県における活動などについて、Todd L. Burnsが話を聞いた。


 

 

まずはノイズと出会ったきっかけについて教えて下さい。

 

1989年に日本へ初めて行きましたが、当時は日本のエクスペリメンタル・ミュージックやアヴァンギャルド・シーンを知っていた訳ではありませんでした。簡単に手に入るものではありませんでしたから。その存在を知ったのは、アメリカに戻ってカレッジ・ラジオのDJになり、CDやカセットが色々手元届くようになってからです。ですが、日本のカルチャーに結びつけられないような音楽でしたし、どこの国の音楽なのかも分からないような音楽でした。パッケージも良く分からない抽象的なものが多く、情報も書いてないに等しかったですね。丁度その頃、こういう音楽を好む人たちが出始めて、彼らが「Japanoise(ジャパノイズ)」と名付けたのです。

 

その後、8、9年ぶりに再び日本へ向かいました。当時の私は民族音楽学を専攻する大学院生でした。日本へ向かう前は、インドネシアでガムランを学んだり、ロックバンドに所属したりしていましたが、日本へ行って、どんな状況なのかを確認したいと思ったのです。何故なら日本のアンダーグラウンド・シーンは大きいだろうと予想していたからです。実際、日本の音楽シーンは本当に大きいですが、ノイズ・シーンは非常に小さなものでした。ですので、研究を簡単に進められました。何故なら私は民族誌のフィールドワークをしていますし、人類学者ですから、ミュージシャンと一緒に過ごしながら、彼らにインタビューを行い、意見を拾っていくという作業が中心だからです。もし彼らが1000人や2000人も集めるようなポピュラーな存在だったら、ここまで簡単に研究を進めることはできなかったでしょう。

 

そういう意味で、私の書いた『Japanoise』は、シンプルで分かりやすい民族誌になっていますが、ノイズ自体の成り立ちは複雑です。何故ならノイズというジャンルは非常に複雑だからです。ノイズの歴史は様々な事象をこちらで上手くアレンジして組み合わせないと語れません。私が本の中で書いているように、ノイズの歴史は1本の直線ではなく、フィードバック・ループのような形態なのです。

 

 

アメリカでノイズを聴いていたあなたは、当然ながらある種の期待を抱いて日本へ向かったと思いますが、そのシーンの小ささに驚いたという発言がありました。他にも驚いた点はありましたか?

 

何点かありましたね。まず、日本のノイズは非常に具体的な美学に基づいていて、彼らは特定の事象にのみ興味を持っていた点です。また、「ノイズ」と呼ばれる音楽の幅がかなり広かったという点も意外でした。ギターやエフェクターの演奏は勿論、そして何かをステージで破壊する行為もノイズでした。決まったサウンドやスタイルがあるというよりは、生み出されるフィーリングに共通点があります。

 

また、彼らが自分たちを「ノイズ」と呼びたがらなかったことも驚きでした。「Japanoise」という言い方は特に嫌がっていましたね。そのアイディア自体を拒否していましたし、特定の言葉で表現されるのを嫌がっていました。私はてっきり、「Japanoise」という世界的に有名なジャンルを生み出したことを誇りに思っているだろうと予想していたのですが、彼らは「Japanoise」という言葉は大きな間違いで、アメリカ人は誤解していると考えており、「そこまでシリアスに考えて欲しくない」と多くの人たちに言われました。ですが、私から見れば彼らは真剣に取り組んでいましたし、真のアートを生み出していたので、その意見は非常に興味深かったですね。

 

彼らの圧倒的で衝撃的なパフォーマンスにも驚きました。アメリカのノイズ系のライブは、古びたギターアンプや安っぽいPAを通して鳴らすようなものでしたが、それに比べるとサウンドが遥かにラウドでした。また、素晴らしいプロフェッショナルなPAシステムを腕の立つエンジニアがオペレートしていました。PAシステムが舞台裏にも用意されているようなヴェニューもありましたね。50人か100人しか集まらないようなヴェニューに、アメリカならば1000人クラスのヴェニューで使われるようなシステムが導入されていました。

 

オーディエンスがいかにもアンダーグラウンドだという格好の人たちだけではなかった点も意外でした。オーディエンスの中には仕事帰りのスーツ姿の人たちがいましたし、パフォーマンスをする側にも職場から直接来ている人たちがいました。アメリカのノイズ・シーンとは多くの点で異なっていました。日本のシーンはアメリカとは違うカウンター・スピリットを備えています。それは一時的な衝動というよりは、長期的なものです。

 

 

「そこまでシリアスに考えて欲しくない」 と言われた − これはどういう意味でしょう?

