二月 24

日本人卒業生が語るRed Bull Music Academyの魅力

第一回目は、昨年ニューヨークで受講したビーツ系プロデューサーのEmufuckaにインタビュー。

By Yoshiharu Kobayashi (The Sign Magazine)

 

才能豊かな若きアーティストをサポートするRed Bull Music Academyが、2014年10月から11月中旬にかけて東京にて開催。これまでニューヨーク、ベルリン、ロンドンなど世界各都市で行われてきた贅沢な「音楽の学校」が遂に日本上陸とあって、応募を考えている日本人アーティストも少なくないはずだ。とは言え、Red Bull Music Academyの受講生になると、具体的にどのような経験が出来て、何を得ることが出来るのか、詳しくは知らないという人も多いのではないか。そこで、この新企画では、過去に海外で開催されたRed Bull Music Academyを受講した複数の日本人アーティストにインタビューを行い、実際の経験者ならではの貴重な「生の声」を訊かせてもらうことにした。

第一弾に登場を願ったのは、昨年ニューヨークで開催されたRed Bull Music Academyの卒業生であるEmufucka。Red Bull Music Academyでの濃密な二週間がその後の活動に大きな影響を与えたという彼の言葉にぜひ耳を傾けてほしい。


- Emufuckaさんは去年ニューヨークで開催されたRed Bull Music Academyに参加されましたが、応募しようと思った理由は何でしたか?

前々年度のRed Bull Music Academy卒業生のYoshi HorikawaさんやDaisuke Tanabeさんとは、イベントなどを通して近しい仲だったので、話をいろいろと聞いていました。Red Bull Music Academyの存在を知ったのはその時ですね。実際に応募するきっかけになったのは、Low End Theoryっていうロサンゼルスのパーティが、日本ツアーの一環として代官山UNITでやっていた時のこと。そこでやっていたRed Bull Music Academy主催のDaddy Kevのレクチャーを僕が受講したんですよ。で、締切一週間くらい前に、一気にアプリケーションを書き込んでCDを焼いて……締切2日前くらいですかね? ようやく提出して受かった、という感じです。

 

- Daddy Kevのレクチャーを聞いて、Red Bull Music Academyが面白そうだな、と思う要素があったわけですね?

Daddy Kevは、Red Bull Music Academyのことを具体的に話したわけではありませんでした。でも、その音楽観とか音楽に対する姿勢とか哲学とか、レーベルで揉めて問題があった時のこととか、そういう自分の経験談や人生の話を聞かせてくれたんです。僕はビーツ系をずっとやってきたので、Daddy Kevなんていう雲の上の存在からレクチャーを直に聞けたのは、音楽の技術云々よりも、音楽に対する姿勢が変わる経験になりましたね。で、ニューヨークに行って、これを毎日、著名な方から受けられるのなら、かなり自分にとってプラスになるだろうなと思って。

 

- 本当に滅多にない貴重な機会ですよね。今回は東京での開催ですし、応募しようと思っている日本のアーティストもいっぱいいると思うんですよ。でも、たぶんアプリケーションの記入が英語だったり、レクチャーも英語だというのが気になっている人も多いはずです。でも実際どうですか?どれくらいの英語力が必要だと感じました?

アプリケーションを書いた時には、既に2、3作品くらい海外のレーベルから出していたんです。だから、海外のエージェントやレーベル・オーナーとメールのやり取りくらいは出来たんですけど、本当に日本での大学受験程度の英語レベルだったと思います。それに海外に行った経験もなかったので、英会話も全然で。だから、いざ受かってみたら、「どうしようかなあ?」と困ってしまったんですけど(笑)。たまたまRed Bull Music Academyの開催が半年から一年くらい延期になったこともあって、その期間中に英会話とかを勉強する時間があって助かりました。もちろんニューヨークに行ってからも、帰ってきてからも英語に触れる機会は多くて。受かってからの方が英語の能力が飛躍したかなと思います。なので、受かるまでに英語がネイティヴ・レベルで必要なのかと言われたら、そうではない気がします。

 

- 応募後は、二次審査や最終審査などがあるわけではなく、最初に提出したアプリケーションと音楽作品で全て決まってしまうんですよね?

