九月 17

マンガで描かれたハウス・ミュージックの歴史

Daft Punkとも旧知の仲である作者たちが、ハウスの歴史を描いたコミック『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック』の日本語版が遂に刊行。これを機に原作者のDavid Blotがインタビューに応え、本書を振り返る。

今やクラブ・ミュージックの史実を綴った書籍は珍しくないが、それがコミックとなれば話は別だろう。今年7月に日本語版が刊行された『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック』は、Daft Punkとも旧知の仲である(Daft Punkは本書に興味深い序文を寄せている)フランス人のDavid Blot(原作)とMathias Cousin(作画)が情熱を持って作り上げた、数少ない「ハウスの歴史を綴ったマンガ」のひとつだ。

 

元々は2000年に第1巻、そして2002年に第2巻が刊行された『マシーンズ・メロディ』だが、日本語版はその2つを一冊にまとめた2011年のアンソロジー本を訳出したものになっている。第1巻――本書ではチャプター6まで――は、ニューヨークのディスコ・カルチャーからシカゴ・ハウス、デトロイト・テクノ、そしてマンチェスターを起点に爆発したセカンド・サマー・オブ・ラヴまでの歴史を簡潔かつ的確にまとめたもの。そして第2巻では、作者たちの実体験や実感を基に、ヨーロッパのレイヴ・カルチャーやその後のハード・テクノ、プログレッシヴ・ハウス、トランスの隆盛を、架空の人物を登場させながら批評的に描いている。執筆当時はフランス語でクラブ・ミュージックの歴史を綴った書籍がほとんどなかったらしいので、第1巻の内容も意義深いものだっただろうが、やはり第2巻に滲む作者たちのやるせない思いやシーンの現状に対する鋭い視線が、本書に特別な奥行きを与えているのは間違いない。

 

オリジナル版の刊行から10年余り。日本語版の出版に際し、ジャーナリスト、ラジオDJ、バンドのプロデューサー、パーティ・オーガナイザーと多岐に渡る活躍で知られるDavidに、改めて本書を振り返ってもらった。

 

 

―『マシーンズ・メロディ パリが恋したハウス・ミュージック』の日本語版、大変興味深く読ませてもらいました。そして、このようにインタビューにも応えていただけることになり感謝しています。まずは、なぜハウス・ミュージックにまつわるコミックを描こうと思ったのか、その理由から教えてください。そもそもハウスとの出会いは?

 

ニューウェイヴやヒップホップ、それにPrinceとかThe Smithsとか、80年代の新しい音楽のひとつとしてハウス・ミュージックに出会ったんだ。ハウスとテクノは、80年代の最後に登場した新しいジャンルだった。Mathiasと僕はハウス以外のジャンルも好きだったけど、ハウス、テクノ、そしてディスコは当時、まだ誰も語っていないジャンルだったんだよ。例えばVelvet Undergroundは誰でも知っていたけど、当時はLarry Levanを知っている人はいなかった。だから僕たちはディスコとハウスの歴史を描くことにしたんだ。とは言え、もちろん僕らは、Larry Levanと同じようにVelvet Undergroundのことも好きなんだよ。

 

―『マシーンズ・メロディ』を作るパートナーとして、Mathias Cousinを選んだ理由は?

 

Mathiasを“選んだ”わけじゃないんだよね。このプロジェクトは最初から僕たち2人で始めたものだったから。彼のことは10代の頃から知っていて、昔から一緒にSFとかスリラーものとかを描いていたんだ。それらは完成までこぎつけられなかったけど、『マシーンズ・メロディ』は2人で真面目に取り組んだ初めての作品だった。僕たちは常々、ハウス・ミュージックの歴史についての本とかコミックが存在しないことが悲しいって話していた。90年代の半ば頃かな。少なくともフランスにはそういうものが存在しなかったんだよ。それで97年頃には、MathiasがCheersっていうパリのハウス・パーティのフライヤーの裏に(コミックの)掲載を始めたんだよね。それで何人かの編集者と連絡を取るようになったから、Mathiasは僕に電話をしてきて、ストーリーを全部仕上げるように言ってきたっていうわけ。第1巻は98年、99年頃に出版して(*David本人が綴った本書の「introduction」には、第1巻は2000年刊行と記されている。おそらく書き上げたのが98~99年なのだろう)、その数年後には第2巻を書き上げたんだ。この本は書き進めていくうちに、いつも新しいストーリーの発見があって面白かったよ。

 

―『マシーンズ・メロディ』にインスピレーションを与えたバンド・デシネ(フランス語圏のマンガのこと)はありますか?

