三月 28

インタビュー:Chelsea Wolfe

光と闇:コントラストを愛するシンガーソングライターがこれまでのキャリアを振り返った。

By Kaline Thyroff

 

Chelsea Wolfeはフォークシンガーの系譜上に位置しているアーティストなのかも知れないが、彼女はそれだけで語りきれる人物ではない。現在ロサンゼルスに拠点を置く彼女は、カリフォルニア州サクラメント郊外の音楽一家に育った。カントリーバンドに所属していた父親がホームスタジオを所有していたため、Wolfeは若くから音楽に興味を持ち始めたが、シーンに本格的に登場したのは、殺伐としたフォークが詰め込まれた2010年のデビューアルバム『The Grime and the Glow』のリリース後だった。

 

2011年のセカンドアルバム『Apokalypse』は、Wolfeの陰鬱とした世界観を本格的なスタジオレコーディングを通じて表現したことで前作を凌ぐ注目を集め、活動当初は顔にベールを垂らして演奏するほどのステージ恐怖症に悩まされていたも関わらず、Wolfeはこれらのアルバムと共に積極的にツアーをこなすようになっていった。やがて時間と共に恐怖症が克服されていくと、2012年にアコースティックアルバム『Unknown Rooms: A Collection of Acoustic Songs』をリリースし、自分のイメージを更に変えたが、翌2013年には荒涼としたエレクトロニック・サウンドへの方向転換を行い、『Pain Is Beauty』をリリースした。

 

理論上、このようにジャンルを次から次へと乗り換える手法は上手く機能しないはずだが、Wolfeはブラックメタル、ドローン、ダークアンビエント、R&Bなどのエッセンスを巧みに組み合わせることで、非常にユニークな包括的なサウンドを生み出すことに成功している。そこにどんな音楽的要素が取り入れられていようとも、Wolfeの音楽が非常に魅力的であることは否定できない。そしてそれゆえに彼女の作品は数多くの映画やテレビ番組に起用されている。しかし、そのようなマスメディアへの露出があるにも関わらず、Wolfeの催眠的で殺伐としたサウンドからはエッジが失われていない。RBMA Radioのインタビューからの抜粋となる今回の記事では、Wolfeのこれまでのキャリアを振り返っていく。

 

photo: Jeff Elstone / chelseawolfe.net

 

いつ音楽に興味を持ち始めたのか憶えていますか?

 

ええ。父がバンド活動をしていたから、小さな頃から音楽、スタジオ、レコーディング、リハーサルなどが身近だったわ。父のバンドは、自宅のホームスタジオでリハーサルとレコーディングをしていたの。

 

最初は詩を書いていたのよ。音楽に興味を持ったのは、言葉をそこに当てはめられるってことに気が付いたからね。すごく楽しく思えたわ。そこから音楽活動が始まったって感じね。何かを書き記したら、それを詩としてまとめる代わりに、楽曲に落とし込むようになったの。

 

当時はどんな音楽を聴いていましたか? また父親のバンドはどのような音楽を?

 

カントリーバンドを組んでいた父からはクールな音楽を教えてもらったわ。失恋をテーマにしたストレートで正直なソングライティングに惹かれていたの。でも、AaliahのようなR&Bのアーティストたちも聴いていたわね。

 

母からはフォークとブルースを教えてもらったわ。母はJoni Mitchellの大ファンなの。当時のわたしは色んな音楽を聴いていて、それを自分の奇妙なサウンドに落とし込んでいったのよ。もちろん、自分なりのサウンドを生み出すまでには長い時間がかかったけど、当時はBonnie RaittとAaliyahを組み合わせた奇妙な音楽を作っていたわね。

 

今のようなヘヴィでノイジーなサウンドに出会ったのはいつですか?

 

割と最近の話なのよ。昔のわたしはアコースティックでちょっとピアノが入ったような音楽をやっていたんだけど、ドラマーのJess Gowrieとバンドを組んだ時に、ヘヴィメタル、ブラックメタル、Marilyn Manson、Nine Inch Nailsなんかを教えてもらったの。わたしの音楽はソフトでミニマルなひっそりとした音楽と、ヘヴィな音楽の中間だと思うわ。へヴィなムードに包み込まれるような感覚が好きなのよ。

 

ファーストアルバム『The Grime and the Glow』をリリースする前は、自分がやりたくない音楽を強いられていたという話ですが、この頃について教えてください。

 

単純に自分がまだ成長できていなかったのが理由のひとつだと思うわ。当時まだ20歳そこそこだったわたしは、過剰に叙情的で私的なシンガーソングライターだったの。だからわたしを助けようとしてくれた人たちがいたのよ。別に嫌な経験じゃなかったわ。ただ、特定の方向に絞ったアルバムを作るように言われたって話なのよ。

 

