十二月 27

Instrumental Instruments: 909

音楽制作の歴史に大きなインパクトを与えた機材を紹介するシリーズの第1弾は、テクノサウンドを定義づけたドラムマシンを取り上げる

By Matt Anniss

 

TR-909 Rhythm Composerが発売された1984年、Rolandはこの機材に大きな期待をかけていた。(今でこそアイコンとなっているが)商業的に失敗に終わったTR-808の後継機として発売されたTR-909は、TR-808の良い部分を残しつつ、新機能を追加した製品で、当時のRolandで技術部長を務めていた生みの親菊本忠男は、この機材が世界一魅力的なパーカッションシンセサイザーになるだろうと信じていた。

 

TR-909の機能群は確かに魅力的だった。完全アナログと初期デジタルサンプルを併せ持っていたエレクトロニック・ドラムサウンドは、Rolandが再現しようとしていたアコースティック・パーカッションとはやや違っていたものの、様々なロータリーノブやスイッチを操作することでサウンドに様々な変化を加えることができた。

 

また、内蔵シーケンサーも最大96個のリズムパターンの制作・記憶が可能で、それらのシーケンスパターンを繋ぎ合わせた長尺の演奏を可能にする「ソング」も8種類記憶させることができた。さらには、ドラムマシンとしては世界初となるMIDI対応も実現していたため、TR-909は非常にパワフルかつフレキシブルで、使い勝手も良い機材だった。

 

Eurorack規格のモジュラーシンセサイザーメーカー、Tiptop Audioのヘッドデザイナーを務めるGur Milsteinは、TR-909の魅力について次のようにコメントしている。「RolandはTR-909の設計をする際に、アナログサウンドのテクノロジーを極限まで追い込んだんだ。完ぺきなドラムマシンだった。ドラムの “声” と統合されていて、それを直接的に表現できる内蔵シーケンサーが備わっていた。また、パラレルフォーマットが採用されていたから、トリガーを同時に送ることができた。シーケンサーのタイム感、これがTR-909の素晴らしい “グルーヴ” を生み出しているんだ。PLAYボタンを押した瞬間にサウンドを正しく鳴らしてくれるのさ」

 

しかし、TR-909はRolandの期待に見合った売上を記録できなかったため、同社は発売から1年以内に生産を中止。手作業で作られていたこのドラムマシンの製造台数は10,000台で打ち止めとなった。Milsteinが続けて説明する。「当時の伝統的なミュージシャンは、TR-909とTR-808で何ができるのか分かっていなかった。Roland側もTR-909に手応えを感じてはいたけれど、どうやって売り出せば良いのか分かっていなかったんだ」

 

TR-808同様、TR-909の現在の成功は、マス・マーケットへのアピールが不足していたことに遠因がある。売上が振るわなかったこれらの機材は、その後数ヶ月どころか、数年間に渡り、質屋や中古屋で二束三文の値段で売られるようになった。そして、この頃になると、TR-909は世界を席巻することになる2つのダンスミュージックのスタイル、ハウスとテクノを定義づける機材として幅広く使われるようになっていた。

 

 

ハウスもテクノも黎明期からTR-909と深く結びついていた。むしろ、ハウスが音楽的なムーブメントとして定義づけられる前の段階から、シカゴを拠点にする2人のDJ、Ron HardyとFrankie Knucklesはこの非常に特徴的なエレクトロニック・パーカッションを用いて制作された楽曲群を支持してプレイに取り入れていた。Hardyに至っては、1985年春に初期Trax Recordsの名曲「Sensation」で、イタロディスコに影響を受けたリズムトラックをTR-909で組み上げていた。

 

DJ Pierreは当時を次のように振り返っている。「Music BoxでRon(Hardy)がプレイしていたトラックのドラムサウンドの凄まじいエナジーを聴いた時に、TR-909の存在を知ったんだ。俺も欲しいって思ったよ。以前から『TR-909を買えよ』って周りから言われていたんだ。俺はそれがどんなルックスなのかは知らなかったが、今まで聴いた中で最高のドラムサウンドだってことは分かっていた」

 

シカゴハウス革命が加速していく中、TR-909はこの都市を拠点にするダンスミュージックのパイオニアたちの主要機材となっていった。しかし、それはあくまで入手できればの話だった。DJ Pierreが説明する。「要するに、シカゴではスタジオ以外でTR-909を見かけるチャンスはほとんどなかったのさ。だから、大抵の場合は特定のスタジオで順番待ちをして、このドラムサウンドを自分のトラックに入れなきゃならなかった。他のドラムマシンでトラックを作っておいて、それをスタジオのTR-909のサウンドと差し替える時もあったし、誰かからTR-909を借りる時もあったな。シカゴでTR-909を持っていたのはほんの数人だけだったから、そいつらが貸し出していたんだ。だから、家から家へ転々としているTR-909もあったのさ」

 

