十二月 17

Happy Hardcore

ダンスミュージックの黒歴史として扱われることも多いUK発のジャンルを今改めて振り返る。

By Miles Raymer

 

ハッピーハードコアはUKのレイブシーンから初めて正式に派生したジャンルで、派手なコスチュームからCGを多用したフライヤーに至るまでの、レイブカルチャーの特徴と言えるあらゆる部分を世に広める助けとなった。しかし、このジャンルはレイブカルチャー誕生の中心的役割を担ったにも関わらず、世間からのリスペクトはそれほど得られなかった。多くのファンを獲得すると同時に多くの批判も受けることになったこのハッピーハードコアというジャンルについて今改めて振り返ってみると、このジャンルは、知的でダークな魅力に溢れていたジャングルの脆弱なくせに過剰に陽気な従兄弟のような存在で、当時まだティーンエイジャーだったダンスミュージックの “恥ずかしい過去” として扱われてきたことが見えてくる。

 

その理由は簡単に理解できる。レイブにおける最も軽薄な部分と非常に非現実的な部分を受け継いでいたこのジャンルに関わるファンやアーティスト、そして音楽そのものまでもが、断固として「真面目」を拒否していたからだ。また、シリアスな音楽ファンたちもこれを真剣な音楽として捉えなかった。しかし、ハッピーハードコアに個性を与えたその馬鹿さ加減は今でも力強い存在感を放っている。

 

 

 

UKの地方都市ではレイブが提示していたあらゆる享楽が倍々ゲームで膨れあがっていった

 

 

 

ハッピーハードコアもジャングルも共に初期レイブカルチャーにおける分化の結果として生まれたジャンルだった。ハッピーハードコアの人気はレイブの成功の副産物だった − セカンド・サマー・オブ・ラブのあとレイバーたちが急増し、 “ひとつ屋根の下” から溢れ出したのだ。ロンドンとブリストルではこのレイブカルチャーが再編され、ディープなレゲエの影響を持ち込みつつ、蛍光色のユートピアニズムをマリファナの夜行性パラノイアにすげ替えていったが(ジャングル)、逆にUKの地方都市ではレイブが提示していたあらゆる享楽が倍々ゲームで膨れあがり、シェフィールド、ドンカスター、ニューカッスル、リヴァプール、マンチェスター、スコットランド、ウェールズのオーディエンスはより大きく、より明るく、より楽しい何かを求めるようになっていった(ハッピーハードコア)。

 

この分化はプロデューサーやDJたちがハウスとテクノのステディなリズムに古いファンクから切り取ったオーガニックなブレイクビーツを組み合わせることによって生まれた。ハッピーハードコアもジャングルもこの新しいテクニックをそれぞれ極端に違う方向に発展させていった。テンポをUKの初期レイブミュージックが使用していたディスコ風のBPM125周辺から一気に150〜160周辺まで速めたという点は両ジャンルに共通しているが、ダブレゲエから影響を受けたディープで粘性のあるベースラインを好んだジャングルに対し、ハッピーハードコアはひたすら明朗なデジタルピアノのフレーズをProdigyの1991年の大ヒットシングル「Charly」以降主流となったアニメ的で陽気なメロディと組み合わせた音楽性で自分たちを確立させていった。

 

 

このハッピーハードコアの様式が初めて形になったのが、エセックス出身のDJ兼プロデューサーのSlipmattのファーストソロだった。その後ハッピーハードコアの基礎を築いていく一連の楽曲群のトップバッターだったこの「SMD#1」は、SlipmattがEdge 1の「Compounded」をDJでプレイした時に得ていたフロアの熱狂的な反応に触発されて制作したトラックだった。「あのトラックをプレイするたびにフロアが爆発したんだよ」と本人は振り返る。「SMD#1」は「Compounded」のスピーディーなブレイクビーツと躁的なシンセのコンビネーションをベースに作られているが、それを大幅にテンポアップさせつつ、オリジナルの複雑な展開のメロディラインをポップスの「ヴァース−コーラス−ヴァース」に似たシンプルな展開に落とし込んだトラックだった。

