十二月 26

さようなら Dolores O’Riordan

2018年も才能溢れる音楽界の重鎮たちが星になった - 唯一無二の歌声と鋭い視点でThe Cranberriesを独自の成功に導いたフロントウーマンもそのひとりだ

By Ruth Saxelby

 

1990年代中頃、The Cranberriesの世界的な成功の理由を探るために大量の紙 / 誌面が費やされたが、誰もが同じ結論 - Dolores O’Riordanの華麗な歌声と素晴らしいソングライティング - に辿り着いていた。暴力的なイメージの中で美しく円弧を描きながら天に昇る歌声を聴くことは、心を完全に奪われることだった。そしておそらく、何も問題がないように自分を繕わない人物の声を聴くことは、ひとつの安堵だったのだろう。

 

ブリットポップという厚顔な時代背景を踏まえると、そのような解放感は必要なものだった。BlurとOasisが1960年代と1970年代のロックを自信満々の大声と共に再パッケージ化し、最終的には “クール・ブリタニア” のような大英帝国時代への懐古主義的なヘッドラインも生み出した中、O’Riordan率いるThe Cranberriesは、日常生活の現実的な苦しさや悲しみに興味を持っていた。The Cranberriesは、バンドメンバー4人全員がアイルランド・リムリック周辺の労働者階級出身で、O’Riordanは9人兄妹の末っ子として生まれたが、兄姉のうち2人は生まれてすぐに亡くなっていた。北アイルランド問題の影の中で育ったアイリッシュバンドだった彼女たちが、“労働党と英国に革新を” というスローガンと新自由主義政策で労働党が大勝した1997年の英国総選挙でひとつのピークを迎えることになる当時の強制同調的楽観主義に呑み込まれなかったのは驚きではなかった。

 

ケルティックロック、シューゲイズ、グランジから影響を受けていたThe Cranberriesの音楽は時として温かくてファジーだったが、その目的は、O’Riordanの苦難に満ちた歌をパーフェクトに覆い隠すことにあった。彼女の歌唱スタイルは、アイルランドの古い慣習のひとつとして知られる、女性が死者に対する悲しみを表現するための歌唱法 “キーニング / Keening” に影響を受けていた。その歌唱スタイルに妥協しない歌詞を組み合わせることで、O’Riordanはバンドのフォーカスを、個人・コミューンの両方が直面していたトラウマに向けていた。

 

 

 

“人生は自分で取りにいくもので、ネガティブなことについて考え悩むには短すぎるってことが分かったの”

Dolores O’Riordan(The Cranberries / 1971-2018)

 

 

 

このアプローチが結晶化したのが、1994年にリリースされたセカンドアルバム『No Need To Argue』だった。ロックシーンの理(ことわり)とも言える “2枚目は売れない” を鼻で笑い飛ばし、世界で1,700万枚を売ったこのアルバムは、今もThe Cranberriesのアルバム群の中で最も売れたアルバムであり続けている。このアルバムにまつわるストーリーは、アイルランド共和国軍(IRA)へ向けた氷のように冷たいプロテストソングで、MTVのヘヴィローテーションのおかげでUSでの人気を高めることにもなった「Zombie」を中心に回りがちだが、この楽曲は、まばたきひとつせずに力強く訴えかけることができるO’Riordanの能力のひとつの例に過ぎない。彼女のソングライティングは、しばし、韻を踏んだカプレット(二行連句)を丁度良いナラティブで彩色しながらオーディエンスを引きつけていく、ダイレクトでゴージャスなスタイルだった。

 

O’Riordanの特定の単語の歌い方は、実際の言葉よりも多くを伝えていた。「Ode To My Family」の一節、 “Do you like me? / わたしのこと好きなの?」の “like” の低く角の取れた歌い方は、願い事を叶えると言われている井戸に放り込まれた1ペニー硬貨のようで、どういう答えが返ってくるか分からないが、とにかく問いかけてみようという響きがある。また、「Empty」の彼女の声区は最高音に達しており、“Empty” というサビを、指の間をいとも簡単にすり落ちていくシルクスカーフのような薄さにまで引き延ばしている。そして「The Icicle Melts」では、 “Child” の繰り返しで怒りの境地に達しており、「I should not have read the paper today / “Cause a child, child, child, child / He was taken away」 - 「新聞を読むんじゃなかった。子供… 子供… 子供… 子供の命が奪われるなんて!」と歌う彼女の声は徐々に激しさを増していく。

 

プロライフ派の団体が「The Icicle Melts」を人工中絶反対のアンセムとして受け止め、O’Riordanもカトリック教徒の家庭に育ち、(キャリア後半は人工中絶についてほとんど触れなかったが)この楽曲がそれをテーマにしていると受け止められる可能性について以前言及していたが、1994年のオーストラリアの雑誌のインタビュー内で、彼女は、実はこの楽曲が1993年の世界中のメディアで大きな話題となった、ジェームス・バルガー事件を受けて書かれたものだということを明らかにしている。

