十一月 22

立体音響の歴史

サウンドをフィジカルに変えてきた技術革新の歴史を簡単に振り返っていく

By Harley Brown

 

人類は旧石器時代から音を使って物理的な周辺環境を理解してきた。エコーロケーション(反響定位)の原理を用いていた我々の祖先は、洞窟の闇へ向かって叫び、その反響から内部の大きさと形状を判断していた。

 

4DSOUNDの創設者Paul Oomenは「自分たちの声で空間とインタラクトしている時のリスニング体験について具体的に記されている洞窟壁画が存在します」と語っている。近年の洞窟探検家は、おそらく声を使って空間を把握する方法を知らないはずだ。Oomenが続ける。「近年の洞窟探検家がその方法をおそらく知らないという事実は、原始人の感度の高さと創造力の豊かさを示しています。私たちは当時とは完全に異なる環境に住んでいますし、おそらく彼らのような聴き方はもうできないのではないでしょうか」

 

時間の流れの中で、人類は物理的な周辺環境を利用してサウンドを形作る方法を学んでいき、その過程でいくつかの歴史的な技術進歩が生み出された。1500年代中期は、宗教音楽の楽長たちが合唱者と楽器演奏者をアレンジすることで空間を活かした立体音響を生み出していた。そして現在、このような立体音響はOomenが考案した4DSOUNDによって実現されており、ベルリンのヴェニューMONOMに導入されている他、Red Bull Music Academy Berlin 2018では、Oneohtrix Point Neverが4DSOUNDの助けを借りて、無指向性スピーカー102発を使用するサウンドシステムSymphonic Sound Systemを使ったライブパフォーマンスを披露した。

 

Oomenは、4DSOUNDではリズム、トーン、周波数のような我々が通常耳にしているマクロでラフな聴覚情報よりも繊細で細かい聴覚情報が得られるとしており、「鏡のようなものですね。私たちの耳が捉えているサウンドをそのまま返しているだけなのですが、私たちは、普段自分たちがそこまで細かく聴いていることに気付いていません」と説明している。

 

今回は立体音響の歴史を簡単に振り返っていく。

 

 

 

 

1500年代中期:アンティフォナ

 

 

コーリ・スペッツアーティ(合唱隊を複数に分けて交互に歌わせる唱法)がいつどこで生まれたのかについて正式な答えを知っている人はいないが、フランドル(現ベルギー)出身の作曲家Adrian Willaertがこの唱法の様式化に貢献したという説は多くの人が支持している。Willaertは、元々はルイ12世下のフランスで法学を学んでいたが、のちにヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂楽長に任命され、この大聖堂の最大の特徴のひとつ - 本祭壇の両側に置かれている聖歌隊席 - を最大限活用することになった。

 

Willaertは、当時主流だったポリフォニー様式(大勢が同時に歌う唱法)を捨て、聖歌隊席のレイアウト通りに聖歌隊を2つに分けて交互に歌わせることで、礼拝者の頭上を歌声が格子状に飛び交う音響効果を生み出した。また、Willaertは、礼拝者たちが大聖堂内のどこに座っていても同じサウンドを聴けるようにするためには、分けた聖歌隊それぞれのハーモニーが完全に揃っていなければならないことに気付いた最初のひとりでもあった。

 

 

 

1950年代:モダニスト&ミュジーク・コンクレート

 

 

 

1950年、Pierre Schaefferと彼の弟子Pierre Henryがストリングスやヴォーカルの断片や不規則な金属音などを組み合わせたミュージック・コンクレート『Symphonie pour un homme seul』を発表した。この作品は、芸術的にも技術的にも一大革新だった。SchaefferのスタジオRadiodiffusion-Télévision Françaiseは、エンジニア、作曲家、科学者たちが集まるハブとなり、彼らは当時一般流通が始まったばかりのテープレコーダーとマルチチャンネル再生システムの可能性について熱心に意見を交わした。

 

しかし、このような新しいテクノロジーが存在していたにも関わらず、立体音響の進歩に関しては、空間内のスピーカー配置の工夫によってもたらされることになった - Schaefferが、スピーカー5発をオーディエンスの左右前後に配置して4チャンネルのサウンドを鳴らす方法を考案したのだ。現在と比較すれば当時の技術には限界があったと思われるが、Oomenは「音楽的な視点に基づいた空間アレンジという意味では、かなりしっかりと考えられていたものでした」と評価している。

 

 

 

1960年:Stockhausen『Kontakte』

 

 