残念なことに、あの頃はインターネットがグッと盛り上がってきた頃だったから、今でもこのアルバムが聴けちゃうのよね。でも、わたしはCDを250枚ほどゴミ箱に投げ捨てたわ。自分らしさがまったく感じられなかったから。

 

あれは大事な人生経験だったと思ってるの。自分の声を見つけるために好きじゃないことをやらなければならなかったって話ね。あのあと、わたしはしばらく音楽から距離を置いた。混乱したし、自分を見失ってしまったから。音楽がやりたいってことは分かっていたけれど、どうやっていいのかが分からなかった。

 

 

 

でも、幸運なことに親友のSteve Vanoniが助けてくれた。彼はフォークアーティストで、パフォーマンスアーティストでもあり、画家でもあるの。わたしが心の底から尊敬している人物よ。その彼が、2009年のヨーロッパツアーにわたしを誘ってくれたの。わたしは毎晩、ギグの最後にアコースティックなセットを披露していたんだけど、ツアーが進んでいくと共に、エレキギターとアンプとエフェクターを借りてプレイするようになった。素晴らしいリバーブが得られる巨大な工場から奇妙なエコーがかかる小さなアートギャラリーまで、様々な場所でプレイしたことで、自分の声をよく理解できるようになったし、自分が何をしたいのかも見えてきた。

 

そのツアーから帰ったあとで、『The Grime and the Glow』をレコーディングしたの。自分のルーツに戻ってTASCAMの8トラックレコーダーにレコーディングしたわ。前進するために、いちからやり直す必要があったのね。

 

セカンドアルバム『Apokalypsis』の楽曲制作も同じ方法で制作したのでしょうか?

 

『Apokalypsis』は少し違う方法で制作したの。その理由は、『The Grime and the Glow』をリリースしたあと、初めてバンドメンバーを集めたからよ。それまではひとりだった。

 

だから、『Apokalypsis』の頃は楽曲が用意できたら次の日にライブで試したり、地元のライブハウスで演奏したりしていたのよ。だから、実際にスタジオに入ってレコーディングする頃には、最初とはまったく違う楽曲になっていたわ。

 

 

音楽以外でこのアルバムに影響を与えたものはありましたか?

 

ええ。文学から大きな影響を受けたわね。『ヨハネの黙示録』に影響を受けている部分があるの。あれは凄く奇妙な書物だし、一瞬はまっていたのよ。それで、「apocalypse」という単語が頭に思い浮かんだ時に、そのルーツを調べようとしたら、この言葉には色々な意味があることが分かった。

 

その中のお気に入りのひとつが、「ベールを外す / 覆いを外す」って意味だった。すべての終わりってほど大きな意味じゃなくて、ひとつの時代の終わりってニュアンスが、自分を上手く表現しているように感じたわ。なぜなら、このアルバムを制作する前のわたしは、顔にベールを垂らして演奏していたからなの。当時は酷いステージ恐怖症で、そういう子供じみた壁を自分と観客の間に作らなければならなかった。だから、「apocalypse」に「ベールを外す」という意味があるってことを知って、これってパーフェクトな言葉だわって思ったのよ。

 

 

 

“「オカルトが好きなんですか?」って今でもよく訊かれるけど、あんまり興味ないのよ”

 

 

 

このアルバムのあとは、アコースティックな楽曲を集めた作品(『Unknown Rooms: A Collection of Acoustic Songs』)をリリースしましたね。このアルバムをリリースした経緯は?

 

『Apokalypsis』をリリースした直後にロサンゼルスへ移住したんだけど、そこでわたしが今所属しているマネージメントオフィス兼レコードレーベルのSargent HouseのCathyと知り合ったんだけど、彼女から、過去のアコースティックな楽曲がインターネット上に転がっているって言われたのよ。わたしの演奏を観客が録音してアップロードしていたのね。それで、彼女からそういう楽曲をまとめてリリースしてみないかって言われたのよ。

 

そういう楽曲を聴き直して、それらを再編しながら新曲も加えていこうって話になった。自分のシンガーとしての出発点を再確認しておくのは重要だって思ったの。Cathyのおかげで、自分の声とわずかな楽器だけで構成された、ミニマルでダイレクトな楽曲を気に入っている人たちもいるんだって気が付けたわ。ファンの視野を広げることもできた。それまでのわたしはオカルト色の強いレーベルに所属していたし、そのイメージに関連づけられていたから。「オカルトが好きなんですか?」って今でもよく訊かれるけど、あんまり興味ないのよ。ビジュアル的には色々なものから影響を受けているわね。ダークなものもあるけれど、カラフルなものからも影響を受けているのよ。

 

 

続くアルバム『Pain Is Beauty』では、方向性を再び変えています。当初はサイドプロジェクトとして考えていて、自分名義ではリリースしたくなかったらしいですね。

 