 

まず、ノイズは非常に面白い音楽だということです。例えばIncapacitantsは最も有名なノイズ・グループのひとつとして知られています。実際、ライブ中の彼らはよく動きますし、強烈なパフォーマンスを披露します。ですが、同時に非常に面白い人たちなのです。私が授業や会議などでIncapacitantsの映像を見せると、必ず笑いが起きます。彼らには何か笑ってしまうような面白い要素があるのです。本人たちも冗談ばかり言っていますし、レイドバックした面白い人たちです。暴力温泉芸者も非常に面白いアーティストで、日本国内では何度かメディアに出てジョークを披露したこともありました。

 

ですが、日本へ向かった時の私の考えはそうではありませんでした。日本のノイズ・シーンは非常に真面目で、政治的意見を前面に押し出しているはずだと予想していたのです。ダークで暴力的なのではないかと。ですが、そのような要素はありませんでした。革命主義のパンクスより、普通の中年の一般人のような人たちを見かけることも多かったですね。

 

でも、日本のシーンは多様です。例えばより有名なMerzbowはまた全然違ったタイプで、アメリカで理解されている日本のノイズのイメージを体現している存在と言えます。話を戻しますが、日本のノイズ・シーンの人たちは、自分たちがやっていることが誤解されているのではないかと不安に感じていました。ノイズは学術的、美術史的な流れを汲んだムーヴメントだと考えている人がいますが、実際のノイズ・シーンは、「そうじゃないですね。ただのロックですよ。1977年の段階でシンセを買う余裕があったら、シンセを買っていたと思いますよ。その代わりにエフェクターを買って、最高に凶悪なサウンドを生み出そうとしているだけなのです」と言う人たちが多いのです。私はここに面白さを見出し、研究対象にしようと思いました。

 

Merzbowはタイプが違うということですが、どんなところが違うのでしょう?

 

まず、ノイズ・シーンの有名なアーティストたちの多くが大阪出身であるのに対し、彼は東京出身です。また、世界的に有名なアーティストでもあります。日本でパフォーマンスをする時もありますが、出来る限り多くのレーベルから作品をリリースすることに重きを置いています。

 

また、彼の知性と政治性、そして独自のテーマに基づいた自己追求は特殊でした。彼はボンデージやSMなど、後にアメリカが日本のノイズのイメージに結びつけるようなトピックに興味を示していました。Merzbowはこのような対象に知的興味を示していたのです。彼は出版した写真集の前文でこの点について言及していますし、『緊縛の為の音楽 MUSIC FOR BONDAGE PERFORMANCE』という作品もリリースした他、ポルノ的なアートワークのアルバムもリリースしています。

 

彼は性における文化史や批評の執筆も行いましたが、これらについては英訳が出版されていませんので、彼がどんな理論的観点からこのようなトピックを扱っていたのかについて、アメリカのリスナーは正確に理解していません。ですので、アメリカでは、ノイズはボンデージのイメージと組み合わされたクレイジーな日本の音楽として認識される場合も多く、その結果、「日本人はクレイジーだ」というステレオタイプが数多く生まれることになりました。そしてこのような日本の性に対する偏ったイメージを持つオリエンタリズムが数多く生まれ、Merzbowもその括りに入れられてしまい、本人がコントロールできないイメージを持たれてしまいました。

 

実際のMerzbowは、このようなトピックに対して非常に理論的な考えを持っている人物で、その考えは時代と共に何回か変化しています。現在の彼は自身の初期作品群を否定するスタンスを取っておおり、当時のインタビューに関しても、誤訳されて伝えられたと悔やんでいます。性的なトピックに関する彼の考えの変遷について私は詳しくありませんが、アメリカ人にイメージされていたようなものではありません。ここに問題を見出した私は、Merzbowの実際の活動と、アメリカのファンがイメージしている日本社会や日本の性的習慣の間に生じているズレに興味を持つようになりました。ノイズを中心に生まれた日本に対する海外のイメージを研究するチャンスだと考えたのです。

 