 

何冊かあるけど、当然のことながらハウス・ミュージックについて書かれた本は1冊もないんだ。第1巻を読めばわかるけど、MathiasはRobert Crumbから大きな影響を受けていたんだよね。Crumbは主にジャズとブルースを題材にした非常にクールな作品をいくつか残していて、僕らは常にCrumbを参考にしていた。まあ、Crumbはハウス・ミュージックを嫌っていたとは思うけど(笑)。でも、僕らは「Robert Crumbがこの本を読んで、ハウス・ミュージックを好きになる日が来るかも知れない!」って思っていたよ。実際、シカゴについて描いたチャプターは、とてもCrumbっぽいと思うんだ。というのも、ハウスのプロデューサーたちはCrumbが愛した20世紀初頭のブルース・ミュージシャンたちの孫のような存在だからね。

 

―フランスではハウスの歴史に関する資料が少なかったということですが、そんな中でも参考になったものを挙げるとすれば何になりますか?

 

フランスの著名なジャーナリスト、Didier LetradeがMel Cherenの著作の原稿を見せてくれていなかったら、僕たちがDavid MancusoやLarry Levanとかについて語ることはなかっただろうね。Mel Cherenの著作のおかげで、僕たちのシーンの歴史に対する認識は変わって、John Travoltaの時代よりも前まで遡ったんだ。だから、参考として挙げられるのはその本。あとはStudio 54について書かれた本もあったけど、著者名を忘れてしまったな。とにかく当時、この手の本の流通量は非常に少なくて、フランス語で書かれているものは1冊もなかった。だから、僕らは『The Face』、『I/D』、『Jockey Slut』などのUKの雑誌の記事を参考にしていたんだ。

 

―元々は第1巻として刊行された本書のチャプター6までは、あなたが体験していないハウス・ミュージック誕生の歴史が描かれていますね。

 

うん、とにかく第1巻ではハウスのルーツに触れたいと思っていた。ハウスのルーツはニューヨークのアンダーグラウンドなゲイ・クラブやラティーノ・クラブにあって、70年代に始まったんだ。ヨーロッパの人たちはそのルーツを忘れてしまいがちだけどね。

 

―チャプター7以降の第2巻には、そういった風潮に対する批判的な視点があります。

 

でも個人的には、そういう話はもう終わったものだと思っている。世の中にはそれを知らなくていいっていう人がいるし、知りたくないという人さえいるから。巨大なEDMフェスティバルに出向いて、David Mancusoについて講釈するつもりはないよ(笑)。

 

―チャプター6までの間では、デトロイト・テクノの章であるチャプター5が唯一、登場人物には架空の名前を使った、ややフィクショナルなものになっています。これにはどのような意図があるのでしょうか?

これはJuan Atkins、Kevin Saunderson、Derrick Mayといったテクノのイノベイターたちの間で、何が起きていたのか確信を持てていなかったのが大きな原因だね。だから登場人物の名前を変えたんだよ。でも結果的に、匿名性の高いデトロイトの音楽にはこの設定がパーフェクトだったと思っている。

 

―なるほど。チャプター7からの第2巻は、あなたの実体験や実感に基づいた、よりダークで批評性の強い内容になっています。この一巻との対比は、当初から構想にあったのでしょうか?

 

いや。さっきも言ったけど、第2巻を始めるまでは数年かかったんだ。で、当時、Mathiasと僕はひどく落ち込んでいた。90年代のパーティや楽しかった日々の反動のようなものだね。実際、Mathiasは第2巻を描き上げた後、自殺を図っている(*Mathiasは2002年に他界)。と言えば、その落ち込みのひどさが伝わるかな。

 

簡単に言ってしまえば、第1巻は「僕たちがいなかった時代、経験していない時代」についてで、第2巻はその逆に「僕たちが経験した時代、僕たちが通ったパーティ」についてなんだ。だから、第2巻はよりパーソナルで、フィクションの要素が強くなっている。第1巻には有名なDJが登場するけど、第2巻は個々の人生におけるダンス・ミュージックのストーリーなんだ

 

―チャプター8で取り上げられているレイヴ・カルチャーは、あなたにとっての重要な原体験のひとつだと思いますが、何がそれほどまでにあなたを惹きつけたのでしょうか?