そうですね。本当に、最初の書類数十枚と音源と写真2枚、それだけです。話に聞いたところによると、審査では何段階かで振るいにかけていくらしくて、最終的にはRed Bull Music Academyに参加するチームやいろんな学者などが判断していくと聞きました。あと、選ばれる人はアプリケーションの段階でバランスよく均等にわけられているらしくて。僕が参加した第二ターム目は(*Red Bull Music Academyは前後期の第一ターム、第二タームにわかれており、それぞれ30人が受講する)、僕がやっているビート・ミュージックやベース・ミュージックの人はわりと少なくて、バンドだったりとか、ハウスとかテクノとか、そっち系の人がわりと多い感じでしたね。

 

- なるほど。Red Bull Music Academyの会場は、毎年それ専用のものがわざわざ作られるというのも大きなポイントですが、ニューヨークの会場はどのようなものでしたか?

マンハッタンの高層ビル群のど真ん中に、8~10階建てくらいのビルを建ててあったんです。1階は食堂も兼ねたバーカウンターがあって、みんながリラックスできるところ。その奥にレクチャー・ルームもありました。6、7階にはRed Bullのラジオのオフィスだとか、いろんなセクターが入っているんですけど、そのひとつに僕らが使っていたスタジオがありました。スタジオは10~15部屋くらいあります。

 

- その建物の中で生活もするんですか?

生活はまた別で、僕は2駅くらい離れたいいホテルを二週間確保してもらって、そこから通っていました。日本で音楽学校に行っているのと同じで、朝から通って、夕方に戻って、みたいな感じの生活でしたね。

 

- それこそ、学校みたいに何時から何時が講義で、何時から何時が実習で、と決まっているんですよね?

そうですね。本当にがっちりスケジュールが組まれています。12時くらいから昼飯挟んで、13時くらいから第一レクチャー。それからちょっと休憩を挟んで第二レクチャーがあって、という感じで、結構決められていました。

 

- そのスケジュールは、結構ハードに感じましたか?

僕にとってみれば、(日本では)毎日イベントに行くこともないですし、制作も毎日根を詰めてやるっていうのが、なかなか経験にはなかったので。本当に、Red Bullのエナジードリンクがなければ乗り越えられなかったですね(笑)。

 

- ハハハッ! レクチャーには有名な講師がたくさん来ますが、去年のニューヨークにはどんな方たちが来ていたんですか?

去年は、坂本龍一さんだったりとか、ヒップホップだとQuestloveやQ-Tipが来ていました。あとはDorian ConceptとかJust BlazeとかMathew Jonsonとか、本当にいろいろ来ていて。前期はFlying Lotus、Thundercat、Four Tetとかも来ていましたね。

 

- それぞれどのようなレクチャーをするものなんですか?

作曲に対する技術的なことをお話しされる方もいたんですけど、基本的には自分の音楽観や哲学だったりとか、自分が歩んできた歴史だったりとか。あとはYouTubeの参考文献を見ながら語っていくっていうスタイルもありましたね。

 

- いろいろとレクチャーがあった中で、Emufuckaさんにとって一番印象深かったのは?

僕のルーツはヒップホップにあるので、やっぱりQuestloveとQ-Tipのレクチャーが一番面白かったです。Q-TipはJ Dillaがプロデュースした自分の曲をレクチャーに持ってきていて、ドラムとかスネアとか音源をバラバラにしたものを、「こういう風に作っているんだよ」と一から説明してくれました。そういうのを近い距離で教えてもらえたのは、すごいよかったですね。

 

- そのレクチャーの時間が終わったら、いわゆる実習の時間になるんですか?