欧米では、日本のカルチャー全体に対する一般的なイメージを、そのカルチャーの一部だけに結びつけてしまう傾向があります。これはアメリカ人が実は日本を知らないという事実、そして彼らの「自分たちは知っている」という思い込みが生むものです。アメリカ人が日本に対して知識がないと言っている訳ではありませんが、メディアが非常に偏った日本のイメージを伝えるため、彼らはそれだけを頼りにイメージを形成してしまうのです。

 

このような偏ったイメージの多くは、ノイズが生まれた1980年代に作られました。当時のアメリカには日本の経済力に対する恐怖もありました。その日本の経済力への反動として、日本人は強大な企業社会に組み込まれたロボットのような存在で、個性を有しないというイメージが作られました。そして日本に対してこのようなイメージを持っている人がノイズを聴くと、日本人の意識下のカタルシスなのではないかと捉えるのです。社会の操り人形というストレスの爆発を表現した音楽なのではないか、重圧に耐えられず爆発したのではないかと考えるのです。このような考え方は、特に反資本主義的な考えを持っている人たちにとっては非常に魅了的でパワフルに映りますが、こう考えてしまうと、個々のノイズ・アーティストを、世界的なエクスペリメンタル・ミュージック・シーンの中で独自のスタイルを築いてきた個性を持つクリエイティブな存在としては見なくなります。ノイズが日本独自の音楽であることを説明する理由がいくつか存在しますが、大半の日本人ノイズ・ミュージシャンには不自然に思えるものです。彼らはノイズをアメリカ人が考えるような「日本社会を反映させた音楽」として扱っていません。

 

現在、ノイズ・シーンは世界各地に存在します。アメリカと日本のパフォーマンスの違いについてはどう感じていますか?

 

まずはサウンドが違いますね。日本人はパフォーマンスに対して真摯に取り組みます。アメリカでは倉庫でのギグも多いですし、良いサウンドを生み出そうという努力は存在しませんが、日本では、プロモーターが自腹を切ってイベントを開催しようとしています。日本のシーンへの取り組みはレベルが高いと思います。ヴェニューも最高のサウンドを生み出そうとしていますし。

 

 

大友良英氏と共に行動したということですが、彼について教えて下さい。彼はどのような経緯でノイズの世界に入ったのでしょうか?

 

大友氏は非常に魅力的な人物です。私は1998年に日本を再訪して以来、彼とは付き合いがあります。共演を誘われたこともあります。ここ15年程の彼の音楽的な変化を見守ってきました。彼はツアーを重ねることで欧米の即興音楽シーンで知名度を高めていき、かつてはGround Zeroというグループを率いていました。尚、当時ギターやターンテーブルを使ったノイズが少なかったということを考えると、彼の初期作品群は非常に重要です。

 

彼は変化を続けています。出会った当時の彼はノイズ作品をリリースしていましたし、今でもノイズ・アーティストとして紹介される機会も多いですが、実は非常に優れた音楽家で、これはノイズにはデメリットですね。要するに彼は演奏が上手すぎるのです。彼は優れたジャズ・ギタリストであり、映画やテレビ番組へ楽曲の提供もしています。大編成の複雑で洗練されたグループや即興グループを率いた他、その後、OFF SITEという当時東京に存在していたギャラリーを中心とした音響シーンに携わりました。この音響シーンも、海外ではノイズと同様の受け取られ方をされました。日本的なものが感じられる音楽だと評価され、禅のようなミニマリズムだと言われる時もありました。私は先日福島県で彼が主催しているフェスティバルへ行ってきたのですが、本当に沢山のボランティアの方々が実現に向かって一生懸命働きながら、世間に発信していました。「プロジェクトFUKUSHIMA!」を知っていますか?

 

知りませんでした。教えてください。

 

大友氏は1福島市の出身なのです。あの地震と津波の影響は当然のことながら大きく、今の日本の出来事の多くに大きな影響を与えています。避けては通れない問題と言って良いでしょう。そこで地元との繋がりがあった彼は、同じく福島県出身で、80年代にスターリンという有名なパンクバンドを率いていた遠藤ミチロウ氏と、福島県在住の詩人和合亮一氏と共にフェスティバルを企画したのです。

 