 

圧倒的なスピード、そしてフライヤーに描かれたアニメ風のキャラクターや幼いメロディなど、子供時代へのノスタルジアを打ち出した美学によって、ハッピーハードコアは無法だったレイブ初期が残した違法なスリルというレンズを通じて撮影された土曜朝の子供番組とも呼べる特殊なエナジーを生み出すことになった。言い換えれば、ハッピーハードコアは反抗的なティーンエイジャーにとってまさにパーフェクトな音楽だったということであり、当時米国で隆盛を誇っていたポップパンクのUK版と呼べる存在になっていった。ハッピーハードコアのDJミックス数本リリースしたシカゴのDJ/プロデューサーのChrissy Murderbotは次のように説明する。「(ハッピーハードコアは)スピード感があって、甘ったるくて、分かりやすかった。でも親には嫌われる音楽だったのさ。ハッピーハードコアっていうのは、まだ音楽の好みがハッキリとは分かっていないが、自分が他人とは少し変わっていることを知っていて、親たちとも好みが合わないことだけは理解できている14〜15歳位のキッズのための音楽だったのさ」

 

ポップパンクと同様、ハッピーハードコアも知性の欠如と単純な喜びだけをひたすら追求する姿勢を自覚していた。Slipmattが説明する。「ジャングルはルックスに気を使わず、ただ朝まで踊り倒すための “無頓着” な音楽から、もう少し着飾った、もう少しクールな音楽へと移行していった。だが、ハッピーハードコアは派手なコスチュームを着て、とことん遊び倒すだけの音楽に留まり続けたのさ。ジャングルでは “音楽に合わせて踊る” という表現が使えたかも知れないが、ハッピーハードコアの場合はひたすら “飛び跳ねるだけ” だった」

 

 

 

ハッピーハードコアをユースカルチャーの一大現象にまで押し上げたその特徴は、批評家たちからは忌み嫌われた

 

 

 

「ハッピーハードコアが成功を収めたのは、エクスタシーが蔓延していた時代だったってことが大きな要因のひとつさ」ハッピーハードコア最初期からこのジャンルに関わっていたDJ Syが振り返る。「まだ何も分かっていなかった頃だったし、エクスタシーはこの手の音楽にピッタリだと思っていた。超ハイスピードで、エナジーに溢れていて、アップリフティングだったからね」しかし、やがてハッピーハードコアは徐々にシーンから消え、レイブシーンの若者たちの間では「恥ずかしい時代」として扱われるようになった。

 

ハッピーハードコアをユースカルチャーの一大現象にまで押し上げたその特徴は、批評家たちからは忌み嫌われた。ダンスミュージックシーンのトレンドセッターだった彼らは、ハッピーハードコアよりもジャングルを好んだ。ジャングルはUKカルチャーの中心都市群でムーブメントとなりながら、ジャズやエクスペリメンタルなどに代表される知的な音楽と共生できる音楽であることも証明していった。そしてジャングルがドラムンベースとして生まれ変わった頃は、ダンスミュージックカルチャーの外側にいる知性派層からも人気を獲得したs。一方、ハッピーハードコアは「ドラッグ漬けの地方のティーンが聴く音楽」として、『Mixmag』のようなダンスミュージックシーンを代表するメディアから酷評された。

 

実際、ハッピーハードコアシーンの関係者の中でも、複雑な気持ちを持っていた層がいた。DJ Syが続ける。「どんなシーンでも短所や欠点があるが、ハッピーハードコアの欠点は、本当にベタな音楽が存在したということなんだ。中にはとんでもなくベタな音楽もあった。だからメディアから酷評されたんだと思う。大成功を収めていたという事実も酷評される原因だったんだろうね。人気が出すぎて中傷したくなったのかも知れない」

 

 

 