そうなの。『Apocalypsis』の頃にBen Chisholmがバンドに加わって、バンドにとって非常に重要な存在になったの。というのも、彼と一緒の楽曲制作がすごく上手くいったからなの。それまでのわたしは単発のプロジェクト以外は誰かと共作した経験がなかったし、あえてそこに挑戦していた部分もあった。ひとりで書いて、ひとりでレコーディングしようってね。でも、Benが参加してから、誰かと共作できるってことが分かったのよ。

 

それで、2人でこのエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックをサイドプロジェクトとしてスタートしたの。ツアー中に何曲か試してみたんだけど、すごく上手くいったし、ギターとドラムを加えるのが楽しかった。その編成が気に入ったのよ。

 

このアルバムはタイトルも秀逸です。「痛み」と「美」のコントラスト、そしてそこに込められた意味を教えてもらえますか?

 

わたしは昔からコントラストに惹かれているの。物事のマクロとミクロというか、全体を見て、自分より大きな物事や自分の人生とは関係がない物事について語りつつ、極めてパーソナルな物事についても語っていくのが好きなのね。どの楽曲も自分の一部が反映されているけど、それ以外は自分の外側の世界がモチーフになっているの。部分部分でパーソナルな部分を滑り込ませたって感じね。リスナーにはどこがパーソナルでどこがそうじゃないのかを色々想像してもらいたいの。異なるふたつを組み合わせることに昔から興味を持っているのよ。

 

物事のダークな部分を示すのは非常に重要なことだと思っているの。わたしたちが住んでいる世界は本当にどうかしてると思うから、ハッピーな部分だけを示したくないのよ。別にハッピーであることに問題があるわけじゃないけど、わたしはそういう人間じゃない。人生は時として残酷だということは分かっているわ。でも、どの楽曲にもわずかな希望を盛り込むようにしているの。メロディだったり、激しいサウンドに重ねるかわいらしい声だったりね。

 

 

昨年リリースされた『Abyss』は最もヘヴィなアルバムと評価されていますが、あなたもそこを狙っていたのでしょうか?

 

ええ。3~4年間をかけてツアーを沢山こなしてきて、ツアーが好きになったのがきっかけなの。昔はベールを垂らしていたことを考えるとすごく奇妙な話なんだけど。

 

Russian CirclesやQueens of the Stone Ageのような素晴らしいバンドと共演してきたけど、彼らは心の底からライブを楽しんでいるように見えるのよ。だから、わたしも演奏が楽しめる楽曲を作ろうと思ったの。最近はヘヴィな楽曲を演奏しているのが楽しいし、ヘヴィなギターを前面に押し出した楽曲を用意しようと思ったのよ。ソフトな楽曲も入れたくなるんだけど。

 

この先、ひとつのサウンド、ひとつのジャンルに特化したアルバムを作るかどうかは分からないわ。わたしはそういうタイプじゃないから。「Crazy Love」のようなアコースティックな楽曲をどうしても入れたくなっちゃうのよ。

 

レーベルがカリフォルニアの砂漠に農家を持っているから、そこに小さなスタジオを用意して、ひとりで集中してこのアルバム用の作曲を始めたの。自分を深く掘り下げて、しばらく自分が直面してこなかった部分に目を向けてね。そのセッションが終わると体はぶるぶる震えていたし、酷い状態だったわ。『Abyss』は、そうやって闇にあまり目を向けすぎないようにして、闇に飲み込まれずに前へ進もうって自分に言い聞かせるために作ったアルバムって感じね。

 

 

 

“睡眠と夢にはずっと悩まされてきたけど、『Abyss』で初めてちゃんと意識するようになった”

 

 

 

昔は金縛りに苦しんでいたという話ですが、今も続いていますか?

 

ええ。正直に言えば、睡眠と夢にはずっと悩まされてきたの。それが理由で肉体的に多少苦しんでもいた。でも、『Abyss』を制作して、初めてこの部分をちゃんと意識するようになったわ。

 

『Abyss』を完成させたあと、友人のBrian Cook(Russian Circlesのメンバー)とアルバム用のわたしのバイオグラフィーについて話をしていたの。彼が書く予定だったから。それで、彼がこのアルバムのテーマについて何か情報をくれないかって頼んできたから、いくつかのメモを渡したんだけど、そのやりとりの最後のメールで「そういえば、よく金縛りに遭うのよ。ほぼ毎日。目を開けると、夢の中に出てきた影のような存在がまだ部屋の中にいるのが分かるの。すごく混乱させる症状だし不安になるわ。これがわたしの音楽に影響したんじゃないかしら」って書いたの。

 

それで、この部分を彼がバイオグラフィーに落とし込んだの。それを読んで「ワオ、自分が長年苦しんできたものが音楽に入り込んでいたから、白昼夢のような現実を歌えてきたんだわ」って初めて気付いたのよ。

 

photo: Nick Fancher / chelseawolfe.net