パスカードを持っていればいつでも自由に出入りが出来るので、講義が始まる前にも、朝早くからRed Bull Music Academyのスタジオに行って制作する人もいました。それから昼飯を食べてレクチャーに行って、夕飯を食べてから朝まで制作も出来るっていう。かなり自由なスタイルなんです。

 

- 今回用意されていたスタジオは、どのようなものだったんですか?

6~10畳くらいの、わりと大きいベッドルーム・スタジオなんです。基本的には、メインのパソコンとスピーカー、Moogとかシンセサイザー機材とかも標準で備わっています。ソフト・シンセもかなり充実していました。例えばターンテーブルでレコードから何かサンプリングしたいとか、ヴォーカルを入れたいとか、ほかにもいろんな機材が必要になった時は、機材ルームっていうのがあって、スタッフの方に言えばいつでも借りてスタジオに持ってこられる環境でした。制作に関しては、本当に困らないところでしたね。

 

- 制作の時は、30人で10~15部屋のスタジオを使うわけですから、自然とコラボやセッションが生まれそうですね。

そうですね。スタジオはガラス張りになっているんです。だから、人が何かやっているのが外から見えて、そこからコミュニケーションが生まれたりとか、作品になったりっていうのがありました。一人だけで使う人も中にはいたんですけど、あまりそういうことはなくて。必ず2~3人でスタジオに入って、セッションとかしていました。

 

- Emufuckaさんもセッションはしていましたか?

そうですね、結構いろんな人に仲良くしてもらって。ケープタウン出身のTrancemicsoulっていうハウスを作っている黒人がいるんですけど、彼と作曲してRed Bull Music Academyのコンピに入っている曲を作ったんです(“Tokyoria”)。そのほかにも、Mathew Jonsonからスタジオで直に制作の仕方を教えてもらったりとか。Dorian Conceptもそうですし。かなりお遊びなんですけど、Pelican FlyのDJ SlowやSinjin Hawkeと悪ふざけばっかりしてた、っていうも(笑)。いろいろ楽しくやっていましたよ。

 

- レクチャーの講師は、いわゆる講義だけではなくて、実践的に教える人もいるということですね?

その講師の気分によって、早めに終わらせる人もいれば、「俺はもっとしゃべりたいんだ!」って何時間も延ばす人も多くて。その中で、気分が乗っちゃって、「俺はこういう風に使っているんだ」ってスタジオまで行って、いろいろ教えてもらうこともあったんです。形式は様々でしたね。

 

- 日本にいて一人で曲を作っている時と、そんなRed Bull Music Academyの環境の中で曲を作っている時とでは、曲を作っている時の感触、あるいは出来上がった曲の雰囲気などに、自分自身では違いを感じましたか?

僕は生まれて初めて海外に行って、しかもそれがニューヨークっていう大都市だったから、行ったこと自体がかなり刺激的だったんです。実際、ニューヨークっていう街から受ける刺激もありました。空気も違いますし。参加者も世界各地から選ばれてきているんで、そこでの刺激もものすごくありました。毎日、すごい方からレクチャーを受けますし、イベントも日本とは違ったスタイルで。そういうのを浴びていったら、どんどんサウンド自体が変わっていきましたね。ニューヨークから帰ってからも、みんなからサウンドがすごい変わったと言われて。自分が知らないところでも、いろいろ影響を受けて変化があったんだな、と思います。

 

 

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- ニューヨークの街自体からも影響を受けたというお話がありましたが、ざっくりと言って、ニューヨークはどんな街だと感じましたか?

いや、僕、初めて海外に行ったんで、初心者のような感想しか出てこないんですけど(笑)。やっぱりニューヨーカーはすごく日本人と感覚が違って、雑だったので(笑)。ヒップホップ発祥の地っていうのもあるのかもしれないですけど、サウンドも結構、雑だったので。感性もどんどん乱暴な感じになっていたのがわかりました。

 

- でもわかります。日本人が作るトラックって、よくも悪くも、きっちり丁寧に作っている印象がありますからね。

そうなんですよね。かなり綺麗な感じなんですけど。でも海外に行くと、イケイケの(笑)、いい意味での雑さが音楽にそのまま反映されるのかと思います。

 

- 受講している期間は、同時に、Red Bull Music Academy主催によるパーティがニューヨーク各地でやっているんですよね。それも結構行っていたんですか?