大友氏は長年に渡りアヴァンギャルドな活動を続けており、音楽シーンの周縁に位置していました。その世界では大きな成功を収めているとは言え、彼の音楽はメインストリームからは程遠いものです。ですが、彼は安全だと言われていなかった2011年に福島へ仲間を連れて行き、何千人も集めるフェスティバルを開催しました。そしてこのフェスティバルは2012年、2013年、2014年と毎年開催されています。

 

面白いのは、大友氏が昨年ブレイクしたことです。日本のテレビドラマ『あまちゃん』の音楽を担当したのがきっかけでした。このドラマは被災した東北に住む主人公の海女が、都会に出てアイドルになるというストーリーなのですが、彼はそのテーマソングを手掛けたのです。日本人なら誰でもその曲を知っていますし、一緒に歌ってくれるでしょう。日本中の人たちが朝食の時間観るこのドラマは欧米のソープオペラのようなもので、毎日少しずつ物語が進展していきます。

 

2013年のフェスティバルでは、彼と遠藤ミチロウ氏が盆踊りの曲を作り、みんながそれに合わせて踊って福島県を祝福しました。彼は「フクシマ」という言葉をポジティブな意味に戻したい、チェルノブイリのような放射能の町という意味で語り継がれて欲しくないと心から願っていたのです。彼は今、自分のほぼすべてを福島に活気を取り戻すために注いでいます。また子供たちとの共同作業もこなしていますし、知的障害者たちや、被災して住む場所を追われた人たちとのワークショップも数多くこなしています。

 

 

彼のようなミュージシャンたちは元々政治的な意識が高かったのでしょうか? それとも震災によって意識が高まったのでしょうか?

 

震災によって、全員が日本についてそれまでとは違った視点で考えるようになったと思います。政治という言葉は曖昧です。私が『Japanoise』で提起したいテーマのひとつは、「ノイズの持つ政治性とは何か?」ですが、これをノイズ・ミュージシャンに訊ねると、「ノイズは政治的ではない」という答えが返ってきます。何故なら、彼らはこの質問を、「『戦争反対』、または『原子力反対』をテーマに作曲しているのでしょうか?」という意味で捉えるからです。彼らはそうではありませんし、これまでもそうではありませんでした。

 

同時に、彼らの活動には政治的な側面が見受けられます。それは技術文化に対する抵抗という部分です。これは日本ではかなりラディカルです。何故なら日本という国は、技術進歩と非常に強く結びついた社会を擁する技術立国だからです。また、反資本主義的な側面もノイズの作品群には共通して見られます。ですので、ノイズにおける政治性とは、このようなアートシーンから生まれたカウンターカルチャー的なものを意味します。これは正確には政治的とは言えませんが、ある意味政治と共鳴していると言えるでしょう。

 

また、現在の日本では、直接的な政治活動は表に出ないようにコントロールされています。その活動は、福島の人たちの現状を説明するという意味でのみ、そして注目を集めることを目的としているという意味でのみ政治的なだけなのですが、日本では報道管制がかなり強く敷かれているのです。何万人も集まるデモも催されていますが、ニュースで取り上げられることは殆どありません。これらは震災直後から原子力に対する反対運動が多数発生していることを考えると、所謂ラディカルな反核運動とは異なります。反核運動というよりは、世間の声を伝えようとしているだけです。そして世間の多くは原子力の段階的廃止を求めています。ですが、彼らはエネルギー政策について政府と企業を相手にどう対話を進めれば良いのか分からないのです。ですので、自分たちが現状に傷ついているというアピールをするだけしかできないのです。

 

ノイズに面白さを見出すきっかけとなったイベントやアーティストについて教えて下さい。

 

長い間携わっているので、明確な瞬間があったかどうかについては何とも言えません。ノイズが面白いと思った理由のひとつは、継続的に展開し、再循環していく音楽だと思ったからです。スタート地点の存在しないフィードバック・ループのようなものですね。私が研究を始めてから20年以上が経過し、その間、様々な形でノイズに関わってきましたが、今でも刺激的です。私はノイズが循環する様子を様々な角度から観察してきました。多面的な音楽なので様々な視点が持てるのです。また、予想に反して今でもシーンが存続しているのは、素晴らしいことだと思います。この音楽が生まれてから30年程経過していますが、この小さなサブカルチャーはグローバルに繁殖を続けています。William Burroughsの言語ウイルス説と同じです。進化と変容を続けながら拡散し、触れた人々の中に宿るのです。

 

 

Title graphics: From Merzbow 'Pulse Demon'