1972年にオックスフォード大学で開かれた講義の中で、Karl Stockhausenは立体音響の本質を説いて聴講生たちを魅了した。Stockhausenは「時計回りから反時計回り、または左後方から前方への切り替え、そして左後方と右前方で交互に行われる対話などを含むあらゆる空間配置は、メロディとハーモニーの音程と同じように音楽にとって重要な要素だ」と語っている。そして、この電子音響の巨匠は、4チャンネル・サウンドシステムのために書かれた世界初の楽曲『Kontakte』でこの考えをほぼそのまま具現化した。

 

Stockhausenがキャリア後半に管理することになるドイツ・ケルンのスタジオWDR Studio für elektronische Musikで作曲・レコーディングされたこの作品は、4チャンネル・サウンドシステムとスピーカーを経由して、電子音テープ、ピアノ、パーカッションを鳴らしていくが、金属音やブリープ音、ぶつぶつとつぶやくような音がバイノーラルで自分の耳元で実にリアルに出入りするため、リスナーはまるで自分すぐ両脇でこれらのサウンドが鳴っているように感じることができる。

 

 

 

1958年:Iannis Xenakisのサウンドインスタレーション

 

 

近代建築の巨匠Le Corbusierは、1958年にベルギー・ブリュッセルで開催された国際博覧会用パビリオンの設計を電機メーカーのPhilipsから頼まれた時、「あなたたちのためのパビリオンは設計しないが、 “Poème électronique / ポエム・エレクトロニク” のための容器を設計しよう。光、色彩、リズム、サウンドが有機的に合成される詩編のための容器を」と回答したと言われている。そしてこの言葉通り、Le Corbusierがパビリオンを設計することはなかった。弟子だったギリシャ系フランス人の作曲家・建築家・技術者のIannis Xenakisにこの案件を全て任せたのだ。

 

Xenakisは、パビリオンの外観を数学を活用した非常にユニークな傾きを持つ形状にしつつ、内観は牛の胃をイメージしたものにして、ビジターが進むにつれて “消化” されていくイメージを打ち出した。そして、これだけでは没入感が足りないと言わんばかりに、Xenakisは館内に425個(編注:350個の説もある)とアンプ20台を設置し、Edgar Varèseの『Poème électronique』を流した。尚、このスピーカー数はのちに自らによって更新されることになり、1970年の大阪万博で、オーディエンスの周囲と上方、シートの下部に約800個のスピーカーを設置したインスタレーションを展示した。

 

 

 

1974年:François BayleのAcousmonium@Maison de Radio

 

 

1950年代後半、François Bayleはボルドー出身の田舎者で、ミュージック・コンクレートのエリートたちの仲間になるには哀れなほど物を知らなかった。そして見事にフランス音楽研究グループの入所テストに落ち、Pierre Schaefferに鼻で笑われたが、最終的にはRadiodiffusion-Télévision Françaiseの所長となり、全員の鼻を明かすことになった。サウンドが対象を持っていない状態、リスナーがサウンドの意味について自分で答えを出すしかない状態を示す形容詞「アクースマティック / acousmatique」という言葉の考案者がSchaefferとBayleのどちらなのかははっきりしていないが、Bayleは自らが考案し、今も現役の “スピーカーのオーケストラ” とも呼ばれるサウンドシステムAcousmonium(アクースモニウム)でこの言葉を具現化している。

 

異なる特性を持つ多数のスピーカーの集まりが、異なった音調・音色を強調しながら、よりテクスチャを強調した没入感の高いリスニング体験を提供するが、Acousmoniumで再生される音源自体は立体音響化されていなかった。Oomenは「大半のスピーカーには指向性が備わっていて、自己主張する傾向があります。自分を経由するサウンドにその特性を付与するのです。どんなに手の込んだプロセッシングで立体音響に取り組んでも、スピーカーという存在が必ず間に入ってきます」と語っている。

 

 

 

1970年代:Ambisonics

 

 

360°サラウンドサウンドのレコーディング・ミキシング・再生用技術のAmbisonic(アンビソニック)は1970年代に英国の研究施設で生み出されたあと、時間と共に忘れ去られていったが、1990年代のホームエンターテインメントシステムのブームと共に再認識され、ここ最近のVRビデオゲーム、YouTubeとFacebookの360°映像、3Dマルチメディアインスタレーション(2012年、BBCは2次元に限定されている放送手段についての研究を行った)にも採用されている。Ambisonicsがそれまでに存在した立体音響技術と大きく異なっていたのは、スピーカーの数を自由に設定できる点にあり、いわゆる “1チャンネル・1スピーカー” の制限から我々を解放した。

 