 

あれは今までなかった新鮮な音楽で、本当にアンダーグラウンドだった。凄いパワーだったよ。僕たちはクラブに通っていなかったから、ダンス・ミュージックに出会えたのはレイヴのお陰なんだ。

 

―あなたはジャーナリスト、ラジオDJ、パーティのオーガナイザーなど、多岐に渡る活動をしてきましたが、それらはレイヴ・カルチャーの体験なしにはあり得なかったことだと思いますか?

 

あり得なかったと思う。だって、僕たち人間は時代の産物だからね。つまり、レイヴがあったからこそ、今の僕たちもあるっていうこと。でも、レイヴ体験からそれぞれの活動に至る経緯については、長くなるから会った時にでも話すよ!

 

―ちなみに、あなたがオーガナイズしていて、Daft PunkやFrancois K.なども出演していた90年代の伝説的なパーティ、RESPECTはどのようなコンセプトでやっていたのですか?

 

RESPECTっていう名前はIvan Smaggheがつけたんだ。その理由は、フランスでは誰も国内のDJに注目していなかったから。Daft Punk、Cassius、Dimitri From Parisとかは、パリで活動できる場所がなかったんだよ。だから、このタイトルは「フレンチ・サウンドへのリスペクト」っていう意味。頭の固い連中にそう言ってやりたかったんだ。

 

―チャプター10では、2巻目が刊行された2002年当時の状況を踏まえ、過去のリヴァイヴァルばかりになり、新しいものが生まれなくなったクラブ・シーンや、アンダーグラウンドでのスノッブな実験主義に対する批判的な視点を、架空の大物フランス人DJ、ジムに託して描いています。これは、あなた自身の実感やシーンに対する態度をそのまま反映させたものだと言えるのでしょうか?

 

そうだね。まあ、Jimは僕と同じように落胆しつつ、彼の方が真面目だと思うけど。たださっきも言ったけど、ここで描いた問題については、もうあまり気にしていないんだ。今は現状をそのまま楽しんでいるし、したくないことはしないようにしている。Jimはもうどこかへ出掛けたり、ドラッグをやったり、一晩中踊ったりはしないと思うね。彼はもう自分の客とは関係ない世界にいるんだ。彼はただ年齢を重ねていて、それをまだ受け入れていないだけなんだよ。

 

―ジムは「問題は誰が未来を作り出すかってこと」という印象的なフレーズを口にしていますが、本書の刊行から10年以上たった今、それに対する何かしらの回答を生まれたと思いますか?

 

いや、まだだね。心配になるよ。ポップ・カルチャーの終わりかって(笑)。フューチャリスティックな音楽はマシンよりも先に行くことができていないんだ。でも誤解しないでほしいんだけど、今でも新しい音楽は好きなんだよ。ただ、どのジャンルも、ラップやテクノが20~30年前に起こしたような革命は起こせていない。

 

もちろん現代には良い面もある。それは色んな音楽を聴く人が増えているっていうこと。今はヒップホップ、ハウス、ロック、ジャズ、すべてが一緒に聴かれている。過去と現在の音楽も一緒の扱いで、Tame Impalaのような最近の素晴らしいバンドは1974年に存在していてもおかしくない。これはこれで面白いよね。Daft Punkの最新アルバム『Random Access Memories』が良い例だと思う。あのアルバムはジャンルをすべて飛び越えた乱痴気騒ぎのようなサウンドだ。Mathiasと僕も当時はそんな感じだったよ。あらゆる音楽を聴いて、原理主義者たちを嫌っていた。だから、ある意味、僕たちが正しかったことが証明されたっていうわけ。とは言え、やっぱり今は新しい音楽は存在しないと思うけどね。

 

 

 

text by Yoshiharu Kobayashi (The Sign Magazine)

photo by Shoichi Kajino