僕はもう、ほとんど行ってましたね。でも参加者の中には本当にタフな奴もいたりして。イタリア人のバンドの人がいたんですけど、その人はレクチャーを全部受けて、スタジオも全部入って、イベントも全部行く。しかも、イベントでは朝までガン踊りしているっていう、すごい馬鹿な奴がいて(笑)。自分は体力も考えながらも、いろいろとやっていましたけど。でも本当に、日本で受ける半年から一年分くらいの刺激を、その二週間で一気に凝縮して受けられるっていうのが、すごく楽しかったですね。

 

 

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- その時のイベントで特に面白いと思ったものは?

まずは僕が出演したThe Do-Over(昨年日本でも開催されたLA発祥の屋外パーティ)ですね。初めて海外でライヴをやったっていう経験でしたから。でもこれは、前日まではブルックリンの倉庫でやる予定だったんですけど、当日の朝起きたら場所が変わっていて、ビアガーデンになってたんです(笑)。

 

- 外国らしいですね(笑)。

でも、かなり開放的でいい感じのところで。シークレット・ゲストとしてOnraとShlohmoが出て、人もかなり来て、僕は初めての海外でのライヴで緊張したんですけど、やったあとの反応がすごくよかったですね。海外のお客さんはどんな音をかけてもノッてくれたように感じました。こんなよくわからない日本人の奴がライヴやっているのを、みんな快く聴いてくれて。日本とは違って、幅広く聴いてくれるスタンスをすごく感じましたね。

 

- 自分が出演したイベント以外では、どんなものが印象に残りましたか?

DJ Rashadとかジューク界隈の人達が出ているやつとか、Dorian ConceptとJust Blazeが出ていたBenji BのDeviationっていうイベントがすごく印象深かったです。雰囲気も日本とは違って、老若男女というか、お年寄りの方もクラブに行ってガンガン踊ってましたし。本当に幅広い層がクラブに遊びに来ていて、アクティヴに楽しんでいるのが衝撃的でした。一番感じたのは、ジャンルとかあんまり関係なくて、とりあえずみんなクラブに行けば何か面白いことあるんじゃないか、っていう感じで遊びに来ているんです。クラブごとにお客さんの層が変わるっていうのはなくて。それは日本とは違うのかなと感じました。

 

- そういう素晴らしいパーティが毎日あって、それにほぼ毎日行っていたんですね。

死ぬかと思いました(笑)。

 

- 結構、体力的にはボロボロだったんじゃないですか?

最後の2、3日は、制作の提出もあったので、かなり大変だったんですけど、まあ、なんとか(笑)。頑張ってやりました。

 

- 二週間の受講期間の最後に、課題提出みたいなものがあるわけですね?

そうですね。最後はリスニング・セッションというものがあって。二週間の間に参加者同士がコラボした曲や自分で作った曲を、みんなで聴くんです。でも、そんな緊張してやるものではなくて。Red Bull Music Academy設立者のTorsten Schmidtがテキーラを振る舞って、みんなベロンベロンに酔いながらリスニングしていました。音楽がかかったら、取りあえずみんな、「ワオ、すごい!」って盛り上がるっていう(笑)。楽しかったですね。最後はJust Blazeが盛り上げてくれて、みんなでクッションの綿を抜いて投げ合ったりとか、本当にいいパーティみたいな感じでしたね。

 

- ちなみに、その時に発表した曲が、受講生の曲を集めた2枚組コンピに収録されているものですか?

そうです。僕は、あれ(“Cavern”)とTrancemicsoulとコラボした曲を流しました。基本的には、その時に発表した曲をコンピに入れるという形なんですけど、ただ今回はいろいろあったらしく、(コンピ用の曲の)提出まで結構時間があったので、その後にコラボした曲を出した人もいました。

 

- では、改めてRed Bull Music Academyでの二週間を振り返って、自分にとって最大の収穫とは何だったと思いますか?

