九月 01

Fugazi:ライブ・アット・ホワイトハウス

By Mark Jenkins

 

ハードコアバンドFugaziが1991年にホワイトハウスの目の前で行った伝説のライブを紹介する。

 

1990年代のワシントンD.C.において、Fugaziは天然資源同然だった。この時代のFugaziは通常のギグは殆ど行わず、その代わりに慈善コンサートや無料ライブを展開していたからだ。FugaziはワシントンD.C.にいる時は、定期的に政治集会的なライブを展開しており、1991年には第一次湾岸戦争勃発に対抗して、ホワイトハウスの目の前で抗議ライブを展開した。バンド自体がアンチレーガン政権、アンチブッシュ政権を明示する楽曲を発表することはなかったが、ライブにはヴォーカル/ギターのIan MacKayeとGuy Picciottoが興味を持っていたAIDSや消費者主義、セクシャルハラスメント、殺人が関わる麻薬戦争などについて書かれた強力な楽曲群が組み込まれた。

 

Fugaziは1970年代後半にワシントンD.C.で起きたティーンエイジパンクシーンにルーツを持つ。このシーンは若者の永遠のテーマである「俺の邪魔をするな!」を社会的なメッセージとして掲げており、ニューヨークのシーンと、ロンドンの荒々しいサウンドに触発された高校生のミュージシャンたちが既存のバンドに挑んでいった。Dischordレーベルを中心とした第一世代のバンドたちは現れてはすぐに消えていったが、Dischord周辺のアーティストたちがアルバムをリリースした時点で既に解散していたというのは、特に珍しい話ではなかった。

 

しかし、Fugaziが結成された時、MacKaye(Teen Idles、Minor Threat、Embraceで活動)とPicciotto、ドラマーBrendan Canty(Rites of Spring、Happy Go Lickyで活動)は長期的な活動を目指した。そしてベーシストJoe Lallyが加わると、バンドは爆発的なパワーとスムースな展開を組み合わせた独自のスタイルを意味出していく。彼らの音楽はひたすらパワフルで攻撃的な一般的なハードコアに比べ、柔軟性があり、持続力もあった(尚、ワシントンD.C.ではハードコアがharDCoreと表記されることがあった)。その音楽性には、強烈で周りの迷惑を考えない危険なモッシュやクラウドサーフィンで有名だったハードコアシーンにありながらも 、それらの行為をなだめ、観客にひと呼吸入れさせる余裕も備わっていた。

 

Fugaziは2002年以降ライブを行っていないが、もし活動再開をすることがあってもホワイトハウスの前ではライブを行わないだろう。

今回の映像の中では、急造されたステージのバックドロップに「There will be 2 wars」(ふたつの戦争が起きる)と書かれているのが確認できるが、これは彼らがジョージ・H・W・ブッシュの第一次湾岸戦争から約10年後にその息子ジョージ・ブッシュが第二次湾岸戦争(イラク戦争)を引き起こすことを予想していた訳ではなく、アメリカ国民による湾岸戦争への抗議というもうひとつの戦いが起きるという意味で書かれており、MacKayeもステージ上で「奴らにはここでの戦いも待っているんだ!」とMCをしている。

 

しかし、その戦いは起きなかった。現在、イラクは「暴徒」アメリカ軍に一応は降伏した状態にあるとされており、ホワイトハウスの前は不穏に静まり返っている。また、このライブが開催されたエリアは9.11以降閉鎖されており、バラク・オバマ政権になってからは更に息苦しいムードが漂っている。Fugaziは2002年以降ライブを行っていないが、もし活動再開をすることがあってもホワイトハウスの前ではライブを行わないだろう。戦いは終わってしまったのだから。

 

 

※今回の記事はレーベル3024を主催するMartynのキュレーションによって選ばれたものです。

 

「僕はFugaziとMinor Threatのレコードを聴いて育った。Fugaziのライブは4回行った(当時の記録がDischordのサイトに残っている。僕はこの最初の4公演に行った)。当時の僕はこのムーブメントの中心的存在をここまで近くで体験できるなんて思ってもいなかった。キュレーターとしてはどうしてもワシントンDCのシーンを盛り込みたかったし、湾岸戦争への抗議としてホワイトハウスの前で行われたこの伝説のライブには以前から興味を持っていた」(Martyn)

 

Martynがキュレーションした他の記事はこちら