 

インタビュー内でO’Riordanは次のように語っている。「特定の出来事について曲を書くのは気分が落ち着かないのよ。具体的なテーマ、人間の人間に対する扱い方について書くのはね。大人の子供に対する扱いについて書くのはさらに気分が悪くなるの」

 

ロックとポップシーンに身を置く多くのアーティストたちが触れようとしないテーマに取り組みたいというO’Riordanの意志の源流は、彼女自身の幼少時代に見ることができる。40代前半、彼女は、8歳から12歳までの間に、家族ぐるみで付き合っていた友人から性的暴行を受けていたことを初めて明らかにした。大人になってからの彼女は、拒食症、うつ(のちに双極性障害と診断された)、飲酒に悩まされていったが、キャリアピーク(The Cranberriesは1993年から1999年までの間にアルバム4枚をリリースし、ひたすらツアーを続けた)を迎えていた彼女がこのような問題を抱えていたことを理解するためには、彼女が、彼女のトラウマを悪化させたに違いないとてつもなく大きなプレッシャーに晒されていたことを理解しなければならない。

 

「自宅で過ごせる時間はなかったし、男性に囲まれて長い時間バスの中で生活していたし、ホテルではずっと隔離されていて、スケジュールは多忙を極めていた。だから、わたしのことをひとりの人間として気にしてくれる人なんていないんじゃないかって思うようになったのよ」とO’Riordanは1999年のインタビューで語っている。「休みが欲しいって言うと、“ダメだ” って言われたわ」

 

パフォーマーとして見られている現実と、ひとりの人間として見られたいという感情の戦い - これがO’Riordanが人生を通じて身を投じてきたものだった。2014年のインタビューで彼女は次のように答えている。「周りはわたしを商品として見るの。魂は見てくれない」

 

自分の中に隠してある深い感情をヴォーカルの強弱で暗示していたO’Riordanは、The Cranberriesのサードアルバム『The Faithful Departed』の頃から、その歌い方と同じように、ミュージックビデオで言葉を使わずに言葉を伝え始めるようになった。The Cranberriesの1996年のシングル「Free To Decide」のミュージックビデオで、彼女は人間サイズの鳥かごの中に自分を入れていた。鳥の羽で覆われた白いロングドレスをまとい、フードのようなヴェールの中に短髪を隠していた彼女は、名声の中に仕掛けられている罠のようなものを体現している。

 

このテーマは、新曲だけで構成されているアルバムとしてはバンドのラストアルバムとなった2012年のアルバム『Rose』からのシングルカット「Tomorrow」のミュージックビデオで再登場している。このミュージックビデオのO’Riordanは地下室に横たわっており、大きな鎖と真紅のバラで縛られているその体の横にはロザリオが置かれている。そのあと、バンドのキャリア前半が壁に映し出される中、彼女は鎖に巻かれたままバンドと一緒にパフォーマンスをする。この楽曲について、当時の彼女は「わたしたちが特定の出来事を脳内で勝手に大きくしてしまうこと」がテーマだと語っていたが、「Tomorrow」の歌詞を今あらためて読み直すと、彼女が自分自身に宛てた手紙のように思える。また、彼女の “too foolish / 愚かすぎるわ” の歌い方は、彼女の体内から厳しく、そして大きく放たれている。冷静な明晰さと共に、O’Riordanは、心の痛みの一部を再び見せることで、リスナーがある種の解放感を得られるようにしていた。

 

Dolores O’Riordanは、2018年1月15日に46歳でこの世を去った。その死因は非常に悲劇的なものだが、彼女の音楽への貢献の深さと幅を陰らせるものはこの世に存在しない(O'RiordanはBillboardのオルタナティブチャート30周年を記念して行われた同チャート30年の歴史を総合した女性アーティストランキングで1位を獲得している)。The Cranberriesのデビューアルバムから25年が経った今も、彼女の魂を焦がすような強い意志と抑揚は世界と繋がっている。Dolores O’Riordanは恋人であり、戦士でもあった。その美しい歌声を世界と共有しながら、彼女の芸術は、これから何世代も先まで、光を必要としている人たちのマッチに火を灯し続けるだろう。

 

 

 

2018年に星になったその他の音楽界の重要人物:

 

Denise LaSalle

Jalal Mansur Nuriddin

Khalia Arby

Jóhann Jóhannsson

Rachid Taha

Liz Edwards

Elisa Serna

Cameron Paul

Matt Dike

Lindsay Kemp

Shadow

 

 

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