五月 19

Ena:バランスと不協和音

J-Popとエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックの世界を行き来する日本人プロデューサーEnaのバランス感覚を探る。

By Brian Durr

 

ミッドテンポでヘヴィに刻まれるリズムの上に3拍子でパーカッションが激しく打たれ、マイナーコードのシンセパッドがかび臭い地下に充満する煙のようにキックドラムの隙間に入り込んでくる。EnaがLatency Recordingsからリリースする『Distillation』EPに収録されている「Waft」と呼ばれるこのトラックは、本人が長く関わってきたサウンドシステムカルチャーというフィルターを通して表現された室内楽だ。Enaはこの最新作でポリリズムと和音の持つ力を強調したと振り返り、次のように説明する。「2度やクローズドボイシングの響きは力強いんです。たとえば、Cメジャー7は広げたり、狭くしたりと色々な押さえ方がありますが、2度は不協和音を生み出すのに非常に重要なんです。Jimi Hendrixが弾くようなディストーションやファズを加えたクラスターコードのサウンドは力強い響きを持っています。自分の作品ではこのテクニックを多用していますが、伝統的なコードの代わりに、ベースやドラム、ノイズで表現しているんです」

 

Enaは東京を拠点に10年以上に渡り活動を続けてきたDJ・プロデューサーだ。UKのサウンドシステムのスタイルが東京に持ち込まれてからそのシーンの中心人物のひとりであり続けてきたEnaは、近年は7even RecordingsやSamurai Horoなど、先進的なレーベルからリリースを重ねているが、Sam KDC、Fis、ASCなど志を同じくする新進気鋭のエクスペリメンタルなプロデューサーたちと肩を並べる存在でありながら、日本を代表するJ-Popアーティストやアイドルグループへの楽曲提供も行っている。日本の10代の女の子たちの日常を彩るトップ40のJ-Popとプログレッシブなエレクトロニック・ミュージックの間で、彼はどうやってバランスを取っているのだろうか? その答えは、Enaの人生に深く関わってきたバランス感覚と、そのすぐ下に位置している不協和音への意識に帰着する。

 

 

4月のある暖かい朝、メジャーな音楽業界で伝統的な音楽理論と作曲手法を活かしながら、アンダーグラウンドの世界でそれらを無視しているEnaのそのユニークなアプローチを知るために、筆者は彼のホームスタジオを訪れた。Enaのスタジオは親しみやすい雰囲気で、空間自体がクリエイティブな存在感を放っているように感じられる。AKAI S01が積み重ねられた向かいにあるテーブルの上には香が焚かれ、レコード棚にはJuno 60が立てかけられ、ニスが塗られたウッドフロアに重ねられたコンクリートブロックの上にはPMCのモニターが置かれている。

 

Enaの家は、東京西部の住宅地の一角にあるが、このエリアには第2次世界大戦終戦後から始まる非常に興味深い歴史がある。日本を代表する日刊紙のひとつ朝日新聞は、比較的おとなしいとされる日本のメディアの中で、極左のリベラル紙として知られてきたが、このエリアには終戦直後に朝日新聞の社員と支持者の多くが、政治や社会問題において保守的と見なされている富裕層と共に住んでいたのだ。対立が起きそうなこの組み合わせだが、Enaは、住み心地は良いとしている。無秩序に広がるメトロポリス東京の中でこのような雰囲気は珍しい。そして自分が育ったこのエリアと同様、Enaの音楽も非常に独特で意外なハーモニーを奏でている。

 

 

 

“チャート音楽やCM音楽はマーケティングチームによって作られているんです。アーティストじゃなくて、業界が作っているんですよね。分析に分析を重ねまくって、「こういう音楽を作ろう!」って決めていくんですよ”

 

 

 

ピアニストの母親、ヴァイオリニストの祖父、熱心なジャズファンの父という音楽一家に育ったEnaは、12歳の時にギターを手にして音楽を学び始めた。1990年代中頃だった当時はスーパーギタリストが時代を席巻しており、EnaもYngwie MalmsteenとSteve Vaiの卓越したテクニックに影響を受けたとしているが、同時にJimi Hendrix、Richie Blackmore、Jimmy Pageなどをクールなヒーローとして引き合いに出している。

 

Enaがこれまでに作曲・レコーディング・プロデュースで関わってきたクライアントリストは膨大だ。ガールズグループが歌うX JAPANのようなポップメタル、公共団体のために書かれた地味なピアノバラード、そしてボサノバと三味線を組み合わせたようなジングルなどを手がけてきた彼がこれまで関わってきたアーティストやグループの多くは、複数のトップ20ヒットや国内のスタジアムツアーをソールドアウトにした経歴を誇り、J-Popのエリートとして見なされている。