一時的な “ハヤリモノ” として多くの人たちに拒否されたハッピーハードコアだったが、1990年代のダンスミュージックシーンが急速に変化していた事実を踏まえると意外なほどその息は長く、実際この音楽がピークを迎えたのは、Force & Stylesが一連のシングル群をリリースした1990年代後半だった。彼らはABBAのような分かりやすいフックを、当時のUKのポップチャートを賑わせていた高速テンポのブレイクビーツに乗せることでハッピーハードコアのポップな側面をネクストレヴェルに押し上げることに成功した。

 

その後、ハッピーハードコアは、自分たちがUKの初期レイブから分化した時と同じ形で分化していった。同じく高速テンポだが、よりダークで攻撃的な音楽だったオランダ産ガバに走るファンやアーティストがいる一方、メインストリームでピークを迎えた往年のハッピーハードコアのスタイルを支持しながら、2000年代にヨーロッパのポップカルチャーを席巻してアリーナクラスを埋め尽くすことになるトランスへと変化していったファンやアーティストたちがいた。

 

そして歴史の必然と言うべきか、時代を1周したハッピーハードコアは近年再び表舞台に立っている。オリジナルのハッピーハードコアがこの世に登場した頃にまだ幼児でしかなかったダンスミュージックの新世代アーティストとファンたちは、ハッピーハードコアのそのエナジーに面白さを感じ取ると共に、この音楽をダンスミュージックのシリアス過ぎる側面を嘲笑するための最適なツールとして捉えており、ピッチを上げたポップなヴォーカルやアニメ風のヴィジュアルなど、このジャンルの様々な特徴を積極的に組み合わせた音楽を作り出している。J-Popやアニメ音楽へ音楽性を寄せることで、ハッピーハードコアのアニメ的な音楽性を更に強調している “カワイイ(kawaii)” 系レイブシーンやMaxoやAnamanaguchiなどのアーティストたちがいる一方、シュガーハイなグリッチ感とハイピッチの女性ヴォーカルへの偏愛を提示するロンドンのPC Musicのようなレーベルも存在する。そして皮肉なことに、彼らのような音楽のファンの中には批評家たちも数多く存在する。

 

Slipmattは「今は面白い状況になってきているね。クールなプロデューサーたちと話をすると、往年のハッピーハードコアをリスペクトしているって言うんだよ」と現状を説明している。また、最近ではハッピーハードコアのDJ/プロデューサーのBilly “Daniel” BunterがヴィンテージDJセットを公開し、ドラムンベースのアイコンGoldieからダブステップのスーパースターRuskoまでもがTwitterで取り上げたことも話題になった。

 

 

 

"ハッピーハードコアの究極のメッセージは「楽しさ」なのさ"

Billy “Daniel” Bunter

 

 

 

ハッピーハードコアの残した遺産はEDMにも見受けられる。EDMはかつてのハッピーハードコアと同様、ダンスミュージックシーンの世界で批判される立場に置かれている。ポップで大衆主義的で、批評家たちに酷評されているこのサウンドはしかしながら、メインストリームにおけるダンスミュージックの代名詞となっている。また、ハッピーハードコアと同様、EDMのアーティストたちも自分たちの音楽を「どれだけ多くの人たちをノせられるか」という点に拘って判断しており、また彼らはデジタル化されたポップヴォーカルやアグレッシブなシンセフレーズ、そして定期的に訪れるビッグブレイクなど、ハッピーハードコアの教本に載っているテクニックを大量に流用している。

 

Bunterが説明する。「ハッピーハードコアの究極のメッセージは “楽しさ” なのさ。世の中には政治的なメッセージを届けるための音楽もあれば、音楽を未来へ進ませるための音楽もあるし、この地球で最もディープな音楽もある。でも、そういう音楽はハッピーハードコアとは一切関係ない。ハッピーハードコアは楽しいだけの音楽なんだ」

 

そしてSlipmattが続ける。「楽しみすぎるのはクールじゃないって言う人は多いが、俺には理解できないね」

 

プレイリスト:ハッピーハードコア・クラシックス