デトロイトも同じだった。当時のデトロイトでは、Juan Atkins、Derrick May、Kevin Saundersonなどが、テクノの原型を生み出そうと努力を重ねていた。Kevin Saundersonが説明する。「当時、TR-909に匹敵する機材は他になかった。だからTR-909を使うしかなかったのさ。TR-909を使っていないトラックは、使っているトラックとは完全に違っていた。TR-909は、俺たちのサウンドの創出に手を貸してくれた重要な要素だった。この機材がなければ、俺たちのレコードは同じようなインパクトをもたらせなかったかもしれないな」

 

 

シカゴ産アシッドハウスとデトロイト産テクノのヘヴィでシンコペーションを重視したリズムにUKとヨーロッパ各地のダンスフロアが夢中になり始めると、このエリアを拠点にするDJからプロデューサーに転身した新しい世代が、この2都市のサウンドを真似するようになった。しかし、当時は、この未来的なUS発のレコード群で使用されているドラムマシンについて知っているUKのプロデューサーはほとんど存在しなかった。

 

Altern-8のMark Archerは「俺が大好きだったデトロイトテクノのレコードのドラムサウンドがTR-909だってことは、人に教えられるまで知りもしなかった」と認め、次のように続ける。「だから、1988年と1989年にNexus 21名義でリリースした自分のレコードでは、デトロイトテクノのレコードのドラムサウンドをサンプリングして使っていたのさ。俺にとって、TR-909こそがデトロイトのサウンドだった。だから、自分たちが望むトラックを作れるようになるために、この機材を手に入れる必要が出てきたんだ」

 

結局、ArcherはデトロイトにあるKevin SaundersonのKMS Studioを訪れた1990年に、TR-909の実機を手にする機会に恵まれた。「デトロイトのありとあらゆるスタジオにはTR-909が置かれていたんだが、Kevinから、彼の友人が1台売りたがってるって話を聞いたんだ。それで、有り難いことに俺の所属していたレーベルが金を貸してくれたから、その人から買い取ったんだ。そのあと、ホテルに戻って、デトロイトテクノのリズムパターンが山ほど詰まっていることを期待しながら電源を入れた。だが、実際はDJ Fast EddieやTyree Cooperが使っていたようなヒップハウスのパターンばかりだった。それで、メモリされていたパターンをいくつか試したあと、自分でパターンを組んでみることにしたのさ。ステップシーケンサーとしばらく格闘したあとは、すぐに自分のパターンが生み出せるようになったね」

 

ヨーロッパ産ダンスミュージックが急速に独自の発展を遂げていく中、ヨーロッパにおけるTR-909の需要も高まっていき、1999年代初頭を迎える頃には、Roland TR-909は最も高い人気を誇る機材のひとつとなっていた。TR-909は、ベースシンセサイザーTB-303、モノシンセサイザーSH-101、サンプラーAKAI S950などと同様、スタジオに不可欠な機材として評価されるようになった。

 

 

UKテクノのベテランNeil Landstrummは「当時の俺は、Djax RecordsやPlus 8、あとはシカゴ産のトラックのような、TR-909を多用しているサウンドを真似しようとしていたんだ。最終的に、1992年に500ポンドでTR-909を手に入れた。当時としてはかなりの大金だったが、テクノのライブアクトになるつもりなら、TR-909は絶対に必要だった」と振り返っている。

 

TR-909はダンスミュージックがスタジオからライブアリーナへと移行する際に、非常に大きな役割を担った。TR-909はメモリが内蔵されていたため、バックトラックとしてシンプルに使用できた上に、演奏できるひとつの楽器としても優れていた。また、JunoシリーズやTB-303、SH-101など、他のRoland製品との同期も可能だったという事実も、ライブパフォーマンスツールとしての魅力を高めるのにひと役買っていた。

 

Landstrummが説明する。「TR-909はTB-303などのクラシック機材と同期させることができたから、ライブのハブ機材として使用されるようになったんだ。筐体もしっかりしていたし、ライブでは頼りになった。とにかく1台手に入れておく必要があった。TR-909を持っていない奴はテクノアーティストとは呼べなかったのさ」

 

 

Altern-8、808 State、Orbitalなど、ダンスミュージック黎明期のライブアクトのパイオニアたちが、ライブ中にリアルタイムでシーケンスを組むことはなかった。しかし、彼らに続く形で登場したPlastikman時代のRichie Hawtinや、誰もが認めるTR-909スターのJeff Millsなどは、TR-909を使用してリアルタイムでシーケンスを組んでいた。

 

Phuture名義のライブセットでTR-909を定期的に使用しているDJ Pierreは「こいつはリアルタイムでクリエイティブになれる素晴らしい機材なんだ。その日の自分のエモーションやフィーリングに任せて演奏できるのさ。そういう演奏をするのが簡単だった。他のドラムマシンやコンピュータープログラムは、アーティストを “枠” の中に閉じ込めてしまう。あらかじめ準備していた枠の外に出るのが難しいのさ。でも、TR-909はそうじゃない」と説明する。

 

パリ出身のハウス/テクノプロデューサーで、1990年代初頭にTR-909を手に入れたDJ Deepもこの意見に同意する。「観客を前に演奏している時に多少操作を間違ったとしても、TR-909なら勝手に修正してくれる。だから、こちらも自信を持って直感的なプレイができるのさ」