 

Enaはこのようなクライアントに対する楽曲制作のプロセスについて、日本のポップミュージックは既存のマテリアルと手法で回っているので特に先進的である必要はないとし、次のように説明する。「チャート音楽やCM音楽はマーケティングチームによって作られているんです。アーティストじゃなくて、業界が作っているんですよね。分析に分析を重ねまくって、『こういう音楽を作ろう!』って決めて、『この日にリリースしよう』って言うんです。情熱を持ってこの仕事を始めたのに、仕事をしていく中でその情熱を忘れてしまった日本の作曲家を、僕は沢山知っています」

 

だからと言って、Enaがもうひとつの音楽の情熱をJ-Popの世界に持ち込もうとしたことがないかというとそれは違う。数年前にJ-Popのクライアントの楽曲用に重心の低いエモーショナルな楽曲を提案したが、ミキシングの段階でカットされてしまったと振り返るEnaは、その理由をミキシングエンジニアに訊ねると、「カッコ良すぎるから」という返事が返ってきたと続ける。また、Enaは、J-Popのアーティストたちが重低音を重視していないことに加え、日本のスタジオの大半がそのような低音重視の作品に対応した機材を揃えていないことも指摘する。「日本のスタジオの問題のひとつは、低域を再現できるモニターが置かれていないということです。今でも多くのスタジオがサブウーファーを足すことなく、Yamaha NS-10Mを使っています。そもそもの音楽性の違いと、昨今の再生環境自浄やマーケットに需要がないのが原因ですが、J-Popの楽曲の大半は高音がキツいんです」

 

 

 

“1990年代のドラムンベースはすごく知的でした。ですが、DJやプロデューサーは正式な音楽教育を受けていない、ストリートやアンダーグラウンドカルチャーの出身でした。僕はこのバランスが好きなんです”

 

 

 

音楽における博識を得るのは至難の業だが、Enaは今でも作曲と理論を楽しみながら学んでいる。「ミュージシャンやプロデューサーは音楽をスポーツのように考えるべきだと思います。特に楽器の演奏はスポーツに近いですね。トレーニングをしなければなりません。練習をして、筋肉を鍛えることが重要です。制作も同じです。作曲と理論を知っていれば、音楽は簡単に作れます。音楽にはスポーツ的な側面があって、そこはすごく重要だと思っています。でも、そういうトレーニングをしていないプロデューサーが沢山いますね」

 

2015年にポルトガルとベルリンでいくつかのギグを成功させたあと、Enaのアーティストとしてのゴールはクラシックなミュージシャンのそれにシフトしてきている。当然ながら、いわゆる「クラシック」とは違うと補足するEnaは、次のように続ける。「この前ポルトガルのマデイラ諸島でギグをしたんですが、アート系のフェスティバルで、ダンスミュージックではなく、クラシックやジャズのような音楽が多かったんです。ですが、彼らからの反応が非常に良くて、上手くコミュニケーションが取れました。ですので、そういう音楽が僕の目指す新しいステージですね。今でもダンスミュージックは好きですが、やや閉鎖的に感じる時があるんです」

 

UKの初期ジャングルとドラムンベースに見られた音楽とアーティストのギャップが、Enaの中に今も強く残っている。「1990年代のドラムンベースはすごく知的でした。ですが、DJやプロデューサーは正式な音楽教育を受けていない、ストリートやアンダーグラウンドカルチャーの出身でした。僕はこのバランスが好きなんです。たとえば、DJや制作をしている時にリスナーを意識してしまえば、クライアントが違うというだけで、商業的な音楽を作っているのと同じになってしまうんです」

 

Enaは最新の作品群でポリリズム、空間、テクスチャ、和音を更に突き詰めようとしている。ベルリンを拠点に活動するFelix Kとのコラボレーション作品『749』も、ハムノイズや爆ぜるようなノイズがゆらゆらと自由に動きまわっている。テクノとジャングルのアイディアに有機的に絡みつくインダストリアルなサウンドスケープは、宿主のDNAを変え続ける寄生菌のようだ。

 

両極端な音楽の間で行われているバランスワークは今のところ上手く機能しており、Ena自身もクライアントを抱えた職業作家としての仕事と自分自身の作品制作の比重をすぐに変える必要はないと感じている。音楽性が大きく異なるふたつの世界の間に位置する自分について、Enaは次のようにまとめている。「僕としては、今のバランスを維持すべきだと感じています。職業作家としての仕事がフレッシュなアイディアやスキルを授けてくれる時があるんです。アーティストを目指している人は自分の音楽をメインの仕事にしたいと言いますが、僕はそう考えていないんです。僕は両方をやっていきたい。むしろ両方とも好きですし、両方とも必要なんです」