三月 24

グルメ x シンセシス:電氣蕎麦

"天下の台所" 大阪で異彩を放つ、電子音が楽しめる蕎麦屋

By Thomas Bey William Bailey

 

何世紀にも渡り、日本人の多くは大阪を風変わりな人たちの集まる都市と考えてきた。それは音楽的には正しい。大阪の最も進歩的で興味深い音楽活動の多くは、数多の小さなギャラリーやカフェ、バーなどで展開されている。

 

その格好の例が、大阪市天満にある飲食店兼ライブスペースの「電氣蕎麦」だ。床から天井までがリベット打ちの鉄板で覆われており、心地良さと圧迫感が共存するこの薄暗い空間では、日本伝統の手打ち蕎麦とシンセサイザーのフューチャリズムという、まったく関係のないふたつが融合している。

 

この店のような、大阪の小さなヴェニューは控えめで気取らない外見の時が多いため、見つけられずに苛立ってしまうことがあり、ホームページやソーシャルメディアをまったく意識していないようなヴェニューも多い(アート系リスティングメディアが助けにならない時もある)。

 

 

しかし、電氣蕎麦は違う。入り口の上にはレモンイエローのドーム型のライトが瞬き、まるで灯台のように興味を持っている人を誘っている。そして近づいていくと、今度は屋根の上から非対称に垂れ下がっている芝生やエイリアンが書いたかのような「電氣蕎麦」の文字が輝く四角い看板が、これまた見逃しようのない存在感で目に飛び込んでくる。

 

店内に入ると、その創意工夫は店外だけではないことが分かる。前述の鉄板の壁にはウミガメや中心におかめが配置された日本国旗のような布、小さな達磨などが飾られている。

 

 

 

また、ケバケバしい赤鬼と青鬼も置かれており、店内のモジュラーシンセやアナログシンセを目を光らせて守っているかのように見える(青鬼は高価なARP 2600のすぐ横に置かれている)。そしてこれらのモジュラーシンセとアナログシンセ群はこの店のBGMを奏でており、偶発的なノイズ、チリチリとした高音、ブーンとうなる中音と共に、聴くというよりは体感するという表現がふさわしい低音が連続的に鳴っている。

 

シンセのパッチングやプログラミングは、人当たりの良い雰囲気のオーナー、国分良介氏によってその場で行われており、蕎麦や日本酒のオーダーに追われていない時の店は、即興のライブパフォーマンスのような形になる。これは常連が店内に置かれているレコードを選ぶという、都市部の一般的な「レコードバー」とは極端に異なるアプローチだ。

 

 

店を訪れた人たちの多くが「怪しい」(実際、この言葉はRettyなどの口コミサイトの説明で良く使われているひとつだ)と評価するこのサウンドは、明確な考えの元で鳴らされている。国分氏は「特定の音楽やメロディを流したら、その音楽の雰囲気になってしまうと思うんです。その音楽によって楽しい気持ちになったり、悲しい気持ちになったりする。でも、シンセサイザーなら、そういうことにはならないだろうって思ったんです」と説明する。電氣蕎麦のサウンドの狙いは、サウンドの意味をこちら側が遊び心と共に自主的に見つけることにシフトしている。

 

シンセ群がまとめられたスペースには非常に高額な機材が揃っているが、その緩やかにコントロールされたカオスなムードが似合うライブアクトに委ねられる時も多い。昨年DVDでもリリースされたドキュメンタリー『ナニワのシンセ界』の中で、電氣蕎麦は関西のシンセサイザーカルチャーのリバイバルに結びつけられているが、この店のライブは、機材の好みがそのまま活動名義に反映されているアーティスト(例:うにょ303)たちが行うような「純粋な電子音」だけには留まらない。過去に出演したアーティストの中には、スポークンワードやサンプルベースのサウンドスケープに強烈な機械音やトランペットのアクセントを組み合わせてジャンルを否定する音楽を生み出すグループ「市内関係」なども含まれている。

 

 

 

国分氏は高校の運動会で流されていたYMOの「Rydeen」で初めて音楽的な啓示を受けたとしているが(本人は「なぜか速く走れたんですよ」と当時を振り返っている)、電氣蕎麦のライブやパフォーマンスはエクスペリメンタルな方向へ傾倒しているのは明らかだ。

 

国分氏にとっての重要なテーマは心身の健康だ。この店には絡まったケーブルとパッチコードとザルに入った蕎麦が待っており、優れたサウンドが優れた食事と同様に栄養豊かなものになれるという可能性を訪れる客に提示している。

 

 

 

電氣蕎麦

〒530-0043 大阪府大阪市北区天満3丁目5−1

 

Photos:Suguru Saito