今まで日本だけで活動していたのがニューヨークに行って、最初のオープニング・セッションで、いろんな海外のメディアや参加者に自分の曲を初めて聴かせた時に、評価をすごいされたっていうのが自信になりました。もちろんレクチャーもそうですし、世界各国から集まっている参加者との意見交換やスタジオでのセッションを通して、自分の音楽の世界観や哲学をものすごく変えられたのがいちばんの収穫です。日本だけに向けたものじゃなくて、本当に世界に視野を向けて自分が音楽でどうやっていきたいのかをもう一度考えさせられました。そこの舞台にようやく立てたっていう。

 

- Red Bull Music Academyでの二週間というのは、ある意味、短いですけど、その後の自分の活動に大きな影響を与えていると思います?

ものすごい与えてくれましたね。いろいろ、ありがとうございます、っていう感じです(笑)。

 

- では、卒業後の活動についても少し教えてください。2014年2月から三か月連続で、Tiestoが共同設立者であるオランダのメジャー・レーベル〈Black Hole Recordings〉からEPをリリースするんですよね?

これまでに僕、〈Fremdtunes〉っていうオランダの小さいレーベルから3枚くらいEPを出しているんです。そこからRed Bull Music Academy卒業後もいろいろとリリースの話があったんですけど、僕の音楽性が結構変わって、トラップ・ミュージックとかそっちの方も取り入れるようになったからレーベル色に合わないっていうことで、そこのオーナーに「〈Black Hole Recordings〉に友達がいるからデモ送ってみなよ」って言われたんです。それで契約になりました。なんか結構大きなレーベルみたいで。

 

- なにしろTiestoが共同設立者のレーベルですからね(笑)。

〈Fremdtunes〉の人からオーナーが有名な人っていうのは聞いていたんですけど、EDMのサイト見たらいっぱい広告も出てるし、「あっ、有名な人なんだ」って(笑)。ウィキペディアにも載ってるし。オリンピックでもDJやったんですよね?

 

- っていうか、今、世界で最もギャラが高いDJじゃないですか?

あっ、そうなんですか!(笑)

 

- すごいレーベルなのに全然気負ってないのがいいですね(笑)。その三作はいつ頃の時期に曲を作ったんですか?

Red Bull Music Academyが決まってからの曲が中心です。ちょうど行く前に作った2曲くらいと、卒業後の半年くらいに作った曲が多いので、本当にRed Bull Music Academyに行って卒業して、っていう期間が詰まったEPですね。

 

 

 

- サウンド面では、こういったことをやってみたい、という考えはありましたか?

元々ルーツがヒップホップなので、去年はトラップ・ミュージックにすごいハマって。そのあと、ちょうどRed Bull Music Academyを卒業したくらいから、ハードコアとかハッピー・コアをすごい聴いていたんです。それをトラップ・ミュージックとか、EDM系のやつに昇華させて、ぐっちゃにしたのがあるんですけど、そういうのが入りつつも、プラスして日本人独特の感受性豊かな曲とか、自分の持ち味みたいなものを入れたりとか。どう評価されるかわかりませんけど、Red Bull Music Academyに行って受けたものが詰まっていると自分では思いますね。

 

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- 聴けるのが楽しみですね。では最後に、これからRed Bull Music Academyに応募しようと思っている人へのメッセージをお願いします。

それこそ僕みたいに、海外に行ったこともなかったのに、Red Bull Music Academyにアプリケーションを出してニューヨークに行って、英会話とかも一から勉強したような人間が出来たわけですから。日本の人は英語に対する恐怖感というか、英語が出来ないから海外にアクティヴに行けないとか、そういうのがあると思うんです。でも、そんなことは特に気にせず、「俺の音楽を聴いてくれ!」くらいの気持ちでアプリケーションを出してもらったら、新しい自分の道が開けるんじゃないかと感じますね。