しかし、そのクオリティは、ある意味、パーフェクトな立体音響のベータバージョンと呼べるもので、ソフトウェアは無料(Oomenは大学でそのコーディングを手伝ったとしている)で、そこまで最適化されていなかった。たとえば、ゲーマーやヘッドセット装着者が球体感を最大限に感じられる “スイートスポット” はかなり狭い。

 

 

 

1990年代:Recombinant Media Labs

 

 

Naut Humonは1960年代半ばにサンフランシスコへ移住すると、この時代とこの土地の自由さの虜になった。そして、John Cageや坂本龍一などの作品をリリースしているレーベルAsphodelの共同設立者としても知られるHumonは、1970年代と1980年代に開催していたエクスペリメンタルなコンサートをベースに、サウンドシステムSound Traffic Controlのコンセプトを打ち出すと、1991年に東京の廃航空管制塔の周辺に約800個のスピーカーを配置したプロジェクトでこのコンセプトの実現に成功。これが、サンフランシスコでのRecombinant Media Labs建造に繋がった。

 

IMAXの映画館とアヴァンギャルドな音楽ヴェニューの中間とも言えるRecombinant Media Labsは、頭上に8発、頭の高さに8発のスピーカー、そしてトランデューサーと連動している床下に10発のウーファーが設置されており、さらにはA/Vインスタレーション用の巨大なスクリーン10枚も設置されている。Recombinant Media Labsを訪れたビジターのひとりは「他人の脳に入った感覚に最も近いもの」と表現している。

 

 

 

2006年:Wave Field Synthesis

 

 

おそらくは、光は粒子ではなく波であるということを説いた「光の波動説」が最も良く知られているオランダ人物理学者・天文学者・数学者のChristiaan Huygensは、波面の各点がまた波面になっていくという「ホイヘンス=フレネルの原理」を打ち出したことでも知られている。1988年に考案され、2000年代中頃にデモが公開されたWave Field Synthesisは、スピーカーが生み出す心理音響、ファンタムに頼る代わりに、この「ホイヘンス=フレネルの原理」を活用してリスナー側に向けられた192発のスピーカーでリスナーの周囲に現実と同じ音場を作り出す。

 

Oomenは「これは科学的モデルです。実に価値のある科学的モデルですね」と語っている。また、4DSOUNDのコンセプトはWave Field Synthesisに大きな影響を受けているとしている彼は「(Wave Field Synthesisを通じて)立体音響の仕組みをかなり学ぶことができました」と続けている。

 

 

 

2012年:Dolby Atmos

 

 

2017年にR.E.M.が『Automatic for the People』25周年を記念してこのアルバムをDolby Atmos用にリミックスした際、ギタリストのPeter Buckはそれまでの自分の考えを改めた。Buckは「いつもはこういうテクノロジーに対してアンビバレントな感情を持つが、Dolby Atmosのサウンドには驚かされた。Pink Floyd『Dark Side of the Moon』(2003年に30周年記念でDolby 5.1用にリミックスされた)ほどではないが、元々このアルバムはそういう音楽じゃない」とBillboardにコメントした(ちなみに現在は、The Beatles『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club BandとINXS『Kick』もDolby Atomos用にリミックスされている)。

 

基本的には映画館用で、最大64発の独立スピーカーで出力可能、入力数はその倍に対応しているDolby Atmosは、Dolby 7.1からのステップアップモデルで、サウンドデザイナーはサウンドソースをスピーカーに直接送り込むだけではなく、空間の特定の位置への配置もできるようになった。

 

 

 

2012年:4DSOUND

 

 

Oomenはアムステルダム音楽院(Conservatory of Amsterdam)でクラシック音楽を勉強している最中に立体音響に興味を持つようになった。本人は「メロディや複数の楽器のサウンドを聴くのではなく、その間に存在するエナジーのような微妙なものに興味を持ちました」と振り返っている。また、熱心な演劇ファンでもあるOomenは、サウンドを「フィジカルでリアルなもの、スピーカーから流れるのではなく、ステージ上に自由に持ち込み、また持ち去れるもの」に変えたいとも考えるようになった。

 

天井、頭の高さ、そしてサウンドを通過させる床下の位置に無指向性スピーカーが配置されている16本の柱によって構成されている、MONOMに導入されている4DSOUNDシステムは、サウンドをまるで空間に置かれている物体のように具現化する。この現象は非常に丁寧に調整されているため、ビジターは立っている場所によって異なるリスニング体験をすることになる。Oomenは「空間とサウンドの関係を学ぶには一生分の時間がかかる可能性があります。私もまだ学んでいるところです」とコメントしている。

 

 

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