 

数多くのクローンやモジュールが今の世の中に出回っていることからも分かるように、TR-909を求める声は新世代のプロデューサーやライブアクトにも引き継がれているが、この事実は、TR-909の筐体の堅牢性や使いやすさ、歴史的ステータスだけでなく、内蔵されているパーカッションサウンドの色あせないクオリティの高さの証明でもある。Factory FloorのドラマーGabe Gurnseyが説明する。「ライブ中はTR-909のハットを聴いて安心していたいんだ。クランチーでヘヴィな、ドライブ感溢れるあのハイハットが欲しいんだ。あのサウンドはTR-808では得ることができなかった。僕はステージ上では909のクローンに合わせて叩いているんだ。あのサウンド抜きのドラミングは考えられないね」

 

 

 

TR-909のキックは、これまで聴いたどのドラムマシンのキックよりも気合いが入ってる

Gabe Gurnsey(Factory Floor)

 

 

 

一方、Richard Devineはハイハット以外のサウンドが気に入っている。「TR-909はキックだよ」とIDMシーンのベテランでサウンドデザイナーとしても活躍するDevineは断言する。「間違いなく僕の一番のお気に入りのサウンドだね。アタックが速くてパンチが効いてるナイスなサウンドだし、実は非常に万能なんだ。何万回と使ってきたよ」

 

Gabe GurnseyもDevineの意見に情熱的に同意する。「TR-909のキックは、これまで聴いたどのドラムマシンのキックよりも気合いが入ってる。TR-909には使い勝手の良いサウンドも入っているけど、拳で殴りつけるような強烈なサウンドを生み出すこともできる。TR-909は楽しいけど、シリアスなんだ。この機材はそのふたつの境界線上にあるのさ」

 

TR-909のヘヴィで特徴的なエレクトロニック・シンセサウンドこそが、今も色褪せないこの機材の魅力の中心にあると考えているアーティストは多い。

 

 

 

最近のドラムマシンのレイアウトと比較しても、Rolandのクラシックマシンのレイアウトの方が優れていると思う

John Heckle

 

 

 

DJ Pierreが説明する。「生ドラムとは違うドラムサウンドが欲しいのさ。なぜなら、俺たちの音楽は生楽器には聴こえないサウンドがベースになっているからな。他のドラムマシンのサウンドは生ドラムに近すぎた。俺たちは他とは違う、ユニークなドラムサウンドを探していた。それがTR-909なのさ」

 

しかし、ハウスとテクノが今もTR-909を寵愛していることを不健康だと考える向きもある。かつて、TR-909は未来的で先進的な存在だった。そしてそのサウンドは新たなエレクトロニック時代の幕開けと同義として扱われていたが、現在ではTR-909実機から鳴らされたものであろうと、サンプルパックやクローンマシン/モジュールから鳴らされたものであろうと、そのサウンドは知られ過ぎているとも言える。結局、“ノスタルジア” とは非常に強力なものなのだ。

 

Neil Landstrummが不満をもらす。「ある意味、TR-909っていうのは強大なパワーであると同時に、強烈な呪縛でもあるわけだ。俺は両方正しいと思うけどな。TR-909がテクノとハウスのドラムサウンドを定義づけた存在であることは確かだ。だが、同時にこの2つのジャンルの魅力をあっという間に限定してしまったのさ。俺はテクノシーンに存在する原理主義が好きじゃない。確かに、Jeff MillsはTR-909を使っていた。だが、他の機材を使ったって構わないのさ。なにしろ、TR-909は素晴らしい機材とは言え、サウンドは10種類しかないんだからな」

 

TR-909を上手く使うためには、その10種類しかないサウンドを、他の機材で鳴らされているサウンドのようにユニークに響かせる必要がある。DJ Deepが説明する。「BlazeとUnderground ResistanceのTR-909の使い方を聴き比べてみなよ。この2組の音楽性は大きく異なっている。Blazeはニュージャージー・ディープハウスだし、Underground Resistanceはピュアなテクノだ。才能あるプロデューサーは、常に機材を自分ものにする方法を見つけ出すんだ」

 

TR-909はゲームチェンジャーであり、エレクトロニック・ミュージックにおける最大のアイコンのひとつだ。TR-808がエレクトロとヒップホップを定義づけたように、TR-909はハウスとテクノの発展において歴史的に大きな役割を担った。John Heckleがコメントする。「ダンスミュージックはTR-909がなかったら今のような形に発展していなかったと思うね。また、最近のドラムマシンのレイアウトと比較しても、Rolandのクラシックマシンのレイアウトの方が優れていると思う。シンプルさがカギなんだ」

 

Mark Archerもこの意見に同意する。「30年間に渡ってダンスミュージックで継続的に使用されてきたって事実が、TR-909がいかに重要かを物語ってるよな。TB-303やTR-808以上に重要かどうかは俺には分からないが、少なくとも同レベルにあると思う。TR-909のサウンドをすぐに理解できる人の数はそこまで多くないかも知れないが、こいつはハウスミュージックのサウンドなのさ」